見誤る
「ライジンボルト!」
サザンカが放った魔法は、雷属性を帯びた超高速の誘導弾。
エインヘリヤルの鎧にダメージを与えられるほど強力なうえで、それ自身が高い命中力を誇る。
試合会場を跳ねまわるそれを、ジョンマンは……。
「超高速の誘導弾か、凄いな。そんだけ疲れてて普通に扱えるとは……いやあ、凄い凄い」
凄い凄いと褒めつつ、拳を軽く振るった。
その向かう先は、誘導弾ではなくサザンカそのもの。
当然彼女の足元に設置されていた防御壁が稼働し、それはあっさりと防がれたのだが……。
「あ、ああ……」
この狭い試合会場を跳ねていた高速の誘導弾は、一瞬の制御ミスで地面に着弾、放電し消えていた。
「高速で動く魔法を制御するのは至難の業だ。攻撃を受けて一瞬びくっとすれば、それだけで見当違いの方向にぶつかって終わる」
「ふぅ……はぁ……!」
「今の魔法とシャッターラインの起動で、魔力は完全に尽きたみたいだな」
ジョンマンを前に、サザンカはついに力尽きていた。
地面に突っ伏し、息を荒くしている。
「サザンカ、先生……」
その姿を見て、トラージュは、特進クラスの生徒たちは呆然としていた。
途中から分っていたことではあったのだが、それでも実際に王手がかかるとまた受け取り方が違う。
――サザンカは、本当に強かった。
彼女こそ、理想の魔法使いだった。
たくさんの魔法を意のままに操り、同時に複数の魔法を使用し、普通なら数人がかりでようやく成功するような合わせ技を一人で行う。
有り余る才能を持ったうえで、信念をもって修行に明け暮れて、それでようやく到達する完成品。
彼女はこの試合で、それを体現していた。
今ここで彼女は力尽きているが、それでも底知れぬ力を持っているのは彼女の方だ。
魔力を使い切ったというだけで、彼女の手札、習得している魔法やその合わせ技はまだ尽きていないだろう。
底が知れているのは、むしろジョンマンの方だ。
ほぼ無傷で、かつ息切れせず、悠々と見下ろしているがそれでもジョンマンの底は知れている。
ジョンマンがサザンカを相手に完勝しているのは……皮肉にも『予習の成果』だった。
そうとしか、思えない。
(この、男は……間違いなく、私と同等か、それ以上の魔法使いを相手に……魔法への対処を練習している!)
実戦経験も豊富なのだろうが、それだけでここまで論理的に対応できるわけがない。
魔法使いがされたら困ること、その魔法の原理にそった弱点を突いてくるなど……。
魔法使いから指導されていなければ、到底不可能なことだ。
「マンマ・ミーヤ! ジョンマンさん、凄い! 全部対応して勝っちゃった!」
「こ、ここまでとは……さすがです、ジョンマンさん」
そしてそのジョンマンを、リンゾウとマーガリッティも称賛する。
感嘆し、憧れているかのように発言した。
その声や振る舞いは、試合中のサザンカにも見えている。
それに対して彼女は憤慨しようとして……止めた。
「ジョンマンさん……私は自分に自信がありました、ここまで圧倒されるとは思っていませんでした。私の予定では、貴方と互角の戦いを演じるか、あるいはもう少し善戦し……『禁呪を使ってもこの程度なのか』と説教をするつもりでした……それが、この通りです」
目の前のジョンマンの在り方を否定することなど、教育者にはできない。
「一つの事実として、貴方は素晴らしい『生徒』です」
「それはどうも」
知っているから、対処法が分かる。
練習しているから、対処法を実践できる。
まさに、生徒の鑑であった。
「かつて私の教官は……こうおっしゃっていました。『努力すれば天才に勝てる、そんなのは当たり前だ。素人に勝って何が自慢なのか』と」
才能は、たしかに存在する。
努力したところで、その才能は得られない。
だが努力をすれば、天才を越えられる。
そんなのは、当たり前だ。
なんの自慢にもならない。
英語の才能が有っても、英語の勉強をしなければ話せない。
ボディビルドの才能が有っても、筋トレをしなければ大会に出場することすら叶わない。
マラソンの才能が有っても、努力をしなければ42.195Kmを走りきることはできない。
努力をしていないということは、素人ということ。
プロが素人に勝って、何の自慢になるのか。
「そして……『お前たちが戦う相手は、天才であるうえで努力している者達。つまり、お前達と同じだ。だからこそ……天才であるうえで努力してなお、勝てる保証も生き残る保証もない。まして才能なき者では戦場に立つこともできない』と」
サザンカは、間違いなく強い。
才能が有って、それを伸ばす努力をしている。
指導者もきっと一流であったし、他にも様々な道具にもこだわっている。
