職務怠慢
続編を熱望される声が多かったので……。
蛇足かもしれませんが、少々の続きを投稿させていただきます。
本日12時、18時に予約済みです。
ダンジョン。
つまりは、深い迷宮。
そこではモンスターが無限に湧きだし、希少な鉱物が採集され、トラップがひしめいている……危険と財宝のつまった場所である。
一般に深く、広いダンジョンであるほど、その『生産物』は貴重で強力で高価となる。
当然ながら、それはそのまま、危険で凶悪な武器の材料にもなりうる。
凶悪な猛毒の蛇、その毒牙を集落の井戸に投げ込んだら? あるいは田畑の水源に放り込まれたら?
大量の強力な武器が生産されて、それが危険勢力の手に渡れば?
それを避けるために、ダンジョンには『冒険者ギルド』が存在する。
信頼のできる人物だけを入らせるというのは、『実力が信頼できない人物』を入れないことで犠牲者を減らすという意味以上に、『人格面で信頼できない人物』を入れないことで資源の流出を無くすという点が重い。
小さいダンジョン、大した生産物のないダンジョンはその制度も有名無実となっているが、強大なダンジョンでは厳格に守られている。
まして国内最大のダンジョンともなれば、入念な審査をクリアする者しか入ることが許されず……。
もしも無資格者が入ろうとすれば……。
その、最高難易度のダンジョンに入ることを日常とする、最強格の冒険者たちが立ちはだかり、容赦も警告もなく殺してくるだろう。
彼らの戦闘能力は、ミドルハマーの冒険者ギルドに属する者とは段違いである。
ヂュースを越えた強者しかいない、近衛騎士と比べてもそん色ない、圧倒的な戦闘集団であった。
彼らからすれば、街の警備兵など足手まといでしかない……。
※
ドザー王国最大のダンジョンがある街、アカホアコウ。
そこには当然ながら国内最大の冒険者ギルドが存在し、なおかつ国内最強格の冒険者パーティーばかりが在籍している。
パーティーの数自体はそう多くないが、最大のダンジョンであるだけにそれぞれの人数はとても多く、総人数は47人ほどに達する。
その全員がヂュース以上の実力者なのだから、もはや軍隊と言っても差し支えない。
その、47人が、ダンジョンの入り口に集合していた。
本来ならあり得ない、ダンジョンへ侵入しようとするものを撃退するためである。
「なかなか年のいっているオッサンだな……冒険する年齢には見えねえが、かなりヤルのは見ればわかるぜ」
最大のダンジョンにふさわしい、巨大な入口。
その前に立つ47人の一人、ハラソー。
熟練の冒険者である彼は、軽口をたたきつつも、目の前の『侵入者』を睨んでいた。
「実力の底が見えないな……何人かは死ぬかもしれん。だがそれで退くことは、我らには許されない。覚悟を決めろよ、全員な」
やはり47人の一人、カッターオ。
精悍な顔つきの彼は、目の前の『侵入者』が自分達より強いと認識していた。
このアカホアコウの冒険者ギルドに在籍しているうえで、その中でも内心自分が一番強いと思う彼でさえ、そう認識していたのだ。
「く、く、く……くくく、真面目だねえ」
一人の男が、にやにやと笑っている。
既に全盛期を越えている、中年……いや、初老の男性。
どう見ても堅気ではない彼は、その風格だけで強者であるとわかる。
「俺と戦っても儲からないだろうに……いやはや、こんな国でも、最大のダンジョンがあるところでは、冒険者の職業意識は高いってか……」
退くなら、見逃していたかもしれない。
だがこの初老の男性は、47人を前に引き下がらない。
だからこそ、47人は迎え撃つ覚悟をした。
何人か死ぬことになるだろう、十人以上が冒険者を引退することになるだろう。
そうなったとしても、この男を通すわけにはいかない。
そう思って……。
「ま、待って!」
飛び出したのは、クラーノだった。
最年少の女性という、この中ではやや見劣りする冒険者だが、周囲からは高い評価を得ている。
メンタルもフィジカルも、このダンジョンへ潜るにふさわしい実力を備えている。
