他流試合後
ミット魔法国から来た魔法使いたちとの試合を経て、ジョンマンの生徒たちはいろいろと動いていた。
まったく戦闘スタイルの異なる、魔法使いたちとの戦闘。そして自分たちの完成形たるジョンマンと、一流魔法使いの戦闘。
それは彼女たちに対して、よい影響を与えていた。
試合に勝って勝負に負けた、というべき内容であったため、選手であり先輩である三名は特に奮起していた。
ジョンマンの家のすぐ前で、三人は練習に熱中している。
「この間の試合……試合だったからよかったけど、実戦だったら私たち二人が死んでたよね。倒れた私たちには当たるんだし」
「言い方は物騒ですが、そうですね。そうなれば私も二人をかばうか、見捨てるしかありませんでした。ノォミィちゃんに良心が無ければ、それもあり得たでしょう」
「俺たちはもっともっと強くならないといけないんだぜ……!」
仮想ノォミィがド畜生扱いされているが、実戦を想定すれば正しい考えであった。
もっともっと強くなりたい、ならなければならないと考えた彼女たちは……。
ジョンマンの指示通り、圧縮多重行動、神域時間による複数回行動を学ぶこととなったのである。
「ということで、リョオマ君! 私たちに神域時間を教えてね!」
「よろしくお願いします!」
「任せてくださいましだぜ!」
なんのかんの言って、弟子の中で一番強いのはリョオマである。
最高難易度である神域時間を高い水準で習得している彼女は、その技術を姉妹弟子たちへ授けようとしていた。
「神域時間で難しいのは、『一回分の行動』の定義ですわだぜ! これがどうしようもないと、雑なことにしかならないのですわだぜ!」
リョオマは停滞した時間の中で、三回拳を振るった。
最初はジャブのような牽制の一撃、二度目は少し威力の高い一撃、そして渾身のフルスイングである。
「普通の時間の中では、これらの動きは同じ一回でもまったく違う時間を要しますわだぜ。ですが神域時間においては、どれも一回分として処理されますわだぜ」
「だから詠唱を含めて五分ぐらいかかる『生命の維新』も、一回分の行動として処理できるんだよね」
「通常の戦闘においても、アドバンテージになりますね。私の父も、これに敗れました……!」
「ですが……この一回分、というのが問題なのですわだぜ」
ここでリョオマは、失敗例を実演した。
拳を構える、で一回。狙いを定める、で一回。殴る、で一回。
コエモやオーシオにもわかるぐらい、手番を消費する立ち回りだった。
「……ねえ、もしかしてなんだけど。今私たちがいきなり三回行動できるようになっても、今みたいになっちゃうの?」
「その通りですわだぜ。神域時間は行動回数を増やすことも難しいですが、それ以上に『一回の行動』をできるだけ合理化することが重要ですわだぜ」
殴るという動作も、分解すれば複数の行動になってしまう。
それを避けるには、鍛錬によって殴るという動作そのものを最適化する必要がある。
さらにその延長線上として、避けながら殴るとか、受けながら殴るとか、近づきながら殴るなどがあるのだろう。
あるのだろう、というかジョンマンやラックシップ、アラーミやリョオマはそれができている。
「……ねえもしかしてなんだけど、ジョンマンさんがアラーミさんと普通に打ち合えたのって滅茶苦茶凄いの?」
「本当に今更ですわ⁉ あの方の練度には、本当に驚かされたのですわよ⁉」
(驚きすぎて、だぜが抜けている……)
毎度のことながら、ジョンマンが『神域時間の専門家と普通に格闘できていた』ことが、どれだけ凄いのか今更理解できた。
強くなるということは、上級者の凄さを知っていくことなのかもしれない。
「ごほん……その意味において、俺が遭遇したラックシップの部下たちは適切な運用をしていましたわだぜ。ボウガンを構えて、必要な行動を『ボウガンの引き金を引くだけ』にして、一回の動作を可能な限り簡略化していましたわだぜ」
「あ~~……そういえば、前にこの町に来たラックシップの部下も、人質を拘束して首元にナイフを当てて、あとは刺すだけ……にしてたね」
「なるほど……バカはバカなりに、考えているのですねえ」
今更ではあるが、初歩を会得しているだけの者たちが『下手なりの運用』をしていたのも正しいのだろう。
もちろん、彼女たちはそんなに志が低くない。ジョンマンやラックシップの水準を目指し、大いに奮起するのであった。
「ということで……神域時間の練習そのものも重要ですが、動きの見直し、動作の最適化も並行して行いますわ! だぜ!」
「お願いします!」
(身体能力の向上だけでは不十分……技も大事ということね)
ジョンマンが『何気なくやっていたこと』がどれほどの修行の先にあるのかを痛感しながら、それでも彼女たちは前に進む。
目に焼き付けた『ジョンマンの戦いぶり』が、彼女たちをつかんで離さない。
それぞれ夢は違えども、どんな相手とも戦える強さこそ、彼女たちの求めるものだった。
※
一方でジョンマンは、マーガリッティとリンゾウに指導をしていた。
