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初めての実戦

 雪が降りしきる中、寂しい廃坑の前で戦闘が始まろうとしている。

 雪が周囲の音を吸い、聞こえるのは怨嗟の声だけ。


 堆積している膨大な怨念が周囲の死体に宿り、復讐の念をもって生者たちに襲い掛かろうとしている。


 そこに訪れた『若手冒険者たち』は、日ごろの鍛錬を発揮しようとしていた。


「チェリーリ、リーリ……、チェリーリ、リーリ……。聖域魔法、キュアアンドアタック!」


 広大な範囲にわたって、聖域魔法が展開される。

 敵味方を都合よく識別し、無関係なものに影響を及ぼさない超高等魔法。


 その展開だけで、広範囲を高濃度で汚染していた怨念たちは散り始めた。

 しかしそれは、特濃の汚染が、ゆっくり淡くなっていくだけのことである。

 一瞬で完全消滅とはいかない上に、周辺に散っていた怨念が再結集しつつさえあった。


 この国を救うという主目的からすればむしろ効率的なのだが、術者であるリーンへの負荷は尋常ではない。


「ん、んん!?」

「ど、どうしましたか、リーンさん!」

「こ、こんなに、こんなに、敵だらけなのは……初めてで……!」

「攻撃対象が増えすぎて、魔法の負荷がおおきいいのですね? 私の攻撃魔法で、散らすことを手伝います!」


「やめろ、君の攻撃魔法は別のことに使うんだ」


 ジョンマンは雪よりも冷酷な声で、マーガリッティの提案を却下した。

 淡く光る浄玻璃眼が、雪に覆われた廃坑に禍々しい色を加えていく。


 その色は濃度を増して、雪に解け堕ちていく。磁石で吸い寄せられるように人骨やモンスターの骨が集合していった。

 大型のアンデッドモンスターが起き上がり、リーンへ鬼火のような視線を向けている。


「言うまでもないが、雑魚は気にするな。それはリーンちゃんが担当している」

「で、ですが、そのリーンさんが……」

「私は大丈夫! まだまだ、余裕あるから……あるから!」


 雪原で冷や汗をかくほど消耗を強いられているリーンではあるが、強がりを言う余裕はあった。

 それが彼女の修行の成果なのだとしたら、余計なことを言うのは野暮であろう。


「前衛三人は、あくまでも守備担当だ。攻撃するなとは言わないが、リーンちゃんとマーガリッティちゃんに指一本触れさせないこと。それが君たちの役目だ」


「う~す!」

「騎士らしい任務ですね……やる気がわきます」

「お任せください」


 三人の乙女たちは、同時に同じ呪文を唱える。

 

「ラグナ……ラグナ・ロロロ・ラグナ」


 降り積もる雪を吹き飛ばしながら、三人の背後に荘厳な鎧が出現した。

 それらは分解しながら、乙女の体へ装着していく。


「ワルハラ……ヴォーダーン!」


 接近戦系最強スキル、あるいは召喚系禁呪。

 完全耐性を誇る神の鎧の守りと、身体能力の倍化を得る『エインヘリヤルの鎧』。


 神々しい戦乙女たちは、毅然とした態度で巨大な屍と向き合っていた。

 凡俗の戦士、あるいは『理性のある存在』ならば、うかつに攻撃することはないだろう。

 だが怨念だけで動く死体は、自己保身など考えない。憎悪のままに、その腕を緩慢に伸ばす。


「このお!」


 コエモが真っ先に反応し、その腕を攻撃した。

 リーンとマーガリッティを守るための、当然の行動。

 しかしそれは、彼女にとって意外な結果に至る。


 怨念に動かされていた白骨の腕は、一撃でバラバラになった。

 手ごたえのなさに、コエモが困惑するほどであった。


「あ、あれ? 私、こんなに強かった? え、いや、そんなはずは……」


 凶悪な見た目でありながら脆すぎたため、コエモは困惑する。

 そんな彼女を、巨大な骨の集合体は『別の腕』で叩きのめした。


「あぐ……あれ、これも、痛くない?」


 空中にいたため踏ん張りがきかず、地面に張り倒され、腕で押さえつけられているコエモ。

 しかし何事もなかったかのように、コエモは押しのけながら立ち上がる。


「もともとアンデッドモンスターはそこまで強くないし、聖域魔法の影響下ではさらに弱体化する。怨念によって精神異常をきたすこともあるが、それはエインヘリヤルの鎧には無意味だ」


