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職員会議

本作、『最強出戻り中年冒険者は、いまさら命なんてかけたくない』の書籍化が決定しました。

 かくて……。

 学びを得たミット魔法国の面々は、マーガリッティを置いて帰国することとなった。

 ミドルハマーを離れ、ドザー王国の港町に向かい、そこからさらに数日間宿泊して船を待つことになる。

 田舎の国というのは、出るのも大いに手間だった。


 とはいえ、教育上無駄だったわけではない。

 それは生徒たちに限った話ではなく、教員たちも同じであった。


 理事長トラージュ、特進クラス担当教員サザンカ。

 加えて、フレーム流戦闘魔法科ジゴマ、タワー流戦術魔法科コウソウ。


 四人の教員は、港町の宿で教員会議を開いていた。


 状況から言って、ジゴマとコウソウは叱られても仕方ない立場である。

 サザンカはともかく、トラージュからすればむしろ叱らなければならないほどだ。

 しかしトラージュも自分の『根性のなさ』を理解してしまったからこそ、そこまで強く出られなかった。

 さてどうしたものかと考えていると、ジゴマとコウソウはそろって頭を下げた。


「申し訳ない」

「すみませんでした」


 共に自分の土俵では最強を謳っていた二人が、揃って頭を下げていた。

 客観的にもそれは事実だったが、自称するほどだったのは自尊心の強さの表れだろう。

 自尊心の強い者ならば、自分から頭を下げることには耐えがたいはずだが……。

 と思っているトラージュとサザンカに対し、ジゴマとコウソウは素直に白状していた。


「正直あそこまで完敗すると、いろいろと自棄になっていてな……自尊心を保とうとすればするほど、心が痛む……」

「ジョンマン殿は『特化型なのに開示していたら負けて当然だ』とはおっしゃってくれたが……それでも勝ってこそ特化型であろうし……いずれにせよ、ぐうの音も出ない」


 勝利を糧にする者がいるように、敗北が糧になる者もいる。

 もちろん両方を糧にするのが一番であるが、慢心していた二人にとっては敗北こそが糧だった。


「どちらかというと、負けたことよりも出し抜こうとしたことの方を謝ってほしいのですが……それは私にも返ってくるので強く指摘するのは止めましょう」

「そ、そうですね……」


 すこし焦点がずれているが、我の強い男性教員二人が丸くなっているのに、まぜっかえすのは良くないと女性教員二人は判断していた。

 そしてサザンカは、ジョンマンに敗北した二人へフォローを行う。


「試合内容は後で聞きましたが……お二人は最善を尽くされました。他のタワー流、フレーム流の使い手でも同じような結果にしかならないでしょう。……教師だからこそ、できないこともあります」


