きっとなんとかなる
リンゾウ、もといリーンは男装少女である。
まったく男装できていないので正体バレバレだが、本人はそのつもりなので誰も突っ込まずにいる。
まったく無駄なことに労力を割いている彼女だが、理解者が一人いた。
他でもない、彼女に男装を勧めた女性、リョオマ、もといオリョオである。
二人は揃って風呂場に赴き、いろいろと体を開放しながら気を楽にして話をしていた。
「ふぅ……男子同士で一緒に入る、ということにできてよかったですわ。普段はいろいろ窮屈ですから、楽にできてありがたいです」
「そうですね~~!」
ジョンマンが作らせた、御殿の中のお風呂場。
大きな浴場は先日に生徒が大勢訪れた時も、キャパオーバーを起こさなかった大浴場である(つまり普段は無駄に広く、掃除に手間がかかっている)。
二人は足を延ばして、開放的に湯に浸かっていた。
「オリョオさんは、男装大変そうですもんね!」
「そうなのです。もう、いつバレるかひやひやしていて……(最初の段階からバレバレです)」
二人は悪気なく、互いに『男装の大変さ』をねぎらいあっていた。
「私も最近、発育が良いんですよね……多分、健康的な生活をしているからだと思うんですけど」
「いつバレるかわかりませんね……その時が来たら、どれだけの騒ぎになるか……(最初の段階からバレバレです)」
お互いかなりの美少女なのだが、それぞれ自分の美貌に興味がなく、男装が面倒になったなあ、としか思っていない。
自分の体をもみながら、その変化を嘆いている。
「なまじ修行が順調だからこそ、それだけが悩みの種ですわ」
「……私は他に、悩みがあるんです」
姉貴分であり、自分のことを知っているオリョオだからこそ、リーンは素直に胸の内を明かしていた。
余り抱え込みすぎないこともまた、彼女の美点と言えるだろう。
「私、ここでの生活が気に入っているんです。みんないい人ですし、仲がいいですし……」
「ここに連れてきた私としては、貴方がそう思ってくれてうれしいわ」
「でも……みんなどこかに行ってしまうんですよね」
コエモは世界を冒険するために、オーシオは国を守る騎士になるために、オリョオは一流の武術家になるために、マーガリッティは一流の魔法使いになるために。
それぞれの動機を持ち、強い芯となっている。
だからこそ辛い修行に耐えられるのだし、競合し合うこともないため足の引っ張り合いも起きていない。
仮に一人になっても、ジョンマンの元で修行をするだろう。
だがリーンだけは、具体的な目的や目標が全くない。
みんなで楽しく生活をすること。それ自体が目的となっており、現在の状況こそが彼女の望みだ。
それはいいのだが、いずれ解散することが見えている。それが彼女にとっては、耐えがたい苦しみだった。
「コエモさんもオーシオさんも、オリョオさんもマーガリッティちゃんも、素敵な夢を持っていて、応援したいんです。でも……みんなどこかに行っちゃうんだなあ、と思うと悲しくて……」
仲間の夢を応援したいが、別れたいわけではない。
悩む彼女に対して、オリョオはアドバイスをした。
「それなら、私の家に来る?」
「え?」
「私の家は武術家だから、実力者は厚遇するわ。そうすれば少なくとも、私とは一緒よ」
「それは……そうですけど」
「私の家はドザー王国だから、会おうと思えばオーシオさんやジョンマンさんには会えるわ。コエモさんも冒険をしたら帰ってくると思うし、マーガリッティちゃんもたまには顔を出しに来ると思うわ」
「む……そう、です、ね?」
思いのほか具体的なアドバイスが来たので、考え込むリーン。
悪い話ではないと思うが、考えていたのとちょっと違うので悩んでしまう。
「貴方は今の生活がずっと続けばいいと思っているのでしょう? でもそれは叶わないわ。だったらそうしたほうがいいと思うの」
しかしながら、適切過ぎる、解像度の高すぎるアドバイスには反論の余地がなかった。
どうあっても無理なのだから、落としどころは必要だった。
「で、でもぉ……別れるのは嫌、というか……」
「安心しなさい、私たちは良い友達よ。お互いが嫌いにならないのだから、別の道に進んでも友達として再会できるわ」
悩んでたどり着くような結論を出されてしまったため、リーンはうなってしまった。
「オリョオさんは、立派ですね……私はそんなふうに考えられません。もっと成長したいです」
「焦る必要はないわよ。まだ当分先のことだし……ジョンマンさんのところで修行をしていれば、きっと成長できるわよ」
リーン基準で『良い人』しかいないこの環境は、当然ながらジョンマンが中心である。
彼がしっかりしているからこそ、誰もが安心して修行できるのだ。
彼の元で修行をしていれば、立派な大人になれるはず。
オリョオの言葉を聞いて、リーンは……。
「マン・マミーヤ! そうですね!」
物凄く素直に信じていた。
力強く拳を握りしめて立ち上がった。