そのうえで彼女には、とても珍しい才能があった。
「だ、駄目です! 皆さん、この男を通してください!」
「な、なにを言っている……何が、見えた!?」
クラーノの両目は、よく見ると淡く光っている。
それは彼女の才能である、『浄玻璃眼』。
あらゆるトラップや偽装を見破り、敵の実力や弱点などを見抜く、最高の才能。
努力では手に入れられない、至高のギフト。
それを持っている彼女だけが、『目の前の底知れぬ男』の全容を『把握』できたのだ。
「こ、この男は……この、男は……!」
「お嬢ちゃん、いい目を持っているねえ」
そのクラーノが、なんとか仲間を説得しようとする姿を、しかし『侵入者』は……。
ラックシップは、やんわりと止めていた。
「だがね、これ以上時間を取りたくない。説明はほら、後にしてくれ」
かくて侵入者は、のんびりと、ラフな普段着でダンジョンの入口へ歩いていく。
「ど、どうする!?」
「……どうすると言っても、私達には彼を止める義務がある」
「どのみち素通しすれば、俺達も重罪を背負うことに……」
「いや、待て! 手を出すな!」
「クラーノを信じよう……奴を叩くのは、後でもできる」
「どこの誰かわからないのだ……勝算を少しでも上げよう」
一般の隊員は、それでも戦おうとする。
しかし各パーティーのリーダーたちは、クラーノの警告を受け入れていた。
なんの根拠もなく、なんの能力もなく、なんの信頼もできない者が言ったのならともかく。
明確に最高の眼を持つ者が、こうも怯えていれば話は変わってくる。
「ふぅ……勝算ね、まあ正しい。俺がダンジョンに潜って、冒険して、荷物を持って戻ってきて……疲れ切ったところを叩く。まあ、間違ってないわな」
ゆうゆうと入ってくラックシップを、47人の『国内最高の冒険者』たちは見送ることしかできなかった。
※
ほどなくして、ギルドの職員たちがダンジョンの入り口にやってきた。
既に戦闘が終了し、侵入者が撃退されたとふんでのことだったが……。
「はあ!? 敵が強そうだったから、素通ししたぁ!?」
「なに考えてるんだ! 義務の放棄は、もはや刑事罰だぞ!」
「このダンジョンは、出入り口が一つしかない。だから戻ってきた時に叩けばいい……なんていうのが、通ると思っているか!」
「戻ってきたところを叩くのは当然だ! だがそれでも、おとがめなしなんてことはないぞ!」
身元がはっきりしている、生まれのいいギルド職員たち。
彼らは口々に、国内最高の冒険者たちをののしった。
安全圏にいる者達からの、痛烈な言葉攻め。
それに対して冒険者たちは不満を持つが、しかしそれを表に出すことはない。
なぜなら、こうなるとわかったうえで見逃したからだ。
「おっしゃる通りだ、弁明の余地はない」
「もしもこのまま取り逃がすことがあれば……我らパーティのリーダー全員で責任をとる」
「他の隊員への責任は、可能な限り控えてほしい」
警備員が『強盗が強そうなので素通ししました』と言っているのだ、そりゃあ怒られても仕方ない。
まして薄給のバイトではなく、相応の給料をもらっている最強の冒険者たちである。
こんなことが知られれば、それこそ冒険者、冒険者ギルド全体への不信につながる。
場合によっては、冒険者全体への法律そのものに変更が起きかねない。
「もしも逃がした時は、わかっているんだろうな!」
「全員斬首になっても、不思議ではないぞ!」
「……ところで、侵入者はまだダンジョンに入ったばかりなんだな? すぐ戻ってくるとかはないんだな?」
当然の理由で、反撃されないとわかったうえで、罵倒の限りを尽くしていた職員たち。
しかし彼らは、侵入者の存在、脅威を思い出して怯え始めた。
「このダンジョンは浅い階層では大したものも手に入らない。だからこそ、奥まで行くはずだ。だが、このダンジョンは構造こそ単純だが、広く、深い……時間はかかるだろう」
そんな一般職員に対して、リーダーたちは安心するように話した。
相手の目的が何であれ、今すぐ戻ってくるなどありえないと。
「……違う」
だが、他でもないクラーノは違った。
