一人前 一線 一流
こうして、ジョンマンの説教大会が始まった。
「俺はなあ! お前が一人前の魔法使いを育てているつもりだと思ってたんだよ! だから褒めてたし、敬意を見せてやってたんだよ!! なのに一流を育てているつもりだった、だあ?! ふざけやがってよお!!」
現在彼は、学園の面々を並べて、全員へ罵声を浴びせている。
それに対してトラージュですら、反論しようとしない。
ジョンマンが最強の禁呪を自由に使いこなしている姿を見て、逆らう気がなくなっていた。
「お前がお前のやれる範囲、教えられる範囲で一流を目指させているんなら、それはそれでいいよ! でもな、お前はお前のイデオロギーで教えてないだけだろうが! まったく、自己満足の極みだなあ、おい!」
そして……彼の言葉は、正しいと言えば正しかった。
一流の定義が、そもそも間違っていたのだから。
「生徒どもも生徒どもだ! お前らの考える一流の魔法使いは、苦手なことを苦手なまま放置するのかよ! 嫌なことは何にもしなくていいのよ、得意なことだけやってればいいのよって言われて『うん分かった』っていうのかよ!」
アリババ40人隊の、世界最高の冒険者集団の二軍であろうとした彼にとって、一流はそれほど重かった。
「これが特進クラスだってんなら、程度が知れらあなあ!」
とはいえ、さすがにハラスメントが過ぎる。
勇気を出して、彼を止める者もいた。
「ジョンマンさん……さすがにやめましょうよ。さっきの第五スキルを見せた後で説教したら、みんな怖がっちゃうじゃないですか」
「叔父上、おそらく話が頭に入ってこないかと……」
コエモとオーシオが、激高するジョンマンを諫めていた。
「コエモちゃん、オーシオちゃん……」
「マーガリッティちゃんの先生とクラスメイトですよ? それにお母さんも一緒なんです。ちょっと、ね?」
「それにリンゾウ君の顔も見てください……彼もその……止めてほしいと思っているかと」
ここでジョンマンは、ようやく自分の弟子たちの顔を見た。
真っ先に見たのは……。
「ジョンマンさん! やっぱりもう一回試合したいですわだぜ!」
ジョンマンと同様に怒っているリョオマだった。
「自分に必要なスキルを教えてくれる人が近くにいるのに、教わらない……そんな奴らに負けたなんて……ものすごくショックなのですだぜ! もう一回試合をして、ぼこぼこにしてやりたいですわだぜ!」
リョオマの言葉を、表情を見てジョンマンは……一気に冷静になっていた。
「お、落ち着いて、リョオマ君……ね、ね? 試合とか交流とかは、また後でやろうよ、ね?」
「ジョンマンさんだぜ~~だぜええ……!」
「悔しいのはわかったよ、泣いちゃだめだよ、ね?」
今の彼女の気持ちを例えるのなら……ガチ勢が接戦の末引き分けになった後で、対戦相手がエンジョイ勢だと判明したようなものだろう。
なるほど、悔しくて仕方あるまい。
「だって、だぜ、だって……だぜぇえ……!」
(マジで何を言ってるんだ、この子は……)
興奮で涙目になっているリョオマを慰めながら、リンゾウやマーガリッティを見た。
「マンマ・ミーヤ……リョオマさん、泣くポイントがそこなんだ」
「い、いろいろとすみません……」
(この子たちもオリョオちゃんに注目している……!)
おかしい。こういう時はリンゾウやマーガリッティから『そんなあなたは見たくないです』と言われて、自分を律する流れではあるまいか。
なぜ時間差悔し泣きをするリョオマに驚いて冷静になっているのか。
「……ああ、そのなんだ、コエモちゃん、オーシオちゃん。俺がこのまま慰めていると絵面がヤバいから、ちょっとパス」
「あ、はい」
「わかりました、叔父上……リョオマ君、悔しいのは私たちも同じですから……再試合はもっと強くなってからにしましょうよ、ね?」
「だぜぇえ……だぜぇえ……!」
マジ泣きし始めたリョオマを、コエモとオーシオに預けるジョンマン。
彼は一息入れてから、軌道修正を計った。
「マーガリッティちゃん。君のご家族や学友、恩師に失礼なことを言って悪かったね、ごめん」
「あ、いえ……」
「リンゾウ君、みんなの前で見苦しい振る舞いをしてしまったね。君がこういうことを嫌うのはわかっていたけども……そのなんだ、大人として恥ずかしいよ。ごめん」
「いえ……僕も、もっと早く止めるべきでした」
「……んん」
そしてジョンマンは、改めて学園の面々と向き合った。
「俺の予定ではだ……試合をして互いの実力を確かめ合った後で、マーガリッティちゃんの今後の教育方針について、サザンカ先生やトラージュ理事長と話し合うつもりだった。俺もマーガリッティちゃんも、サザンカ先生や特進クラスともめたいわけじゃないからな」
