そうだけどそうじゃない
ルタオ冬国の王座(文字通り)を賭けたタイトルマッチを制したリーンは、新しい女王として即位した。
大勢の人々から支持を集めた彼女は、最初の勅令として投獄されていた人々を解放したのである。
なお、トラマダラがすでに解放の手続きを進めていたので、中断しなかっただけ、ともいえるのだが。
監獄に捕らわれていた勇敢なる人々は、第一王子の暴走が収まったと知って安堵していた。
彼らは風呂や着替えなどを済ませられると、一度城の会場に集められた。
もちろんその中には、リーンの父である公爵やその妻……。
そして、リーンを追放した女王もその中にいた。
周囲の誰もが、『やはり』とか『そんなまさか』という顔をして、彼女に注目している。
そんな中で彼女は、自暴自棄のようにも見える泰然とした姿をしている。
若き日には絶世の美女と呼ばれていた彼女は、孫がいてもおかしくない年になってなお美女であった。
その地位や冷たい雰囲気ゆえに誰も話しかけられずにいたが、公爵夫妻が彼女に近づく。
やや剣呑な雰囲気で、彼女に話しかけようとした。
しかしそれを制するように、女王が口を開く。
「貴方たち二人の娘を行方不明にしたのは私です」
「!!」
「正しく言えば、遠い国に追放しました。軽蔑しますか?」
「……いえ、そうとは言えませんね」
突如として、公爵令嬢を国外追放した、という告白を聞く羽目になった元罪人たち。
彼らは国家最高峰の権力者の話を、固唾を呑んで見守っている。
「私どもの娘を嫁に欲しいと第一王子はおっしゃり、貴方もそれを許した。それはとても名誉なことです。しかし私どもは……娘の教育に失敗した」
リーンの父親と母親は、とても健全な夫婦である。
絵に描いたように幸福な家庭、と言って過言ではない。
それが彼女の『結婚観』をステレオタイプで固定してしまったのだから、塞翁が馬というほかない。
「娘にとって結婚とは、自分が『妻』になり、相手が『私』になることでした。そこに情熱や欲求という物が入り込むことはなく、すっとばして成熟した夫婦になるものだ、と思い込んでしまった」
「一周回って老成した考えですが、それが悪いとは思えませんね」
「ええ……問題になったのは、親戚付き合いです。娘からすれば、義弟も義妹も、夫と変わらぬほど親愛を注ぐ相手でした。それが……第二王子、第三王子の毒になった」
リーンにもう少しの節度があれば、第二王子や第三王子、その婚約者たちと適度な距離を保てていただろう。
それなら第一王子が嫉妬に……否、独占欲に取りつかれることはなかった。
リーンの『全力で褒める』という美点が、第一王子の個性と噛み合っていただろう。
リーン自身がそうであるように、欠点のない人間などいない。
第一王子は少々の問題を抱えた人間のままで、国を運営する指導者になれたかもしれない。
「それを言うのであれば、私の教育の失敗の方が重いでしょう」
女王は、深くため息をついた。
物凄く疲れている声だった。
「夫に先立たれたあとは、息子たちが成人するまでの辛抱だと自分に言い聞かせながら、不向きな政治に奮戦していました。それが息子たち三人の心を、ゆがめたままにしてしまいました。一人の母親としても、女王としても……私は失格でした。その場しのぎを続けていただけの、駄目な女です」
冷淡な彼女だが、その実余裕がないだけだった。
彼女のため息は余りにも重く、だからこそ彼女の重荷を全員が理解してしまう。
「……貴方たち二人の娘を国外に追放したのも、その場しのぎの一環でした。いえ、それどころか、これ以上タスクを、面倒ごとを抱え込みたくないと……思考放棄したかっただけかもしれません。その結果が、この始末です」
女王は周囲に居る、勇敢な義人たちに詫びていた。
「行方不明になったあと、第一王子は真っ先に私を疑い幽閉しました。私は罪悪感を言い訳にして、それを甘んじて受け入れたのです」
息子に悪いことをした、という罪悪感がなかったわけではない。
だがそれ以上に『これでもう頑張らなくていいんだ』という怠惰の理由づけにしていた。
その結果が、コレである。
「私が抵抗していれば……皆さまに迷惑をかけることはなかったでしょう」
自分が幽閉され、第一王子が国家の主権を握り、好き放題にした。
それへ忠言をした者たちが、ここに揃っている。
謝るのは、当然であった。
「女王陛下……人には限界があります。貴方は政治が不向きとおっしゃったが、よく勤められておりました。貴方は女王としての責務を果たしたのです。現状維持がどれほど困難か、この場の誰もが知ること。後継者育成だけをし損ねただけで、貴方の評価が変わることはありません」
公爵が女王をねぎらうと、公爵夫人もまたそれに続いた。
「陛下、謝ることなどありませぬ。我らがこうして解放されたということは、何もかも解決したということでしょう。時代は新しく、受け継がれたのです」
