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大正義と塩対応

 理事長トラージュは、教師であるサザンカと特進クラスの面々を前にして話をしていた。

 その顔は、とても厳しい。良くも悪くも、学校の責任者という圧力をかけている。


「ジョンマンと言いましたか、彼は『優秀』です」


 その彼女は、厳しい評価をした。

 彼女が他人をほめるということは、そういうことである。


 よく言えば、ジョンマンを指導者に選んだマーガリッティを褒めているのであり……。

 お前達では勝てるか怪しい、という悪い言い方もできた。


「3対3を申し出たこと、事前詠唱を『5分間』としたこと……どちらも最適なバランス感覚です」

(?)


 彼女の説明を聞いて、生徒達は首をかしげていた。

 無理もないだろう、彼女たちの視点からすれば『自分たちにとって有利なルール』でしかない。

 むしろこのルールで負ける未来が見えない、と言ったところだろう。


「貴方達は、この二つのルールが『どちらも自分たちに有利』と思っていますね? 実際には『どちらにも有利』というバランスになっています。実際に始まってみないと、貴方達にはわからないでしょうが……いずれにしても、絶対に勝てるとは思わないことです」


 だが『大人』であるトラージュとサザンカは、そのあたりを敏感に感じ取っていた。

 そしてここに余計な口を挟むことができなくもあった。

 結局のところ、なにもかもジョンマンのペースである。


「ですが、絶対に勝ちなさい」


 そのうえで、責任者は威圧した。


「勝って当然の相手に勝っても、私は褒めませんし、評価もしません。その意味で、今回の相手は勝って当然ではなく、勝つ意義のある相手です。だからこそ、勝てば相応の評価を……負けても、相応の評価をします」


 これが……ジゴマやコウソウを下したジョンマン本人と直接戦う、という無茶ならば、彼女もここまで厳しいことは言わないだろう。

 せいぜい『無様を晒すな』とか『次につながる戦いをしなさい』とかにとどめるはずだ。

 だがジョンマンの弟子ならば、勝ち目があるはずだ。勝てないとしたら、本人の力不足。

 そして『特進クラスの生徒』にそれは許されない。


「サザンカ先生」

「はい」

「私は貴方に特進クラスの教員、という座を用意しました。もちろんお飾りではなく、多くの権限も認めました。貴方はその権限の中で、学校の中から生徒を選び、それぞれに指導をしましたね」

「はい」

「貴方は結果を出してきました。これは客観的に認められており、私は貴方を評価していました」

「はい」

「マーガリッティが家を出るまで……勝手に旅行に向かうまでは、です」


 そしてトラージュは、サザンカに対して詰め始めた。

 これは理事長という立場、保護者という立場からすれば『正論』であった。

 つまり、モラハラである。


「マーガリッティが貴方を見限った、ということについては、娘の勘違いなのかもしれません。ですが娘の家出と、教師である貴方が無関係ではありません。その点に関しては私も同罪ですが……この勝負に関しては、貴方の責任です」

「おっしゃる通りです」


 そしてその程度の『モラハラ』で屈するほど、サザンカも弱くない。


「ルールに沿って最適なメンバーを選出し、確実に勝ちに行きます」

「よろしい」



 一方でジョンマンもまた、五人の弟子を前にミーティングを行っていた。

 その表情は、トラージュと違って緩い。なお、その発言は厳しいものだった。

 

「正直に言うけども、最近の君たちはたるんでいた。いい機会になると思う」


 その言葉のトゲは、トラージュに勝るとも劣らない。


「だから俺からの助言は、必要最低限にさせてもらう。試合中にセコンドからのアドバイス、みたいなものは一切期待しないでくれ」


 そしてその言葉は、どこまでも恐ろしかった。


「俺が助言したら、あっさり勝てちゃうからね」

(でしょうね……)


