条理なき日々へ
オーシオ、コエモ、リョオマの三人は、今日も神域時間の練習をしていた。
一つの動作で防御と攻撃を同時にこなすものや、戦闘のさなかで時間間隔を完璧にするというもの。
いざやってみると『ラックシップの部下たちは賢い使い方をしていたんだなあ』とか『ジョンマンやラックシップはすごかったんだな』と実感する日々であった。
そんな訓練をしている中で、リョオマはぼそりと心配事を口にした。
「あの子、元気かしらねえだぜ」
「呪われていた元天才美少女剣士ですね。結局名前はわからないままでしたが……」
「噂だと『巨大な魔獣が森の奥に潜んでいる』と良く聞きますが、寂しくないんでしょうかだぜ……」
(とりあえず、貴方とリンゾウ君から離れたかったんでしょうね……)
ジョンマンはリンゾウとリョオマに■■■■■■の面倒を見るように指示した。
それは■■■■■■に悪印象を与えないようにしつつ、カルマの清算を加速させるためだった。
要するにジョンマンの認識上、リョオマとリンゾウは『余計なお世話要員』だったのだ。
実際そうなったので、■■■■■■からの印象は酷いものであろう。
「寂しいかもしれないけど、自分で決めたことだから平気でしょ! ジョンマンさんからも激励されてたしね!」
「激励……?」
すくなくともオーシオの記憶において、■■■■■■をジョンマンが激励したことはない。
なんなら嫌っていたようにもみえる。
「だってほら、条理に惑わされることはなくなるんだ、って言ってたじゃん!」
「それの、どこが?」
「だぜぇ……?」
確かにジョンマンは、そんなことを言っていた。
聞き覚えのない言葉であった。普通は『不条理に惑わされることはなくなるんだ』というところであろうに。
状況的におかしくないが、そんなに深い意味があったとは思えない。
「だってさあ、何があっても絶対に条理通りになるって最悪じゃん!」
ジョンマンもコエモも■■■■■■も、根は冒険者である。
だからこそ、女王や騎士、武道家や魔法使いとは絶対的に違う点がある。
その本質は……。
※
ラックシップに倒された後の三人は、名声の作用ゆえか大勢の人たちによって救助された。
当初こそまた悪い噂を流されるのか、と警戒していた三人だったが、もっと悪い状況になっていた。
「おお、意識を取り戻したのですね!」
「よかった……倒れていた貴方たちを見た時は、どうしようかと!」
「三人とも無事だったのですね、安心しました!」
彼女たちは分不相応なほどの豪邸に運び込まれ、ありえない数の医者によって診てもらっていたのだ。
何事かと思っていると、実に筋の通った回答が返ってくる。
「貴方達が挑んだラックシップに、懸賞金をかけていたものでございます!」
「我らは奴やその手下に損害を受けておりまして、大いに恨んでいるのです」
「それなのに、誰も奴を討ってくれず……諦めていたところで、貴方たちが!」
「返り討ちになったことは残念ですが、貴方たちは生き残った!」
「高名な貴方たちなら、必ず成し遂げてくださるでしょう!」
三人とも、何も言えなかった。
ラックシップの実力は、この上ないほど痛感している。
どう軽く見積もっても、今の自分たちの十倍以上は強い。
この『どう軽く見積もっても』は、あの手抜きみたいな戦い方をした場合の戦力である。
仮に真面目に戦えば(本気を出せば、ですらない)、どうなるかなど考えたくもない。
必死に努力して十倍は強くなって、それでようやくあの手抜きと渡り合えるようになるのだ。
本気を出されれば瞬殺されて終わりである。
(絶対に無理だ!)
(お前らが自力で何とかしろ!)
