悪い人ではない
フレーム流戦闘魔法使い、ジゴマ。
タワー流戦術魔法使い、コウソウ。
ジョンマンに倒された両名は、ミドルハマーの病院に運ばれていった。
オーシオが付き添いに向かっており、事情を聴く手はずとなっている。
一方でジョンマンたちは、宿舎にてパーティを開いていた。
「マン・マミーヤ! さすが僕らの師匠、ジョンマンさん! 凄かったですよ、ねえリョオマさん!」
「まったくだぜ! アレだけの使い手を、あしらうように倒す……武の極みをみましたわだぜ!」
特にリンゾウとリョオマは大興奮であった。
椅子に座っているジョンマンの周囲をぐるぐる回りながら、ものすごく褒めまくっている。
「て、照れるなあ……」
ジョンマンもまんざらではないのだが、さすがに恥ずかしそうにしている。
もうちょっとテンションを抑えてほしい、という心持であった。
「なんか……ジョンマンさんが強すぎて、というか対処法を熟知しすぎていて、あっさり勝っちゃったから、どの程度強いのかわからなかったんだけど……やっぱりあの二人、強かったよね?」
「はい、おっしゃる通りです! 速攻においてはジゴマ先生が……遅攻においてはコウソウ先生が、それぞれ学園内でもトップでしたから! それをああも簡単そうに倒すなんて……本当に凄いと思います!」
魔法について素人であるコエモは、二人の強さが良くわからなかった。
だがマーガリッティは興奮気味に、ジョンマンの『偉業』を褒めたたえる。
短距離走の選手、長距離走の選手に、それぞれの得意距離で勝ったようなものだ。
それはもう、褒めるしかない。
「いや、実際強かったよ。威力云々じゃない、戦闘スタイルの完成度がね。言っちゃあ悪いけど、アラーミさんでも勝ち目はないんじゃないかな?」
「それについても、俺も同意しますわだぜ。お父様も、けっして怒らないと思いますわだぜ!」
人間的にはまったく評価できない二人であったが、それぞれの流派の目指す完成形に至っていた。
やや実戦経験が浅く、かつ自分の土俵での戦いに自信を持ちすぎていたが……そんなものは少々の『実戦』で補える。
「仮に……もう一回戦うってなったら、ああもあっさり勝つのは無理だな。その時は、俺もスキルを使わないと厳しい」
今回の敗戦で一皮むければ、舐めプで勝てる相手ではなくなる。
ジョンマンは、かなり高く評価していた。
「……ところでジョンマンさん、ああいう魔法使いの流派って、結構あるんですか?」
「いや、むしろ主流の一つだぞ? だから多くの国をまたいでいるんだし……」
コエモの素朴な質問に、ジョンマンは快く答えていた。
「君たちも体験しているように、一つの魔法やスキルを実践レベルにするには、とんでもなく労力を必要とする。だからこそ、『僕の考えた格好いい魔法ビルド』なんてもんは、普通怖くて手が出せない。苦労して覚えたはいいが、コンボだとか戦術としてまったくかみ合わなかった……なんてことになったら悲劇だろう」
複数分野の魔法のいいとこどり、というのはロマンがある。
実際それを修めていたジゴマとコウソウは、とても強かった。
だがそれは、先人の定石をなぞった結果である。
これはバカにしているわけではない、むしろ先人の技を受け継ぐ者として正しい。
正解というのは、先人の試行錯誤の結果である。
自己流を編み出そうとする挑戦自体は尊いが、上手くいく保証はなく、むしろ苦難の道だ。
そういう意味で、先人の教えをなぞるのは、正しい努力といえるだろう。
だからこそ、普及している。
「あの二つの流派は特定のシチュエーションで戦うことに特化しているが、だからこそそのシチュエーションの専門家からは重宝されている。適所の為に、適材になるわけだな」
「……主流の一つ、ってことは他にもあるの?」
「もう一つは、それこそマーガリッティちゃんのように、オールラウンダーなタイプだな。汎用性の高い魔法をたくさん覚えておけば、まあ腐らない。あの二つの流派みたいに、尖っていない強さがある」
ここでジョンマンは、マーガリッティに話を振った。
「多分だが、特進クラスには……君のようにたくさんの魔法に適正をもつ生徒が多いんじゃないか?」
「え?!」
ここまで的を射てきたジョンマンだが、間違った考えに至ってしまったようである。
「……その、私は確かに特進クラスに在籍していましたし、その首席でしたが……私のような素質の持ち主は、私自身と『先生』だけです」
「え? それはまた、珍しい……」
ジョンマンは魔法に対する知識も豊富である。
だからこそ、多くの種類の魔法を扱えることの利点も知っている。
尖ったビルドではなく、汎用性の高いビルドならば、多くの魔法を使える者が『特進』なのが普通のはずだった。
「え、じゃあどんな人が集まっていたの?」
「それは……特進クラスという名前に反しますが、他のクラスから見放された、適性が尖りすぎた魔法使いたちでした」
コエモの質問に、マーガリッティは小声で答える。
なるほど、おかしな話である。
「……他のクラス、他の先生が見放した生徒で構成されてるの?」
「それでも、あの『先生』の元で指導を受けた結果、優れた魔法使いへと成長していったのです。だからこその、特進クラスでした……」
「ああ……そういう……」
ジョンマンは、その教員の方針を理解していた。
そのうえで、少し考え始めていた。
