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彼の物語

 世の中には、『都合が悪くなっても、男なら泣くな』という言葉を非難する風潮がある。

 実際、間違っていない。


 男を特別扱いせず、女が相手でも『都合が悪くなっても泣くな』と教育するのが正しい。

 なぜなら、すべての大人が泣かないことを求められているからだ。


 嫌なことがあったらすぐに泣く大人は、男だろうが女だろうが最悪である。

 であれば、すべての子供に対して『都合が悪くなっても泣くな』と教えるべきだ。


 自分以外の成人へ求めるものと、子供に求めるものを区別するのはおかしなことだ。

 大人になったら誰もが自然と大人の振舞ができるようになる、というのはバカの考えである。

 

 躾、教育、指導。

 いずれも必ずしも成果につながるものではないが、やらないよりはやった方がいいし、やらないものが『なんでこんなこともできないんだ』と怒鳴るのは筋が通らない。


 同様に、泣いている子供へ『貴方は弱くてもいいの』ということが必ずしも正しいとは言えない。

 弱い大人になれば周囲に負担がかかる。それを良しとするのは、単なる甘えであろう。


 また当人としても……。



 ザンサンの孫、ザンク。

 魔獣に連れられて人里離れたところにたどり着いた彼は、魔獣を見上げていた。


「うう……お、俺は、男だから、強くならないと……」

『それさあ、辞めなさいよ。なんの意味もないからさ』


 とても軽い調子で、魔獣はザンクをたしなめた。


『アンタ、なんで強くなりたいの? 男だから強くなりたい、ってわけじゃないでしょうが』


 彼女自身、生まれた時から女である。男だったことは一度もない。

 だがそれなりに経験はある。すべての男が等しく強さを求めているわけではない、と知っている。


 いや……もしかしたら、誰もが強さを求めているかもしれない。

 しかし、辛さや苦しさに耐えるほど、強く求めているわけではない。

 大体の人間は、そこまでして強くなりたいわけではないと、強さへの想いを捨ててしまうのだ。


『半端な気持ちで『強さ』を求めてもいいことないわよ』


 アリババ40人隊基準の『強さ』となれば、そこにいたるまでの苦労は想像を絶する。

 あるいはその手前であったとしても、『弱くていい』と育てられてきた少年にとっては重荷だ。


「……生まれた時から強いお前に、そんな気持ちが分かるのかよ」

『あ、ああ。アタシね、呪われてこの姿になったの。昔はアンタと同じ年頃のガキだったわ』

「! か、家族は、それを知ってるのか?」

『家族はアタシを忘れたわ、生まれたことも忘れてる。これも呪いね』

「へいき、なのか?」

『諦めて受け入れたわ。冒険って、そういうものでしょ?』

「強いな……俺は、耐えられないと思う」

『ただバカってだけな気もするわよ』


 少年は魔獣を見上げて、しばらく言葉を貯めこんだ。


「俺は……僕は、前から強くなりたかったんだ」


 特に理由もなく、強さに憧れる少年は存在する。

 そのうちの一人であるザンクは、胸の内をぶちまけた。


「父さんや母さんが死んだときに、強くなりたいって思ったわけじゃないんだ。でも……あの時しか、言えないと思ったんだ。最後だから、言わないとって、思ったんだ。言わないのに、強くなろうなんて、できないと思ったんだ」

『なんで?』

「母さんは、強い男が嫌いだったんだ。だから、それまでは、怒らせたくなかった」


 不幸なことに。

 強い男を嫌悪する女性は存在する。

 ちゃんとした理由があるのなら、それを否定することは難しい。


「お母さんに言わないといけないって、思ったんだ」

『なんで?』

「母さんが死んだ後に強くなり始めるのは、卑怯だって思ったんだ」


 だれにでも、欠点はある。

 立派な大人になろうとして、良き妻として、良き母になろうとして、実際にそうなれたヤーヤにすら欠点はあった。


「俺の……僕の母さんは、僕が弱くて泣いていたら……嬉しそうに笑うんだ! 父さんも、それを止めなかった……」


 彼女の生い立ちを想えば、仕方ないことなのかもしれない。

 だが彼女は、男らしくない息子を見て、心底から喜んでいた。


「本当は、イヤだった! ……でも」


 弱くて泣く息子を喜ぶ彼女は、間違いなく歪んでいた。

 だがその過ちは、死の間際で父により正された。


「父さんも母さんも、最後に笑ってくれた……」


 ザンクはヤーヤの人生のわき役でも小道具でもない。

 母親と父親に送り出された、一人前の主人公である。


「言ってよかった……」

「それは偉い」


 呪いを調節して人の姿になった魔獣は、幼さのない姿で少年を抱きしめていた。


「褒めてあげるわよ、アンタ頑張ったわねえ」

「な、え、あ?」

「なに、照れてるの? キモっ! ガキのくせに~~!」

「だ、あ、え?」

「いいからいいから! ありがたく役得を味わいなさいって! 本当は金をもらってもやらないんだからね」


 死に行く両親へ、教えと違う道を行くと宣言する。

 苦しみながら逝く親を更に苦しめかねない言葉を口にすることが、いったいどれだけの勇気を必要としたことか。

 それを自分の意思で成し遂げ、両親から祝福されたのならば、これから先の人生も大丈夫だろう。


「これから死ぬ親にそんだけでっかいことが言えるんなら、どんな苦労も乗り越えられるでしょ」

「それは……」

「それともなに? そこまでしておいて、思ったのと違うからやめる、とか言うの?」

「言わない!」


 言わない、言えるわけがない。

 泣き言も弱音も、言えるわけがない。


 自分の『強くなりたい』にたいした理由がないとしても。

 強い理由がある『強い男が嫌い』を押しのけて表明した夢なのだ。


 もうそれだけで、大志である。


「だから、泣かないんだ……!」

「ま、あれよ」


 魔獣に抱きしめられながらも、抱きしめ返そうとはしない少年。

 その強がりを、魔獣は除いてやった。


「偉そうなことを言ったけど、誰も憶えてないってのは……キタわ」


 彼女がジョンマンの元へなかなか来なかったのは、故郷に一度向かったからではある。

 だがそれを差し引いても、とても遅かった。

 みっともない姿を見せたくない彼女は、折り合いをつけるために時間を要したのだ。


「寝るときに寝るのも冒険、泣くときに泣くのも冒険よ。親が死んで、悲しいなら……何歳でも、男でも女でも、泣いていいのよ」

「あ、うああああ……!」


 少年は魔獣を抱きしめて、年齢相応に泣いた。


 だがそれは、泣き虫だからではなく……。

 泣いていい時に泣いているだけのことだった。

本日、書籍が発売されました! よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に言って良かったなあ ここで言えなかったら後々までの傷になってたし母親のことを綺麗に思い出せなくなってたよ
[良い点] 見てて気持ちの悪い涙と気持ちの良い涙があるが、創作でも気持ちの良い涙ってのは、ホントに希少。 [気になる点] 最後の最後、今わの際に突き付けるのはどないなんや、そこまでいってたなら、騙し切…
[良い点] おいッ……何、我慢してやがる!!! お前は今泣いていい……泣いて……いいんだ! 泣かない方がどうかしている! 誰にも馬鹿にする資格はない! 泣いて、泣いて、泣いて……何度だって、立ち上がれ…
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