 ジゴマやコウソウとの戦いも、あるいはティガーザとの戦いも……。

 ジョンマンは知識と経験で完勝していた。


 それはつまり、後天的に浄玻璃眼を得た者だからだろう。

 常人が浄玻璃眼を得るには、まず観察力を鍛えなければならない。

 だからこそジョンマンは、常人をはるかに超える理解力を得ている。

 それこそ、スキルを発動させるまでもなく、である。


「まあ挑発としていろいろ言ったけど、真面目な話だがあの特進クラスの生徒たちは強い。君たちが最善を尽くしても『一手差』のきわどい勝負になるだろう。逆に言えば……」


 その観察力は、良くも悪くも『公平』である。


「今の君たちが思いつくような最善の策でも、十分勝てるということだ。そこまで難しいことは考えなくてもいい。もう十分にヒントは出しているしね」


 彼の言っていることは、ある意味トラージュと変わらない。

 勝てる相手なのだから勝て、であった。


「オーシオちゃん、君が司令塔だ。他二人を良く動かすように」

「はい!」

「リョオマ君、君が一番強い。だからいざという時はためらわないように……そしていざという時以外は温存することを意識して」

「はいだぜ!」

「コエモちゃん。君は確かに二人には劣るが『足手まとい』ではない。俺の弟子として、自信をもって臨んでくれ」

「はいっ!」


 ジョンマンは最後に『アドバイス』をして、それ以上は三人に何も言わなかった。


「オーシオさん、リョオマさん、コエモさん……お願いします、勝ってください! 私、ここに居たいんです!」

「三人とも、絶対勝ってね! 絶対、絶対……約束してね!」


 妹弟子である二人からの激励を受けて……三人は、親指を立てて請け負ったのだった。



 さて、試合である。

 ジョンマンの家の前に、『試合会場』が出現していた。

 これも召喚魔法であり、フィールドそのものを召喚しているのである。

 このフィールドには『中に入れるが外に出られない』というタイプのバリアが展開されており、また『試合が決まった場合選手にそれを認識させる』という効果もある。


 まあある意味お決まりの『試合会場』なのだが、その真ん中部分にはある種の違和感があった。


「……あの、ジョンマンさん。あの試合会場の真ん中に三本の線があるけど、アレなに?」

「中央線と境界線だ」


 ドッヂボールのフィールドのように、中央には線が引かれている。その両脇に、それぞれ線が引かれていた。

 コエモには、それが何を意味するのか分からない。

 ジョンマンはそれを境界線だといった。


「たとえば事前詠唱でバリアを展開するとして……それで敵を包囲する形にしちゃっていいのなら、初手でそうするだろ? あるいは爆発性の魔法を周囲に滞空させるかもしれない。そんなのがオッケーになったら、事前詠唱が事前じゃなくなる。だから事前詠唱中に使う魔法の影響は、自分側の境界線を越えないようにするのがルールだ」

「……中央線の一本でいいんじゃ?」

「それだとね、ぎりぎりを攻めちゃうんだよ……お互いに」


 サッカーやバレーなど、『ライン』が絶対のスポーツでは、そのラインがものすごく厳密に決まっている。

 そしてそれが勝敗に直結するからこそ、ジャッジはものすごくもめるのだ。

 それはこうした試合でもおなじで、仮に『境界線超えたから負けね』のようにルールを強くしすぎると、今度は『試合会場の設定をいじって有利にしたな!』という難癖が想定される。(あるいは実際にそれをやる奴が現れる)


 なのである程度ラインを緩くして、多少ラインを越えても大目にみれるようにしている。

 これもまた、試合を成立させるためのゆとりであった。


「まああくまでも試合だから、いい経験をしてきなさい」


 ジョンマンに送り出されて、三人の弟子は入っていく。

 それに少し遅れる形で……否、特進クラス側の生徒は、まだ試合会場に入ろうとしなかった。

 代表として選出された彼女(・・)たちは、試合会場の前にいるマーガリッティを睨んでいた。


「……ノォミィ、ケエソマ、カイゴ。やはり貴方たち三人でしたか」


 そして三人を見て、マーガリッティは彼女らの名前を呼んだ。


「この試合形式……三人組で戦うのなら、貴方たちが最適解ですからね」

「そういうことよ、お姉さま(・・・・)