今までの心折れた冒険者と同じように、三人の心もへし折れていた。
冒険は自殺ではない。
絶対に無理だと判断したら、踏み込まないことこそ賢いのだ。
「申し訳ありませんが、私たちの実力では到底及ばないでしょう。ですが、力を蓄え、必ずやリベンジを成し遂げます!」
流石はリーダー、カリータである。
問題を先送りにすることで、上手くかわしていた。
周囲から尊敬を集めつつ、最高の治療を受けた彼女たちは、退院後に『誰もいない山奥』に入っていった。
そこでようやく、作戦会議を始める。
「……私たちは、いろいろと正気じゃなかった気がする」
治療を受けている間は、三人で会議をする余裕もなかった。
だからこそ頭の中で、必死に考えを巡らせていた。
なぜこうなってしまったのか、それぞれに考えて考えて、結論に至ったのである。
「ああ、同感だよ。今にして思えば、そもそもあのガキを殺さなかったことだって、可笑しなことだったんだ」
「それに、ラックシップを相手に逃げようともせずに襲い掛かったこともな……」
「今は、多分、正気だ。だが、時々暴走している……暴走した後でも気付かないぐらい、無意識に……」
カリータの呪いである『名声を奪う』というのは、周囲の人間を洗脳しているようなものだ。
解釈次第では別の方法でも実現可能だが、実際にはそうとしか思えない現象が起きていた。
ならばこの三人自身も、なにがしかの影響を受けていても不思議ではない。
「呪いが頭に回ってるって、言われた気がするな……」
「ああ。呪いってのは……相応にヤバかったんだね」
「クソ、考えが甘かった!」
定期的に正気を失い、後で振り返っても熟考しなければ気付けないなど最悪である。
今死んでいないことが不思議なほどであり、呪いの効果の一環としか思えない。
「なあリーダー、例の『おまじないの本』はどうだった?」
「何度も読み直したが、呪いの解き方だのなんだのは書いてなかった……」
「クソ、八方塞がりか」
ーー彼女たちは、追い詰められていた。
運命による圧力を受けた者は、逃げ道を、弱いところを……。
殴ってもいい相手を、憎むべき敵を、うっぷんをぶつけるべき対象を求めた。
この場の三人が『その決断』をしたことが、呪いの作用だとは誰にも言い切れない。
この三人の殺意まで呪いの産物だというのは、さすがに無責任が過ぎるだろう。
「アイツを探そう。多分だが、生きてる。見つけて……今度こそ殺そう」
「そうだね、元をただせば全部アイツが悪い」
「そうでもしないと、腹の虫が収まらない……!」
そもそも、殺したいほど憎いから呪ったのだ。
その相手が生きているのなら、殺したくもなる。
これを運命と呼ぶことはできまい。
※
カリータ、リツモ、ノフカーは小さな獣になった■■■■■■を探すことにしました。
普通ならば、森の中で置き去りにされた獣のことなど誰にもわかりません。
ですが探し始めてすぐに、とある噂が耳に入ったのです。
「バカな金持ちに死にかけの獣を売ったら、とんでもない儲けになったぜ! 笑いが止まらねえな!」
獣長者とも呼ばれる元狩人が、田舎で悠々自適な暮らしをしているというではありませんか。
三人はあわてて、その獣長者の元へ向かいます。
「おいお前、森で小さな獣を見つけて、それを売りつけたそうだな。一体どこに売りに行った?」
「ひいいい! お助けを~~!」
「いいから言いな! 嘘をついたら、どうなるかわかってるんだろうねえ?」
「そ、そんなことはありません!」
「ではさっさと言え」
三人の冒険者は、とても強そうです
詰め寄られた獣長者は、とっても怖い思いをしました。
こんなことなら、大儲けをしなければよかったと思うほどです。
「ドザー王国の、ミドルハマーという町です!」
「よし……行くぞ!」
三人はこうして、■■■■■■がどこに行ったのか知ったのでした。
彼女らは大慌てでミドルハマーを目指して進みますが、その途中で『ありえないほどの噂』を耳にします。
「ねえ、この近くの山に、魔獣が住み着いたんですって!」
「暴れないらしいけど、怖いよなあ」
「目が三つも四つもあって、光るんだと!」
「人間には見えないって! もちろん、女の子にもな!」
「その魔獣はどこから来たんだろうな?」
「どれぐらい生きてると思う?」
「何十年、何百年と生きてるんだろうよ」
「腕が六つはあるらしいぜ!」
「どれも爪が長く、太いんだと!」
「剣を持てるような手じゃなかったなあ」
噂話はどうもおかしいものでした。
まるで三人に聞かせているようです。
「アイツだ……!」
三人は確信し、ミドルハマーではなくその途中の山に入っていき……。
※
