自力で立ち上がったからこそ
冒険者、つまり冒険する者。
例えば登山家は、冒険者だろう。
彼らは装備を厳選し、最低限最小限に抑える。もちろん肉体も『登山のための肉体』に調整する。
登山のための技術、登山のための知識。なにより、その山そのものについて調べる。
まさに、万全を尽くしている。
そんな彼らに『今回の登山は上手くいくと思いますか』とか『絶対に失敗しませんよね』と聞いたとして……。
口でどうあれ、内心ではどう思うだろうか。
わからない、この一言に尽きるであろう。
絶対に無理、ではない。見通しが立たない、でもない。
だが自分ではどうにもならないことにぶつかれば、諦めて帰るしかない。
冒険とは、そういうものだ。
頑張れば頑張った分だけ対価が約束されている。
それは冒険ではない。
支払えば相応の『なにか』が得られる。
これも冒険ではない。
呪いはその対極だ、代償分の効果は保証されている。
保証、担保、確定。それのどこに、冒険が、挑戦があるのか。
条理とは、突き詰めれば超自然的な『法律』である。
自分は法律を守り、他者を法律に罰してもらうなど……。
曲がりなりにも、冒険者のすることではない。
※
■■■■■■がジョンマンたちの元を去って、しばらくの月日が経過した。
五人もいるジョンマンの弟子たちは、それぞれの理由によってジョンマンの元を離れている。
ジョンマンは久方ぶりに、一人の時間を楽しんでいた。
ずっとこれが続くと思うと退屈だが、つかの間だと思えばむしろ楽しいものだ。
浸っていると、彼の小さな家のドアがノックされた。
入ってもいいと返事をすると、一人の『女性』が入ってくる。
「失礼します」
とても礼儀正しい、成熟した女性だった。
幼さはないものの、成熟した雰囲気を持ち、女性の全盛期のような雰囲気を持っている。
「一応聞くが、どこのどなただ?」
「先日助けていただいた、小さい獣でございます」
するりと、女性は上着を脱いだ。
背中の全面が露出した下着を着ている彼女は、身の内に封じていた呪いを開放する。
見るもおぞましい呪われた獣の腕が四本、新しく生えてきたのだ。
おぞましくも礼儀正しい振る舞いをする淑女に、ジョンマンは白けたような、しかし突き放さない態度をとっている。
「その姿を見るに、カルマの清算は済んだみたいだな。どう決着をつけた?」
「かつての仲間と立ち合い、打ち倒しました」
生えていた腕をしまって、上着を着直した淑女は犯行を供述した。
「やはりそうなったか。で、仲間は潔く死んだか?」
「いいえ、最後まで冒険者らしく振る舞いました」
淑女に倒された仲間たちは、積極的に殺し合いへ臨んだにも拘わらず、惨めな最期だった。
こんなはずじゃなかった、くそ、なんでだ、コイツを殺せば済むのに、おかしい、呪うんじゃなかった、今からでも、私だけでも、アタシだけでも、オレは死にたくない。
実に、冒険者らしかった。
「そうか、そうだろうな。そんなもんだ。俺も同じようなもんだし、君もそんなもんだろう」
「ええ、冒険者とはそういうものですから」
冒険者は高潔でも崇高でも、忠実でも精悍でもない。
自分勝手で自分本位で、自己中心的であるべきだ。
下手に美化しても、いいことなど何もない。
法の及ばぬ地に向かうものは、そうあるべきだ。
そしてそれは、向上心や克己心と矛盾しない。
自分の為に自分を追い込み、自分の為に自分を超える。
何も悪いことではない。
「呪いは、終わりました。体はこれ以上変化していません。その代わり、実家なども確認しましたが、以前のワタクシのことを覚えている者は、だれもいませんでした。資料にも残っておりません」
「だろうな。で、その報告をするために、わざわざここにきたと?」