 ノォミィ、と呼ばれた幼く見える少女は、マーガリッティを姉と呼んだ。


 それを聞いて、リンゾウは驚く。


「マン・マミーヤ! 貴方、マーガリッティの年の離れた(・・・・・)妹なのね!?」


 見た目、五歳ぐらい違いそうである。

 なのでそう言ったのだが……。


「……ノォミィと私は、一歳違いよ」

「なんでそんなことを言うのよ! 並んで立てば、背の高さでわかるでしょう!」

「……マン・マミーヤ! ごめんなさい!」


 いわゆる、立ち絵の印象、みたいなもんである。

 ソシャゲーの立ち絵で『なんか背が高そうだな』と思っていたり『なんか背が低そうだな』と思ったら、実際の身長を見ても頭に入らない。

 第一印象が焼き付いている、という奴だ。


 ノォミィは童顔だが、背は年齢相応だ。

 マーガリッティも大人びた顔をしているが、背は年齢相応だった。


 なので並んで立てば『年齢が近い』ことはわかるのだが、顔だけ見ていると認識がバグりそうになる。


「……と、とにかく、お姉さま! 私は怒っているわ!」


 おそらく彼女らからすれば何度も言われたことで、なおかつコンプレックスなのだろうが……。

 とにかく今は、それどころではないのだった。


「サザンカ先生は元々、お姉さまを指導するためにお母さまが呼んだ人。そのサザンカ先生が『特進クラス』を作ったのは、先生の理想でありお母さまの思惑とは違うけども……その特進クラスで、私は変われた! 他の先生が認めてくれなかった私を、先生は強くしてくれたの!」


