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バカ大爆発

 ルタオ冬国に到着した一行は、港町で大いに歓迎を受けていた。

 失政によって自然災害……霊害を受けていた人々にとって、それを解決してくれた彼女はまさに聖女。

 港町はお祭りとなり、広場では会場が設置され、彼女たちへ料理や音楽が提供されていた。


「リーン様、ありがとうございます。町の外でなら対応できたのですが、町の中でまで霊障が起きるようになると……その、家屋への被害が懸念され、何もできず耐えることしかできなかったのです」

「こういうときのために私の魔法はあるのよ! どん、と頼ってちょうだい!」

「おお、ありがたい……」


 お世辞にも行儀がいいとは言えないが、それはそれとして貴人の振舞であった。

 だれもかれもが、彼女に頭を下げて、感謝を示している。


 そんなリーンに、マーガリッティも憧れのまなざしを向けていた。


「まさに伝説の魔法……凄いです!」

「やだもう~~! マーガリッティちゃんの方がすごいわよ! 私の魔法って、雑魚相手にしか効かないし~~……これしか練習してないから、これしか使えないのよね~~!」

「それでも凄いです!」


 とても難しい魔法を習得した同世代が、その魔法が有効な場面で実際に行使し、結果として称賛を集める。

 いまだ生徒であるマーガリッティからすれば、尊敬に値することであった。


 それは、他の三人からしても同じである。

 強力とは対極に位置する、便利を極めた魔法使い。

 今までただのバカだと思っていたリーンに、尊敬の念を隠せなかった。


「ジョンマンさん……リーンちゃんって、もしかして凄いのでは」

「そりゃあ、凄いよ。俺はずっと、彼女の魔法を凄いと褒めていただろう?」

「それはそうですけど……」

「今はまだ無理だけど、第五スキルと併用することもできるようになるしね」

「……凄すぎる」


 第五スキルの弱点は、規模がデカすぎてそうそう使えないことにある。

 しかしリーンならば、敵だけを都合よく消し飛ばす禁呪へと昇華させることができるのだ。

 その伸びしろに、コエモは戦慄してしまう。


「叔父上……いくら何でも、高等な魔法が過ぎるのでは? リーンさんに才能があるとしても、あの若さでここまで使いこなせる物でしょうか。少なくとも、同じ条件の『特進クラス』と比べてなお、頭一つ抜けていると思うのですが……」

「一時期腐ってた連中と彼女を一緒にするのは失礼だろ。おそらくリーンちゃんは、あの魔法を使いこなせるようになるまでずっと鍛錬を積まされていたんだ。下手をすれば……魔法だけじゃなく、他の学習時間も全部突っ込むほどにな」

「ああ……」


 いくら適性が高いとしても、二十年も生きていない彼女が使うには高度過ぎる魔法だった。

 だがそれは彼女の人生が『聖域魔法全振り』だったからに他ならない。

 それはけっして、安楽な道ではなかったはずだ。

 それこそオリョオたちと変らぬ、過酷な幼少期だったのだろう。


「とはいえ……想像した範囲では、一番最悪の状況だな。内戦になっていないだけで、この国はもう終わってるレベルだぞ」


 治水で言えば洪水が発生しているようなものだ。

 この国の慰霊は、壊滅的な域に突入している。


「さっきの雪幽霊、ポルターガイストは国中で起きていると考えるべきだ。場所によっては、聖域魔法ではどうにもならない、強大なアンデッドモンスターも湧いているだろう」


「おっしゃる通りです……この国はもうダメだ、と思っておりました。国外へ逃げようと思っていた時には、もう船を出すこともままならず……」


 ジョンマンの言葉に、町の有力者である男性も頷く。

 ボヤの初期消火が上手くいかず、国を巻き込んでの大火事になった状況である。

 逃げることもできなくなっていたところで、全部解決できる人間が現れれば崇めたくもなるだろう。


「公爵令嬢様……どうかこの国をお救いください!」

「ええ、任せて頂戴! 私が全部解決してみせるわ!」


 魔法の性質としても、修行によって得た持久力としても、生まれの立場からしても、全部解決できる女性。

 彼女は根拠のある自信をもって、高々と請け負っていた。


 なお、根拠がなかったとしても同じようなことを言っていたと思われる。


(アリババみたいなことを言ってる……)