だから、強い。
それが、及びもつかない。
目の前のジョンマンは、一体何者か。
同じように努力している天才なのか、違う。
努力しただけの凡才だ。
ではなぜ、才能の差を覆し、大差をつけているのか。
「それを言ったのは、ズィージーっていう婆さんかい?」
「!?」
「やっぱりか……アンタ、ローナラーマの生まれだな?」
理由の一つは、ジョンマンがサザンカの手の内を知り尽くしているからに他ならない。
「ウサーにも劣らぬ大国、ローナラーマ……そこの有名な魔法使いがズィージーって人だった。肩を並べて戦ったことがある。ま、雑兵としてだがね」
「そう、ですか……」
「当時の俺はここまで強くなかったんで『さっさと辞めろ、死ぬぞ』とありがたい警告をしてくださったもんさ」
「その教官も、今の貴方を見れば閉口するでしょうね……」
ジョンマンは、あえて彼女の話に乗った。
「なんだってローナラーマみたいな大国から、ミットみたいな田舎の国に引っ越したんだ?」
ミット魔法国は、この周辺ではかなりの大国である。
だがローナラーマからすれば、田舎の小国に過ぎない。
とはいえ、それを言われたミット魔法国の者達はわずかに苛立った。
まあ、気分は良くない。
「……私の理想を叶えるため、いえ、自己満足のためでしょうね」
「国一番にこだわった結果、って感じじゃないな。ローナラーマですら、アンタほどの天才は珍しい。精鋭部隊の隊長を狙えるだろうよ。それこそ、国一番だって夢じゃない」
サザンカは『自己満足のため』と語った。
だがそれが自分のためだ、とはジョンマンには思えない。
もちろん、他の者達も同じだった。
彼女の人柄は、この短い時間でも伝わってくる。
「……私は、幼いころから天才と呼ばれていました。ローナラーマですら、私の才能は随一とされ……私の将来は期待されていました」
だが彼女とて、最初からそうだったわけではない、
彼女にも人生があり、思うところがあって今に至ったのだ。
「ローナラーマで特に優れた資質を持つ子供を集めた、英才教育機関……そこでも私は、トップとして君臨していました。同い年の友人もできましたが、全員が私に劣っていました……私は、友人を見下し、優越感に浸っていました」
才能が有り、努力をしていて、周囲から認められていた。
だからこそ、彼女は天狗になっていた。
それは、無理もないことであろう。
だがその鼻をへし折られる時が、必然的に訪れた。
「……成長曲線。私にも、その壁にぶつかる時が来ました。私はマーガリッティさんと同じように、どんな魔法でもわずかな時間で習得できましたが……どれ一つとして、極めることはできなかった。それぞれが得意な子たちには、絶対に追いつけず、離されるばかりだった」
マーガリッティは、思わず共感した。
自分の指導者が、自分と同じ壁にぶつかっていたことに、驚きを隠せなかったのだ。
「私は、それを認めたくなかった。手を尽くして、あらゆる手段を模索して、彼女たちを越えようとした。ですが……総合力は上がっても、やはり彼女たちを越えることはできなかった」
一つの悲劇として、彼女の故郷は世界の最先端だった。
どこかに行けばもっと素晴らしい教えに会える、なんてことは期待できなかった。
「ここでようやく、私は自分を恥じました。自分はそこまでの天才ではない、と。歴史に名を刻むような、人類最高峰の天才ではない、と。そして、友人を見下していた自分を、ようやく恥じたのです」
ありとあらゆる魔法を極める、天才中の天才。それは、実在する。
サザンカもマーガリッティも、その域に達していないというだけで。
「ですが……精鋭部隊に配属されるのは、私や、私と同じような多くの魔法を使える者でした」
「そりゃそうだろう、精鋭部隊ってのは……」
「ええ……先ほども言いましたが、精鋭部隊は弱い者いじめをする集団ではない。敵は当然のように強大で……欠員が出ることも想定されます。仲間が一人倒れたら瓦解するなど、到底許されない。ですから……全員が全部の魔法を使える、という統一性が求められた」
サザンカや、それに少し劣る者だけで構成された部隊。
なんとも恐るべき集団だが、それに特進クラスの生徒たちが入る隙間はない。
それは、先ほど証明された通りだ。
生徒たちは、落ち込んでしまっていた。
「それは、わかります。ですが……恥を知った私には、自分だけが精鋭部隊に入る、などできませんでした」
理屈は通っている。
精鋭部隊はそういう部隊なのだから、条件に該当しない者を入れようとしても『さっさと辞めろ、死ぬぞ』に至るだろう。
「私は思ったのです。友人のように尖った才能の持ち主でも、活躍の場は与えられるべきではないかと」
