魔獣面接
元アリババ40人隊のメンバーだというザンサンと、その孫のザンク。
二人が家に入ると、そこには成人男性ほどの大きさをした魔獣がいた。
『こんにちは』
「ひぃ!?」
「んん?」
いきなりのことでザンクは祖父の背中に隠れるが、ザンサンは少し首を傾げながらもまじまじと見るだけだった。
「ずいぶん行儀のいいモンスターを飼っているかと思ったが……呪われてるクチか」
「ああ。見ての通り、現役の冒険者さ」
「こ、怖くないぞ……俺は男だから、こわくないぞ……」
『あらあら、強がってかわいいわねえ。で、オッサン。アンタさっき、昔の仲間を見たらゲロ吐くとか言ってなかった? あれツンデレ? 古くね? あざとさの発揮の仕方間違ってるよ?』
魔獣は流暢に人語を騙り、あおっていく。
その振る舞いを見て、ザンサンは少し驚いていた。
「コイツ昔のお前にそっくりだな。まさか娘とか息子じゃないだろうな?」
「んなわけあるか。っていうか、若い冒険者なんてこんなもんだろ」
「……それもそうだな」
小さな家の中にある椅子は、意外にも多かった。
魔獣は床に座っているが、三人は机を挟んで向き合いながら話をし始める。
「この爺さんはザンサン。アリババ40人隊のメンバーだったんだが、途中で引退したんだ」
『……なんかオッサンと違って、まだまだ冒険したいです、って顔してるけど?』
「それがなあ……」
ジョンマンは若者のように笑いながら、ザンサンを指さした。
「冒険の途中でザンサンの故郷に寄ったらな、コイツの幼馴染が『ようやく帰ってきたわねパパ』て言って来たんだぜ? 酷い話だろ?」
『あ~~……それで引退したと』
「まあ、もうその時点でコイツの娘も結婚間近で、責任をとるには遅すぎたんだが……まあそれでもな、ってことで」
「あの時はマジでびっくりしたぜ……」
当時を思い出したのか、ザンサンはとても困った顔をしていた。
「いやまあさあ……普通、見限るだろ!? 仮に俺が帰ってきても、カネをせびって終わるだろ!? なんで結婚してねなんだよ!!」
『たしかにそれはそうね……言い方は最悪だけど、普通はそうするわね』
「で、娘は『アンタを親と認めない』ってさあ、俺が結婚するのを嫌がっててさあ……そりゃそうだろって感じだけど、俺にも一応責任感があってなあ」
(モンスターが、普通に合いの手を入れている……)
ドアを通れないほどに大きな魔獣が、熟練の冒険者二人と話に参加している。
孫であるザンクは、この異様な事態を受け入れかねていた。
「とまあ……俺はそういう事情で、冒険を途中で降りた。アリババ40人隊の元メンバーではあるが、最終ダンジョンである無間地獄には参加してない」
「いや~~! いい時期に辞めたと思うぜ! あの地獄の中で、一体何度『俺もあの時やめていれば』って思ったことか!」
「それを言うなら……まあ正直な、そもそも旅に出るべきじゃなかったとも思ってる。娘の荒れようを見ていると、自分がバカに思えて仕方ない」
ザンサン自身は、アリババ40人隊で活躍をしていた。
男として、冒険者として、充実した日々を過ごしていた。
一方で彼の『妻』は、女手一人で、孤独に子育てをしていた。
それがどれだけ大変なことだったか、彼の『娘』が良く知っているのだろう。
多くのことがひと段落した頃に帰ってきた『父』を嫌うのは当然であり、その気持ちを想うとザンサンはやりきれない。
「この俺の故郷なんだけどよ、ヂュースっていう幼馴染がいるんだわ。で、故郷にある15階のダンジョンを初めて踏破してるんだわ」
「ほ~~」
「で、カミさんと娘二人を養ってる」
「……すげえな!!」
「だろ!?」
戦闘能力という水準では、ザンサンもジョンマンも、ヂュースをはるかに凌駕している。
冒険者としての実績も、比較対象にならないだろう。
だがそんな二人をして『冒険者として実績を出す』と『家族を養っている』を両立させているヂュースは尊敬に値した。
逆に言って、世の中の大半の冒険者は『冒険』をしていないということである。
「あ、ちなみにな。ヂュースはコエモちゃんのお父さんだぜ」
『え、あの子のお父さん、そんな凄かったの!?』
もちろん魔獣の基準からしても、ダンジョンの踏破は立派な挑戦である。
それを成し遂げた者の娘が身近にいたことに、驚きを隠せなかった。
