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カリスマ

 航行中大きなトラブルは発生せず(天候が常によかったとは言っていない)、一行は順調にルタオ冬国の隣に達していた。

 あと一回船に乗ればルタオに到着できる。その状況になって、ようやくジョンマンはちゃんと宿を取ってしっかりと休息をした。

 このままだとグロッキー状態で内戦寸前の国へ乗り込み、そのまま病床に倒れかねない。

 何をしに来たのか、さっぱりわからなくなる。


 初めての船旅(外洋)を体験したドザー王国の乙女三人は、船酔いという概念すら知らぬまま、息も絶え絶えになりながら『揺れない宿』で横になっていた。

 そんな彼女たちの世話をするのは、妹分である二人の役目である。


 面倒ごとを持ち込みがちな自分たちのために頑張る姉貴分たちのために、二人は精力的に動いていた。


「こういってはなんですが……お三方には普段からお世話になっていますから、こういう時にお世話ができるのはとてもうれしいですね」

「マン・マミーヤ! ジョンマンさんがおっしゃっていたように、体力があると人の役に立てるのね! 鍛えていて良かったわ! 頑張って成果を得られるのって最高ね!」


 第四スキル、竜宮の秘法。健康を極めるこのスキルは、持久力にも秀でている。

 二人の乙女が三人の看病をするというのも、このスキルの恩恵によって可能であった。


「今更なんだけどさあ……ジョンマンさんの気持ちが分かったよ。このあとルタオ冬国に行って、なにがあったとしても……帰りにも船に乗るんだよね」

「言わないでください……考えたくないです」

「不覚……不覚……」


 事前に対策スキルを習得しておくよりも、実際に『スキルを習得していないとどんな目に遭うか』を体験した三人。

 本のネタとしては美味しいのだが、現在の彼女らには食欲すら存在しなかった。消化にいいものを無理矢理食べている状態であり、復調には程遠いだろう。


「失礼、入ってもいいかな?」

「ジョンマンさん、今なら問題ないですよ」

「マンマ・ミーヤ! 男の人が入っても問題ないわ!」

「それは良かった……」


 風聞を気にする男、ジョンマン。

 五人の乙女が揃っている(しかもその内三人は体調が最悪)部屋におっかなびっくり入ると、五人から距離を取った場所で椅子に座った。

 乙女たちからすれば「なぜ距離を取る」と思うのだが、彼からすればこれでもギリギリである。なんなら、部屋に入りたくすらない。


「三人はまだ復調できない、あと数日は休んでもらう。これは決定事項だが、かまわないかな?」


 ジョンマンはまず『絶対に変更できない予定』を決めた。

 五人とも異論はない、と言わんばかりに頷いている。


「そのうえで、ここ数日調べた結果なんだが……どうにも、内乱寸前というのは本当らしい。少なくとも、この国ではすでに『内乱が起きる』と踏んで動いている」


 半月以上も旅をして『なにもなかったよ、よかったね』では船酔いのし損だが、『本当に内乱が起きそうだよ、よかったね』など口が裂けてもいえるものではない。

 今まで明るかったリーンの顔は、一気に曇っていた。


「内乱寸前……まだ、まだ内乱は起きていませんよね!?」

「ちょ……こっちに近づかないでくれ! とにかく、この国ではもう君のことが知られていても不思議じゃないんだぞ? もっとこう、落ち着いてくれ」


 近づきそうになるリーンを、ジョンマンは制した。


 ドザー王国では『公爵令嬢リーン? 誰それ』であったが、この港では『行方不明だった隣国の第一王子の婚約者』である。なんなら、顔見知りがいても不思議ではない。

 そんな彼女が男性と一緒の部屋にいて、濃厚接触をしているなど冗談にもならない。


「そこまで詳しい話はないな。だが、少なくとも既に……定期便は止まっている。今までのように、乗客として船に乗ることはできない。おそらく、別の港、別の島からのルートを探っても同じだろうな」


 電話もなにもない世界であるため、リアルタイムの情報を知ることはできない。

 ここで重要なのは、尋常の渡航手段が潰れたことである。


「そこで船を一隻、乗員ごと『買った』。期間限定だがな……これで問題なく行ける。ただ準備が必要なんで、それも合わせて数日は必要だな」


 とはいえジョンマンも乙女五人に相談をするほど落ちぶれてはいない。

 金も名誉も有り余っている男である、現金を実弾としてばらまくのは得意であった。


「……変なこと聞いていいですか? なんで今までそれをしなかったんです?」


 ジョンマンが大金を惜しげもなく使うことについては、今更驚くことはない。

 しかし船を乗員ごと買い上げるなんて真似ができるのであれば、なぜ最初からそうしなかったのか。

 寝ているコエモは、素朴な疑問をぶつけた。


「……ドザー王国に、ルタオ冬国への直通航路を知っている人、直行できる船があるとでも?」

「ないと思います」

「そのとおり。そんでもって、慣れてない航路を無理矢理行かせてもいいことはない。結局定期便を乗り継ぐのが早くて安全だ。今回買い上げた船や乗員は、元々ルタオに行き慣れているから、実質定期便と同じなのさ」