 ノォミィは、他の二人は、明らかに怒っている。


「その先生を、お姉さまは裏切った!」

「……そうね、そういわれても仕方ないわ」

「お姉さまが勝手に旅行に出て、そのまま学校を辞めて……先生がどれだけ責められたと思っているの! そして……先生がどれだけ傷ついたと思っているの!」


 主席の生徒が、恩師を見限ったことを責めている。


「私はもともと、お姉さまにコンプレックスを抱いていたわ。でも今回はそれとは無関係に、怒っているの! ガチのガチで、勝ちに行くわ!」

「……そう、頑張りなさい」


 そしてマーガリッティは、まさに見限った顔をしていた。

 哀れみの顔、勝てないと踏んでいる顔だった。


「……そのすました顔、悔しがらせてやるんだから!」


 ノォミィたち三人は、怒り心頭という顔で試合会場に入っていく。

 それこそ本来の趣旨である……ジョンマンの指導とサザンカの指導、どちらが有用であるかの証明だ。


「ジョンマンさん……妹をどう見ますか?」

「強いね」

「……そうでしょうね」

「……なんの参考にもならない」


 その妹を、ジョンマンは強いと褒めた。

 それは本心だろうが、マーガリッティにもリンゾウにも意味のない返事だった。


「まあぶっちゃけた話……君と同じ感想だよ。予想通りの編成で来た、それだけだ」


 そこまで話してから、ジョンマンたちは『観客席』に向かう。

 他の特進クラスやトラージュと並んで観戦する構えである。


 そして試合会場に『三対三』の状況が出来上がった時点から、『五分間のカウント』が始まった。

 それこそアナログ時計、デジタル時計が読めない者でもわかるように、巨大な砂時計が中央に出現し、時を刻んでいた。


 砂時計、というのは優れた時計である。

 正確な時刻が分かるわけではないが、『一定時間』を認識させるにはこの上ない。

 あの砂が落ちきったら試合開始だよ、というルールが誰でもわかるのだ。


 そしてそれが始まると同時に、特進クラス代表の一人、女子生徒カイゴが床へシートを敷き始めた。

 そのシートはかなり大きく、それこそ一般的なレジャーシートを四枚合わせたかのような面積になっている。

 そしてそれには、あらかじめ魔法陣が描いてあった。


「……アレはおそらく、基点の一種でしょう」


 それを見たオーシオは、先日知った単語を口にした。


「正式名称は違うと思いますが、魔法を強化するもののはず……」


 彼女の言葉に、コエモとリョオマは頷いた。

 そして悠長な姿を見て、ルールの重要性を理解する。


「なるほど、事前詠唱の時間って、ああいうのの準備もアリなんだね」

「事前詠唱が許可されていなかったら、あんなものを敷く時間はないはずですものねだぜ」


 五分という時間を十分に使う形で、カイゴはシワを伸ばしながらシートを整えていく。

 それを終えると、そのシートの上で『踊り』を始めた。

 それもまた、知っている動作であった。


「舞踏魔法、でしたか? 呪文を唱える代わりに、ステップで魔法を起動させるそうですが……おそらく発動させる魔法は……」


 とんとんとん、と靴を整えるような動作で、単純な攻撃魔法が起動する。

 それを彼女たちは見ていたわけだが、今のそれはある意味で『本来の姿』だ。

 ただのステップだけではなくきちんと踊ることで、高等な魔法を、高精度、低燃費で発動させようとしている。

 そして、この形式の試合で真っ先にやるべき魔法とは……。


 巨大なバリアの構築、である。

 およそ一分ほどの踊りによって、シートを土台とする巨大な半球型のバリアが現れていた。

 その構築を終えたところで、他の二人の生徒も入っていく。


「……まあ、当然の定石ですね。私でもそうします」

「だよね~~……ああしないと、近づいて殴って終わり、だもんね~~……」

「基点が外にあるわけではなく、バリアに守られる形……おそらくそこまで堅くはないはずだぜ」


 三人はそれを見ても、驚きはしなかった。

 昨日のコウソウもまず守りを固めたし、ジゴマも備えをしていた。

 魔法使いは戦士に殴られたら終わり、だからまずそこをカバーする。

 バリアを構築して、術者を含めた三人を守るなんて当然だ。


「事前の情報からして、あの生徒……カイゴという女生徒は『防御特化型』ですね。バリアも一種類だけだとは思わないほうがいいでしょう……」

「ってことは、他の二人もそれぞれ別の特化型か……」

「少なくとも一人は、攻撃特化型ですわねだぜ」


 そう、ここまでは、彼女たちでも想像できたことだ。

 そしてここから起きることも、想像の範囲内だ。

 だが……その上でその上を行く。


「オグラオグラオグラ……」


 バリアの中に陣取ったノォミィが、呪文を唱え始めた。

 それに合わせて、バリア内に攻撃魔法が構築され始める。


「ウーゲーベリ……」


 そしてそこから、更に更に、攻撃魔法が肥大化していく。


「オグラオグラオグラ……ウーゲーベリ……」

「……ん?」

「オグラオグラオグラ……ウーゲーベリ……オグラオグラオグラ……ウーゲーベリ……」

「あれ?」

「オグラオグラオグラ……ウーゲーベリ……オグラオグラオグラ……ウーゲーベリ……オグラオグラオグラ……ウーゲーベリ……」

「だぜ……!?」


 明らかに、呪文が長い。

 その上、唱えれば唱えるほど、攻撃魔法が肥大化していく。

 それが何を意味するのか、三人の脳が理解するまで時間がかかった。


「そ、そんなの、あり?!」


 ようは、チャージである。

 残り時間をすべて使って攻撃魔法を貯めこみ、試合開始と同時にブッぱする。

 なんとも大正義な、ルールに適した戦法であった。



「基礎魔法陣と舞踏魔法による防御陣形構築に、詠唱復唱による強化攻撃魔法か……まあ鉄板だな」


 観客席にいるジョンマンは『想像通り』の展開をみてそうつぶやいた。

 だが隣に座っているリンゾウは、それどころではない。


「あ、あんなのアリなんですか!?」

「いいに決まっているだろう? アレはアレで、定石の一つ……というか、初手であり基本だ。防げない方が悪い」


 試合開始まで境界線を越えない、というルールは守っている。

 なので安全な時間内で攻撃を貯めこむ、というのは定石だ。

 開幕ブッパもまた、このルールにおける花である。


「マーガリッティちゃんもああすると思っていたんだろう?」

「……そうと言えば、そうです。妹はもともと、大火力の魔法に秀でていたので。ですが、私が学校を離れる前までは、あのような強化法は習っていなかったはず」

「君が学校を出た後に習ったはずさ、ねえサザンカ先生」


「そのとおりです、ジョンマンさん」


 マーガリッティは、うろたえていた。

 妹がここまで攻撃魔法を修めているとは、彼女も思っていなかったのだ。

 その反応を見て、特進クラスたちは……サザンカは誇らしげになる。


「魔法の習得は、適正に左右されます。適性のない魔法を覚えるのは、とても労力を要する。だからこそ、魔法使いは魔力量の次に適性の幅を求められる」


 サザンカが特進クラスを集めた理由、思想はシンプルだ。

 尖った者、見捨てられた者を拾うことだ。


「特定の分野だけに優れた魔法使いは、需要が低い。仮に一般的な魔法使いの倍の能力があっても、それ以外ができないのなら評価されません。『一人前の魔法使い』とみなされることはない」