 フレーム流戦闘魔法にも、タワー流戦術魔法にも、教師が使ってはいけない『えげつない手』という物がある。

 魔法以外の毒やら凶器を用いたより実践的な『暗殺手段』だとか、遠隔操作の人形に『制御不能になった時』に発動する自爆装置をつけるとか……。

 生徒が真似したらシャレにならないものだ。


 先生だからこそそれを使わないし使えない、というのはある種適切なのだ。

 その意味において、ああ戦ったジョンマンに勝ってはいけなかったのである。


「……そうだな。我らは教師なのだから、生徒の模範にならなければならない。その意味において、あのジョンマンはやはり不合格だ」

「ええ……試合中にも言いましたが、指導者が生徒の前で禁呪を使うこと、ましてや生徒に教えるなどあってはなりません。それは今でもそう思っています」


 逆に言って、ジョンマンは禁呪を使ってはいけなかった。習得していることは咎められないが、子供に見せてはいけなかった。

 サザンカは当初、禁呪を使ったジョンマンに圧勝して『禁呪を使ってもいいことはない』と生徒に示そうとしたが……。

 実力差によって叶わなかっただけで、間違っていたわけではない。


「……そうだな。でだ、コウソウ」

「うむ……そろそろ本題に入るか」


 ジゴマとコウソウは、トラージュやサザンカに『言うべきだったが言わなかったこと』を伝えようとしていた。


「私たち……私たち二人だけではなく、学園の教員全員が思っていたことだ」

「サザンカ先生(・・)。貴方は魔法使いとしても一流、教師としても一流だが……魔法の先生としては半人前だ。貴方は自分のやっていることを全く理解していない」


 侮蔑の意味ではないことは分かるが、サザンカとしては揺さぶられることだった。

 だがそれは自分の過ちを知った後だからこそであり、以前に言われていれば響くことがなかったと自覚できる言葉でもあった。


「それは、どういう意味でしょうか?」

「貴方は生徒の人生で実験をしている、ということだ」


 思った以上に強い言葉であったため、サザンカは更に揺れた。

 これにはトラージュも口を挟む。


「さすがに言い過ぎでしょう、訂正してください」

「訂正の余地がないのですよ、理事長。彼女がやっていることは、『僕が考えた格好いい魔法ビルド』に他なりません。つまり……新しい流派の立ち上げです」


 サザンカは『生徒の適正に合わせた指導』を掲げている。

 実際にそれができていたからこそ、生徒達は非常に優れた魔法を使えるようになっていた。

 それぞれの分野ではサザンカ自身さえ超えている、まさに生徒の枠を超えた魔法を使えるようになった。


 ほかの教師が見捨てていた、やる気のない生徒をそこまで育てたこと。

 はっきり言って、嫉妬や羨望を向けざるを得ないほどだ。

 だからこそ余計に、状況をややこしくしてしまった、と言える。


「私もコウソウ(コイツ)サザンカ(アナタ)も、ジョンマン殿も、『相手がこうしてきたらこうする』という定石を教わっています。それは指導者が頭で考えたことではなく、多くの先人が検討に検討を重ねていたからこそ。貴方の生徒にそれはない」

「一般的な一人前の魔法使いの十倍以上の性能を持つ特化型魔法使い、というのは立派です。しかし自分たちが実験をしている、定石を探す立場にいる、という意識がないのは危険すぎる」


 ジョンマンなど最たる例であり、目立ちすぎていたが……。

 この場にいる三人の教師も、なんだかんだ言って『相手がこうして来たらこうする』ができていた。

 それは天才だからではなく、それぞれの指導者から学んだものである。


 それを知っているのと知らないのでは、雲泥の差がある。

 それもまた、ジョンマンが示したことであった。


「そ、そうですか……私は生徒の人生で、実験をしていたのですか」

「ごほん……二人、いえ、他の教員の考えが正しいことはわかりました。実際、あの試合でも証明されたことですからね。しかしそれならばなぜ、それを生徒やサザンカ先生に言わなかったのですか?」


「生徒には最初から言ってあります。彼ら特進クラスの生徒どころか、すべての生徒に。『基本魔法を全部覚えろ、話はそれからだ』とね」

「おそらくですが、ジョンマン殿も濁しつつ似たようなことを言ったのでは?」


 基本魔法。

 才能がない者でも習得できるようにデチューンされた、必要最低限の魔法セット。

 先人たちが定義した、『これさえ覚えておけば詰まないよ』という最低水準。


 正直しょぼくさいが、全部覚えておけば社会の落伍者になることはない。

 だからこそどの学校でも、まずはこのセットを覚えるように指導する。


 特進クラスの生徒たちは、それを覚えるよりも先に腐ってしまった者たちだ。


「わ、わたしは、私は……本当に、ゴミです……自己満足だと自覚しているつもりでしたが……陶酔でした」


 サザンカは、先輩教師二人からの言葉をしっかりと受け止めていた。

 受け止めたからこそ、粉々になりそうなほど揺らいでいた。


「勘違いしないでほしいが……サザンカ先生の指導方針が間違っていたわけではない。もしもそうなら、面と向かって、得意満面で『この未熟者め』と指摘していたさ」

「我々が見放したやる気のない生徒達を集めて、魔法への意欲を蘇らせたこと。さらに一定以上の実力を与えたこと……間違っているわけがない」


 ややこしいのが、サザンカの指導方針でちゃんと実績を上げていたことだ。

 十倍以上の性能を持つ魔法を習得させたこともそうだが、やる気のなかった生徒達にやる気を出させたことが教師として凄いことである。


「そんな貴方の生徒達へ、我らから『基本魔法を覚えろ』と言っても反発は必至。仮に貴方自身がそれを言い出しても、『結局他の先生と同じなんだ』と腐りかねない」

「大体あなた自身の教育方針も不明確だったので、指摘しても『そのうち教えるつもりです、当たり前じゃないですか』と言われかねないのでな。まあ言いにくかったのだ……教えるつもりがないことが分かったので、今伝えた次第となっている」


