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身を持ち崩しやすいタイプ

 理解を求める者は、二種類に分かれる。

 可能な限り様々な角度から相手に情報を伝える者と、理解してくれと叫ぶ者だ。


 後者は自覚的であれ無自覚であれ、理解を求めているわけではない。

 彼らが求めているのは『賛同』と『肯定』である。


 本当に理解を求めているのならば、『貴方のおっしゃりたいことは理解できましたが、賛同は致しかねます』も想定するし受け入れる。

 しかし後者はこれを受け入れられない。


 彼らの言う理解者とは無条件で自分を味方する者であり、時に無抵抗でサンドバッグになってくれるものである。


 自己中心的で、自分勝手で、相手の傷みを考えない者。

 それが『理解してくれ』と叫ぶ者だ。



 ジョンマンの直接的な説明により、リーンは二人のことを理解していた。

 子供じみた、という表現が適切な振る舞いである。

 これは兵士たちが拘束しても不思議ではない。


「これじゃあ拘束されても仕方ないわね」

「待ってくれ! そこの男の口車に乗らないでくれ!」

「私たちと過ごした時間を思い出して!」

「だから……それで私が『それなら国民のみんなを困らせても仕方ないわね』と言うと思ってるの?」


 楽しかった昔の思い出は、リーンの中でも輝いている。

 シラカンパとアオピジョンにとってはリーンとの時間だけが輝いているという違いもあるが、それでも共有した素敵な時間だ。


 しかしそれが二人の行動に、情状酌量の余地を与えることはない。


「私は、君を愛しているんだ! とても、とても!」

「私はシラカンパ以上に愛している! 私以上に貴方を愛している人はいないわ!」


「いやだから、愛が強いなら許す、とかそういう話じゃないでしょ?」


 リーンは察しが悪いだけで、論理立てて考えることはできるのだ。


 愛の強さの度合いで、罪が軽くなったり重くなるわけがない。


「それともなに、『貴方達がどれだけ罪深いことをしても、私は貴方たちを愛するわ』とか言って欲しいの?」


「それは……」

「えっと……」


 完全に、図星だった。

 それも二人としては、自分から要求して、愛しているわと言って欲しいのではない。

 リーンから能動的に愛しているわと言って欲しいのだ。


 それが、この二人の愚かさである。


 シラカンパもアオピジョンも、落ち込んでいた時リーンに褒められたことで元気を取り戻した。

 シラカンパは『自分から勉強して偉いね』と言われ、アオピジョンは『本を書き上げて偉いね』と言われた。


 美談を汚すわけではないが、特別な言葉ではない。なぜその程度の言葉で元気が出たのか。

 それは二人が他人から、能動的(・・・)に言って欲しかった言葉だからである。


 考えても見てほしいのだが、自分で『俺は勉強したんだから偉いだろ!』とか『お前もそう思うだろ!』とか……。

 自分で『一冊書いただけで偉いじゃないのよ!』とか『貴方もそう思うわよね!』とか……。

 プライドの高い人間からすれば、絶対に言いたくない言葉である。


 それをリーンは言ってくれたので、内心で『この人は理解者だ!』と刷り込まれていた。言って欲しいことを言ってくれる人だと思い込んでしまった。


 もちろん、実際はそんなことなどない。

 ルタオ冬国のいいところを学び、その後も多くのことを勉強していったシラカンパ。

 拙いながらも本を書きあげ、そのあとも諦めず練習して文豪になったアオピジョン。

 二人のことを凄いと思ったからこそ、褒めていたのだ。

 リーンは良く人を褒めるが、無理矢理褒めることはない。


 まして大罪人を褒めるなどありえない。


「はあ……」


 返事ができないというのは、肯定と受け止めるしかなかった。