 かつての仲間を思い出して、ジョンマンは嘔吐感を覚えるのであった。


「とりあえず……第一王子に私一人で抗議しても意味がないことはわかっているから、他にも抗議してくれる人を探しましょう! まずは第三王子と、その婚約者からね!」


 国内随一の権力者である第一王子、自分の婚約者を説得しなければならないが、自分一人の陳情を聞いてくれないことは実証されている。

 彼女は彼女なりの経験則、学習によって協力者を得ようとしていた。


「(あなたの人間関係はともかく)助力を得ることは正しいと思いますが、どんな人物なのですか?」


 自らも王族であるオーシオは、リーンの提案が正しいとは思っている。

 しかし第三王子やその婚約者の人柄にもよる。

 今更ながら、確認をした。


「よくぞ聞いてくれました! 第三王子、私の義弟であるアサリナイ君は、とってもイケメンなのよ!」

「は、はあ……」

「たくさんの女性から人気があって、ファンクラブもあるの!」

「はあ……」

「顔がいいだけで、そこまで好かれるわけがないでしょう? 彼はとっても優しいのよ!」


 とても厄介なことに、リーンは情欲を一切見せなかった。

 彼女は女性に人気があると褒めつつ、自分自身は彼へ特別な感情を抱いていないのだ。


「ルタオ冬国にいるとき、わたしはずっと聖域魔法の練習をしていたわ。だけど第三王子のアサリナイ君は、時々私の元を訪れては、いろんなところに連れ出してくれたの! ルタオ冬国にはたくさん素敵な場所があるんだよって、私に紹介してくれたのよ!」

「自分の兄の婚約者を、ですか?」

「そうなの! 悪い噂が立ちそうでしょう? でもそんなことを気にせず、『俺の悪い噂よりも君が楽しむことが大事だろ』って言ってくれたの! とっても良いお友達よね!」

(そうかなあ……)


 リーンに高度な嘘をつく能力はないので、行動だけ見れば真実なのだろう。

 しかしオーシオ……というか彼女の話を聞いている者たちからすれば、第三王子アサリナイの真意が透けて見えていた。

 なにがしかの、裏がありそうである。


「そのアサリナイ君の婚約者、私の義妹であるキララーチちゃんは……」


「お姉さま!?」


 お祭り騒ぎの声に負けない大声が、遠くから聞こえてきた。

 絹を裂くような乙女の声が、港町に響いている。


「ああ……大規模な聖域魔法が見えたので、やはりと思いましたが……お姉さま!」


 とても可愛らしいドレスを着た、幼さの残る少女。

 高貴な雰囲気を持つ彼女は、リーンを姉と呼びながら近づいてきた。


「あ! キララーチちゃん!」


 リーンも彼女に気付くと、慌てて彼女の方に駆けて行った。


「久しぶりね! 会いたかったわ!」


 そのままいつものように、全力で抱き着きに行く。

 衆人の元で、同性、同世代の少女同士の熱い抱擁が交わされた。

 リーンは心から嬉しそうにしているが、キララーチは心なしか顔が高揚し、目が潤んでいるように見えた。

 邪推かもしれないが、二人の間には深い溝があるのかもしれない。


「紹介するわね! この子が今話そうとしていた、私の妹! 第三王子の婚約者、キララーチちゃんよ! 見ての通り、とってもかわいい子なの!」

「えへへへ……お姉さま、お姉さま……」


 リーンはとても楽しそうにキララーチを紹介しているが、キララーチの方はうっとりとした顔でリーンの体を手で楽しんでいる。

 よだれをたらし、恍惚とした目をしていた。


(ヤバい……)