「いや~~! 懐かしいな! お前の娘の結婚式と、お前の結婚式! 俺たちも出席したけどよ! なんかすごかったもんな! ははははははは! ははははは!」
「笑い過ぎだ!」
「で、その子がお前の孫なんだろ? つまりあの娘さんの息子君だろ? よく二人旅を許可してくれたな。『アンタの冒険癖が感染したらどうすんのよ!』とか言ってそうなもんだが」
「ああ、実際言われてたよ。結局俺たちは、娘夫婦とは別の街で暮らしてたしな……」
ここにきて、ザンクの顔が歪んだ。
ジョンマンも魔獣も、生中ならぬ事態であると悟っていた。
「なにがあった」
「嫁と娘夫婦が殺された」
「そうか……ご愁傷様だな」
あいまいな情報をもとに、老人が孫を連れて旧友に会いに来る。
生中ならぬ事態だと、もっと早く気付くべきだった。
「嫁だけで娘夫婦のところに泊まりに行ってな。なかなか帰ってこないんで、嫌がられることを承知で迎えに行ったら……まあ、お察しだった。町ごと賊に襲われててな、娘夫婦の家に賊が上がり込んでて……暮らしてたよ」
「よくあったことだったが、自分の家族だと違うだろ」
「ああ。まあ……すぐ片づけた。幸い、孫は無事でな……嫁も娘夫婦も、何日かは生きていた」
彼の妻や娘夫婦が、彼とどんな話をしたのか。想像に難くない。
きっと孫を頼むと、よく言われていたのだろう……と思ったところで、可笑しなことに気付いた。
「それで、なんで、俺のところに来たんだ?」
「お前に孫を預けたい」
ザンサンは家族から『ザンクを頼む』と言われた、と思い込んでいたジョンマンは驚きを隠せない。
「ザンクは、強くなりたいらしい」
「それなら、お前が教えればいいだろう」
「……正直に言って、俺に先はほとんどない。それに孫が相手だと、上手く教えられる自信もない」
「だとしても、なんで俺だ? 他にも仲間はいるだろう」
「場所に見当がついたからな。お前は故郷のことをさんざんディスっていたからな、嫌でも覚えたさ。でまあ、引退したならそこに帰るだろうと思ったんだよ」
「ん~~……」
「それに、お前にはセンスがなかった。その分しっかり指導できるだろ」
「そう、かもな……」
ジョンマンは自分の指導している弟子たちを想った。
本人たちに素養があることもそうだが、自分の指導もそれなりには適切なのだろうとわかる。
「っていうかなぁ……お前、アリババやホームズ、トムやマゼラン、ドロシーやムサシに預けられるか?」
「そうだな!」
かつての心強い仲間を羅列されて、その『指導』を思い出すジョンマン。
確かに適切なアドバイスだったが、思い出したくもない日々だった。
「アイツら……何もかも自分基準だから、凡人の気持ちがわかりゃあしねえんだ!」
「本当にな……ほんとうに、な……ほん、ほん、ほんとうにな!」
世界最強格の猛者たちは、決して『教えることでも世界最高』ではない。
なんなら、滅茶苦茶下手まである。
同じくらい才能がある弟子だとしても、潰してしまう可能性が高いだろう。
すくなくとも初心者相手に指導できる器ではない。
「『ほら、できた』とか『嘘つき、やっぱりできるじゃない』とかな……とかな!」
「『馬鹿め、油断したな!』じゃねえんだ! 稽古だろ、稽古!」
「『この偉大なる俺も指導に参加しよう! 礼には及ばない!』ありがた迷惑だ~~~!」
二人は地雷を踏んだのか、身もだえ始める。
何がこんなにも二人を苦しめるのか。
強くなるために支払われた代償に、苦労に他ならない。
「……止めよう」
「そうだな」
男たちはとりあえず、なんのいいこともない回想を打ち切った。
「で、仮に俺がお前の孫を預かるとして……お前は?」
「残った時間は、墓を守って過ごそうと思う。ずいぶんと、一人にさせたからな」
「……そうか」
ジョンマンはちらりと、ザンクを見た。
とても萎縮している、幼い子供だった。
自分に弟子入りする前のコエモと比べてなお、とても弱い子供だった。
自分がどう見られているのか理解しているザンクは、萎縮して祖父の影に隠れてしまう。
「……なあ、おい」
『あ、アタシ?』
「そうそう。悪いんだが、ザンクとあそんでやってくれ。俺たちは大人で話をするからよ」
『……オッケ~!』
魔獣が手を伸ばしてきたので、ザンクは硬直してしまう。
そこをひょいと抱えて、彼女は家の外へ歩いていった。
「なあザンサン。請け負うかどうかは、あの子の判断に任せていいか?」
「もちろんだ。あの子は……本当にお前に似ているな」




