さあ冒険の時間だ
同じ眠り薬で眠らされている、アサリナイとキララーチ。
港町に訪れた二人は、とりあえずお祭りの机の上に寝かされていた。
リーンは二人の前で、現状を嘆いている。
「なんでこんなことに……」
彼女の主観からすれば、現状は理解できないものだった。
久しぶりに再会した義妹には、仲間や恩師を紹介しただけなのになぜか自分や恩師を刺し殺そうとした。
自分の悪口を言われていたことに憤っていた義弟には、『気にしてないよ』と言っただけなのになぜか眠り薬を投げられた。
どうしてこうなったのか、いくら考えても理解できなかった。
彼女を遠くから眺めている誰もが、なぜこうなったのかを理解できていた。
嘆いている彼女をこそ『コイツ大丈夫か?』という目で見ていた。
「なんでわからないんですかね」
コエモは誰もが考えている疑問を、そのまま口にしていた。
応えるのは、やはりジョンマンである。
「あの子は『言葉』と『行動』で判断をするんだ、そこに想像を挟まない。特に、自分が良く知っている人相手にはね。だから周囲と齟齬が起きる」
彼女が些か以上に想像力を欠いていることは事実だ。
しかし相手が発した言葉や行動から、相手の気持ちを想像するのならば、リーンのように受け止めることになるだろう。
つまり、おかしいのはリーンではなく、アサリナイやキララーチなのだ。
まあ明らかにおかしい二人のヤバさに気付かないのは、もちろんおかしなことである。
「とはいえ……この場でこれ以上くすぶっているわけにもいかないな」
彼女を説得をすることは不可能であり、無意味である。
仮に二人が暴走した理由を説明しても、絶対に納得しないだろう。
ジョンマンはそれを嫌というほど知っているので、話題をすり替えることにした。
「リーンちゃん、君は二人が暴走した理由を知りたいのか?」
「はい……二人はとてもいい子だったんです。私たちに危害を加えようとしたなんて、信じられなくて」
「彼らの気持ちは、彼らに聞くしかない。目を覚まして落ち着いてもらえば、それも適うだろう。だが君はそれをするためにここへ来たのかい?」
リーンははっとして、周囲を見渡す。
そこには自分が救ったばかりの、港町の人々がそこにいた。
彼女は自分の顔をひっぱたいて気合を入れる。
二人のことは心配だけど、もっと大事なことがある。
「そうですね……こんなところで落ち込んでいる場合じゃない! 私はこの国のみんなを助けに来たんだから!」
奮起した彼女に、港町の人々も安堵する。
やはり彼女には、こうあってほしいのだ。
この町の他にも、たくさんの人が困っている。
だから助けに行ってほしいのだ。
(リーンさん、貴方はそれでいいのです。だからこそ、その二人の気持ちはわからないのでしょうね)
ドザー王国の王族であるオーシオは、リーンの奮起を支持する。
公爵令嬢として彼女が優先すべきは国民の生活であり、親しい友人の暴走よりも優先されるべきことだ。
アサリナイやキララーチのように、私情で動くなどあってはならないのである。
「気を取り直してくれて何よりだ。それじゃあこの後どうするのか、話し合おうじゃないか」
ジョンマンは奮起するリーンへ、これから何をするべきなのか説明をする。
「港町がこの調子じゃあ、この国はアンデッドモンスターだらけのはずだ。国民が反乱を起こしたり、貴族が王権を奪取しようとしても不思議じゃない」
港町の人々は、うんうんと頷いていた。
リーンについて文句を言っていた彼らではあるが、他にも第一王子を含めた多くの権力者へ不満をぶちまけていた。
このままなら武器を手にして、王都へ進撃していたかもしれない。
「とにかくアンデッドモンスターの間引きが必要だ。第二王子とか第一王子の説得はそのあとでゆっくりやろう」
「そうはおっしゃいますが……いくらリーンさんの魔力が増えたとはいえ、国中のアンデッドモンスターを倒すというのは非現実的では?」
オリョオは割と現実的な心配をしていた。
リーンの聖域魔法が広範囲に影響を及ぼすことはわかったが、さすがに生命の維新ほどのバカな効果範囲に影響を及ぼせるわけではない。
ルタオ冬国は大きめの島なのだから、何か月もかかるだろう。流石にそれでは、内戦を止めることはできない。
「いい質問だ。だがアンデッドモンスターというのは、何もないところから湧くもんじゃない。ダンジョンに生息するモンスターが入り口から迷い出てくるように、アンデッドモンスターは怨念のたまり場から湧く。放置していれば溜まっていき、溢れてくるんだ」
ドザー王国の住民からすれば無縁な話だが、ルタオ冬国の住民からすれば常識と言えることである。
