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条理なき日々へ

 オーシオ、コエモ、リョオマの三人は、今日も神域時間の練習をしていた。

 一つの動作で防御と攻撃を同時にこなすものや、戦闘のさなかで時間間隔を完璧にするというもの。


 いざやってみると『ラックシップの部下たちは賢い使い方をしていたんだなあ』とか『ジョンマンやラックシップはすごかったんだな』と実感する日々であった。

 そんな訓練をしている中で、リョオマはぼそりと心配事を口にした。


「あの子、元気かしらねえだぜ」


「呪われていた元天才美少女剣士ですね。結局名前はわからないままでしたが……」


「噂だと『巨大な魔獣が森の奥に潜んでいる』と良く聞きますが、寂しくないんでしょうかだぜ……」


(とりあえず、貴方とリンゾウ君から離れたかったんでしょうね……)


 ジョンマンはリンゾウとリョオマに■■■■■■の面倒を見るように指示した。

 それは■■■■■■に悪印象を与えないようにしつつ、カルマの清算を加速させるためだった。

 要するにジョンマンの認識上、リョオマとリンゾウは『余計なお世話要員』だったのだ。

 実際そうなったので、■■■■■■からの印象は酷いものであろう。


「寂しいかもしれないけど、自分で決めたことだから平気でしょ! ジョンマンさんからも激励されてたしね!」


「激励……?」


 すくなくともオーシオの記憶において、■■■■■■をジョンマンが激励したことはない。

 なんなら嫌っていたようにもみえる。


「だってほら、条理に惑わされることはなくなるんだ、って言ってたじゃん!」

「それの、どこが?」

「だぜぇ……?」


 確かにジョンマンは、そんなことを言っていた。

 聞き覚えのない言葉であった。普通は『不条理に惑わされることはなくなるんだ』というところであろうに。

 状況的におかしくないが、そんなに深い意味があったとは思えない。


「だってさあ、何があっても絶対に条理通りになるって最悪じゃん!」


 ジョンマンもコエモも■■■■■■も、根は冒険者である。

 だからこそ、女王や騎士、武道家や魔法使いとは絶対的に違う点がある。

 その本質は……。



 ラックシップに倒された後の三人は、名声の作用ゆえか大勢の人たちによって救助された。

 当初こそまた悪い噂を流されるのか、と警戒していた三人だったが、もっと悪い状況になっていた。


「おお、意識を取り戻したのですね!」

「よかった……倒れていた貴方たちを見た時は、どうしようかと!」

「三人とも無事だったのですね、安心しました!」


 彼女たちは分不相応なほどの豪邸に運び込まれ、ありえない数の医者によって診てもらっていたのだ。

 何事かと思っていると、実に筋の通った回答が返ってくる。


「貴方達が挑んだラックシップに、懸賞金をかけていたものでございます!」

「我らは奴やその手下に損害を受けておりまして、大いに恨んでいるのです」

「それなのに、誰も奴を討ってくれず……諦めていたところで、貴方たちが!」

「返り討ちになったことは残念ですが、貴方たちは生き残った!」

「高名な貴方たちなら、必ず成し遂げてくださるでしょう!」


 三人とも、何も言えなかった。

 ラックシップの実力は、この上ないほど痛感している。


 どう軽く見積もっても、今の自分たちの十倍以上は強い。

 この『どう軽く見積もっても』は、あの手抜きみたいな戦い方をした場合の戦力である。

 仮に真面目に戦えば(本気を出せば、ですらない)、どうなるかなど考えたくもない。


 必死に努力して十倍は強くなって、それでようやくあの手抜きと渡り合えるようになるのだ。

 本気を出されれば瞬殺されて終わりである。


(絶対に無理だ!)

(お前らが自力で何とかしろ!)


