表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/87

自力で立ち上がったからこそ

 冒険者、つまり冒険する者。

 例えば登山家は、冒険者だろう。


 彼らは装備を厳選し、最低限最小限に抑える。もちろん肉体も『登山のための肉体』に調整する。

 登山のための技術、登山のための知識。なにより、その山そのものについて調べる。


 まさに、万全を尽くしている。

 そんな彼らに『今回の登山は上手くいくと思いますか』とか『絶対に失敗しませんよね』と聞いたとして……。

 口でどうあれ、内心ではどう思うだろうか。


 わからない、この一言に尽きるであろう。


 絶対に無理、ではない。見通しが立たない、でもない。

 だが自分ではどうにもならないことにぶつかれば、諦めて帰るしかない。

 冒険とは、そういうものだ。


 頑張れば頑張った分だけ対価が約束されている。

 それは冒険ではない。


 支払えば相応の『なにか』が得られる。

 これも冒険ではない。


 呪いはその対極だ、代償分の効果は保証されている。

 保証、担保、確定。それのどこに、冒険が、挑戦があるのか。


 条理とは、突き詰めれば超自然的な『法律』である。

 自分は法律を守り、他者を法律に罰してもらうなど……。

 曲がりなりにも、冒険者のすることではない。



 ■■■■■■がジョンマンたちの元を去って、しばらくの月日が経過した。

 五人もいるジョンマンの弟子たちは、それぞれの理由によってジョンマンの元を離れている。


 ジョンマンは久方ぶりに、一人の時間を楽しんでいた。

 ずっとこれが続くと思うと退屈だが、つかの間だと思えばむしろ楽しいものだ。


 浸っていると、彼の小さな家のドアがノックされた。

 入ってもいいと返事をすると、一人の『女性』が入ってくる。


「失礼します」


 とても礼儀正しい、成熟した女性だった。

 幼さはないものの、成熟した雰囲気を持ち、女性の全盛期のような雰囲気を持っている。


「一応聞くが、どこのどなただ?」


「先日助けていただいた、小さい獣でございます」


 するりと、女性は上着を脱いだ。

 背中の全面が露出した下着を着ている彼女は、身の内に封じていた呪いを開放する。

 見るもおぞましい呪われた獣の腕が四本、新しく生えてきたのだ。

 おぞましくも礼儀正しい振る舞いをする淑女に、ジョンマンは白けたような、しかし突き放さない態度をとっている。


「その姿を見るに、カルマの清算は済んだみたいだな。どう決着をつけた?」

「かつての仲間と立ち合い、打ち倒しました」


 生えていた腕をしまって、上着を着直した淑女は犯行を供述した。


「やはりそうなったか。で、仲間は潔く死んだか?」

「いいえ、最後まで冒険者らしく振る舞いました」


 淑女に倒された仲間たちは、積極的に殺し合いへ臨んだにも拘わらず、惨めな最期だった。

 こんなはずじゃなかった、くそ、なんでだ、コイツを殺せば済むのに、おかしい、呪うんじゃなかった、今からでも、私だけでも、アタシだけでも、オレは死にたくない。

 実に、冒険者らしかった。


「そうか、そうだろうな。そんなもんだ。俺も同じようなもんだし、君もそんなもんだろう」

「ええ、冒険者とはそういうものですから」


 冒険者は高潔でも崇高でも、忠実でも精悍でもない。

 自分勝手で自分本位で、自己中心的であるべきだ。

 下手に美化しても、いいことなど何もない。


 法の及ばぬ地に向かうものは、そうあるべきだ。


 そしてそれは、向上心や克己心と矛盾しない。

 自分の為に自分を追い込み、自分の為に自分を超える。

 何も悪いことではない。


「呪いは、終わりました。体はこれ以上変化していません。その代わり、実家なども確認しましたが、以前のワタクシのことを覚えている者は、だれもいませんでした。資料にも残っておりません」