 リーンは深くため息をつき、疲れた顔になっている。


 周囲の人が、彼女の話を聞いてする顔そのものだった。

 少し違うのは、完全に失望しているということだろう。


「兵士さんたち。この二人をこの部屋に閉じ込めておいてね、必要なら縛ってもいいわ」

「承知しました」


 リーンからの指示を受けて、兵士たちは動き出す。

 自由を取り戻したのもつかの間、第二王子とその婚約者は、軟禁状態となったのである。


「な、え、ま、待ってくれ!」

「話を聞いて! せっかくまた会えたのに!」


「私はこの後、別の危険地帯で怨念を祓わないといけないの。貴方たちに時間を割いている場合じゃないわ。それとも何、貴方たちと話すことはそれより優先されることなの?」


「……君は、なんで、わかってくれないんだ!」

「……それは、そうかもしれないけど!」


 リーンは学習していた。

 頭のいい二人が理由を説明できないのなら、それは正当な理由がないということだ。


「二人はとってもがんばりやさんで偉いと思っていたのに、がっかりだわ」


 リーンは発言や行動をそのまま受け止め、内心を想像しない。

 二人は発言や行動を受け止めつつ、その奥を想像していた。


 結果から言って、どちらが愚かか。思い込みに反する現実を見て、修正が効いているのはどちらか。

 考えるまでもないことであった。


 リーンは二人に背を向けて、ホテルの部屋をあとにする。

 ジョンマンたちも、それに続いていった。


 もちろん、残った二人を助けるようになど言うわけがない。

 むしろリーンがぐずったら、どう説得しようか考えていたほどである。


「リーンさんはすんなり納得しましたね。もう少し時間がかかるかと思いましたが……」

「そりゃそうだろ。この状況で『そうだったのね!』と納得する理由なんてあるわけがない」


 同期のマーガリッティとしては、リーンが『ああこいつらバカなんだ』と納得するまで時間がかかるかと思っていた。

 その想定は、おそらく正しい。この状況でなければ、どれだけ時間をかけても納得しなかっただろう。あるいは頭がいいという二人なら、いい言い訳を用意できたかもしれない。


 しかし大勢の人を苦しめてなお褒められる理由など、用意できるわけがないのだ。


「リーンちゃんは確かに馬鹿だが、バカであると自認している。今までの自分が間違っていたのだと、簡単に認められるんだよ」

「なるほど……見習うべき姿勢ですね」


 ホテルの道を歩いていくリーンは、ジョンマンとマーガリッティの言葉を聞いていなかった。

 バカな彼女は、バカなりに考えを改めていたのだ。


「うむむ……アサリナイ君は眠り薬を投げてくるし、キララーチちゃんは刺そうとしてくる。シラカンパ君とアオピジョンちゃんは、部下に『仲間をやっつけろ』とか命令してくる。いいところがたくさんある子たちだけど、さすがにアレはないよねえ」


 今まで『いい子』だと思っていた、義弟や義妹たち。

 四人とも罪を犯しているので、『悪い子』なのだと下方修正していた。


「ということは……あの四人について『あいつらに近づくな!』と言っていた第一王子は正しかった?」

(それはどうなんだろう?)


 四人の株が暴落したことで、連鎖的に第一王子の株が上がっていた。

 彼女の中では筋が通っていたのだが、彼女の仲間たちは同意しかねていた。


「ん~~……でも、第一王子が私の提案を聞いてくれたためしがないのよね。それならやっぱり、まずはこの国の霊障を解決して、そのあと第一王子とゆっくり話しましょう!」


 計算方法に問題が見られたもの、算出された今後の方針は正しいものだった。

 やはり彼女こそが、この国の最後の希望なのだろう。

 彼女以外全員に国を救う気がない、なんなら国が滅びそうなことしかしていないので、最初で最後の希望と言った方がいいのかもしれない。むしろ彼女以外が、この国の絶望である。