だからこそ、別で作ろうと思った。
万能な者の集う精鋭部隊があるのなら、尖った者の集う精鋭部隊があってもいいではないか。
そのためには、尖った者を育てて、その有用性を示すところから始めなければならない。
「……私も、わかってはいるのです。故郷から遠く離れた地で、友人たちとまったく関係のない者を育てても、過去の自分の罪を償っている気になっているだけだと。ですがそれでも、私は……尖った者達に、道を示したかった」
(そろそろか)
ジョンマンは、話を聞きながら機を待っていた。
それは当然ながら、自分の機ではない。
「とはいえそれは……貴方のように、禁呪を用いるものであってはならない!」
「それは、そうだ。まったくその通りだ」
「私は、貴方に負けるわけにはいかない!」
サザンカは、立ち上がった。
そこで初めて、ジョンマン以外の全員が、彼女の眼に気付く。
彼女は今になっても、いや試合中ただの一度も、心が折れていない。
「……魔法使いの奥の手をご覧に入れましょう!」
(くるか……!)
サザンカの中には、もう魔力が残っていない。
だが魔法使いには、魔力がなくても使える魔法が存在する。
サザンカの頭上に、いくつもの巨大な魔力の塊が構築されていく。
それら一つ一つが、先ほどノォミィが放った攻撃魔法よりも強大なように見えた。
それを見て、学園の者達は、マーガリッティさえも、心を奪われていた。
まさに、究極の魔法であるかのように見えたのだ。
「大魔法……あるいは儀式魔法と呼ばれる、特定の条件を満たさなければ使えない奥義!」
詠唱も不要、魔力も不要。
要するのは、下準備。
「戦闘中に多くの種類の属性魔法を放つことでチャージされる『万色混然一塊』、同じく多くの種類の攻撃魔法を使用することでチャージされる『乱鬼竜星群』、一定以上の魔力の持ち主がそのすべての魔力を使い切ることで発動する『全身全霊乾坤一擲砲』、戦闘開始から魔法を一定時間使用し続けることで発動できる『時限崩壊怪球』そして戦闘中に使用された魔法補助スキルの使用回数でチャージされる『加法果報火砲』!」
なぜ多くの種類の魔法を操れる者が重宝されるのか。
もちろんその方が多くの局面に対応できるからなのだが、もう一つ理由がある。
多くの魔法を使える者は、それだけ多くの大魔法を習得できるからなのだ。
「一個人が放ちうる、最強火力! それを五発、貴方に叩き込む! 貴方がコレを知っていようが、何の関係もない! これを一個人が防ぐことなどできず、この狭い場で避けることなどできない!」
生徒には、まだ教えられないものだった。
だがその結果、マーガリッティに早い段階での失望を味わわせてしまった。
「……マーガリッティ、貴方にはこれができる」
「!」
「他の皆さんも、条件を満たせるのなら……今私が放つ大魔法や、それ以外のものを習得できます」
「!」
「……いずれ、教えるつもりでした。それを今、ここで使わせていただく!」
――ジョンマンは、浄玻璃眼という優れた知覚スキルを習得している。
彼はこれによって、攻撃の予兆やその軌跡を予測することができる。
またその豊富な経験により、相手の人格などを予測することもできる。
だがそれは、万能ではない。相手を、見誤ることもある。
「……尖った才能の持ち主であっても、優れた魔法使いになれる。苦手なことがあっても、できないことがあっても、得意分野を伸ばせば一流の魔法使いになれる! それが私の願いであり、生徒達の夢! それを……ここで、禁呪を使う貴方に勝つことで、証明してみせる!」
ジョンマンはここで……。
「あ?」
ここで、キレた。
「おい、ゴミ。今なんてほざいた?」
ジョンマンの中から、凄まじい威圧感が放出される。
「……やはり奥の手がありましたか。ですが、大魔法の五連斉射……防ぐことなどできるわけがない!」
その威圧感を振り切るように、サザンカは大魔法を発動させる。
巨大な魔法陣から、五つの大魔法が発射される。
戦闘中に使用された、火水風土雷光毒酸などの属性が混じった『万色混然一塊』。
斬撃や誘導、散弾や重弾、接地や拘束など、さまざまな形状の変化を繰り返す『乱鬼竜星群』。
戦闘中に使用されたすべての魔力が集まる『全身全霊乾坤一擲砲』。
戦闘中に使用され続けていた防御魔法や補助魔法などがストックされ、解き放つ『時限崩壊怪球』。
そして圧縮詠唱やオベリスク、詠唱復唱などのスキルの回数分威力を増す『加法果報火砲』。
それらが解き放たれ……。
「ロング……ロング……アゴー……」
極限まで圧縮された時間の中で、停止した。
(これは……先ほどの、高速移動技と同じ?!)
