難易度上昇体験
ルタオ冬国の精鋭である、王子たちの護衛と合流することに成功した。
移動も攻略も大幅に改善し、怨念を祓うペースは上がった。
いよいよ最後の攻略となり、コレが終わればこの国の危機は回避されることになる。
些かヌルゲーになってしまったが、これに不満を言うような無神経な者はいない。
人々から感謝されるたびに『速く攻略しなくては』という気分が盛り上がってさえいた。
そうして最後の怨念スポット、『サキュウトンネル』へ向かう途中。
コエモが素朴な疑問を口にした。
「あの、ジョンマンさん。少し気になったことがあるんですけど、冬国の人にいきなり聞くのは失礼だと思うので、貴方に聞きたいんですが」
「なんだい」
「今同行している人たちって、アンデッドモンスター特効の技を得意にしているじゃないですか」
ある意味自然なのだが、ルタオ冬国の精鋭はアンデッドモンスターに有効なスキルビルドをしている。
身体強化系スキル『ゴーストコート』。精神防御に優れたコートを召喚し、身に纏うことで身体能力、特に素早さを向上させる。
攻撃系スキル『アンデッドキラー』。武器にアンデッド特効のオーラを纏わせることができる。
これらのスキルは、ハッキリ言って弱い。
特にゴーストコートは、エインヘリヤルの鎧の完全下位互換と言っていいだろう。
素早さが特に上がると言っても、他の能力値よりは高いと言うだけで、エインヘリヤルの鎧ほどに早くならない。
精神防御に優れていると言っても、エインヘリヤルの鎧ほどではない。
唯一利点を上げるのならば、その燃費の良さだ。
弱いアンデッドモンスターと長期間戦うことを考えれば、圧倒的に秀でているのだろう。
そんなスキルを習得している兵士達が同行していると、どうしても疑問が湧く。
「なんであの人たちだけで、危険地帯に突入して、ぱぱっと間引きとかしてこなかったんですかね?」
「はあぁ? ……ん、ん、ん~~」
何言ってるんだコイツ、バカなのか?
と言いかけたジョンマンは、途中で慌てて呑み込んだ。
しばらく考え込んだ後、突拍子もないことを言いだす。
「よし、じゃあいい機会だ。次にアンデッドモンスターと遭遇したら、リーンちゃんと護衛の人抜きで戦ってごらん。正直今のままだと、難易度が低すぎて意味がないしね」
「……それって、私たちが強くなってるから、ハードルを上げたってことですよね?」
「そういうことだ」
「はい、がんばります!」
なにやら勝手に攻略難易度が縛りプレイになっていたが、オーシオとオリョオ、マーガリッティも文句は言わなかった。
(この国の方々の手前勝手なことは言えませんでしたが、叔父上からいってくださるとは……私達にとって、アンデッドモンスターのとの戦闘経験は貴重。というより、モンスターとの戦闘経験を積む機会が貴重。せっかく外国に来たのですし、できるだけ多くを学びたいですね)
(難易度が上がる、というのは悪くない緊張ですわね。修練をしているという実感がわく……理想を言えば、一人でも達成できるようになりたいですわね)
(私もアンデッドモンスター相手の戦いに慣れてきました。最初から100点を狙いたいですわね)
元より向上心の高い彼女らである、乗り気であったのだが……。
護衛の者たちは、大いに慌てていた。
「よ、よいのですか? 我らが参加しないならともかく、聖域魔法抜きというのは……危険です!」
「いくらエインヘリヤルの鎧を着ているとはいえ、無理が過ぎるのでは?!」
「危険で無理。それを彼女たちに体験させたいのですよ。もちろんそちらに御迷惑はかけませんし、後味の悪いことにならぬよう、私も動きますので」
しかしながらジョンマンが許可してしまえば、他の誰も文句は言えない。
しいて言えば、リーンなら強行できるかもしれないが……。
「マンマ・ミーヤ! みんな、がんばってね!」
彼女がそんなことをするはずもない。
突如として方針が変わったが、それでも進軍は続く。
もうすぐ『サキュウトンネル』が見えてくるというところで、大型アンデッドモンスターが出現した。
おぞましい見た目をしているが、何度も見ていれば飽きてくるというもの。
三人の前衛はエインヘリヤルの鎧を装備した。巨大な怨念を相手に接近戦を挑もうとするが、その足に何かが絡みついてくる。
「これって……小型のアンデッドモンスター?」
「力は強くありませんが……これでは思うように動けませんね」
「多対一の醍醐味ですわね」
前までは聖域魔法で雑に処理されていた小物が、おぞましくも湧いてくる。
それらに理性があるわけではないが、『足元の小石』という雑兵の役目を果たすに至っていた。
掴まれている状態で走り出そうとすれば、無様に転びかねない。
「あんまり動かないで戦った方がいいかも?」
「そうですね、私たちの鎧に傷をつけられないでしょうから……」
「お二人とも、構えて!」
巨大アンデッドモンスターからの、横薙ぎの一撃。
