口論も強いぞ
ミドルハマーの外れ、ジョンマンの自宅。
その付近に、大勢の一団が現れていた。
そのほとんどが子供であり、引率を担当しているであろう大人の女性は二人。
片方は見るからに異質な雰囲気を持つ魔法使い、サザンカ。
もう一人は、ジョンマンより若いものの、異様な圧力を持つ女性であった。
ジョンマンとその弟子五人は、その一団と対峙している。
一触即発めいた雰囲気の中で……サザンカやジョンマンよりも先に、『その女性』が口火を切った。
彼女はマーガリッティをまっすぐに見ながら、その名前を呼んだ。
「マーガリッティ」
「……お母さま」
「今は、理事長としてここに来ています」
「……私はすでに学校をやめています。理事長としての貴方と、話すことは何もありません」
「え、マーガリッティちゃんのお母さんって、学校の理事長なの?」
(ちょっと黙ってような、リンゾウ君)
余計な茶々を挟みかけていたリンゾウを抑えつつ、ジョンマンはここで口を挟んだ。
「まあまあ、マーガリッティちゃん。そうつんけんするもんじゃない」
「ジョンマンさん……」
「割と真面目な話だが、俺としては君がいったん学校に帰るのもアリだと思ってる。そしてそのタイミングを選べるのなら、今だ」
「そ、それは……!」
「もちろん、君の気持ちもわかる。だがまずは、俺に任せてくれ」
あえて理事長、およびサザンカ、その後に続いている生徒達に聞こえるように、ジョンマンは話を進めていた。
そのうえで、交渉をしようとする。
「それで、貴方が彼女の通っていた学校の理事長で、お母さんですね?」
「ええ、母のトラージュです」
「……」
交渉しようとしたジョンマンだが、ここで落ち込んだ。
「……俺より年下であろう女性に、こんな大きなお嬢さんがいる、この現実……」
ジョンマンは顔に影を作っていた。
おそらくこの後、寝るときとかに思い出して嫌な気分になると思われる。
「ま、まあいい……うん、トラージュさん、貴方のお気持ちはよくわかります。自分の娘であり、生徒でもあるマーガリッティちゃんが、手紙一つで学校を辞めると言い出して、しかもその暮らしている先がド田舎な国のド田舎な地方で道場モドキをやっている男のところ。そりゃあ……心配でしょう」
そしてジョンマンは、一拍置いた。
「……やっぱ帰ったほうがいいんじゃ」
ジョンマンは自己嫌悪に陥っていた。
自分の置いている状況を客観視すると、悲しくて仕方ない。
「ん……た、ただまあ、お気づきだとは思いますが、今のこの国は諸事情あって治安が悪化している。彼女をそのまま追い返す、というのは現実的ではありませんでした。なのでいったんお預かりしていた次第です」
ジョンマンの言葉を、トラージュたちは疑わし気に聞いていた。
とはいえジョンマンの説明には、特におかしなところもない。
むしろマーガリッティがジョンマンのところにたどり着けたことが、まず奇跡にも思えるほどだ。
「親御さんが、サザンカ先生……さんですよね? その人ほどの実力者と一緒に迎えに来たのなら、むしろ安心できます。どうぞ、彼女を連れて帰ってあげてください」
ジョンマンの言葉に、彼の弟子たちは反発を覚えた。
だがそれでも、黙って成り行きを見守っている。
「マーガリッティちゃんは嫌がるかもしれませんが、もともと手紙一つで親元を出ること自体が筋を通していません。戻った方が彼女のためでしょう」
「話の分かる方で何よりです。それでは帰りますよ、マーガリッティ……」
トラージュもサザンカも、なにか演技のようなものを感じていた。
だがそれはそれとして、ジョンマンがこう言ってきたら応じるほかない。
警戒しつつも、娘を呼び戻そうとして……。
「ジョンマンさん、私は……」
「俺が今言ったことは、本心だ。君はまだ、あの先生から習うことがあると思う。それに……」
ここで、トラージュだけが固まった。
「俺の弟子になりたいのなら、学校を卒業して、大人になってからここに来ればいい。なに、あとたったの数年のことさ、俺はここで待っているよ」
「……それは」
ジョンマンの言葉に、マーガリッティは納得しかけていた。
確かに母親や先生と衝突するぐらいなら、それもアリだろう。
そう、マーガリッティは妥協しかけていたが……。
「ジョンマンさん、でしたか? それはいかがなものかと」
トラージュが、ここで蒸し返した。
その雰囲気から、ジョンマンの弟子たちは『流れ』が変わったことを感じ取っていた。
「マーガリッティは、私の娘であり、学園随一の……国内最高峰の才能の持ち主です。その彼女が、学校を卒業するやいなやここに戻ってくるというのは……」
「お気持ちは、お察しします。ですがこう言わなければ、マーガリッティちゃんは納得しないでしょう。それに学校を卒業した後の彼女が、別の場所へ新しい学びを求めたとしても、それは誰にも止める権利はない」
トラージュの顔は、少し強張った。
「……貴方のことを、評価します」
