リーン、エアプ勢
投獄されていた人々の前に、ジョンマンたちが現れた。
さらにそのうえで縛られて口枷をされた『五人』が床に座らされている。
事態を説明された人々は、それはもう深くため息をついた。
特に深くため息をついたのは、現女王であった。説明が続くたびに曇っていた彼女は、もはや冷淡さを保てなかった。
「なるほど、そういうことでしたか……」
自分がお腹を痛めて産んだ三人の兄弟。
拘束され、自分を見つめている。
早く助けろ、助けないなんてどうかしている。
そんな目をしていた。
「そういうことなら、全員まとめて国外追放も仕方ありませんね」
女王の言葉があまりにも意外だったのか、三人の兄弟は目を見開き、更に暴れ出そうとする。
高慢極まる彼らに、彼女はもはや視線さえ向けない。
「国民の前で、国民に価値がないと言った第三王子」
「!」
「自分の部下に、友軍を攻撃しろと命じた第二王子」
「……」
「貴人の前で、王位継承権を賭けて戦って負けた第一王子」
「もがああああああああああ!」
「救いようがない」
それぞれが『下の人間』からの信頼を著しく損ねる振る舞いをしていた。
これでは双方の心境を鑑みて、三人まとめて追放するしかない。
二人の婚約者も、それを止めるどころか助長したので追放が妥当だろう。
「ですよね!」
「お前は黙ってろ!」
リーンは自分の判断を肯定されたので喜んでいるが、父親は怒鳴っていた。
こうなっても仕方ないが、これが最高の結果というわけではないのだ。
「あの、叔父上。今後の参考のために、何が最高の結果だったのか教えていただけないでしょうか」
「第一王子とリーンちゃんが結婚してめでたしめでたし」
オーシオの問いに、ジョンマンは答えた。
周囲の面々も、重苦しい顔で頷いている。
なぜそうならなかったのか、悲しくて仕方ない。
「あと一人ぐらい役者がいれば、それで終えられたんだけどねえ……」
「具体的には?」
「太鼓持ち」
ジョンマンは唐突に、小者の演技を始めた。
『ちゃんと国民のみんなに謝らないと!』
『なにぃ!? 俺が国民に謝るだとぉ』
『ひっひっひ、第一王子、いえ国王陛下……そう怒らずに!』
『しかしだな、リーンはこの偉大なる俺に、下々の国民へ謝れと……』
『賢明なる国王陛下ならばお察しでしょうが、貴方は国民からかなりの反感を買っています。ここで謝っておかないと、あとあともっと面倒なことになりますよ』
『そんなことはわかっている!』
『それに……結婚式を挙げるとなれば、滅茶苦茶忙しくなって、いちゃつくどころじゃないですよ。国王の結婚式なんですから』
『……それもそうだな』
『その点各地の慰問なら、道中は……。結婚式は、そのあとでよいのでは?』
『それも! そうだな!』
「となっていたはずだ」
ジョンマンの小芝居を見て、第一王子は今更『それはそうだな!』と気付いていた。
後の祭りである。
彼の表情をみて、リーン以外が呆れていた。
これぐらい自力で考えついても不思議ではあるまいに。
謝ってと言われたので、それで頭がいっぱいになったのだろう、
器量が小さいと、判断を誤るものである。
「他の二人の王子も、行動次第ではリーンちゃんに選んでもらえただろう。っていうか、普通に動いてりゃあそうなっただろうな」
「!?」
「!!」
「なんなら、婚約者二人でもよかっただろうよ」
「?!」
「??」
「真面目に頑張ってたら、そうしてたかも」
ジョンマンの推測をリーンが肯定したため、五人は大いに驚いている。
これにはジョンマンの弟子たちが呆れていた。
「リーンちゃんと昔から仲良しだったのに、なんでわざわざ嫌われるようなことをするんだろう」
「彼女の性格上、国民をないがしろにして喜ぶことはないとわかると思いますが……」
「力づくで『もの』にすることしか考えてなかったのかしら?」
「理解できません、なぜこうなったのでしょう」
「そりゃ愛してないからだろう」
ジョンマンはぞんざいに切って捨てた。
「リーンちゃんを愛していたら、リーンちゃんの嫌がることはしない。というか、リーンちゃんの嫌がることを知ろうとする。こいつらはそれを知らないか、無視している。つまり愛してない、というか興味もない」
冒険の旅で世界中を回ったジョンマンは、この手の輩に大勢遭遇していた。
かつてのジョンマンは『なんでこいつらは好きな人を苦しめるのだろう』と不思議に思っていたが、仲間の賢人が説明してくれたのだ。
「こいつらはそれぞれ『リーンちゃんに会ったらこうしよう、そうしたらこう言ってもらえる』という物語、妄想を作っていた。現実に沿う妄想をすることもあるが、大きく食い違う妄想もする。それ自体は誰でもやるが、普通の人間は現実を知れば脳内の情報を更新する。だがこいつらは……それをしない。なんで妄想通りに動かないんだと、怒り出す」