 やはり旅に慣れている、というのは頼もしい。

 流石世界最高の冒険者集団の一員、経験値が段違いである。

 すくなくとも、この場の五人の乙女ではこうはいくまい。


「だからもう、到着することについては心配ないぜ」

「マンマ・ミーヤ! ありがとう、ジョンマンさん! 大好きだわ!」

「俺のことを好意的に受け止めるのなら、うかつな発言は控えろ!」

「え……感謝を伝えるのが、うかつ?」

「世の中の人は、みんなが君みたいに清らかな心を持っているわけじゃないんだ!」

「そんな……じゃあこの気持ちはどうすれば……そう! 二人っきりの時間とかで!」

「俺を殺す気か!」


 論旨をわかっていないリーンに対して、ジョンマンは説得を諦めかけていた。

 このままでは、本当にシャレにならない。


「とにかくだ……英気を養っておくことだな。こんなことは言いたくないが、今回は君達五人にとって『初めての実戦』と言っていいだろう。相手は心のないアンデッドモンスター……人間相手や普通のモンスター相手とは、別種の厄介さを持っている。……ん」


 ジョンマンは少し悩んだ後、不謹慎なことを言った。


「君たちにとって、いい経験になるだろう」


 寝ている三人にとって、マーガリッティにとって、発破になると知っての言葉であった。

 これを言われた四人は、実際に奮起していた。


「……そっか、私たち戦うんだ」


 身代金目的で誘拐されそうになったので対応したとか、ルールがある試合で頑張るとかではない。

 自分の命を狙うモンスターを相手に、鍛えた技をぶつける。

 そのためにこそ、この場の面々は体を休めるのだ。


「そんでもってリーンちゃん、君には一番がんばってもらう。おそらく君の魔法の特性をフル活用することになるだろうし……現地の問題を解決するのも、君が一番向いているからな」

「それはもう! ジョンマンさんから教わったことをフル活用して……頼りになる仲間と一緒に、頑張りまくりますよ!」


 敵にだけ攻撃が当たり、仲間へ恩恵をもたらし、無関係なものには一切影響を及ぼさない。


 伝説とされるほどの超高等魔法、その有用性をリーンは体現することになる。



 内戦寸前の隣国に向かう……など、よほどのもの好きでもなければ請け負わない仕事だろう。

 ジョンマンはいくつかの船長と交渉をしたが、話を聞いてくれたのは一人だけであったことからも、その難しさが窺える。


 船乗りも一種の冒険者であり、航海は常に危険と隣り合わせだ。

 だからこそ、可能な限りのリスクマネジメントを怠らない。

 利益と危険性を考えられないのなら、それは冒険ではなく自殺だからだ。


 ジョンマンはそれなりの金貨を積んだが、交渉に乗らない者たちにどれだけ金を積んでも、結果に影響を及ぼすことはあるまい。


 そしてそれが正しかったことは、一行のチャーターした船がいよいよルタオ冬国の港に接近したことで明らかとなる。


 雪が降っていたぐらいで天候が比較的安定していた船旅だったが、ゴールであるはずの港が異常事態に襲われていると判明したのである。


「おい、オーナー! 双眼鏡か望遠鏡持ってるか? 港の方を見て見ろ、えぐいことになってるぞ!」

「俺は裸眼でも十分だ。雪幽霊が湧いて、港町を襲っているな。これはこのまま接近すれば、この船も襲われる」

「話が早くて助かるぜ」


 雪の降り積もる、曇天の昼。

 ルタオの港に近づいた船は、一端帆を畳んで停止していた。

 遠目でもわかるほど、港は大混乱に見舞われていたのである。


 雪幽霊。

 一種のポルターガイスト、霊障である。

 膨大な怨念が雪に取りつき、人の形をとって人々に襲い掛かる心霊現象。


 国全体が幽霊屋敷のようになっていない限り陥らない、悪い意味でめったに見ない現象である。

 当然ながら浮遊しており、船が接近すれば襲われてしまうだろう。

 船員の命を預かる船長としては、大金を積まれても接近などできまい。


「私たちが船から降りて、泳いで現地に行くのはどうかな? エインヘリヤルの鎧を着ていれば、寒い海もへっちゃらだと思うし、この距離ならもう大丈夫だと思うし」

「それよりも、私の魔法で雪幽霊を撃ち落とすのはどうでしょうか? 弱いモンスターの群れが相手なら、それなりの魔法を連発すれば行けるかと……。そうすれば、全員で港につけます」