「誉め言葉、ってことですか?」
「そうとっても構いません」
若者である、マーガリッティをはじめとしたジョンマンの弟子たちは、『数年後』というのはとても先のことに思える。
だがジョンマンやサザンカ、トラージュにとっては少し先のことでしかない。
しかも教育を与えるという『投資』に対するリターンを、この国にもっていかれかねないことであった。
「ですが、大義がある以上腹芸は止めましょう。早急な解決を望みますわ」
「真面目な話、俺の案でもいいと思いますがね。俺のところで数年学んでそっちに帰る、というコースだってあるわけですし」
「私がそれを望みません」
「わぁかりました」
ジョンマンはこの会話の中で、毒を感じていた。
(どこの親も立派ってわけじゃない、か……)
なお、リンゾウは……。
「あのね、マーガリッティちゃん。貴方の前でこんなことを言いたくないけど、僕はあの人あんまり好きじゃないな」
割と直球だった。
「リンゾウ君、ちょっと黙ってて……ごほん、それじゃあ単純に、『どこに属せば成長できるのか』を示し合いましょうや」
ジョンマンはあくまでも余裕をもって、サザンカの方を見た。
「俺と貴方が戦って、どんな結果になったとしても、それは生徒の成長とはあんまり関係がないですからね。生徒同士、弟子同士で試合をして、その結果を彼女に示すのはいかがかと」
「それは、ルールでもめますね。特に、事前詠唱についてで」
ここでジョンマンと話をするのは、サザンカに移っていた。
彼女とジョンマンは、ともに指導者として牽制しあうが……。
「ねえマーガリッティちゃん……事前詠唱ってなに?」
「私もわかりません、教えてください」
「俺も知らないのですだぜ……知っておきたいのですだぜ」
「僕も知らないな、教えてよ」
「えっと……」
ジョンマンの弟子たちは、専門用語である『事前詠唱』についてマーガリッティに聞いていた。
結構大きい声だったので、サザンカやトラージュ、その後ろの生徒達にも聞こえていた。
「ぷ、ふふふ! 事前詠唱も知らないなんて、どんだけド田舎なのよ……」
「マーガリッティお姉さまも、何を思って、こんなところに来たのかしら」
「純粋なお姉さまは、何か響いたのかもしれないわね……でも目を覚まして差し上げないと」
その生徒達からの嘲笑が聞こえる。
これにはマーガリッティもジョンマンも、少し恥ずかしくなっていた。
「あのね、四人とも。確かにそういうことは聞かないより聞いたほうがいいけども、後で聞こうよ! どうせ後でルール説明するんだからさあ!」
ジョンマンは涙目で訴える。
これは割と常識なので、教えていなかった自分が悪い。
それもあって、とても恥ずかしかったようだ。
「まあいい……事前詠唱ってのは、準備詠唱ともいう。試合開始前に、呪文を詠唱しておくことだ」
「え、試合が始まる前に呪文唱えていいんですか?」
「だから、それをルールであらかじめ決めておくんだよ。普通は」
幸い、ジョンマンの弟子たちはすでに『わかりやすい例』を知っている。
だからそれを例にあげて、話を始めた。
「たとえば、よ~~いドンで試合が始まり、その瞬間から呪文の詠唱がオッケーというルールにしたとしよう」
「はい」
「フレーム流戦闘魔法使いの独壇場だ、他の使い手は絶対に勝てない」
矛盾した話だが、試合開始と同時に呪文の詠唱が許可する場合、無詠唱魔法がぶっちぎりで強い。
相手に呪文を唱えさせる間もなく、一瞬で勝負を決めるだろう。
「それこそ早撃ち対決だ。それはそれで意義はあるが、別の使い手が不憫すぎるだろ」
「そ、そうですね……」
「かといって、試合開始前に、無制限で呪文の詠唱を……準備を許可したら、今度はタワー流戦術魔法使いの独壇場になってしまう」
「……じゃあどうするんですか?」
「だから、それをルールで決めるんだよ」
同じ流派同士、同じ技術同士なら、ルールでもめることは特にない。
だが一種の異種格闘技戦では、ルール次第で有利不利をすっとばして勝敗まで決してしまう。
「普通の場合は『五回まであり』とか『一分間』とかそういう取り決めで『階級』とか『種目』みたいに分かれてるんだ。もちろんタワー流が有利な『実質無制限』やフレーム流が有利な『事前詠唱なし』もあるよ」
「へー……」
「ちなみに『実質無制限』や『事前詠唱なし』はあんまり人気がない。エンタメ性皆無、見てて面白くない」
「へ、へ~~……」
あんまりおもしろくない、というあんまりな評判を聞いて、ジョンマンの弟子たちは結構納得していた。
昨日の試合を見ている限り、彼らの戦い方は武術的、実戦的すぎた。
確かに強いだろうが、見ていて面白くはなかった。
そう、たしかに強いだろう。自分達でも、彼らのルールでは勝てる気がしなかった。
「……あの、叔父上。今更ですが、叔父上が昨日のルールで勝ったのは、そうとう凄いのでは」
「それはそうですよ、オーシオさん! 昨日も申し上げましたが、偉業といっていいレベルでした!」