この五人は、不都合な現実を受け入れない。
脳内のリーンに演じさせた内容を、現実のリーンに押し付ける。
リーンが悟ったように、リーンの気持ちなんて考えていない。
実物のリーンに、興味もないのだ。
愛があるとしても、実在の人物への愛ではあるまい。
「!!!」
五人は怒って暴れそうになるが、もがくだけであった。
まさしく、相手にする価値も、発言権もなかった。
「まあこいつらのことはどうでもいいでしょう。それよりリーンちゃんを王にすることですが……実際どうするんです?」
「もうそれでいいと思います(適当)」
現女王、クイーンはものすごくぞんざいに即答していた。
「貴方のおっしゃる通り、リーンは名実ともにこの国の英雄。外国の人間ではなく、王家とつながりも深い公爵家の生まれ。そんな彼女が即位することに、不安はあれども文句を言う者はいないでしょう。不安由来の文句を言う者がいないとも限りませんし、周囲の人々も否定できないでしょうが、そこはまあ、ええ……もうどうでもいいです。消去法で、リーンで」
「わかりました、お義母様! 私頑張るわ!」
なんでこの流れでポジティブに受け止められるのかわからないが、リーンはものすごく張り切っている。
まあ彼女自身も消去法で自薦したので、仕方ないのかもしれない。
あとどうでもいいことだが、第一王子と婚約破棄したのでクイーンを義母と呼ぶのは間違っている。
「……頑張るのはいいがな! お前は自分のやらかしたことをわかっていないようだから、ハッキリ言ってやる!」
能天気な娘へ、今更ながら説教をしようとする父親。
手遅れすぎて、ほんとうに今更である。
「お前が女王になること自体は、まあ、まあ、いい! お前の功績や国民からの人気を想えば妥当だ! 欲を言えば、お前が女王になるんじゃなくて、別の人を王に据えて、その妻になってほしかったがな! たとえばお前の面倒を見てくださった方とかな!」
「ふざけんな! なんで俺が王様やるんだ!」
「も、申し訳ない……とにかく、お前が女王になることは、まあいいんだ。女王陛下もおっしゃっていたが、お前も公爵家。王家と多少つながりがあるから、まあいいんだ」
第一王子がどれだけ無能だったとしても、全然関係ない国からやってきた全然知らない奴が『俺がこの国を支配してやるぜ』とか言ってきたら怖いだろう。
その点リーンなら問題ない。
問題なのは、女王になった方法である。
「お前はその場で一方的に殴って、ぶちのめして女王になったのだぞ!?」
「ええ! すっきりしたわ!」
「お前本当に公爵家で教育されたのか!?」
「ええ、お父様の娘よ!」
「ぐ、ぐ……とにかく、お前は、前例を作ってしまったのだぞ?」
リーンが女王になることにそこまで問題がないとしても、なった方法が雑だった。
決闘を宣言してその場で殴り合いが始まるとか、蛮族だってやらないだろう。
だが今後ルタオ冬国では、その方法が『正式』に認められてしまうのだ。
「お前は他人から同じように要求されたら、その挑戦を受けなければならないのだぞ? たとえ相手がチンピラだったとしてもな! もうちょっとこう、あっただろう! 貴人たちに投票をさせるとか、幽閉されている女王陛下を保護するとか、病死に見せかけて殺すとかな!」
「そこもしっかり考えているわ! 安心して!」
「お前が考えて行動した結果、安心できない状況になっているんだがな……!」
太陽のように輝くリーンは、高らかに宣言した。
なんかもう一周回って、リーンを連想する太陽が嫌いになりそうである。
「大丈夫! 何をするのかは、もう決めているの! 各地に挨拶をして、五人を国外追放して……」
リーンはジョンマンに抱き着いた。
「あんぎゃああああああああああ!」
「ジョンマンさん! それからみんなに! ありがとうってするの!」
他の女性たちにも抱き着き、感謝の意を表明する。
流石に強く反応しないが、周囲の目が気になってしまう。
「なんかこう、あれよ! アレするわ! なんだっけ? アレ! ジョンマンさんがたくさん持ってるアレ! すっごくアレしたいの! もうアレするって決めてたの! アレ……アレ! アレ! ジョンマンさん、教えて! あれって何? なんだっけ? こういう時のアレ! ここ、ここのところまで来てる! くるぶしのあたりまで!」
「……勲章のことか?」
「マンマ・ミーヤ! そう! 勲章を贈るわ!」
なんかもう、こんなのに執着していた連中が哀れに思えてくる。
私的な友人としてはいいのだが、難しいことをしようとしたり発言させると、ぼろが出てくる。
「……君は御簾の後ろとかにいて、『通訳』を通して発言したほうがいいよ」
「マンマ・ミーヤ! それじゃあジョンマンさんがしてくれる?」
「しねえよ!」
次回、リーン編終了。
第三期生編に続きます。