 コエモとマーガリッティの提案は、そこまでおかしくはない。

 しかしもっと簡単な方法が、すぐそばにあった。


「二人のアイデアが間違っているとは言わないが、ここはリーンちゃんにお願いしよう。今の君の最大範囲なら……ここから港町全体をカバーできるね?」

「やってみます!」


 リーンの聖域魔法は、自分を中心に展開する。

 街のど真ん中で展開するのならまだしも、離れた海上から展開するとなれば、海上の航路ぐらいしか確保できそうにない。

 そう思っていた面々だが……。


「チェリーリ、リーリ、……聖域魔法、キュアアンドアタック!」


 リーンが呪文を唱え終わると同時に、その考えは文字通り吹き飛んでいた。

 さすがに生命の維新ほどではないが、サザンカやマーガリッティをはるかに超える広範囲へ『聖域』が展開される。

 港町の建物や、搭乗している船や海面などに一切影響を及ぼすことなく、都合よく雪幽霊たちだけが苦しみ始めた。


 元が脆い怨念であるだけに、雪玉が砕けるように雪幽霊が崩壊していく。


 それはこの船の上からでもわかる、劇的な解決であった。


「こ、こりゃあ、聖域魔法!? まさか、行方不明になっていた、第一王子の婚約者……聖女、リーン様か!?」

(本当に、この魔法だけで判別された!!)


 リーンが魔法を使った瞬間、船長や船員たちはリーンの素性を見抜いていた。

 それほどに希少価値が高い、高名な魔法なのだろう。

 有効活用されている今ならば納得である。


「……!! これは……これは、酷いわ」


 魔法を展開しているリーンは、思わず自分の顔を抑えた。

 有効範囲内の敵を制圧すると同時に、味方……この場合は港町の人々を回復する効果があるのだが、その対象となる人々がどれだけ弱っているのかを感じ取ってしまったのだ。


「こんな沢山の人々が、こんなにも弱っているなんて……もっと強く魔法を使わないと……」

「ん……君は確かに強くなった。だから最大範囲の魔法を長時間維持できている。だが無理は禁物だ、これ以上効果を上げると、さすがに持たないぞ」

「ですが……こんなに弱っている人たちを、このままになんてできません!」

「この港町の人々を苦しめていたのは雪幽霊だ。それさえ何とかすれば、それぞれに何とかできるさ。この地の人は、そんなに弱くないだろう?」

「そう……そうですね!」

「さて……船長! この魔法はまだまだ維持できる、もう入港できるだろう?」


 噂に聞いていた聖域魔法を実際に見て、呆けていた船員たち。

 彼らは事態が改善したことを悟ると、慌てて動き出す。


「お前ら、急げ! この魔法が維持されているうちに、なんとしても入港するんだ! 公爵令嬢様! 大変だろうが、もうちょっと持たせてくれよ?」

「全然大丈夫だから安心して! 日没までだったら余裕よ!」

「そりゃありがたい! だが素人じゃないんだ、そんなにはかからないぜ!」


 帆で風を受けて、船は再出発する。

 先ほどまでは雪幽霊に耐えていた町だが、一気に慌ただしくなっていた。


「今の魔法は、聖域魔法だ! 公爵令嬢様が、お戻りになったんだ!」

「すげえ、幽霊どもが全部いなくなったぜ! なんか元気も出てきたしよ!」

「おい、船が近づいてきてる……きっと、あの船に乗ってるんだ!」


 家の中に避難していた人々が、一気に町へ出てきた。

 接岸しようとしている船に手を振り、聖女の帰還を迎えようとしていた。


「みんな~~! もう大丈夫よ~~!」


 リーンは彼らに応えるように、魔法を展開したまま手を振り返した。

 元気な人々をみて、逆に元気をもらった彼女は、はしたないほどに大声を出している。


「頼りになる仲間と一緒に、この国を何とかしに来たわ~~!」


(アリババみたいなことを言いだしやがったな、コイツ……)


 ジョンマン以外の誰もが、彼女の輝きに魅入られていたのだった。

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― 新着の感想 ―
主人公が石田三成ポジに
[良い点] 破滅の引き金……トリガーオブコロニー落とし並みじゃね?
[一言] 今回のお話で面白いなと思うのは、少なくとも自分は読者視点でいうならリーンが嫌いなタイプのキャラなんですよねw ある意味自分の事しか考えずに周りを巻き込んでなんとも思わない迷惑キャラという風に…
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