「それでいいですよね、ジョンマンさん!」

「それでいいけども、俺に意見を求めるのは良くないよ」

「いいえ! 他に頼れる人がほぼいないので! 大分脱落しました! お父様とお母様も捕まってますし!」

「そうだったね、うん」


 自分の婚約者に父親と母親が捕まっているのに、この国を救うことを優先しているというのは、とても凄いことではないか。

 なかなかできることではないと、全員が感心している。


「むぅ……なあ」

「おう」


 一方で護衛の兵士たちは、互いに顔を見合っていた。

 リーンの決断を聞いて、いろいろと思うところが出来た様子である。


「リーン殿下、よろしいでしょうか。我ら第一王子配下の兵達は、貴方を発見しだい第一王子の元へお連れするように命じられております」

「……あ、そうなの? でもまずは国を救いたいのだけど」

「我らが強行した場合、抵抗なさいますか?」

「抵抗って言うか、逃げちゃうでしょうね~~」


 第一王子の命令を守ろうとする兵士たちに対して、リーンはやや能天気な返事をした。

 本人は真面目なのだろうが、素直というか間抜けな気がする。

 とはいえ、護衛の兵士達からすれば、その返事はむしろありがたいものだった。


「ジョンマン殿、でしたかな? 貴方もリーン殿下の逃走に協力なさいますか?」

「……そのつもりだ」

「なるほど、それでは仕方ありませんな」


 仕方ない、というのは建前である。

 兵士達からしても、まず霊障を何とかしてほしいというのが本音だ。

 政治的な争いや交渉をするにしても、その後に回してほしいのである。


 だが第一王子は、むしろ霊障を後回しにしようとしている。

 なので兵士たちは『融通』を利かせていた。


「私どもとしても、まずこの国の霊障を何とかしたい。できることなら、第一王子の命令を無視したい。しかし、なにがしかの形で口実を用意しなければ、第一王子は全軍を貴方たちへ差し向けるでしょう」

「ええ!? そんなことする!? あ、でも、もうすでに、私を探すために全軍を動かしているのよね……」

「その通りです。なので恐縮なのですが、皆様を口実に使わせていただきたい」


 兵士たちは改めて、ジョンマンたちを見た。

 リーンがいるとはいえ、霊障の発生源を攻略できるだけの戦力である。

 ルタオ冬国の精兵である彼らでも、勝てるとは言い切れない。

 というより、リーンの無事を保証できない。


「リーン殿下は霊障の解決を優先し、そのあとで第一王子の元へ向かうとおっしゃっている。そのうえ、同行している者たちも同意している。無理に連れ出そうとすれば、リーン殿下が傷ついてしまうかもしれない。なのでリーン殿下が発生地へむかう護衛をすることにした。という口実で、我らもリーン殿下の霊障解決に協力いたします」


「マンマ・ミーヤ! みんなが協力してくれるなんて、心強いわ!」


「我らを口実に使うのは良いのですが……その報告は、誰がするのですか?」


 兵士たちの申し出に、リーンは無邪気に喜んでいた。

 しかしオーシオは、緊張した顔をしている。


「第一王子にそんな報告をした者は、それなりの罰を受けるのでは?」


「それはもちろん、我ら三人でございます」


 第一王子の逆鱗に触れると名乗り出たのは、第一王子の護衛、第二王子の護衛、第二王子の婚約者の護衛。それぞれの隊長たちであった。

 力なく笑う彼らは、しかし断固たる覚悟を決めている。


「マンマ・ミーヤ! それなりの罰って……ひどい目に遭わない?」

「この国を救うべく動いている皆様へ泥を被せるというのに、我らだけ清いままというのは筋が通らないでしょう」


 隊長を務めるだけに、ただ自殺をするつもりはないらしい。

 少しばかり意地の悪い顔をして、リーンへ提案を持ち掛けた。


「それに、殿下から一筆もらえればだいぶマシになるかと」

「一筆……手紙を書くの?」

「ええ、ありのままを書いてください。特に『第二王子と第三王子を見限った、貴方が正しかった』……というくだりをね」

「そんなんでいいの?」

「ええ、第一王子も少しは待ってくださるでしょう」

「わかったわ! それじゃあ書くわね!」


 ふんす! とやる気をみなぎらせたリーンは、勇ましく廊下を歩いていく。

 その背中を見るジョンマンは、物凄くイヤな顔をしていた。


「あんなんで納得するのが、この国の希望か……」

「手紙一枚で上機嫌になる第一王子よりはマシなのですよ」

「消去法って悲しいよな……」

「希望は、一つあるだけでよいのです」

「悲しい思考法だな、おい」


 霊障が解決しても、この国の未来は暗いままなのであった。

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― 新着の感想 ―
手紙、便利。もっとみんなおてがみかこう。←
[一言] だが改めて考え直してみてくれ、リーンはこいつらをここまでアホにした元凶だぞ いやまあアホになっちゃったからには許されないし対処しなきゃだけどこれってマッチポンプなんじゃ……
[良い点] 主役を有能に見せるために、他の関係者を無能に描くという手法はよく聞きますが、それをまともな第三者の目線で見ると、とても絶望的な状況に見えてくるんですね。
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