呪いの歴史
ドザー王国のミドルハマー出身であるコエモは、帰国すると実家に帰っていた。
実父、実母、姉に迎えられた彼女は、誇らしげに自分の勲章を自慢した。
「これが! ルタオ冬国でもらった、冒険の勲章です! どうだ! どうだ、どうだあああ!」
キョクトー諸島において大国とされるルタオ冬国の勲章。その中でもなかなか高い位置の勲章は、とても神々しい雰囲気を放っている。
彼女の母と姉はその圧力を認めつつも、コエモに対して冷ややかな視線を向けていた。
「……その、ルタオ冬国を救ったのはいいのだけども、この町も救ってくれないかしら」
「いい加減ダンジョンに潜って、なんか採集してきなさいよ。許可ならいくらでも出してあげるから」
コエモの活躍といっても、二人の主観からすれば別世界の出来事である。
有名な冒険者を輩出するよりも、まず実利を求めていた。
「そうしたいのはやまやまなんだけどねえ……まだ無理なんだよ」
「国を救うより簡単でしょうが!」
「どんだけ難関なダンジョンなのよ!」
コエモが渋るように返答すると、姉と母はキレていた。
二人の主観からすると、もう嫌がらせにしか思えない。
「いやさあ、実際に戦ってみてわかったんだけど……身体強化系スキルと複数回行動スキルを同時に使うって滅茶苦茶疲れるんだよ。なんなら、身体強化系スキルだけでも凄い疲れる。ダンジョンに潜って、出てくるまで維持とか絶対無理」
もともとコエモは、ジョンマンから『まだ無理だから、ダンジョンに潜っちゃだめだよ』と言われていた。
今回の実戦では、実際その通りであると確認できたのである。
「っていうか、やっぱりお父さんってすごいんだね。被弾無しで戦うのって、凄く神経使う。私やろうとしたけど無理だった」
「……だ、だろう!?」
娘が外国で活躍して勲章までもらってきたことで、嬉しいような悔しいような気持ちでいっぱいだった実父ヂュース。
なんならハウランド以上の偉人になっていた娘から『お父さん凄いね』と忖度なしに評価されたことで上機嫌が極まっていた。
「スキルとか筋トレとかだけで、冒険者が極まるわけがねえんだ! やっぱり知識と経験がものを言うんだぜ!」
「うん、本当にそうだって実感した」
「俺が教えてやろうか!?」
「それはいいよ、ジョンマンさんに習う」
「……そうか」
なお、知識と経験に関しても、ジョンマンの方がはるかに上の模様。
「自慢も終わったし、ジョンマンさんの家に戻るね」
「……自慢しに戻っただけなの?」
「はぁ……お父さんの悪いところを真似たわね」
「……すまん」
勲章を家族に自慢し終えたコエモは、もう用はないとばかりに自宅へ帰ることにした。
なんとも薄情な話だが、年頃の娘なんてこんなもんである。
※
さて、コエモが戻ったことで、ジョンマンの家の隣の豪邸には全員が揃っていた。
リンゾウが購入した怪しいペットを囲む形で、リビングに勢ぞろいしている。
「あの……叔父上、本当にこの子が呪われているというのですか? 些か以上に疑わしいのですが」
「私もです。呪われているということですが、どう見ても弱った小動物かと」
オーシオとマーガリッティは、まじまじと獣を見つめている。
自分がみたまんまの存在ではないかと疑われていることに、彼女は不満げである。
『うう……本物のアタシは、天才美少女剣士なのに……こんなヨボヨボのペットなんかじゃないのに……』
何を言おうとしても、うなり声にしかならない。
これが老いなのか獣になったからなのかすら、彼女にはわからない。
「まあまあ、今呪いを可視化するから。グリムグリム・イーソープ・ルルルセン!」
浄玻璃眼の着色によって、■■■■■■の体にまとわりつく黒い呪いが顕わとなる。
見るもおぞましい怨念に、純粋な乙女たちは圧倒された。
「きゃああああ!? なんですか、コレ!?」
「だから呪いだって……」
特に無垢なリンゾウは、驚愕のあまりジョンマンに抱き着く。