 リーンの紹介とはまったく無関係なところで、二人の関係が誰でもわかる状況であった。


「お姉さま……もしかして、その、お体が、その、より魅力的になったのではありませんか?」


 リーンが女性として成長していることは事実なのだが、感触からそれを理解したということは、以前からなんども濃厚接触があったということであろう。

 一挙一動に大丈夫なところがないキララーチだが、リーンはまったく気づいていなかった。


「あら、わかった? 実はそうなのよ! 私、修行先でとっても成長したんだから!」


 誉め言葉をどう受け止めているのかわからないが、リーンは成長した胸を張りながら誇らしげに笑っている。

 キララーチの傍を離れて、ジョンマンたちの元に走り寄る。


「紹介するわね! この人たちが私の修行先のお友達よ! コエモさん、オーシオさん、オリョオさん、マーガリッティちゃんよ!」


「ど、どうも……」


「修行先の……お友達?」


 ここでキララーチの顔が、一気に曇った。

 それはもう嵐の前の暗雲ぐらいである。

 なんなら、巨大な竜巻が接近しているかのような、明確な予兆であった。


「お姉さま……もしかしてその女たちと、同じ屋根の下で生活を?」

「そうよ! みんなとってもいい人なんだから!」

「つまり、同棲……」

「そうね! とっても楽しい日々だったわ!」

「楽しい日々……もしかして……同じお風呂に毎日入っているとか……?」


 なぜ『楽しい日々』が『同じお風呂に毎日入る』なのかはわからないが、少なくともキララーチにとってはそうであるらしい。


「そうよ!」


 地雷原でタップダンスを踊るどころか、火薬庫でタバコを吸うかのようなリーンの所業。

 もはやお祭りムードはどこにもなく、キララーチやリーンたちから街の人々は離れていく。


「そして! この人が! 私のお世話をしてくれている人! ジョンマンさんよ!」

「ぎゃああああああああ!」


 リーンはジョンマンの腕に、とても嬉しそうに抱き着いた。

 ファザコンの娘が父親に甘えるかのような振る舞いだったが、肝心のジョンマンは悲鳴を上げている。


「お、お、お前! お前! バカだろ! バカだろ! なんで! どう考えても、絶対にやったらいけない奴のまえで、それをするんだよ!」

「やだな~~! お世話になっているジョンマンさんを、紹介しているだけじゃないですか! それに普段からこれぐらいしていますよね?」

「死ぬ! 死ぬ! 社会的どうこうじゃない、絶対に殺される!」


 もはやジョンマンとリーン、キララーチから誰もが離れていく。

 お祭り会場は、修羅場へと変わっていた。


「女性として成長したお姉さま……お世話になっているという男……点と点がつながりましたわ!」

「そうよ! この人のおかげで、私はすごくなったのよ!」

「お前はわざとやってるのか!?」

「純粋無垢なお姉さまを、無知プレイへ誘導したに決まっています……私もよくやっていたから、間違いありません!」


 大きな過ちをしていたと自己申告する、問題発言。

 キララーチは、懐から短刀を取り出した。


「ソイツも殺して、お姉さまも殺して、私も死んでやる~~!」

「どうしたの、キララーチちゃん!?」

「どうしたのじゃねえだろ!?」


 流石のリーンも、刃物を取り出したキララーチの異常を理解した。

 遅い、遅すぎる。

 大火事になってようやく「なんで火事になったの?」というぐらい間抜けである。


「危ない!」


 そんな窮地に『一石』を投じたのは、一人の男子であった。

 人ごみの中から何か小さな塊が投げ込まれ、キララーチのすぐそばで破裂する。

 興奮状態で短刀を持っていたキララーチだが、怪しい煙に包まれて気絶した。


「う~~ん……」

「やれやれ。ここまで暴走するとはな……」


 人ごみをかき分けて、さっそうと現れたのは肩まで髪を伸ばしている好男子であった。

 コエモやオーシオですら思わず赤面するほどの美男子は、リーンの傍に歩いていく。


「ああ! アサリナイ君!」

「久しぶりだな、リーン」


 ルタオ冬国の第三王子、アサリナイ。

 自分の婚約者の暴走を眠り薬で納めた彼は、多くの人々の前で話を始めた。


「君がいなくなってから、俺も兄貴たちも必死で探したよ。でも港町に現れたということは、国の外にいたということかな?」

「実はそうなの! この国が大変なことになっていると聞いて、慌てて帰ってきたのよ!」

「……そうか、君は変わらないな」


 複雑そうな顔で微笑むアサリナイに、リーンは自分の方針を伝えていた。


「ちょうどよかったわ! 実はこの国を立て直すために、第一王子を説得したいの! 力を貸してくれるわよね?」

「……この国を、立て直す?」


 ここでアサリナイは、厳しい目で周囲を睨んだ。

 どうやら後ろめたいことでもあるのか、港町の人々は思わず目をそらしてしまう。


「この国の人々を、君は助けたいと?」

「そうよ、当たり前じゃない」

「こいつらに、そんな価値はない」


 冷徹、冷淡、残酷なまなざしをするアサリナイ。

 美男子だからこそ、その目はとても恐ろしかった。


「君がこの町に来て、聖域魔法を使って、人々を助けたことは聞いている。さぞ感謝されたんだろう?」

「ええ! みんなとっても喜んで、ありがとうと言ってくれたわ!」

「調子のいい話だ……まさに掌返しだ!」


 アサリナイは、民衆の罪を告発する。


「この国に霊障が現れ始めたとき、国民が君のことをどう言っていたか知っているかい? 行方不明になっていることを心配せず、ただ自分たちのことを考えていた。『リーンはどこに行った』『こんな時しか役に立たないのに』『あのバカは、肝心な時にいないな』……そんなことばかりを言っていた!」