 今までの心折れた冒険者と同じように、三人の心もへし折れていた。


 冒険は自殺ではない。

 絶対に無理だと判断したら、踏み込まないことこそ賢いのだ。


「申し訳ありませんが、私たちの実力では到底及ばないでしょう。ですが、力を蓄え、必ずやリベンジを成し遂げます!」


 流石はリーダー、カリータである。

 問題を先送りにすることで、上手くかわしていた。


 周囲から尊敬を集めつつ、最高の治療を受けた彼女たちは、退院後に『誰もいない山奥』に入っていった。

 そこでようやく、作戦会議を始める。


「……私たちは、いろいろと正気じゃなかった気がする」


 治療を受けている間は、三人で会議をする余裕もなかった。

 だからこそ頭の中で、必死に考えを巡らせていた。

 なぜこうなってしまったのか、それぞれに考えて考えて、結論に至ったのである。


「ああ、同感だよ。今にして思えば、そもそもあのガキを殺さなかったことだって、可笑しなことだったんだ」

「それに、ラックシップを相手に逃げようともせずに襲い掛かったこともな……」

「今は、多分、正気だ。だが、時々暴走している……暴走した後でも気付かないぐらい、無意識に……」


 カリータの呪いである『名声を奪う』というのは、周囲の人間を洗脳しているようなものだ。

 解釈次第では別の方法でも実現可能だが、実際にはそうとしか思えない現象が起きていた。

 ならばこの三人自身も、なにがしかの影響を受けていても不思議ではない。


「呪いが頭に回ってるって、言われた気がするな……」

「ああ。呪いってのは……相応にヤバかったんだね」

「クソ、考えが甘かった!」


 定期的に正気を失い、後で振り返っても熟考しなければ気付けないなど最悪である。

 今死んでいないことが不思議なほどであり、呪いの効果の一環としか思えない。


「なあリーダー、例の『おまじないの本』はどうだった?」

「何度も読み直したが、呪いの解き方だのなんだのは書いてなかった……」

「クソ、八方塞がりか」


 ーー彼女たちは、追い詰められていた。

 運命による圧力を受けた者は、逃げ道を、弱いところを……。

 殴ってもいい相手を、憎むべき敵を、うっぷんをぶつけるべき対象を求めた。


 この場の三人が『その決断』をしたことが、呪いの作用だとは誰にも言い切れない。

 この三人の殺意まで呪いの産物だというのは、さすがに無責任が過ぎるだろう。


「アイツを探そう。多分だが、生きてる。見つけて……今度こそ殺そう」

「そうだね、元をただせば全部アイツが悪い」

「そうでもしないと、腹の虫が収まらない……!」


 そもそも、殺したいほど憎いから呪ったのだ。

 その相手が生きているのなら、殺したくもなる。

 これを運命と呼ぶことはできまい。



 カリータ、リツモ、ノフカーは小さな獣になった■■■■■■を探すことにしました。

 普通ならば、森の中で置き去りにされた獣のことなど誰にもわかりません。

 ですが探し始めてすぐに、とある噂が耳に入ったのです。


「バカな金持ちに死にかけの獣を売ったら、とんでもない儲けになったぜ! 笑いが止まらねえな!」


 獣長者とも呼ばれる元狩人が、田舎で悠々自適な暮らしをしているというではありませんか。

 三人はあわてて、その獣長者の元へ向かいます。


「おいお前、森で小さな獣を見つけて、それを売りつけたそうだな。一体どこに売りに行った?」

「ひいいい! お助けを~~!」

「いいから言いな! 嘘をついたら、どうなるかわかってるんだろうねえ?」

「そ、そんなことはありません!」

「ではさっさと言え」


 三人の冒険者は、とても強そうです

 詰め寄られた獣長者は、とっても怖い思いをしました。

 こんなことなら、大儲けをしなければよかったと思うほどです。


「ドザー王国の、ミドルハマーという町です!」

「よし……行くぞ!」


 三人はこうして、■■■■■■がどこに行ったのか知ったのでした。

 彼女らは大慌てでミドルハマーを目指して進みますが、その途中で『ありえないほどの噂』を耳にします。


「ねえ、この近くの山に、魔獣が住み着いたんですって!」

「暴れないらしいけど、怖いよなあ」

「目が三つも四つもあって、光るんだと!」

「人間には見えないって! もちろん、女の子にもな!」


「その魔獣はどこから来たんだろうな?」

「どれぐらい生きてると思う?」

「何十年、何百年と生きてるんだろうよ」


「腕が六つはあるらしいぜ!」

「どれも爪が長く、太いんだと!」

「剣を持てるような手じゃなかったなあ」


 噂話はどうもおかしいものでした。

 まるで三人に聞かせているようです。


「アイツだ……!」


 三人は確信し、ミドルハマーではなくその途中の山に入っていき……。



 かつて仲間だった四人は、誰もいない深い山の中で再会した。

 以前は天才美少女剣士としてもてはやされていた■■■■■■は、見る影もなかった。

 身長は3mほど、体重は300kgを越えるだろう。

 噂通りに目は四つあり、赤く光っている。腕は六本も生えて、それぞれが熊のような手になっている。


