武芸舞踊の達人『ザンサン』
ドザー王国の港に、一隻の船が到着した。
外国からやってきたその船から、二人の男が下りてくる。
片方は高齢であり、顔や首元に大きな傷がいくつもある。おそらく、服で隠れている場所にも、多くの傷があるのだろう。
もう片方は、少年だった。この港に来たのが初めてなのか、不安そうに周囲を見ており、その一方で強がろうともしている。
「おじいさま、本当にここにごゆうじんがいらっしゃるのですか?」
「まだしばらく、歩くことになるだろう。我慢できるか?」
「もちろんです!」
大人であろう、強い男であろうとする少年を連れて、老人は道を歩く。
港の中にある案内所で、道を尋ねていた。
「すまない。ミドルハマー、という町に行きたいのだが……馬車などはあるのかね?」
「ミドルハマー……!?」
案内所の職員は、町の名前を聞いて眉を吊り上げていた。
「アンタ、まさか……ジョンマンって男に会いに行く気か!?」
「……知ってるのか!?」
やや興奮気味に、老人は聞き返していた。
「知ってるも何も……一昔前は、アイツの兄貴が国一番の有名人だったが、今はアイツ本人が国一番の有名人だ。外国で荒稼ぎして豪邸を建てたり、また外国に行ってその国で武勇伝を建てたり、とんでもなく強い無法者と戦ったりな」
「ほう……そうか、いるのか」
安堵した様子の老人は、なぜ安堵したのかを語った。
「ここまで来ておいてなんだが、アイツがここにいると誰かに聞いていたわけじゃないんだ。故郷を聞いていたんで、それを頼りに来ただけなんだよ」
「ほ~~」
「そうか、いてくれたか~~」
(無計画な爺さんだな……)
「で、馬車とかはあるのか?」
「何分田舎なんでな、定期便なんかはない。商人の馬車とかに乗り合うことになるが、それもここから直通ってわけじゃないぞ。地図だと……これだな」
「そうか……これなら歩いたほうが早そうだ。ありがとう」
「おう、気をつけてな」
現地付近でようやく居るか居ないかを確認できた老人は、地図を購入すると少年の元へ戻った。
「昔の知り合いの場所が分かった。これから歩くことになるが、大丈夫か?」
「はい! 俺は男なので!」
「そうか、偉いな。それじゃあ行こうか」
老人はしっかりとした足取りで、少年はすこしおぼつかない足取りで、一緒に港町を歩いていった。
その背中を案内所の職員は見送っていたが、二人が安全に現地へ到着するとは思っていない。
老人と少年の二人旅など、鴨が葱を背負って来るようなものだ。
だが逆に言って……。
「あの爺さん、ただものじゃねえ……って奴なんだろうな」
このド田舎まで旅をしてきたのだから、弱いわけがないのだろう。
葱は葱でも、鴨は百戦錬磨の怪物に違いない。
※
田舎の島の山道を、老人と少年が歩いていく。
老人はやはりしっかりとした足取りであり、少年はふらふらしていた。
老人は時折振り返って、少年がついてきているか確かめている。
「どうした、もう少し遅くするか?」
「だいじょうぶです、俺は、男なので……」
「そうか……だが俺は疲れたからな、もう少ししたら休むつもりだ」
「は、はい……」
少年も頑張っているが、それでも早くは進めない。
野生の世界がそうであるように、移動が遅いというのは狙われるリスクを大幅に上げる。
少年は焦っていたが、それでも襲撃者の目から逃れることはできない。
「ど~も~! 山賊でぇ~す!」
「身ぐるみ剥ぎに来ました~~! 爺さんをぶっ殺して、かわいい男の子は掠っちゃおうと思いま~~す!」
「やっぱり襲うなら弱い奴だよな、強いやつとか、強そうなやつを襲うのは、コスパが悪い」
「小さく働いて、小さく儲ける。商売は手堅いのが一番って奴だな」
十人ほどの武装した男たちが、緊張感のない笑いを浮かべながら包囲してきた。
いわゆる『弱い者いじめ』の集団であり、もしかしたら普段は町で底辺の仕事をしていて、兼業山賊としてダブルワークをしているのかもしれない。
もちろん、勤勉とはほど遠い人生であろう。
「お、お前たち! お、お、男らしくないぞ!」
少年は怯えて老人の背に隠れながら、必死で叫んでいた。
囲まれているため老人の背にいても隠れきれないため、ちらちらと周囲を見ながらの抗議である。
とうぜん、『男らしさ』のかけらもなかった。
臆病な振る舞いを見て、山賊たちはゲラゲラと笑う。
「おいおい! 今時、男らしい、男らしいって!」