「私、これからもどんどん、ガンガン、ジョンマンさんを頼ります!」
ジョンマンさんならきっと大丈夫。
信頼できる大人を知った彼女は、全体重を彼に預けることとしたのだった。
※
ルタオ冬国。
極寒の大地でありながら、非常に豊かな穀倉地帯でもある。
つまりは……。
大勢の人が求める土地柄でありながら、冬には大勢の人々が凍死する土地柄でもある。
現在こそ非常に安定しているが、古の昔は大勢の死者が冬の雪に埋もれていった。
そのためルタオ冬国は、アンデッドモンスターの生まれやすい土地でもある。
アンデッドモンスターとは、無念、非業の死を遂げた人間の怨念が、供養されていない死体に宿って復活し、生者へ襲い掛かるもの。
満腹を知らず、人だけを殺し続ける、悪しき怪物。
だからこそルタオ王国ではアンデッドモンスターの駆除には力を入れていたのだが……。
それでも駆除、供養が追いつかず、大発生を許してしまうこともある。
いや、あるいは……政治が必要経費へリソースを割くのを辞めてしまう、ということの方が多いのかもしれない。
「第一王子! 各地でアンデッドモンスターの発生が急増しています!」
「各地で「捜索」に当たっている兵士たちが対応しているので犠牲は抑えられていますが、それでも時間の問題です!」
「どうかアンデッドモンスターの、発生予防に力をお使いください!」
現在ルタオ冬国では、とある人物の「捜索」に多くのリソースを割いていた。
そのためアンデッドモンスター予防へのリソースが削減され、各地でアンデッドモンスターの発生件数が激増していた。
「ならん! 捜索中の兵士達に、片手間で対応させればいい! アンデッドモンスターなど、所詮は有象無象! 我が国の精強なる兵士達ならば、問題ではない! むしろよい訓練になるほどだ!」
「それはそうですが……国民に被害が出てからでは遅いのですよ!?」
「冬場での連戦は、精兵にも負担です! 叛意につながりかねませんぞ!」
ルタオ冬国の有力者たちは、揃って陳情を上げていた。
このままでは取り返しのつかないことになってしまう。
せっかく安定した国内が、再び戦国時代に突入しかねない。
「それよりも……リーンは見つかったのか」
「いえ、その報告はまだ……」
「足取りもつかめていません。おそらく海外に逃亡したものかと……」
有力者の失言を聞いて、第一王子は目を吊り上がらせた。
失言をした悪い口を掴み、全力で訂正する。
「リーンが逃亡しただと? そんなことはありえない!」
「ふごぁ……!」
「アイツは、俺の女だ! 俺を愛していた、たった一人の女だ! 俺の元から逃げるなんて、そんなことがあり得るか!」
愛する女を求めて、全力を尽くす。
ある意味男らしい彼は、最悪なほどに為政者に向いていなかった。
「弟たちや、その婚約者……他の多くの者が、アイツを求めて、妬んで……監禁しているに違いない!」
「ふがぁ」
「アイツが俺を嫌うなど……!」
『なんでみんなと仲良くできないの? みんないい子なのに! あなただって、あの人たちのいいところを知れば、きっと仲良くできるわ! なんで、話を聞いてもくれないの!』
嫌われる理由が、脳裏をよぎった。
だがそれを、彼は全力で否定する。
嫌われていると認めることが、彼にはできなかったのだ。
「そんなことはない、アイツは俺を、俺だけを愛していた……俺に対して、なんの不満も、なんの文句もない! そんなことを、言われたこともない! 俺とアイツは心で通じ合っていて、分かり合っていた! 俺の唯一の理解者だ!」
「し、しかし……リーン公女が、この状況を望むのでしょうか? あの方は国民を愛しておられました。であれば、国内が荒れれば……」
「だからなんだ!」
こじらせた男は、それなりに正当性のあることを言う。
「リーンの魔法があれば、アンデッドモンスターの大量発生など、すぐに収束する!」
「それは、そうですが……」
「むしろ、リーンを捕らえている者をあぶりだすには、格好の機会ではないか!」
「ま、まさか……第一王子、貴方は……この状況を狙って?」
まるで大いなる賢者が周囲の愚民に周回遅れで真意を理解されたかのような、そんな得意満面な笑みを見せた。
「そうだと言ったら?」
「おかしいでしょう! そんなこと、許されるわけがない!」
本来なら、その手がありましたか、と言われたのかもしれない。
いやさ、第一王子はそれを望んでいたかもしれない。
しかし悲しいかな……国よりも一人の女を愛するなど、到底許されるわけもない。
「貴方は、何を考えているのですか!」
「私の考えに口を挟む暇があれば、リーンを探せ! それだけが、この状況を改善する唯一の方法だ!」
「で、ですが、もしも死んでいたら、その時は……」
「そんなことを、思っても口にするな!」
安定した国が亡ぶとは、こういう時か。
有力者たちは亡国の死神が目の前の王子に……いや、国内の有力者たちに取りついていることを理解してしまっていた。