 思い人であるリーンを、汚濁から救おうとしている。


「こんな奴ら、救う価値がどこにある!」


 彼の告発は真実だった。

 だからこそ、アサリナイの言葉に誰も反論できずにいた。


「昔の俺は……君を利用して、兄貴たちを陥れようとしていた。君を意のままに操り、兄貴たちを失脚させようとしていた。兄貴たちを蹴落として、この国の王になろうとしていた。でも……こんな国、支配する価値もない! こいつらに崇められることに、なんの意味がある!」


 まったくの部外者であるジョンマンたちも、口を挟めない。

 彼の主張は、それなりに正当性があった。


「リーン……この国を出よう。一緒に新しい場所に行って、ゼロからやり直そう。俺は君のためになら、すべてを捨てられる!」


 渾身の口説き文句であった。

 彼の言葉が通ればこの国は滅亡するのであろうが、誰も口を挟めない。


 リーンだけが、発言する権利を持っていた。


「……ねえ、みんな。本当なの? 私がいなかったとき、私の悪口を言っていたの?」


 リーンは、告発の真相を民から聞こうとした。

 ここで『そんなことはない』といえるほど、民は厚顔無恥になれなかった。

 あるいはリーン以外に対してならともかく、ここまで天真爛漫なる彼女に虚言を吐くことはできなかったのだ。


「その、とおりでございます……アサリナイ殿下のおっしゃる通り……少なくともこの町では、貴方が不在であることに、陰口をたたく者が大勢いおりました。私も、その一人です。もうしわけ、ございません」


「そうなの……」


「わかっただろう、こいつらなんて見捨てて……」


「謝って偉いわね! 許すわ!」


 リーンは、竹を割ったようにまっすぐ許していた。

 あまりのことに、誰もが呆然とするほどである。


「ちょ、ちょっと待ってくれ……なんでだ、何で許すんだ?」

「私だっていやな気分にはなったわ! でもそれはそれよ!」


 むふう、と自信満々にリーンは宣言する。



「悪口を言われたぐらいで、見殺しになんてできないわ!」



 おそらく幼少のころからの友人であろうアサリナイ、あるいは陰口をたたいていた町の住民たちもあっけにとられる『剛毅』であった。


「だからこの国を救うために頑張りましょう!」

「悪口を言われたぐらいって……きみはそれでいいのか?」

「私だって悪口を言うことはあるわ! だからそんなものよ! 気にしないで!」


 ーーここで、一応、アサリナイを擁護するのならば。

 自分の悪口を言われることは我慢できても、思い人の悪口を言われることには我慢できない、というケースはある。


 だが彼の行動は、明らかに一線を越えていた。


「そうか、君はそういうヒトだ。だから俺も、君に惹かれた。だが……それでも俺は、君をここに置けない! 利用される君を見ていたくない!」


 自分の婚約者に向けて投げた眠り薬入りの煙玉を、リーンに向かって投げてしまった。


「力づくでも連れていく!」

「若いねえ、お兄ちゃん」


 だがリーンの隣には、ジョンマンが立っていた。

 柔らかい手の動きによって、アサリナイの投げた煙玉を、割れないように受け止める。


「な!?」

「だが、薬に頼って力づくっていうのは……若気の至りってレベルじゃねえぞ」


 そのまま逆に投げ返して、アサリナイを眠り薬の煙で包んでいた。

 とっさに口と鼻をつまんで耐えようとするが、よほど強力であったらしく気絶するに至っていた。


「く、くそ、しま……」


 奇しくも同じ薬によって、第三王子とその婚約者は町の地面に倒れたのであった。


「やれやれ……痴情のもつれがあるのは知っていたが……」

「あ、あの、ジョンマンさん?」

「いい加減にしろ、バカ」


 ジョンマンはすっかり呆れた顔で、リーンの脳天に体罰(ゲンコツ)を振り下ろしていた。


「いだあ!」

「もっと早くこうしておくべきだったな……マジでな!」


(そうですね)


 公爵令嬢をその国の民の前で殴ったジョンマンだったが、誰も彼を咎められないのであった。

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― 新着の感想 ―
(そうですね!!!)
ポルターガイストよりひどいヤンデレ妹だった。
[良い点] タイトル最高!
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