現在二人は、純粋な魔力を体の外に出している。
魔法の訓練とかではない、魔力の量を計るための、一種の身体測定であった。
「はぁあああああ!」
「え~~い!」
二人の掌から、相当な量の魔力が溢れてくる。
以前のジョンマンほどではないが、かなりの量の魔力が二人の上に漂い始めていた。
「回復量はまだまだだが、最大量はかなりのもんだな。元々多かったから当たり前だが……」
ジョンマンは自分の指導の成果、とはあまり思っていなかった。
元々二人には素養が備わっている。才能のある人間が適切な修行法を実践すればこうなるのはある意味当たり前であった。
「指導いただいたおかげです。今の私は、妹以上の魔力を得ています」
「僕も~~! こんなに魔力を出しても、すぐまた魔力が出せます~~!」
「厳しい特訓に耐えたんだから、これぐらいは当り前だ。あらためて、よくあんな生活に耐えられたものだよ。俺は全然耐えられなかった……とくに食事管理が」
内臓機能を大幅に強化する、第四スキル『竜宮の秘法』。
その習得のためには、前段階として内臓を鍛える必要がある。
規則正しい食事、睡眠時間の管理、適度な運動。
それらは退屈で冗長で、なにより達成感を得にくい。
子供でも、老人でもできる。
超高難易度。
相反するような二つの要素が矛盾しないのは、精神的に『くる』からであった。
これはジョンマンが特別無能だから大変だったわけではない。
すくなくとも、先日のミット魔法国の者はほぼ耐えられなかった。
「もともと、食事にそこまでのこだわりはなかったので……」
「皆さんと楽しく食事ができれば、何でもおいしいですよ!」
「君たちは優秀だねえ……」
魔法の才能があることは、まったく羨ましく思わない。
それはそれとして、この素直な気質は羨ましかった。
先人の敷いたレールの上をまっすぐ進むのは、意外と難しいのである。
「そんなことないですよ! 故郷の食事は、本当に嫌なことばっかりだったんです!」
リンゾウはかつての食事がどれほど酷かったのか、憤りを思い出しながら語り始めた。
「食事の時間って、いろいろなことを話しながら楽しむものじゃないですか! 美味しいお料理についていろいろ話すのもそうですけど、今日はどんな予定があるとか、昨日はこんなことがあったとか、話すもんじゃないですか!」
「まあ……俺も冒険者時代はそうだったな」
「あの人たち、自分と私のことしか話さないし、他の人と話していると嫌な顔をするし、睨み合ったり無視したりするんですよ!?」
「……それは嫌だな」
リンゾウが周囲へどんな影響を与えていたかはともかく、彼女が食事に嫌な思い出を持っていることは納得であった。
「そういえば私も……故郷ではあまり楽しい食事はできませんでしたね。母はああでしたし、妹は私に対抗心をむき出しでした」
(コエモちゃんとオーシオちゃん、リョオマ君の家庭環境はマシだったんだなあ……)
マーガリッティも、食事が楽しくなかったことには同意している。
食事の内容もそうだが、楽しい時間であることもまた重要なのだろう。
「ジョンマンさんのところに来て、僕は幸せです! ジョンマンさんのことが大好きだし、他のみんなも大好きです!」
(マジで言ってるんだよなあ……)
(これにやられる人もいるんでしょうねえ……)
裏表も打算も屈託もない、純粋に笑うリンゾウ。
輝くような男装少女の笑みには、他では得られない尊さがある。
幸いにしてジョンマンは『上位互換』を知っており、マーガリッティも精神のよりどころを求めるタイプではないため、脳を焼かれることはない。
しかし『こういうところに焼かれたんだろうなあ』と納得してはいた。
(あの、ジョンマンさん……リンゾウ君には、『あんまり安易に好きだよとか言っちゃダメ』と指導したほうがいいのでは……)
(この手のタイプには無意味だ、俺はそういうのを知っている。むしろこれは初期値、伸びしろが大いにある状態なんだよ)
(恐ろしい話ですね……)
先日のミット魔法国の面々は、修行の辛さゆえに投げ出していた。
しかしリンゾウがもっと自分の強みを理解し、使いこなしていれば……。
全員を傘下に置くような形で、全員を導いていたかもしれない。
それは必ずしもいいことではない。
「二人とも、何を話しているんですか?」
「お母さんに書く手紙の内容についてだよ。マメに送るように言われていたからね」
「そうなんですよ! 無理を言って残っている身ですから、ちゃんと連絡をしないと! ジョンマンさんへご迷惑になりかねませんから!」
「そうですよね! この前も、ご家族さんが心配していましたし……」
ここで唐突に、リンゾウは曇った。
「マーガリッティちゃんは、そのうち故郷に帰るんですもんね……」
何も悪いことをしていないのに、悪いことをしている気になってしまう。
ジョンマンとマーガリッティに、猛烈な罪悪感が襲い掛かってきた。
(コレ、狙っているんでしょうか……)
(狙ってないんだよ、マジで……)
周囲へ大いに影響を与えるリンゾウ。
彼女の心中は如何に。