「最近の海外じゃあ、そういう『男女らしさ』ってのがダメらしいぜ?」
「いやあ、いい考えだよなあ! 俺はガキの頃、男なんだから女をなぐるなとか言われて殴られてたぜ! あの時も『そういうのは古いぞ』ってやりたかったなあ!」
「あと『男は汗水働いてなんぼ』とかな!」
「俺は『男なんだから泣くな』とか言われたな! はははは! 今じゃあ、バカみたいな話だぜ!」
苦しい生き方をしなくていい、もっと楽に生きていい。
そんな考えを『悪意ある解釈』あるいは『言い訳にして自分勝手に生きる』者たち。
少年は倫理が通じぬ相手に泣きそうになるが、老人は少年の頭を撫でながら周囲を見て笑った。
「なるほどな、確かにそういう考えは古い。というか、俺が若い時代からもう古くなってたよ」
老人は突如として『拳法の達人』のような動きを始めた。
演舞のように、大げさに、わかりやすく、これから拳法を披露しますよという動きをしたのだ。
武術の真髄が『何が何だかわからないうちに殺す』であるのなら、これはその対極。
つまりは『舞台上での達人役』の振舞である。
「だからな、こう言おう」
そして次の瞬間、異様なことが起きた。
老人を囲んでいたはずの男たちは、吸い寄せられるように老人の前で密集する。
何が何だかわからないうちに、『一網打尽』の状態になっていた。
「大人なら、悪いことをするもんじゃねえ」
老人の一撃で、男たちはまとめて吹き飛ばされた。
まとめられてから、吹き飛ばされたのだ。
「あ、あがああああ!」
「男なら泣くんじゃねえ、じゃないな。大人なら、泣くんじゃねえよ。ほら、困るだろ? まるで俺が悪者になったみたいじゃねえか。泣けば済むと思ってるのか? 泣けば許してもらえると思ってるのか?」
恐るべきは、単純な筋力。
老人の一撃で、十人の山賊は全員骨がへし折られていた。
あまりの激痛に、副業山賊たちは絡み合ってもだえて動かない。
「男だろうが女だろうが、暴力は良くない。男だろうが女だろうが、汗水たらして真面目に働かないといけねえ。男だろうが女だろうが、他人に優しくしてやらないといけないし……」
ここで山賊たちは、老人の目を見た。
まるで今朝見た鏡のように、自分達と同じ目をしていた。
弱いものをイジメることに、なんの躊躇も抱かないアウトローそのものだった。
彼らは、自分の運命を悟らざるを得ない。
もしも自分たちがこの老人と同じ状況ならば、このあとどうするかなど考えるまでもない。
並べる言葉に意味はなく、ただ暴力を振るう前振りに過ぎない。
「男だろうが女だろうが……悪いことをしたら、罰を受けないとな」
老人はとても謙虚に、誠実に、ていねいに。
一人一人を、地味に殺していった。
「じいちゃん、すげえ……」
「おいおい、おじいさま、すごいですね、じゃないのか?」
「あ、そ、そうだった!」
「ははは! まあいい、行こう」
※
ミドルハマーの街外れにある、とんでもなく大きな豪邸。
そのすぐ隣にある、小さなボロ屋。
その扉の前に立った二人は、ノックをする。
「おい、ジョンマン。いるか~~?」
外から見る限り、部屋が一つしかなさそうである。
家の中に人がいるのなら、すぐに出てくれそうだが……。
『ん、だれか来たな……』
『あ、ちょ、待って! アタシ、魔獣の姿になるから、待って!』
『なんでだよ……』
『あんた、今のアタシの見た目年齢わかってんの!? 下手したら、年下の嫁さんかと思われんじゃん! そんなの超最悪なんだけど!』
『……ナイス判断だ! 早く魔獣になれ!』
しばらくドタバタした後に、ようやくドアが開かれた。
「はいはい、お待たせお待たせ……」
「久しぶりだな、ジョンマン」
中から出てきたジョンマンは、久しぶりと笑う老人を見てしばらく呆然とした。
そのすぐ後に、誰なのかを思い出す。
「ザンサンのオッサン……か?」
「おう」
アリババ40人隊の、元メンバー。
かつて一緒に戦った仲間に再会して、ジョンマンは……。
「おいおい! 本当に久しぶりだな! もう17年ぶりじゃねえか!?」
「それぐらいは経ってるかもな……」
「老けたなあ! もう完全に爺さんだぜ!」
「そういうお前も大概オッサンだぞ?」
「言うじゃねえか! で、そこのガキは?」
「俺の孫だ」
「へえ! じゃああの時の子の、子供かよ!」
「ああ、ザンクという」
「よし! すぐにはいれよ! 大歓迎するぜ!」
心底から嬉しそうに、二人を家に上げるのであった。