『久しぶりね、カリータ、リツモ、ノフカー。リツモ以外は、変り無さそうでうれしいわ。あ、もちろん皮肉だからね』


 変わっていないのは、彼女の声だけだった。

 三人の名前を呼んだことからして、■■■■■■であると三人も確信する。


『で、一応聞くけど、アンタら正気? 呪いでバカになってない?』

「幸い、自分の意思だよ。正気でいられないほど怒っちゃあいるがな!」

「あのちっちゃかったお前が、こんなに大きくなるとはね! アタシは嬉しいよ! もちろん皮肉さ!」

「呪われていないからって、殺意がないと思うなよ。オレたちはお前を呪ったせいで、とんでもない目に遭ったんだからな……!」


『ぷふ、キャハハハハハ! キャハハハ!』


 ■■■■■■は、わざとらしいほど笑っていた。

 仮にも仲間だった三人は、彼女の笑いが素のままではないと見抜いていた。


「なにが言いたい」

『一応、笑ってやろうかと思ってさ。ほら、同情されると一周回って腹立つでしょ。そんな関係でもないしね』


 仲間だった、からこその会話があった。

 奇妙なことだが、緊張感と余裕が同居していた。

 直後に殺し合いが始まっても不思議ではないのに、語り合いが続いている。


『アタシさあ。呪いの影響かなんかで、呪いに詳しい人に会えたの。その人曰く、呪いの解き方が決まってないなら、呪いは解けない。元の姿には一生戻れないってね』

「それは良かった、呪った甲斐がある。私たちが不幸になったのに、お前が幸せを取り戻したら、と思うだけで吐き気がするよ」

『ふ~~ん』


 ここで■■■■■■は交渉のようなことを始めた。


『まあぶっちゃけね、この姿は受け入れてんのよ』

「……ずいぶん変わった趣味だな」

『だってほら、アタシも冒険者だし。冒険でこうなったと思えば、まあアリかなって』

「なにを……いや、かもしれないな」

『でしょ』


 この場の四人は、冒険者だった。

 すくなくとも最初は、志を持っていた。


『仲間に裏切られる、呪われて人間じゃなくなる……冒険者だしね、そういうこともあるでしょ』


 だからこそ三人は、■■■■■■の言葉に敗北感を覚えた。

 このデメリットに対して、彼女のように向き合えただろうか。

 見て見ぬふりをする、あるいは付き合い切れずに引退しようとした。

 冒険者としては、■■■■■■が正しい。


『でもまあ、呪われっぱなしってのは、さすがにナシかなって思ってんのよ』


 彼女の心には、今も『条理に惑わされる』という言葉が反響している。


 呪いの本質が因果応報、等価交換、身分相応(・・・・)だというのなら……。

 そんなもんは、ゴミだ。


『呪われている間は、何もかもご都合主義。カルマがどうの、破滅がどうの……なるようにしかならないだの……うんざりだわ』


 冒険は自殺ではない。可能な限り、リスクは下げるべきだ。

 だがルーティンワークでもない。能力相応の対価を求めているわけではない。


 冒険は挑戦だ、冒険者は挑戦者だ。

 条理な世界に満足できない、不条理な場所に赴くものだ。

 

『上振れも下振れもしない人生なんて、作業と同じじゃない。でっかく賭けてでっかく儲けて……それが冒険者ってもんでしょ』

「そうだな……呪いは、クソだ。で、呪いを終わらせる方法はあるのか?」

『決着をつけること、らしいわ』


 双方は申し合わせたかのように、戦闘態勢に入る。

 呪いというレールの上から出るための道が二つあるとしても、もうどちらを選ぶかは決まっていた。


『アタシたちが和解して、利害を共有する。そうすれば、お互い悪化はしないでしょ』

「死んでも御免だ」

「同じくだね」

「リーダーに従わせてもらう」

『気が合うわね、言ってみただけよ』


 当然ながら、一方的な暴力はカルマが移動する。

 しかし申し合わせた決闘ならば、カルマの移動は起こらない。

 どちらかが『プロット』に守られて勝つ、ということは起きない。


『じゃ、ケリつけよっか。負けて死んだ方が、全部引き受けるってことで! もちろん、アンタたちの合意がないとできないけどね!』

「安心しろ……こっちはな、メリットが無くてもそうするつもりだった!」

「最初からこうすればよかったわ! マジでねえ!」

「回り道をしたものだ……これこそ、冒険者だろう!」


 三人の冒険者と、巨大な魔獣の戦いが始まる。

 ここまでが呪いの物語であり、そこから先にレールはない。


 四人が望んだ、不条理な世界だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 冒険者のあり方は素晴らしい落ちでした。 でも、その結果がジョンマンやラックシップだと思うとなんとも言葉にできない気持ちが湧いてきます。
[一言] こうして、呪われるような性格の娘は名を失った怪物となり、呪って名声を得た娘たちは怪物に食べられてしまいましたとさ。 とっぴんぱらりのぷう。
[一言] 不条理を生きてこその人生か。まぁ呪いの反作用で天才美少女剣士が勝つと物語的には無くとも、戦力的にはほぼ決まってるけどな。
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