足元から縋りついていた小型アンデッドモンスターごと、三人を吹き飛ばしていく。
それは前まで戦っていた巨大アンデッドモンスターよりも、明らかに強かった。
「マンマ・ミーヤ! みんな、大丈夫!?」
(今までは多少なり聖域魔法で弱体化していて、私たちは逆に多少なり強化されていた。それが抜けた分、力の差が少し埋まった……ということね。それなら私も、少し強い魔法を準備しないと)
伝説の魔法である聖域魔法の効果がない、という当たり前の戦場。
リーンの恩恵がどれほどのものか理解したマーガリッティは、詠唱しようとしていた呪文を辞めて、数段強いものへ変える。
「……これ、出し惜しみしない方がいいよ。強引に押し切ろう!」
「私もそう思っていました。ダメージはありませんが、私たちが吹き飛んで他の人に当たるかもしれません」
「数回実戦を踏んだだけでベテラン気取り、今のは教訓として受け止めますわ。満点を目指さず、まず勝ちましょう!」
三人の乙女は表情が険しくなったものの、平然と立ち上がる。
元よりオーバースペックの鎧を着ているのだ、不意の攻撃ですらダメージは負わない。
そして、本気の戦闘へ切り替える。
「タケット、メット、カーラット!」
雑魚相手には使うことのないと思っていた、複数回行動のスキルを発動する。
それでも彼女たちの足元には、小型アンデッドモンスターが絡みついてくる。
大型アンデッドモンスターも、先程と同じように大ぶりの攻撃を仕掛けてきた。
「1!」
時間が停滞し、行動が圧縮される。
三人は同時に、足元の小型モンスターを粉砕した。
相手は雑魚なのだから、一回の行動で十分だ。
そして未熟な彼女らでも『拘束してくる相手を振り払う』は一回の行動として処理できる。
近づいて殴るとか、避けながら反撃することに比べれば簡単すぎるほどだ。
「2……は無理でも、もう十分!」
「普通に叩くだけのこと! それでいいのですよね、オリョオさん!」
「ええ、初心者はそれで十分ですわ!」
オリョオと違い、コエモとオーシオはまだまだ未熟。一回分しか行動ができない。
しかしいったん雑魚を振り払えば、目の前にいるのは単純なだけのでくの坊である。
「でやあ!」
「はああ!」
「ふん!」
三人は力を合わせて、巨大アンデッドモンスターを押し出す。
皮肉にも相対的に防御力が増しているため、少々強い力で押されても砕けることはなく持ちこたえてしまい、力に耐えて吹き飛んでしまった。
「皆さま、避けてください!」
準備を終えたマーガリッティが、威力の強い魔法を解き放つ。
命中すれば、エインヘリヤルの鎧を着ている三人へ、それなりのダメージを与える魔法である。
「オグラオグラオグラ……ウーゲーベリ!」
妹の得意とする攻撃魔法は、当然ながら妹に比べて控えめだった。
しかし巨大アンデッドモンスターを倒すには十分な威力があり、怨念も骨格もまとめて吹き飛ばしていた。
「この条件でも、今の私たちなら勝てる。でも、こんなの長く続かない、です、ね。これがこの国の皆さんが、怨念を祓うことを躊躇していた理由ですか」
「そういうことだよ、コエモちゃん。君たちは強いから、ごり押しもできる。だが……こんなの、長く続くもんじゃない」
適したスキルで勝つのではなく、強いスキルで勝つ。
ルタオ冬国の『精鋭』たちは、コエモ達の強さに驚くが、それでも『彼女達なら余裕だな』とは思えない。
最強の鎧と複数回行動の合わせ技が、長続きするはずもないからだ。
「まあとはいえ……」
「きゃ?!」
「え、え?」
ジョンマンはマーガリッティとリーンの肩を掴み、強く引き寄せる。
その直後、二人の立っていた場所からアンデッドの腕が生えてきた。
ジョンマンが何もしなければ、無防備な二人は足を掴まれて、それなりのダメージ受けていただろう。
「俺のように高位の感知スキルを覚えておけば、複数回行動を使用する必要性は下がる。感知スキルの方が複数回行動よりも燃費がいいから、長く戦えるようになるだろう。どうだい、浄玻璃眼を覚えたくなったかな?」
二人の魔法使いを殺そうとした小型アンデッドモンスターを始末しつつ、ジョンマンはスキルビルドの重要性を説いていた。
秀でた才能を持たぬ中年男に対して、ルタオ冬国の精鋭は羨望を覚え、彼の弟子たちは尊敬しなおすのであった。
「ん……先の先の話ですね」
「そういうことだ。とはいえ今回も悪くはない……全員合わせて100点をやろう。今の君たちは、できるすべてを出していたよ」
満点という甘い評価を聞いて、喜ぶ弟子は一人もいない。
今の拙い戦いが、自分達にできる最大上限なのだとしたら……。
もっと強くなりたい、と思うしかなかった。
とはいえ、それは先の話である。
このサキュウトンネルに入ったところでリーンが聖域魔法を使い、ルタオ冬国の精鋭が奮戦し……。
この冬国での実戦は、完全に終了したのであった。
残すは、第一王子。リーンの婚約者との、会談だけである。