(嘘、ジョンマンさんアレを使う気で……なんで?!)
よどんだ時間の中でさえ、ジョンマンは怒りをあらわにした顔をしていた。
激憤する彼は、その激憤にゆだねるままに『禁呪』を発動させる。
「オルドビス……デボン……ペルム……サンジョウ……ハクア……!」
体感時間に換算して、およそ数分間。
その詠唱の果てに、ジョンマンは絶滅したモンスターを召喚する。
「来い……モビーディック!」
それが現れた瞬間、試合会場の結界が崩壊した。
見上げても見上げきれない、全貌を把握しきれぬほどに超巨大なモンスター。
生物を憎む眼を持った海洋哺乳類、モビーディック。
その出現に、停止した時間の中で、思考さえ停止する。
「行くぞ……第五スキル、星命の維新!」
ジョンマンの周囲の土地が、急速に死んでいく。
彼の周辺空間に、あらゆる死因が、即死の圧が広がっていく。
ジョンマンはその空間に鎧で耐えながら、その手を動かした。
「打ち消せ! シルバーバリア卍桜!」
モビーディックの尾びれが放つ、巨大な水柱。
ジョンマンを守るように出現したそれが、盾となって大魔法の前に立ちふさがる。
一個人が放ちうる最強の火力大魔法、その五連斉射は……。
本来数十人の命を犠牲にして放つ最強禁呪によって、あっさりと打ち消されていた。
「ロング……ロング……アゴー……」
だがそれで話は終わらない、ジョンマンはここで攻め手に切り替える。
「オルドビス……デボン……ペルム……サンジョウ……ハクア……!」
再びの、時間の遅延。
その時の中で、誰もが現状を把握させられていた。
(れ、連発?! 連発できるもんなの?!)
(バカな、この威力の魔法を……いや、禁呪を、連発?!)
(こ、こんなの、人間が打てる威力じゃないのに……連発!?)
(バカな……星命の維新は精鋭が何十人も命を捨てて発動させる禁呪。それを、一人で、連発するなど……反動を鎧で耐えるとして、詠唱を圧縮したとして……魔力は……魔力?! そ、そうか、彼は最大魔力を増やすか、魔力の消費を抑えるスキルを習得しているのか?! それなら……いや、そんなものが存在するとは……そんなものは、ローナラーマにすら……あ……)
圧縮された時間の中で、思考にふけっていたサザンカ。
だがその彼女の脳に、浄玻璃眼と圧縮多重行動の合わせ技が達する。
攻撃の軌道予測が着色、万人に見えるようになる。
ジョンマンが次に放つ技の、その軌道が、その破壊予測が強制的に脳内に押し付けられた。
それは、サザンカの死であった。
彼女の体に命中した禁呪が、彼女の肉体をどうむしばむのか、どう苦しめて殺すのか。
それが、予告されたのだ。
「これなるは、黄金の矛……ゴオルデン、卍桜!」
ジョンマンは、その予測を味わわせてから、軌道を変えた。
サザンカに攻撃が達さぬよう、優しく、斜め上に向かって撃ったのだ。
彼女の頭上を越えて飛んでいった『収束砲』は、遥か遠方に飛んでいき……ゆっくりと落下していって……。『巨大な暗雲』のようなモンスターによって受け止められて、消えていた。
「あ~~……疲れた」
そしてジョンマンは、汗をぬぐいながら文句を言っていた。
その怪物ぶりに、誰もが言葉を失う。
その静謐の中で、ジョンマンはサザンカに『説教』を始めた。
「おい、ゴミ。俺はな……」
「は、はい……」
サザンカは、腰を抜かしていた。
魔力が尽きただけではない、心が折れていたのだ。
「俺は学校に通ったことはないが、学校を卒業した奴には何度も会った。そいつらの中には『俺はさる有名な学校を卒業した男だ』というアホがいた。学校を卒業したこと自体が自慢で、そこで何も学んでいない奴がな……ま、役立たずだったぜ」