 弱い、弱いと連呼するジョンマンだが、淡く光る目は真剣そのものだった。

 そのまなざしの理由を聞く前に、二度も腕を砕かれたアンデッドモンスターが『再生』を始める。

 砕けた腕に、雪が、岩が、あるいは風さえもがまとわりつき、欠損を補っていた。


「問題なのは、怨念が本体だということ。聖域魔法は特効だが、殴る蹴るでは意味が薄い。煙を殴っているようなもんだ。そして……」

「ひゃう!?」


 ジョンマンの説明を遮るように、リーンが奇声を発した。


 聖域魔法は、敵と味方を識別する。

 その関係上、敵性の存在が外から侵入すれば感知することもできる。


 彼女が奇声を発したのは、いくつもの外敵の侵入を感知したからに他ならない。


「マンマ・ミーヤ! て、敵が、敵が……どんどんきた!」


 ますます消耗していくリーンの声に遅れて、巨大なアンデッドモンスターが何体も現れ、包囲してくる。

 巨体に積もる雪さえも取り込んで、怨念の塊は攻撃のモーションに入った。


「マーガリッティちゃん。さっきから何を呆けている? 君の役目はなんだ」

「そう、でした、ね!」


 自分こそがオフェンスであり、一秒でも早く倒すことこそ貢献であると思い出す。

 マーガリッティは凶暴に笑って詠唱を開始した。


「オグラオグラオグラ……ムスメフサホセ……モガークレ!」


 広範囲、長射程、低威力、高燃費。

 調整された衝撃波が、巨大アンデッドモンスターを呑み込んだ。

 海に投げ込まれた雪のように、巨体は一瞬で消え失せる。

 その有効範囲に残っていた怨念も、まとめて消え去っていた。


「脆い……本当に脆い敵ですね。常人さえ殺せない威力の魔法なのに、かき消せました」

「マンマ・ミーヤ……マーガリッティちゃん、すごいね!」

「こんなものは、低位の魔法です。いくらでも撃てますから、安心を……このまま(・・・・)続けます(・・・・)!」


「なるほど……アンデッドモンスターの群れを相手に一晩持ちこたえるとか、冒険っぽいね!」


 コエモは『一晩』と言ったが、実際はそこまでではないのかもしれない。

 しかし持久戦、耐久戦であることに疑いはない。


 集まってくる怨念とモンスターを、ひたすら倒し続ける。

 これはその繰り返し、単純作業だった。

 ただし実戦であり、命がけである。


「これは……本当に騎士らしい役目ですね。命の危険はありませんが、油断をすればリーンちゃんとマーガリッティさんが危ない!」

「相手は弱く脆いが、殴っても意味がない。必要な分だけ力を出して、無駄に疲れないようにする。よい稽古になりそうです!」


 臆さずに近づき、リーンやマーガリッティを狙うアンデッドモンスター。

 動きは緩慢だが、頭数も手数も多すぎる。


「一々殴りかかっていたら、さっきの繰り返し……小さく細かく、吹き飛ばす!」


 コエモは飛び出したくなる気持ちを抑えながら、細かく拳を振るって巨大な手を弾いていく。

 相手の体を砕くことはなく、近づけないように押しのけていく。


「ならば私は……風圧で押しのけます!」


 オーシオは逆に手を大きく振るって、大風を起こしていた。

 魔力を持たぬ一撃は、腕を破壊することはなく、ただ大きくのけぞらせていた。


「なるほど……では私は、もう少し踏み込みます!」


 二人の工夫を見て刺激されたオリョオは、あろうことかリーンやマーガリッティから大きく離れて、巨大アンデッドモンスターの胴体に接近した。

 肋骨や背骨と言える骨格が無いので胴体と言っていいのかわからないが、腕や足は生えているので、構造上『胴体』で間違いはない。


「脆かったとしても、再生するとしても……胴体があるのなら、そこを押せば!」


 オリョオは一種の相撲をしたのだ。

 それも投げるとか持ち上げるとかではない、相手をただ力任せに押し込んだのである。

 掴む部位を砕かぬように、押し込む骨が折れないように、しかし巨体を遠くへ運んでいく。


「保身を考えないということは、踏ん張らないということ……まさに、相手を見ての武ですわね!」


 巨大アンデッドモンスターも、自分を押してくるオリョオへ反撃をする。

 しかし最強の鎧に守られたオリョオは、まったく傷を負うことはなかった。


 ある程度の距離を作ると、また別の個体をリーンたちから引き離そうと押していく。