もはや呆れて、驚くことさえないジョンマンであった。
「見たところ、三種類の呪いにかかっているな……」
「三種類? 動物にすることと、老いること。その二つではないのですか?」
「呪いをよく観察してごらん、三人分の形が見えるだろう?」
「直視しにくかったのですが……そうですね」
マーガリッティは呪いを観察すると、三人分の怨霊が取りついているとわかる。
なお呪われている本人もその怨念を見て、大いに驚いていた。
『ぎゃああああ! なんてもんを見せてくるのよ! デリカシーってもんがないの、このオッサン! っていうか、ナニコレ!? なんでこんなことできるの!? もしかして、このオッサン、凄いのでは?』
呪われていると看破するだけではなく、呪いの可視化までできるジョンマンの凄さに、■■■■■■も気付き始めていた。
「少なくとも、具体的に動物へ変える呪いはないな。もしも犬や猫なんかにする呪いなら、どんな姿でも『あ、犬だ』とか『わあ、猫ちゃんだ』となるんだよ」
『正解だけど……正解だけど! 凄いんなら、なんとかしてよ!』
「それにしても古い呪いだなあ……久しぶりに見た」
「呪いに古いとか新しいとかあるんですか?」
「そりゃあるさ」
興味津々のコエモに、ジョンマンは解説を始める。
「そもそも呪い、呪詛、おまじないとは……リスク、コスト、デメリットそのものの操作だ。魔法やスキルと違って、明確に定義づけられている」
魔法やスキルは区分が難しいのだが、呪いに関しては正確な区分があるらしい。
ジョンマンの説明に、誰もが聞き入っている。
『だから、早く何とかしてよ!』
なお、本人はその限りではない模様。
「最新式の呪いは、圧縮多重行動みたいに他の技と併せて使うことが多い。有名どころだと、告系……予告と警告だな。魔法攻撃とか物理攻撃にデメリットを外付けして、その威力を跳ね上げることができる」
ジョンマンはどこ吹く風で、解説を続ける。
「『これから十秒後に魔法を発射します!』と宣言したり『前方にぶっ放します』と攻撃範囲を可視化することで、魔法の威力を上げられる。効果としてはノォミィちゃんがやっていた詠唱復唱と同じだけど、魔力の消費は少な目で済む」
「……普通の攻撃ではデメリットになりそうですが、ノォミィにとってはデメリットになりませんね」
「その通り。あの子は元々発射に時間がかかっていたからね、元々の弱点と重なるからデメリットにならないんだ」
発射に十秒以上かかる魔法に、十秒後に攻撃すると宣言するデメリットの付加は、結果として無いものとなるだろう。
発射角度を変えられない関係上、攻撃範囲の可視化も大したデメリットにはならない。
彼女がコレを覚えたら、頭打ちになりかけていた火力がさらに上がるのだろう。
マーガリッティとしては、妹に教えたくなるような情報だった。
「あとは、フレンドリーファイアとかだな。仲間との魔法がぶつからないように設定できることは覚えているね? その設定をあえて取っ払って、『仲間の魔法にも干渉してしまう』というデメリットを付与し、威力を上げられる。これはリンゾウ君の聖域魔法には特に強く働くね。まあ自分にも当たるから、自分を含めた仲間に『エインヘリヤルの鎧』とかを装備させて、耐える準備をする必要はあるけど」
「ん~~、僕はあんまり覚えたくないなあ」
利点を捨てて、効果を上げる。
なかなか面白い『付加』だが、扱いが難しそうであった。
「注意事項としては、コレがエインヘリヤルの鎧を着ても防げないってことだ。一応強化だからね、敵から『十秒後に攻撃します』を与えられることもある」
「それでもこっちの攻撃力は上がるんですよね? それって敵にとってもヤバいのでは?」
「ああ、でも十秒間攻撃できない」
エインヘリヤルの鎧を習得している三人からすると、ぞっとするデメリットだった。
十秒後に攻撃の威力が上がるという呪いの副作用に、十秒間は攻撃できないというデメリットがあるのなら、ぜったいに食らいたくない。