「なるほど、それはそうですね」


 トラージュも納得するしかない論理である。

 正しい指導要領が存在しても、それを生徒が実践してくれなければそれまでだ。

 特進クラスの生徒は、そのあたりが面倒……繊細な生徒たちなのである。


 彼ら自身が積極的に『基本魔法を覚えたい』と思ってくれなければ意味がないのだ。

 そしてそれは、どの教師にもできなかったことである。


「私は、どうすれば……」


「ここまで言ってはなんだが、あんまり背負い過ぎるな。貴方に自覚がないのは問題なので指摘したが、こちら(・・・)はすでに『基本魔法を教えるので習得してください』と言っているのだぞ。それで勉強をしないのは、生徒側の責任だ」

「社会に出てからも勉強は続く。それぞれが卒業後に必要性を感じて、新しく勉強するのもアリなわけだしな。基本魔法は習得難易度も低い、そうそう非現実的でもないさ」


 ある意味の諦めを、先輩教師は語る。

 生徒の人生は生徒自身のもの、その責任もまた本人に帰る。

 教師が背負い過ぎるべきではないと説いた。


「それは、そうかも、しれません。ですが……私は、そんなふうには割り切れません」

「それが君のいいところだ。私たちからすれば、羨望を覚える若さだよ。教師としては、君が正しい」

「君の言う通り、諦めであり割り切りだ。むしろ汚い面だ、柔軟に真似されすぎても困る。ただ……深刻に受け止めすぎて職を辞するともっと困るので慰めているだけだ」


 サザンカは挨拶もできず、立ち上がって宿の部屋を出ていく。

 その後ろ姿を、三人の教師たちはまったく心配せずに見送っていた。


「で、理事長。どうでしたか、彼女の戦いぶりは」

「魔法使いの理想像を見たわ……童心に返ったというか、憧れの実物を見た気分よ」

「そうでしょうね。別の道を進んだ私たちですが……それに憧れた時期がありました」


 彼女の自己評価は、決して高くない。

 しかしそれでも、ジョンマンすら認める『一流の魔法使い』である。

 彼女の最大の強みはそこなのだから、もっと推すべきなのだ。


 子供がやる気を出すのは、ヒーローを見たあとなのだから



 呆然自失としたサザンカが宿を出ると、そのすぐ前に彼女の生徒たちが並んでいた。

 サザンカとは対照的に、若さや情熱がみなぎっている。

 まばゆい光に圧倒され、目を合わせることさえできない。


 自分がダメな大人であると認識してしまった彼女は、目をそらしながら注意した。


「皆さん、ここは外国です。あまり自分の部屋を出ないように……」


「サザンカ先生! 私たちに、たくさんの魔法を教えてください!」


 目を輝かせていた生徒たちから出た言葉は、信じられないものだった。

 どうやっても無理だと思っていたことが、何もする前から実現するなど想定外だった。


「な、なぜですか!?」


「先生の考えてくれた連携は、とっても凄いと思うんです! でも私たちはやっぱり……少しでも、先生のようになりたいんです!」


 だれもかれもが、ジョンマンの弟子たちのように、まっすぐ進めるわけではない。

 辛い現実、大変な苦労に屈し、自分を諦めてしまう。


 だが若い者たちは、屈してもすぐに立ち直ってしまう。

 それを懲りないと言えばそれまでだが、常にマイナスへ働くわけではない。


「先生は、私たちが夢見た魔法使いそのものなんです!」


 ジョンマンの元で修行を体験し、心は確かに折れていた。

 それでも希望を与えられ、次の道を探ろうとした。


 一周回って、原点に返る。


 彼らはすでに、失意からの再起を体験している。

 それはそれで、彼らの強みだ。


「ジョンマンさんに言われたように、先生に教わった強みを生かす別の魔法を考えていったら……結局全部覚えたくなったんです! 私たちはもう超凄い魔法を覚えてますけど、他の魔法もそれなりに使えるようになりたいんです! だ、駄目ですか……?」


 ならばサザンカの強みとは……。

 やはり、一流の魔法使いであることそのもの。

 羨望を集める、理想の魔法使いであること。


「……得意分野ではありませんから、習得は困難になるでしょう。それに他の生徒がすでに覚えている基本魔法から習得することになります。それでも……それでも、頑張りますか?」


「はい!」


 良い先生は、生徒の手本、模範となるもの。


『我らは教師なのだから、生徒の模範にならなければならない』


 良い模範とは、マネしたくなるヒーロー像に他ならない。 


「わかりました……それでは戻り次第、猛特訓を開始します!」

一迅社ノベルス様より、2024年6月4日発売です!

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― 新着の感想 ―
ええ生徒たちでよかったんじゃぁ~
[一言] まさかなろうでがっつり教育論を味わうとは。
[一言] サザンカ先生は一皮むけて最高の教師に一歩近づけたんですね
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