ルールの重要性を聞いて、オーシオは今更ながら、昨日の戦いの凄さを痛感していた。
それに対して、マーガリッティは興奮気味に叫ぶ。
「おそらく母も、その件は聞いているのでしょう。だからこそ、一応話し合いをしてくれているのだと思います」
そういって、マーガリッティはサザンカを見た。
ミット魔法国最強の魔法使いである、己の師を見ていた。
「そうでなければ、サザンカ先生に命じて強行策に出ていたと思います」
「まあそうなったらそうなったで、俺が戦って終わりだったがね」
「それは、母もサザンカ先生も認めるところです。ジゴマ先生の土俵で勝った相手に、うかつなことはできませんから」
そう、サザンカの方もジョンマンを強く警戒している。
サザンカほどではないが、トラージュもまたジョンマンを今も注視していた。
警戒するに値する相手、という認識のようである。
「……まあとにかくだ。極論……『事前詠唱なし』のルールでやったら、君たちが絶対勝っちゃうよ。その場合、マーガリッティちゃんの心象は最悪になるけど」
「そうですね、それは流石に有利過ぎるかと」
試合で勝つ、というのは異種格闘技戦だとか異種武器戦とかだと難しい。
実戦なら自分に有利な地形で戦って終わりだが、試合だからこそ相手も立てなければならない。
そのあたりは、一種政治と言っていい。
「とはいえ、何時までも揉めてるのは格好が悪い。自陣に有利なルールを一つずつ出して、それで試合を組もう」
「ジゴマ先生に勝った貴方、その弟子と戦うのです、『事前詠唱なし』だけは引き受けかねます」
「そりゃそうだ。ウチの弟子とそのルールで対抗できるのは、無詠唱魔法の使い手だけだ。だがそういうのは『特進クラス』にはいない、あのジゴマ先生のところのはずだ」
「……はい」
「だからだ、事前詠唱はそっちに有利な『事前詠唱五分』で行こう。それなら、実質無制限みたいなもんだからな」
そしてジョンマンは、既に腹案があった。
絶対に勝てる、という根拠もある腹案であった。
「その代わりと言っちゃあなんだが、対戦人数はこっちに有利な『三対三』で行かせてほしいね」
「……有利?」
ジョンマンの提案に、サザンカは露骨に不信感を見せた。
ジョンマンの話方からして、事前に決めていたことは明らか。
だがその結論が、余りにもおかしかった。
「ジョンマンさん、失礼ですが……マーガリッティから、私達特進クラスについて、どの程度聞いていますか?」
「サザンカ先生とマーガリッティちゃん以外、尖った才能の持ち主たちと聞いているが、それぐらいですねえ。というか……マーガリッティちゃんは、情報戦を最善と認めない気質だ。そっちの不利になることは言ってませんよ」
「で、しょうね。では……なぜ『三対三』が有利だと思うのですか?」
「思う? ただの事実だ」
ジョンマンは、あえて悪を気取った。
「マーガリッティちゃんが学校全体で主席なんだろう? だったら、他はそれ以下だ。それとの三対三なら、俺の弟子が負けるわけがない」
「~~!」
濁した返事だったが、サザンカは追及しなかった。
ここで、彼女が怒ったからだ。
「……皆さん、ここで彼に反論をぶつけるのは簡単です。ですが、勝った後でやるべきでしょう」
同様に、彼女の後ろに控えていた生徒たちも怒っていた。
「当然です! やっちゃいましょう!」
「お姉さまを奪還してやるんです!」
「私達特進クラスの力……とくと見せてやりましょう!」
「団体戦なら、私だって~~!」
一方で、トラージュはやや冷静になっていた。
「……ジョンマンさん。私は娘を連れて帰り、なおかつ国や学園の為に働いてくれれば、それでいい。つまり特進クラスの勝利を願う立場ですが……それはそれとして、生徒の成長を願う立場でもある」
「へえ」
「貴方がマーガリッティを失望させるような戦いをするつもりならそれはありがたいですが、成長の為にならないのなら……いえ、単刀直入に言います」
彼女もまた、サザンカと同じような考えを持っていた。
つまりマーガリッティ以外の特進クラスをあなどっていない、彼女らの強さを信じている。
なぜ勝てると思っているのか、その根拠に興味がわいていた。
「本当に、三対三が有利だと思っているのですか?」
「ええ、本当です。特に事故が起きることもなく、勝ってくれるでしょう」
ここでサザンカは、ジョンマンの弟子たちを見る。
彼女たちの眼は、ジョンマンを信じていた。
正しく言えば、ジョンマンの言葉ではなく、その眼を信じていた。
ーーージョンマンが相手を見たうえで勝てると言っているのだから、勝てるはず。
作戦を聞かされているわけではないが、彼女たちは彼の眼を信じて、闘気を燃やしていた。
ちなみに、オーシオは情報戦を当然だと思っています。
リョオマは探られるのも探るのも好きです。
コエモとリンゾウはそういう意識が無いので、聞かれたら応えちゃうし調べようと思わない。