「そうですね……それならば、いいのです」
しんみりした空気に包まれた、ルタオ冬国の城、その会場。
そこに飛び込んできたのは、太陽のような娘であった。
「お父様、お母様、お義母様~~!」
高貴なドレスを着たまま、品も知性もない走りで、リーンが会場へ入ってくる。
自分の両親や義母を見つけると、そこに駆け寄って抱き着いていた。
「会いたかったわ~~! 後回しにしてごめんなさい! どうしても、危険地帯の慰霊を先に終わらせたかったの! だから、終わらせてから来たから、この国はもう大丈夫で、安心よ!」
「……そうか、よくやった」
言動はともかく、彼女の報告は素晴らしいものだった。
何から何まで幼い彼女は、しかし私情よりも国益のために動いたのだ。
褒める以外に、どうしろと言うのか。
「お母様! 聞いてちょうだい! 私はお義母様の命令で、遠い国へ行ってたの! 心配させてごめんなさいね! でも命令だったし、命令には従えって言われてたから、仕方ないの!」
「そうね……女王陛下の命令に従うように言ったのは、私だものね……」
「お義母様! ドザーという国に着いた私は、そこでとっても素敵な人たちに会えたの! それでとても強くなったの! だから今回も、各地をぱぱっと祓えたのよ! どう、すごいでしょう!」
「ええ……よくやってくれました」
リーンが興奮気味なことは、いつものことだ。
だが報告の内容は、彼女の成長を感じさせるものである。
「良き指導者に……良き友に会えたのですね」
「ええ、女王陛下のおかげだわ!」
「そう、ですか」
謝ろうかと思っていたが、それは無粋なようだ。
女王はただ、彼女の成長に安堵していた。
「それでは……トラマダラはどこですか? 貴方が戻ったのなら、息子が傍を離れるとは思えませんが……」
「ああ、そのことを報告していなかったわね!」
クイーンの前で、チャンピオンは胸を張った。
「トラマダラと決闘をして、私が勝って女王になりました!」
たった一行、難しい漢字、難しい単語のない報告。
それに込められた情報量に、誰もが思考停止する。
リーンの言葉は、いつだってそのまま受け止めるしかない。
しかしそれは、あまりにも意味不明で……。
「こう、ぶん殴って、ぶっ倒してやりました!」
全員、しばらく黙っていた。
「国中にお触れも出しているわ! これでみんな安心ね!」
なお、最後の一言で一気に情報処理された。
「お前は何をやったんだ! このバカ!」
「え? えっと……この国を救うために、危険地帯を慰霊して~~……」
「最後だけ言え!」
「国中にお触れを出して~~……」
「最後の一個前!」
「こう、ぶん殴って、ぶっ倒してやりました!」
「~~~~! 最後の二個前!」
「え、えええっと……いち、にい、さん……」
彼女の脳内インターフェイスはどうなっているのだろうか。
父親をして理解しかねる、単純なようで奥深い、面倒にも思える娘の思考回路。
「トラマダラと決闘をして勝って、女王になりました」
「それで! それを! 国中に伝えたと!?」
「ええ!」
太陽のような健康少女の素敵な笑み。
一切闇も影もない、考えもないバカで間抜けで、善良な娘。
愛すべき娘だが、許容を大きく超えつつあった。
「失礼……私はもう一回幽閉されてきます」
クイーンは怠惰を極めるべく、自ら檻の中に戻ろうとした。
「女王陛下、お待ちになって!」
「新しい女王が立ったのです、私に居場所などありません」
「このバカ娘が勝手にそういっているだけですから! 一緒に止めてください!」
「新しい時代を止める理由なんて、私にはないわ」
「私を置いていかないでくださいまし!」
「なにがどうしてそうなった!」
「王位継承権をかけて戦って、奪取したのよ!」
「ボクシングじゃないんだぞ!」
「ええ! でも殴り倒したわ!」
「殴り倒したわ、じゃない!」
「殴ったら、駄目だったのかしら?」
「そうだけどそうじゃない!」
もしかしたら、人間に限界はないのかもしれない。
すくなくともリーンは、限界を超えてバカだった。
だれよりも子育てに失敗したのは自分ではないか。
公爵家夫妻は、自分たちの教育の敗北が、巡って自分達に返ってきたことに苦しんでいた。
とはいえ……。
悪しき時代は終わり、新しい時代が始まろうとしていた。
「ふっふっふ……お父様たちが心配する気持ちはわかるわ! 私に女王が勤まるかってね!」
「そうだけどそうじゃない!」
「でも安心して! 私には、とっても心強い仲間と、頼れるお師匠様がいるんだから!」
リーンは会場の外に向かって、大きな声を出した。
「ジョンマンさん! オリョオさん! コエモさん! オーシオさん! マーガリッティちゃん! 入ってきて! みんなにみんなを紹介するわ!」
紹介に与る形で、この国を救った者たちが入場してくる。
その中央にいるジョンマンは、心労性の涙を流していた。
「またアリババみたいなことしている……」