「それはそうだろうな」

「ええ……適正な評価です。しかし……それは、倍でしかないからこそ」


 尖った才能しかないというのなら、その得意分野を伸ばせばいい。

 他の分野に浮気せず、一つのことに時間や労力を割けばいい。


「10倍の防御魔法、10倍の攻撃魔法なら……その評価は『一人前の魔法使い』を超えられる! そしてその尖った者達が集まれば……成果を出せるのです!」


 マーガリッティと同様に、万能型であるサザンカ。

 その彼女らしからぬ、あるいは誰にでも指導できるからこその、尖った者達全員への指導。

 代表たちの成果を見て、特進クラスの生徒たちも誇らしげであった。


「ああもう! 三人とも、今近づいて殴っちゃえ!」

「それは反則だから。そもそもバリア固めてるし、無理」

「じゃ、じゃあ逃げちゃえば!」

「それも反則負けだからね」


 熱くなったリンゾウが、子供じみたことを言う。

 ルールゆえのもどかしさへの、素直な反応であった。

 それはそれで、微笑ましくある。


「まあ割と真面目な話……生徒のレベルは超えているな。あの復唱は、重ねれば重ねるほど精度が求められる。トランプタワーで一番大事なのが一段目なのと同じ理屈で、基本をしっかり練習しないと自爆して終わるんだ」


 一方でジョンマンは、相変わらず能天気であった。

 あるいは、冷静に褒めていた。


「君の妹は、とても立派だ。現時点で、既に強い。それはただ、先生が良い指導をしているだけ、では通らないことだ」

「……ありがとうございます」

「私からも礼を言わせていただきます。親として、学校の責任者としてね」


 その評価が適正だからこそ、トラージュも礼を言っていた。


「対する貴方の弟子は、どうですか? 勝負は鞘の内にあり、という言葉があるように……テストで問われるのは、今日まで何をしてきたか、です。あの初手を、防ぐ術があるのですか?」

必勝法(・・・)はない。だが対処法(・・・)はある」

「……そのための5分ですか」

「そういうことですよ」


 目の前でどんどんチャージされていく攻撃魔法。

 試合開始と同時に放たれるそれを前に、三人の弟子は……。


「……落ち着きましょう」

「そうだね、5分だもんね」

「まだ半分以上時間が残っていますわだぜ」


 さすがに冷静になっていた。

 五分間もあるので、慣れたのである。

 事前詠唱を唱える呪文の数ではなく、時間制にしたのはこのためであった。

 つまり、スクラムを組んで現場での作戦会議である。


「叔父上もおっしゃっていましたが、結局彼女たちは主席ではない……マーガリッティちゃん以下のはずです。この半年で鍛えたとはいえ、そこまで爆発的に強くなっているはずがない」