少し卑屈でありつつも冷静で論理的な話ができる男。
そんな最初の印象に、戻りつつあるジョンマン。
彼の姿勢に、学園の面々は安堵していた。
「それが済んだら一週間ぐらい滞在してもらって、マーガリッティちゃんが今どんな修行をしているのか見てもらって……まあ参考にしてもらえたらなとも思ってた」
「そうでしたか……」
「俺だってな、学校で禁呪を教えるのがいいとは思ってないし、全員に『一流を目指せ、トップになれ、俺と同じになれ、俺も耐えたんだからお前も耐えろ』って怒鳴ってくる教師もどうかと思うんだよ」
ジョンマンも元は落ちこぼれ、努力できなかった者だ。
だからこそ『今十分がんばっている者達』へ『もっと頑張れ』と言うつもりはなかった。
「……今俺のところにいる弟子たちは、みんなが優秀だ。俺がはっぱをかけなくても、退屈で面倒な修行に耐えてくれている。これは俺が優秀なんじゃない、五人の弟子全員が元から優秀だからだ。その意味で、落ちこぼれた生徒にやる気を取り戻させたサザンカ先生は立派だし、生徒に慕われるのもわかる」
ジョンマンが怒っていたのは、一人前と一流を混同したことだ。
一人前と一流には、明確に一線が引かれているのだから。
「サザンカ先生、アンタは生徒に判断をゆだねるべきだった。得意分野を伸ばした貴方は一人前の魔法使いになれた。でもだからこそ、ここから先に進むには、一流になるには、不得意な分野にも挑戦しなければならない。どっちを選んでもいい、選んだ後で変えてもいい、とな」
そして一人前は、及第点ではある。
そこから先を求めなくてもいいし、求めてもいいのだ。
ジョンマンの基準でも、一人前は十分強いのだから。
「生徒ども、お前らもそうだ。苦手なことに手を付けられない自分を恥じろ、そんなんだから落ちこぼれなんだ」
自虐も込めて、ジョンマンはそう言った。
その指摘に対して、自覚のあった特進クラスの生徒は黙ってしまう。
「学園に入れた時点で、お前達には十分な魔力があった。だったら適性が尖ってようがなんだろうが、真面目に頑張っていればそれなりにはなれたはずだ。腐っていたってことは、そうしなかったってことだろう。全部が全部お前たちのせいじゃないだろうし、無理に変わる必要もないが……自覚はしろ」
特進クラスの生徒は、適性が尖っていたため、腐っていた。
腐っていたということは、周りの環境についていけず、真面目に勉強しなかったということ。
あくまでも理想論だが……適性が尖っていても、頑張るべきだった。頑張れなかったのは、劣っている証明だ。
「少なくともお前たちの先生とマーガリッティちゃんは、壁にぶつかった後でも自分を諦めなかったし、腐らなかったんだ」
そしてジョンマンは……。
「本当に強くなれる奴っていうのは、めちゃくちゃ真剣に努力して、めちゃくちゃ真剣に試合ができて、勝ったら大喜びして、負けたらしっかり反省できるんだ。それらは全部当たり前のことで、一々深刻に受け止めないんだ」
いつか言ったことを繰り返した。
「それは、とっても難しいんだ。できてる方が、よっぽどおかしいんだ」
そして……。
「ちょっと三日ぐらい、体験してみようか」
意地悪く、笑うのだった。
※
5:00起床
5:20朝の体操開始
5:30朝の体操終わり
6:00朝食
6:30朝食終わり
7:00ランニング開始
8:00ランニング終わり
9:00第二朝の体操開始(柔軟が主)
10:00第二朝の体操終わり
10:30水泳開始
11:30水泳終わり
12:00昼食
12:30昼食終わり
13:00昼の体操開始(心肺機能が主)
14:00昼の体操終わり
14:30昼のランニング開始
15:30昼のランニング終了
16:00第二昼の体操開始(姿勢矯正、歩行矯正が主)
17:00第二昼の体操終わり
17:30夕食
18:00夕食終了
19:00睡眠前体操開始
19:30睡眠前体操終了、就床
※
注1 毎日。
注2 マーガリッティとリンゾウは半年ぐらいこれです。
※
三日後。
特進クラスの生徒たちは『最大MP、最大スタミナ値が上がります!』『毎ターン、MP、スタミナが回復します!』『毒耐性麻痺耐性を獲得できます』『美容と健康に最適です』『おじいちゃんやおばあちゃんでもできます』『休憩時間もこまめにとれます』という夢のようなスキルの習得法(の初歩)を知り……。
「……もう無理です」
習得を諦めたのだった。
「マンマ・ミーヤ! なんで? みんな、もっと頑張ろうよ!」
「もう無理……」
リンゾウが応援しても無理なのだった。
※
「理事長、大丈夫でしたか?」
「貴方は平気そうですね……」
注3 サザンカは大丈夫でした