「だろうな。で、その報告をするために、わざわざここにきたと?」

「……いいえ、折り入ってお願いがあるのです」


 異形の淑女は、恭しく頭を下げた。


「どうか、弟子に加えてください」

「自分の事情を知っているのが俺たちだけ、だからか?」

「それもあります。ですが貴方のお弟子は、かつてのワタクシを大きく超える強さをお持ちです。自分を高めるのであれば、ここが一番良いと思いました」

「何のために、自分を高めたいんだ?」

「それはもちろん……」


 冒険をしていれば、恨みを買うこともある。仲間に裏切られることもある。体の原型を失うこともある。

 だがそれでも、やっぱり冒険は、挑戦は鮮烈だ。


「再び、冒険の旅へ出るためです」


「現役だねえ……」


「ええ、ワタクシにどれだけの時間があるのかはわかりませんが……少なくとも、先日の獣の時よりは、未来があるかと」


「そう悲観するな。見た感じだと、呪いはお前に害を加えていない。若さは失ったが、健康寿命は削られてねえんだろうよ。その見た目が、あと二十年は維持されるだろうな」


「……それだけ未来があると知っても、ワタクシは冒険がしたいです」


「つくづく、現役だねえ」


 呪われるほど恨まれる者、呪うほど恨む者。

 ジョンマンはどちらも軽蔑するが、『冒険』を経て成長したのならそれを認めもする。

 いやむしろ、他のどの弟子よりも、親近感がわいてしまう。


「お前は、俺によく似ているよ」

「それは、褒めているのですか?」

「いや? 引退した後で、こんなに頑張るんじゃなかったって後悔する奴になる」

「それはそれは……引退できるほど長く冒険ができるなんて素敵ですわ」

「そういっていられるのも今の内だ、馬鹿め。俺の修行は厳しいぞ~~?」


 他の五人の子たちは、いい子が過ぎる。

 それに比べて、痛い目を見てから起き上がり、それでも何度も過ちを繰り返すであろう『この子』の方が……。


「それで、お返事はいただけますか?」

「ああ、弟子入りは認めてやる。弟子の末席だが、文句はないだろう?」

「ええ、もちろん。下働きからやり直す所存です」

「それはいいが……」


 ジョンマンは悪戯っぽく、淑女をからかった。


「ウチはマナー教室じゃないんだ。そんなに畏まらなくていいぞ」

「……キャハハ! 変なの! こっちの方がいいなんて! なにオッサン、こっちの方が好みだったりするワケ? 変態じゃん!」


 年齢相応の振舞をし始める淑女。

 見た目とギャップのありすぎる所作は、しかしあまりにも自然で、むしろこちらの方が魅力にあふれていた。


「今まで獣になってたんだ、猫被ることはねえだろう」

「やだ、優しさのつもり? それで女の子に好かれると思ってるの? イケオジになった気~~?」

(コイツやっぱり、昔の俺に似てるな……)


 敬意や礼儀を知っていて、好意的で恩義を覚えていても、無礼講だと本気で無礼になる奴だった。

 ジョンマンはむしろ安心しつつ、淑女をあしらう。


「俺のことをからかうのはそろそろやめろ。それより、下働きからやり直す気なんだろ? それなら隣の豪邸の掃除でもして来い」

「は~~い! アタシに任せて頂戴! あ、掃除しているか確認しにいくって口実で、アタシの魅惑の呪われボディをじろじろ見ないでね? お金取るよ?」

「いいからとっとと行け」


 昔の自分を思い出しながら、かつての師匠に想いを馳せる。

 もしかしたら師匠たちも、こんな気分だったのだろうか。


「あ、マの質問なんだけど」

「真面目な質問ならマとかで略すなよ」

「うわ~~、オッサンと分かり合えるとキモッ! って感じ。で、マの質問なんだけど」


 淑女は、素で質問を投げた。


「アンタの弟子、なんで女の子ばっかなの? アタシはともかくさ、女子ばっかっておかしくね?」

「それはな……俺が一番そう思ってるんだ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いやいや、ちゃんと男装してるだろ2人くらい?
[一言] 今回の話は味わい深くて良かったです。 ジョンマンは疲れたとは言っても芯は冒険者なんだというのが分からされた話でした。病人のような描写から一転、人間臭く熱い欲望の名残みたいなところが見れてとて…
[良い点] 条理への挑戦…というとギャンブラーが崇高な感じがしてくるな 彼女たちは当人同士で悟って決着したし良し…いや呪いがそもそもそうなるように定める性質を持つのかな? 損したのはウザ絡みされたラッ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