相手の力量を正確に視認できた彼女だからこそ、それが楽観であると言い切った。
「アレは……すぐにでも、戻ってきます!」
彼女の言葉を肯定するように、ダンジョンの入り口から音が近づいてきた。
先ほどまで怒鳴っていた職員たちは、思わずしりもちをつく。
先ほどまでへこんでいた冒険者たちは、戦慄しつつも身構えた。
あまりにも対照的な両者たちだが、しかし戻ってきた侵入者、ラックシップを見ると同じ顔になった。
「ふひゅう……大漁、大漁」
ラックシップは平気な顔をして、ずりずりと、大量の『獲物』を引きずりながら現れた。
獲物の体毛を結び合わせて、先頭を引っ張って運んでいるのである。
まるで子供の遊びのような、粗雑な運び方。
だがそれが、途方もなく巨大で、強力なモンスターであったならば……。
「ダイヤモンド、レオ……」
この国で出会う、最強のモンスター。
それが、宝石のような毛皮を持つ怪物、ダイヤモンドレオである。
このダンジョンに生息するモンスターであるため、彼がコレを求めていたことはわかる。
彼がそれを達成して戻ってきたことも、不自然でも非合理でもない。
だが、実力があり得ない。
国内最強の冒険者たちであっても、ダイヤモンドレオを倒すのは容易ではない。
できなくはないのだが、パーティーメンバーが欠けることを覚悟しての、苦肉の戦い。
そのため戦いを避けることが、最善であるとされている。
そのダイヤモンドレオが、十体以上も殺されて引きずられている。
しかもその死体の死にざまは、あまりにも異様。
すべての個体が、首をねじりおられている。それこそ雑巾でも絞るように、ダイヤモンドレオの首を力づくで曲げ折ったのだ。
そうとしか思えない死体を、彼はずるずると引きずって現れた。
その事実からすれば、ソロの短時間で、最下層から行って戻ってきたことなど、まったく問題に思えなかった。
自分達より強い? それは合っていた。
自分の死を覚悟する? それも合っていた。
このダンジョンで得られる素材を奪われたら、とんでもないことになる? それも合っていた。
だが、自分達がどうにかできる存在だと思うのは、間違っていたのだ。
仮に先ほど全員で挑んでいれば、時間稼ぎすらできずに、皆殺しにされていただろう。
ダイヤモンドレオを素手で捻り殺すこの男からすれば、それは簡単なことだろう。
むしろそうしなかったことの方が、よほど異様に思えた。
「うぅん……先ほどはありがとうねえ、お嬢さん」
その理由を、ラックシップは語り始めた。
「俺はねえ、このダイヤモンドレオの毛皮を使ってね、部下に防具でも作ってやろうと思っていたんだよ。だから、ここに来たんだが……」
ラックシップ。その実力の一端の片鱗を見た国内最強の冒険者たちは、職員と同じように腰を抜かしていた。
それこそ、現実の残酷さに打ちのめされて、何もできずにいた。
驚いていないのは、やはりクラーノであった。
ラックシップの実力を把握した彼女からすれば、この程度など驚くに値しない。
「間抜けなことにね、ここの冒険者と戦うことになるとは思っていなかったんだよ。予定にないことをするのは、億劫に思うものだろう? 俺はもう……どっか行ってくれないかなあ、と思っていたんだよ。そこで君が、どかしてくれたわけだ」
彼は、このダンジョンで拾ってきたであろう……。
この47人の、最高の冒険者たちでも、採取の困難な高級希少素材を詰め込んだ袋を、雑に投げて渡した。
「そのお礼だ、受け取ってくれ」
彼はにっこり笑ってお礼をいうと、大漁の死体を引きずって、のんびりと帰っていくのだった。
それを止めるすべを、誰も持っていなかったのだった。
※
こうして、このアカホアコウの街の冒険者たちは、全員が義務を放棄した罪で逮捕された。
失意に沈み、呆然としていた彼らの耳に入ってきたのは……。
法律が変わった、今回のことは不問となった。
という、なんとも残酷な決定だった。
彼らは今後も、国内最高の冒険者として働くことを望まれたのだが……。
ほぼ全員が、仕事を放棄しているという。