「だよね……じゃあなんか、弱点とかがあるとか?」

「ありえますわね。尖った適正の持ち主ならば、不自由があるはず。俺たちのように……だぜ」


 ジョンマンからのヒントを、彼女たちは受け取っていた。

 さっきの挑発で言っていたように、特進クラスの生徒が完全無欠の最強魔法使いであるはずがない。

 それぞれの得意分野においてなお、弱点や死角があるはずだった。


「ノォミィちゃんは攻撃魔法特化型のはず……それも尖って、だから……あのブッパが得意なのかな?」

「それ以外はできないでしょうね……いえ、それでもこの場では十分です。おそらく私たちの陣地をそのまま飲み込む範囲攻撃が可能なはず……」


「それですわだぜ!」


 そして、リョオマは『死角』に至っていた。


「ごにょごにょごにょ、だぜ!」

「なるほど……それで行きましょう」

「だね!」


 スクラムを組み、作戦を練った。

 それを終えた彼女たちは、自分の陣地の最前線、境界線に向かい……。その右端に立った。


「!!」


 そしてそれを見て、特進クラスの生徒達……特にノォミィは顔色が変わった。


「……あの、アレはいったい? 後ろにいたほうがいいのでは?」

「いや、あそこでいい。彼女たちはただしい立ち位置に至った」

「何の意味があるのです?」


 なお、リンゾウとマーガリッティは意味が分からない模様。


「ノォミィは初手で攻撃魔法のチャージを始めたが、普通なら悪手だ。敵の方が防御を固めて、陣形を固めるまではやるべきじゃない。なぜなら……」


 開幕ブッパで勝つ。

 それができるのは、高威力、広範囲攻撃魔法を習得している者だけ。


 そう、高威力であることは当然として、広範囲でなければならない。


「今やっているみたいに、右に行ったり左に行くだけで避けられるだろ。途中で攻撃魔法の方向を変えられないんだから」


 高威力だからこそ、チャージをしているからこそ、途中で攻撃の向きを変えられない。

 無理に変えようとすれば、暴発して自爆するだろう。

 それができるのは、人類最高峰の天才……それも修練を重ねた最強格の魔法使いだけだ。

 いくら特化型とはいえ、生徒ができる領域ではない。


「……あ、そうですね! じゃああそこにいれば」

「いや、当たる。彼女は最初から、広範囲攻撃の準備をしていたからね。あそこにいても当たる」

「じゃあ、なんで?」

「濃淡だよ。広範囲攻撃だからって、範囲内のすべてに等しい威力が出るわけじゃない。前に向かってぶっ放す以上、ど真ん中が一番威力がある。そして拡散させる形式の砲撃である以上、『前方の端』が一番弱い」


 ジョンマンの言葉は、すべて正しかった。

 三人の行動は、とても正しかった。

 だが……。


「あそこに立つとしても……並の防御魔法、並の防御スキルでは耐えるのは難しいですよ」


 サザンカは、自分に言い聞かせるようにそういった。

 実際それができないのなら、開幕ブッパを戦法に組み込むわけがない。

 ただ魔力を無駄にして、重要な初手を空撃ちするだけなのだから。


「ノォミィは……最も威力の薄い場所でも、倒しきれる……有効打になる火力を出せます!」

「そうだろうな」


 ジョンマンは、それを笑わない。

 相手に敬意を持つことと、自分を卑下することは違うのだから。


「だがな、俺の弟子を舐めるなよ? 俺の、弟子、だぞ?」


 砂時計が落ちきる、そのタイミング。

 さあ攻撃魔法を放つぞ、そう思ったとき……。


「ラグナ……ラグナ・ロロロ・ラグナ」


 三人の口から、同じ呪文が漏れた。


「ワルハラ……ヴォーダーン!」


 そして三人の背後に、輝く鎧が召喚される。


 試合開始、ノォミィの攻撃魔法の解放と同時に、それは彼女たちの体に張り付いていき……。


「バカな……召喚系禁呪『エインヘリヤルの鎧』?!」

「魔法使いは、そう呼ぶんだったな……」


 ノォミィの魔法が放たれ、試合会場は閃光に包まれた。

 だがそれが終わると同時に、輝く鎧を着た三人の乙女が現れる。


「まだ一人の特性は判明していません、慎重に行きましょう」

「そうだね、今の威力を収束されて撃たれたらヤバそうだし」

「相手にも勝ち筋がある……楽しくなってきましたわねだぜ!」


 彼女たちは傷一つない姿で、試合に臨もうとしていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 戦闘能力以外も便利さはありそうな気もするんだが みてるとこの世界の魔法わりと不便そうだけど
[良い点] 真剣勝負は技量にかかわらずいいものだ(by軀 [気になる点] 無敵と称される鎧を前に魔法使いは戦うすべはあるのか…!? 未熟者の鎧なら生身部分を狙えば打つ手はある…のかな
[一言] >「だがな、俺の弟子を舐めるなよ? 俺の、弟子、だぞ?」 >「バカな……召喚系禁呪『エインヘリヤルの鎧』?!」 気になって読み返してみたら、前に来た2人も理事長&サザンカの誰も「アリババ」…
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