「そ、そうですか……」
「それに比べて、お前さんの生徒は立派だ。特化型の魔法使い、結構なことだ。十分役に立つよ、俺の生徒をあそこまで追い詰めたんだからな」
サザンカに対し、ジョンマンは激怒と失望の眼を向けていた。
今の彼に比べたら、さきほどのトラージュなど可愛いものであった。
「だがな……それは、一人前程度だ。一流なんて大したもんじゃない!」
ジョンマンは、一流、という言葉には敏感であった。
「お前の生徒は、一流を志してすらいない!」
「それは……どういう……」
「一流を目指すものはな、必要だと判断したら何でもやるんだよ! お前がそうだったようにな!」
奇しくも、というべきだろう。
他でもないサザンカは、既に一流の魔法使いである。
彼女は自己を高めるために、自分ができる範囲とはいえ、あらゆる手を尽くしたのだから。
だが彼女の生徒はそうではない。
得意分野を伸ばすだけで、他のことに手を付けていない。
「お前の生徒が……特にノォミィちゃんが圧縮詠唱を習っていないのはなんでだ! お前、教えてもいないだろう!」
「それは、彼女は呪文を早く唱えることが苦手だからで……」
「苦手なので教えていません!? 一流になりたかったらヤレっていうのが教師だろうが!」
ここでジョンマンは、ノォミィを睨んだ。
睨まれた彼女は、蛇に睨まれた蛙のように身動きができなくなる。
「お前もお前だ! なんで習おうとしない!」
「わ、私は、先生の言う通り苦手で……先生もやらなくていいって……貴方はそのままでいいって……」
「先生が習わなくていいって言うから、が一流か?!」
心底苛立たしそうに、ジョンマンは怒鳴った。
「お前ら全員、やる気が足りねえんだよ! だからマーガリッティちゃんに見限られたんだ!」
特進クラスの生徒に、やる気がないわけではない。
先生にやれと言われたことであっても、頑張れば成果が出ることであっても、頑張らない生徒は本当に頑張らない。
彼女たちには、十分やる気がある。
だが、一流を目指している、と言えるほどではない。
「お前ら特化型もな、成長曲線はあるんだよ! 得意分野だろうが何だろうが、際限なく強くなる奴なんていないんだよ! だからじゃあどうしようかって考えて、それを活かすためにどうしようかって考えるんだよ!」
先ほどの試合で特進クラスが負けたのは、ノォミィの火力が足りないから……というのは一つの事実。
しかし彼女の火力は、これ以上はそう簡単に伸びることはない。
大魔法を使えるようになったとしても、あの局面では条件を満たせない。
であれば、どうか?
純粋に詠唱の速度を上げればいい。
スキルの域に達することがなかったとしても、詠唱の短縮はできる。
半分の時間で唱えられていれば、ケエソマへの負担も半分に軽減できたのだ。
そうすれば、高確率で勝てたはずなのだ。
「仲間を頼るなとは言わねえし、この先生みたいに全部の種類の魔法を覚えろなんて無茶は言わないし、大魔法を覚えるなとも言わない! だがな、得意分野に活かせると思ったら手を伸ばせ! 必要だと思ったのなら、できるようになるまで頑張れ! それをしない奴が、一流を語るな!」
ジョンマンは何よりもまず、やる気に重きを置いている。
その基準において、彼の弟子は全員が一流を目指している。
特進クラスの生徒は、それに当てはまらない。
そして何より腹立たしいのは……。
「どいつもこいつもなあ……一流を舐めるんじゃねえよ!」
自分が真に一流であるにも関わらず、それを自覚せず……。
自分の生徒へ一流を勘違いさせている、サザンカであった。