「……いいえ、折り入ってお願いがあるのです」
異形の淑女は、恭しく頭を下げた。
「どうか、弟子に加えてください」
「自分の事情を知っているのが俺たちだけ、だからか?」
「それもあります。ですが貴方のお弟子は、かつてのワタクシを大きく超える強さをお持ちです。自分を高めるのであれば、ここが一番良いと思いました」
「何のために、自分を高めたいんだ?」
「それはもちろん……」
冒険をしていれば、恨みを買うこともある。仲間に裏切られることもある。体の原型を失うこともある。
だがそれでも、やっぱり冒険は、挑戦は鮮烈だ。
「再び、冒険の旅へ出るためです」
「現役だねえ……」
「ええ、ワタクシにどれだけの時間があるのかはわかりませんが……少なくとも、先日の獣の時よりは、未来があるかと」
「そう悲観するな。見た感じだと、呪いはお前に害を加えていない。若さは失ったが、健康寿命は削られてねえんだろうよ。その見た目が、あと二十年は維持されるだろうな」
「……それだけ未来があると知っても、ワタクシは冒険がしたいです」
「つくづく、現役だねえ」
呪われるほど恨まれる者、呪うほど恨む者。
ジョンマンはどちらも軽蔑するが、『冒険』を経て成長したのならそれを認めもする。
いやむしろ、他のどの弟子よりも、親近感がわいてしまう。
「お前は、俺によく似ているよ」
「それは、褒めているのですか?」
「いや? 引退した後で、こんなに頑張るんじゃなかったって後悔する奴になる」
「それはそれは……引退できるほど長く冒険ができるなんて素敵ですわ」
「そういっていられるのも今の内だ、馬鹿め。俺の修行は厳しいぞ~~?」
他の五人の子たちは、いい子が過ぎる。
それに比べて、痛い目を見てから起き上がり、それでも何度も過ちを繰り返すであろう『この子』の方が……。
「それで、お返事はいただけますか?」
「ああ、弟子入りは認めてやる。弟子の末席だが、文句はないだろう?」
「ええ、もちろん。下働きからやり直す所存です」
「それはいいが……」
ジョンマンは悪戯っぽく、淑女をからかった。
「ウチはマナー教室じゃないんだ。そんなに畏まらなくていいぞ」
「……キャハハ! 変なの! こっちの方がいいなんて! なにオッサン、こっちの方が好みだったりするワケ? 変態じゃん!」
年齢相応の振舞をし始める淑女。
見た目とギャップのありすぎる所作は、しかしあまりにも自然で、むしろこちらの方が魅力にあふれていた。
「今まで獣になってたんだ、猫被ることはねえだろう」
「やだ、優しさのつもり? それで女の子に好かれると思ってるの? イケオジになった気~~?」
(コイツやっぱり、昔の俺に似てるな……)
敬意や礼儀を知っていて、好意的で恩義を覚えていても、無礼講だと本気で無礼になる奴だった。
ジョンマンはむしろ安心しつつ、淑女をあしらう。
「俺のことをからかうのはそろそろやめろ。それより、下働きからやり直す気なんだろ? それなら隣の豪邸の掃除でもして来い」
「は~~い! アタシに任せて頂戴! あ、掃除しているか確認しにいくって口実で、アタシの魅惑の呪われボディをじろじろ見ないでね? お金取るよ?」
「いいからとっとと行け」
昔の自分を思い出しながら、かつての師匠に想いを馳せる。
もしかしたら師匠たちも、こんな気分だったのだろうか。
「あ、マの質問なんだけど」
「真面目な質問ならマとかで略すなよ」
「うわ~~、オッサンと分かり合えるとキモッ! って感じ。で、マの質問なんだけど」
淑女は、素で質問を投げた。
「アンタの弟子、なんで女の子ばっかなの? アタシはともかくさ、女子ばっかっておかしくね?」
「それはな……俺が一番そう思ってるんだ……」