コエモ達が周囲を見れば『その通りです』『それが普通ですよ?』と不思議がってすらいた。
「だから怨念のたまり場に向かって、聖域魔法を使い怨念を祓いつつ、アンデッドモンスターを駆除する。それを何か所かで行えば、アンデッドモンスターが周辺へ被害を及ぼすことは減るだろう」
「お、お待ちください!」
ジョンマンの提案を、港町の住民は慌てて止めていた。
「確かに普段はそうしていますが、今は放置されていたため怨念の溜まり具合が凄まじいことになっているはずです! 通常のアンデッドモンスターとは違う、大型アンデッドモンスターも現れているでしょう! そんなところに、公女様をお連れするというのは……」
効率的に怨念を祓えるということは、それだけ危険地帯ということである。
リーンをそこに連れて行ってもしものことがあれば、目も当てられないだろう。
「問題ない。同行する俺は引退したとはいえ一流の冒険者だし……」
ジョンマンは改めて、自分の弟子たちを見た。
「ここには、一流の騎士、一流の冒険者、一流の武術家、一流の魔法使い……その卵が揃っている。はっきり言って、楽勝だ。大船に乗ったつもりで、吉報を待っていてくれ」
ジョンマンの弟子たちは、自分が笑っていることに気付いていた。
これから危険地帯に踏み込み、強大なアンデッドモンスターと戦う。
それも特に理由もなくではない、この国の人々を救うためだ。
とんでもなくやりがいを感じられる仕事であった。
「町の人々にこう言っちまったんだ、引っ込みはつかないぞ。それとも今から慌てて訂正するか、未来の一流冒険者」
「しませんよ! この戦いも、私の冒険の一ページにしてやります!」
「そうこないとな」
※
かくてジョンマンたちは、怨念の吹き溜まりを清掃して回ることとなった。
港町から最も近い吹き溜まりは、廃坑となった炭鉱。
かつては石炭を取っていたが、現在は閉鎖されている地。
ケエナ廃坑。
ルタオ冬国が起きるずっと前には、ここで過酷な労働を強いられる者たちが大勢いたという。
その怨念はこの地に染みつき、今も人々を脅かしている。
しんしんと雪が降り積もる山の中を進み、一行は肉眼でも目視が可能なほどの怨念地帯に突入した。
「凄い、おどろおどろしい……」
毒気と見まごう大気の色に、コエモはおもわず『感嘆』した。
ダンジョンの奥深くではなく、廃坑の入り口付近に来ただけで、ここまでの絶景を拝めるとは思っていなかった。
一流の冒険者を志す彼女にとって、初めての感動である。
他の四人は思わず身を強張らせていた。
自分たちが戦うべき相手の、その数量にひるみそうになったのだ。
そこにあるのは、明確な憎悪。
キララーチやアサリナイとは、質も量も桁違いの敵意。
過酷な労働の末死んでいった者たちが、この世に残した唯一のもの。
「私……ここがこういう場所だって、知ってました。他にもたくさんあるって、知ってました。放置したらこうなるから、慰霊が大事って知ってました。でも、来たのは初めてで、こうなってるのも初めてで……」
戸惑うリーンは、謝っているのか、説明しているのかわからないようなことを口にしていた。
「怖いか?」
気づかう余裕さえみせながら、ジョンマンは平然としている。
「無理もないことだ、下がっていてもいい。俺一人でも何とかできるからな」
自分を一流と言い切る、引退した冒険者。
彼にとってこんな状況など、枯れ尾花が不気味に見えるぐらいのことなのだろう。
「最初の一回ぐらいは大目に見るが、次からは甘やかさない。それでどうする、パスするか?」
怨念が活性化し、雪に溶け込んでいく。
雪に埋もれていた骨に宿り、人の形を取り戻しながら立ち上がってくる。
一体や二体ではない、何十、何百と起き上がるのだ。
その上、怨念はまったく減る様子を見せない。
まだまだ恨み足りぬと、雪に、石に、風に、木に。
あらゆるものを霊障で蝕みながら、生きている者たちへ襲い掛かろうとしている。
怖い。逃げ出したい。
だが、負けてたまるか。
彼女たちが乗り越えてきた修行も、嫌で逃げ出したくなる時があった。
その時も、負けてたまるかと立ち向かってきた。
「行きます!」
「よし。それじゃあコエモちゃんとオーシオちゃん、オリョオちゃんは前衛でディフェンスだ。リーンちゃんは聖域魔法で雑魚を散らし、マーガリッティちゃんは攻撃魔法で大物を倒してくれ。俺は浄玻璃眼で多少の援護はするが、いざって時以外は手を出さない。俺が手を出したら、減点だと思ってくれ」
仲間が揃い、役割を分担し、過酷な任務に臨む。
彼女たちの冒険は、今からが本番だった。