「今度は二、三体、まとめて押し出しさせていただきますわ!」

「そういうやり方もありますか……それならば、マーガリッティさんの攻撃の軌道上に集めるのもいいかもしれません!」

「それじゃあ私はその反対側の方をカバーするね!」


 無敵任せに実験をしていく三人の乙女。

 あくまでもリーンやマーガリッティを守りつつ、楽しげに笑ってさえいた。

 雪の降り積もる廃坑前とは思えない、青春の一幕であった。


「そうだ、それでいい」


 文字通り目を光らせているジョンマンは、ふざけているようにも見える三人を肯定していた。


「エインヘリヤルの鎧は、確かに最強の鎧だ。どんな状況でもそれなりに戦える。だからこそ、創意工夫が重要だ」


 先日の試合では、三人の乙女は『エインヘリヤルの鎧は無敵だから、とりあえず突っ込もう』という作戦をとった。

 拘束されることはあり得るが、弱点を突かれてそのまま負ける、ということはないのだから正しいだろう。


 こと対人戦では『弱点がない』ことこそ『最強』なのだ。

 しかし、常に最適というわけではない。


 この状況でも、怨念による精神攻撃を跳ねのけているので死にスキルにはなっていないが、アンデッドモンスターを相手に『普通』に戦えば無駄が大きくなってしまう。


「対処法を探り、一つではなく複数用意しておく。仲間と情報を共有し、できるだけ効率を上げていく。それがエインヘリヤルの鎧を習得した者の、次の課題となる」


 ジョンマンの解説を聞きながら、マーガリッティは呪文の詠唱を続けた。

 先輩三人の配慮に感謝しながら、できるだけ多くの敵を巻き込みながら再度衝撃波を撃つ。


「オグラオグラオグラ……ムスメフサホセ……モガークレ!」


 三体、あるいは四体まとめて吹き飛んでいく戦場は、このまま問題なく終わるか、と思われた。

 しかし唐突に、リーンの聖域魔法が解除され、三人の乙女も力尽きて膝をついてしまう。

 タイミングが一致したので何事かと思ってしまうが、マーガリッティも何が起きたのかすぐに察した。


「もう体力、魔力が切れた……!?」

「四人とも張り切りすぎたな、もっと力を抜くべきだった。君のようにな……」

「私はただ、有効だと思った魔法を使っていただけで……」

「そう、それが君のような魔法使いの強みだ。いくつも魔法を習得しているから、ある程度最適な魔法を選べる。都度細かく設定することになるから、ついつい力むこともない」


 マーガリッティは、広範囲、長射程、低威力、高燃費を意識して魔法を使っていた。というよりも、無意識に魔法を使うということがないので、常に計算通りに戦うことになる。


 それに対してリーンは力んでしまい、聖域魔法の威力を上げ過ぎていた。

 三人組も同じようなもので、相手を壊さないように意識していたものの、不要なほどに張り切り過ぎていた。


「基本スペック任せの戦いでは、限界は早々に訪れる。体力を底上げするスキルを習得しても、結局成長曲線にぶつかるしな。無尽蔵無制限にならない以上、早い段階から自分をセーブして戦うことを覚えるべきだ」


 解説をするジョンマンの体から、薄く、しかし大量に魔力が噴出し始めた。

 魔法と呼べないほどの弱い息吹は、しかし聖域魔法で弱体化していた怨念のトドメとなる。

 まだまだ怨念は湧くだろうが、先程までの勢いはすでにない。

 すくなくとも、近隣への被害はなくなるだろう。


「評価は……そうだな、マーガリッティちゃんは80点。初動が早ければ100点をやれたね」

「も、もうしわけありません!」

「他の子は、60点ってところだ。持久戦になることは気付いていたんだから、力の抜きどころも考えなさい」

「……は、はい」


 大人にしりぬぐいをさせることにはなったが、課題はしっかり理解していた。

 次はもっとうまくやって見せると誓いながら、ジョンマンの採点を受け入れるのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凡そ失敗するだろうと予想しながらも、心が折れるかもしれないとは欠片も考えなかった信頼。 [気になる点] 船での移動の件も含めて、竜宮の秘法に傾倒しそうやが・・・? [一言] 仲間達と手探り…
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