「仮にその呪いを食らったら、十秒間逃げるか、広範囲攻撃の準備をすることだね。どうせ解除できないんだから、割り切るしかない。まあ十秒間動かないことで威力を上げる呪いとかもあるから、逃げられないこともあるんだが……」
(戦いたくないなあ……)
つくづく、エインヘリヤルの鎧が『無敵ではない』と思い知らされる話であった。
呪いの専門家と戦う時が来たら、戦う前から逃げたくなる話である。
「この最新式の呪いになる前は、『あえて自分を長期間呪って、その分成長する』という呪いが流行っていたらしい。いわゆる自分への試練だな」
「それは、楽しいのでしょうか? 俺はやりたくないな、だぜ」
長期間不自由をすることで強くなる、という呪い。
リョオマとしては、その呪いがあること自体信じられない様子である。
「さらにその前は、『相手を動物に変える』『条件を満たすまで戻らない』とか『無敵になる』『特定の条件を満たされると負ける』なんかが流行ったらしい」
「なんか童話とか神話みたいですね」
「実話とか実在する呪いを元にした話も多いらしいぞ、興味があるなら調べてみるといい」
「う~~ん、ちょっと面白そう」
『どうせ調べるんなら、私の呪いを解く方法を調べなさいよ!』
ようやく自分の陥った呪いをとく段階に達したのに、誰も気にしていなかった。
■■■■■■は抗議の意思を込めて吼える。
「それじゃあこの子も、何かすれば呪いがとけるんですか?」
唯一気にしたのは、購入者であるリンゾウだった。
弱っている■■■■■■を撫でながら、ジョンマンに核心を問う。
「解き方が設定されているのなら、そうだな。なかったら無理だ」
「解き方って、どうやって調べるんです?」
「調べるというか……呪いの都合上、呪われた本人に必ず教えられているはずだ」
美女と野獣ならば『真に愛する者が現れば呪いは解ける』と告げられている。
カエルの王子ならば『王女に壁にたたきつけてもらえれば呪いは解ける』と告げられている。
解除法が設定されている呪いならば、呪われたものに解き方が告知される。
そうでなければ、解除法として成立しないからだ。
『……知らない、アイツらはそんなことを言ってない。アイツらに聞くしかないの?』
「解除法が設定されている呪いならば、解除法を教えなければ呪いが発動することさえない。もしも本人が知らないのならば……解除法の設定されていない、最古の呪いということになる」
浄玻璃眼をもたぬ乙女たちですら分かるほどに、■■■■■■は愕然としていた。
獣になってわかりにくくなっている感情表現だが、この場合は顕著であった。
「解除法がないってことは、治せないってことですか?」
「そうだ、絶対に解除できない。どんな手段を使っても無理だ」
「そんな……!」
『アタシは、一生、このまま……もどれない……そんなの、ウソよ……デタラメよ……』
あまりの残酷さに、リンゾウは■■■■■■を強く抱きしめる。
せめてもの慰めになればという配慮だが、■■■■■■の心が軽くなることはなかった。
ジョンマンはそんなリンゾウを平然と見つめており、一種異様ですらある。
「あの、ジョンマンさん……なぜそんな残酷なことを?」
「ん? 早く呪いを進行させるためだ」
マーガリッティの問いに、更に残酷なことを加えるジョンマン。
しかしその顔は、あっけらかんとしていた。
「この子はもう、一生、元の姿に戻ることはない。呪いは進行し、いずれ完成に至る。これをどうにもすることはできない。だが……」
リンゾウや■■■■■■に聞こえない声で、ジョンマンは他の乙女に問題を提供した。
「逆に考えてくれ。なんでそんな便利なものが、普及していないんだ?」
呪いは万能だ。
発動した呪いの文言は必ず叶う。
それ以上のことは、決して起こらない。
ただし……呪った側に不都合が起きないとは、一言も書いていない。