かつて仲間だった四人は、誰もいない深い山の中で再会した。
以前は天才美少女剣士としてもてはやされていた■■■■■■は、見る影もなかった。
身長は3mほど、体重は300kgを越えるだろう。
噂通りに目は四つあり、赤く光っている。腕は六本も生えて、それぞれが熊のような手になっている。
『久しぶりね、カリータ、リツモ、ノフカー。リツモ以外は、変り無さそうでうれしいわ。あ、もちろん皮肉だからね』
変わっていないのは、彼女の声だけだった。
三人の名前を呼んだことからして、■■■■■■であると三人も確信する。
『で、一応聞くけど、アンタら正気? 呪いでバカになってない?』
「幸い、自分の意思だよ。正気でいられないほど怒っちゃあいるがな!」
「あのちっちゃかったお前が、こんなに大きくなるとはね! アタシは嬉しいよ! もちろん皮肉さ!」
「呪われていないからって、殺意がないと思うなよ。オレたちはお前を呪ったせいで、とんでもない目に遭ったんだからな……!」
『ぷふ、キャハハハハハ! キャハハハ!』
■■■■■■は、わざとらしいほど笑っていた。
仮にも仲間だった三人は、彼女の笑いが素のままではないと見抜いていた。
「なにが言いたい」
『一応、笑ってやろうかと思ってさ。ほら、同情されると一周回って腹立つでしょ。そんな関係でもないしね』
仲間だった、からこその会話があった。
奇妙なことだが、緊張感と余裕が同居していた。
直後に殺し合いが始まっても不思議ではないのに、語り合いが続いている。
『アタシさあ。呪いの影響かなんかで、呪いに詳しい人に会えたの。その人曰く、呪いの解き方が決まってないなら、呪いは解けない。元の姿には一生戻れないってね』
「それは良かった、呪った甲斐がある。私たちが不幸になったのに、お前が幸せを取り戻したら、と思うだけで吐き気がするよ」
『ふ~~ん』
ここで■■■■■■は交渉のようなことを始めた。
『まあぶっちゃけね、この姿は受け入れてんのよ』
「……ずいぶん変わった趣味だな」
『だってほら、アタシも冒険者だし。冒険でこうなったと思えば、まあアリかなって』
「なにを……いや、かもしれないな」
『でしょ』
この場の四人は、冒険者だった。
すくなくとも最初は、志を持っていた。
『仲間に裏切られる、呪われて人間じゃなくなる……冒険者だしね、そういうこともあるでしょ』
だからこそ三人は、■■■■■■の言葉に敗北感を覚えた。
このデメリットに対して、彼女のように向き合えただろうか。
見て見ぬふりをする、あるいは付き合い切れずに引退しようとした。
冒険者としては、■■■■■■が正しい。
『でもまあ、呪われっぱなしってのは、さすがにナシかなって思ってんのよ』
彼女の心には、今も『条理に惑わされる』という言葉が反響している。
呪いの本質が因果応報、等価交換、身分相応だというのなら……。
そんなもんは、ゴミだ。
『呪われている間は、何もかもご都合主義。カルマがどうの、破滅がどうの……なるようにしかならないだの……うんざりだわ』
冒険は自殺ではない。可能な限り、リスクは下げるべきだ。
だがルーティンワークでもない。能力相応の対価を求めているわけではない。
冒険は挑戦だ、冒険者は挑戦者だ。
条理な世界に満足できない、不条理な場所に赴くものだ。
『上振れも下振れもしない人生なんて、作業と同じじゃない。でっかく賭けてでっかく儲けて……それが冒険者ってもんでしょ』
「そうだな……呪いは、クソだ。で、呪いを終わらせる方法はあるのか?」
『決着をつけること、らしいわ』
双方は申し合わせたかのように、戦闘態勢に入る。
呪いというレールの上から出るための道が二つあるとしても、もうどちらを選ぶかは決まっていた。
『アタシたちが和解して、利害を共有する。そうすれば、お互い悪化はしないでしょ』
「死んでも御免だ」
「同じくだね」
「リーダーに従わせてもらう」
『気が合うわね、言ってみただけよ』
当然ながら、一方的な暴力はカルマが移動する。
しかし申し合わせた決闘ならば、カルマの移動は起こらない。
どちらかが『プロット』に守られて勝つ、ということは起きない。
『じゃ、ケリつけよっか。負けて死んだ方が、全部引き受けるってことで! もちろん、アンタたちの合意がないとできないけどね!』
「安心しろ……こっちはな、メリットが無くてもそうするつもりだった!」
「最初からこうすればよかったわ! マジでねえ!」
「回り道をしたものだ……これこそ、冒険者だろう!」
三人の冒険者と、巨大な魔獣の戦いが始まる。
ここまでが呪いの物語であり、そこから先にレールはない。
四人が望んだ、不条理な世界だ。