「なるほど、君が限界を感じた理由が分かったよ」
「……はい、私も今なら具体的に言えます。あの特進クラスには……問題があったのです」
(いや、具体的に言ってよ……)
二人が訳知り顔で納得しあう姿を、他の面々は困ってみていた。
そしてそんな中で……オーシオが戻ってくる。
「叔父上、今戻りました。意識を取り戻した二人から、事情を詳しく聞くこともできました」
「そうか、悪かったね。で、なんだって?」
「以前から学園は、マーガリッティちゃんのことを探していたらしいのです。それでつい最近、ここにいることが判明しました。特進クラスの先生と、その生徒達……そして学園長が一緒にきて、説得して連れ戻す予定だったそうです」
自分を連れ戻すために、学友たちがここに来る。
それを聞いて、マーガリッティの顔は強張った。
「あの二人は互いに、単独で先行して、自分のクラスに編入させたかったようですが……」
「ありがとう……しかし、聞きだすのに苦労したかい?」
「いえ、びっくりするほどすんなり教えてもらえました……おそらく、叔父上に完敗したことで、思うところがあったのでしょう」
「……それもあるが、まあ犯罪者ってわけじゃないしな」
ここに来て、ジョンマンは自分の弟子五人を見た。
「……多分だが、その本隊が来たときには、特進クラスの生徒と君たちで戦うことになるだろう。それもおそらくは、団体戦でね」
コエモ、オーシオ、リョオマ。
その三人に、強く視線を向ける。
「やれるかい?」
「……試合形式なら、お受けします」
「私、頑張りますよ!」
「望むところですわだぜ!」
ジョンマンが試合で強さを示したからだろう。
自分たちも同じように勝ちたい、そういう思いが彼女たちの中に湧いていた。
「はい、ジョンマンさん! 僕も参戦したいです!」
「いや、君はちょっと……」
「ええ~~!!」
なお、リンゾウにも火がついていた模様。
「こう言っちゃなんだが、今の君じゃあ『魔法』を使っても勝てないと思うよ」
「そ、そんなことないですよ、僕だってやれます!」
「だ~~め。リンゾウ君とマーガリッティちゃんは、見学だ」
ジョンマンは、相手を見くびってはいなかった。
「あの二人が認める『特進クラス』だ。その生徒の実力も相当なものだろう……今の君じゃあ、参加しても足を引っ張るだけさ」
あくまでも優しく、リンゾウを諫めていた。
※
さて、リンゾウである。
現在彼女はジャージ姿のまま外に出て、試合をしていた場所をうろついていた。
「マン・マミーヤ! もう……ジョンマンさんは過保護なんだから……私だって、マーガリッティちゃんの力になりたいのに……」
マーガリッティが帰りたがっていない気持ちは、リンゾウにもよくわかる。
共に、故郷を去って新天地にたどり着いた身である、彼女の思いは自分と同じだとさえ感じていた。
「……みんな仲がいいし、ジョンマンさんは優しいし、成果もあるし」
少なくともリンゾウは、この小さなコミュニティを愛していた。
良くも悪くも全員が別の目標のために頑張っているため、無駄に争うことがない。
全員が真面目に頑張っているし、確実に成果も出ている。
そう……人間関係に悩んで国を出た彼女からすれば、人間関係が円滑というのはそれだけで価値がある。
そうした対等な友人であるマーガリッティを引き留めたいと思うのは、とても自然なことであった。
「これからもジョンマンさんのところで修行をして、もっと頼られる大人になって、先輩たちの役に立てるようになって、マーガリッティちゃんとも競争して……それで新しい子が入ってきた時、素敵な先輩になれるようになりたい」
小さい夢、あるいは甘えた夢かもしれない。
だが彼女にとっては、とても大事なことだった。
そして、おかしいことではない。
素敵な時間、素敵な空間、素敵な関係というのは得難いものだ。
人たらしである彼女にとってさえ、ここに来るまで得られなかった。
誰とでも仲良くなれる彼女でさえ、友人同士を仲良くさせる術はもっていないのだから。
それは、人たらしとはまた別のスキルである。いや、あるいは……正反対の能力と言っていいのかもしれない。
「私、頼りがいが無いのかな~~……頼ってほしいんだけどな~~……」
とはいえ、彼女がいい子であることに変わりはない。
いい子だからこそ、頼られることを求めていた。
そして、『その言葉』を聞いている者が、近くにいた。
「それなら……私の生徒になりませんか?」
背の高い、女性であった。
男装をしているわけではないが、それでも普段のリョオマやリンゾウよりは、よほど中性的な印象を受ける相手だった。
「マン・マミーヤ! だ、誰?」
「貴方には、才能がある。とても素敵で、最高の魔法使いになれる才能が」
彼女は、とても優しく話しかけていた。
素直なリンゾウには、彼女が嘘を言っていないこと、自分の為に言っていることが分かっていた。
「その才能を、伸ばしたくはありませんか?」
「あ、いや……その、聞いていたら、すみません。誤解させちゃいましたよね?」
だからこそリンゾウは、あくまでも丁寧な対応をしていた。
「私、じつはもうある人の弟子になってるんです。その人はとっても強くて優しくて、頼りがいのある先生なんです。尊敬しているんです……」
悪口に聞こえてしまっていたかもしれない、そう思うからこそ、その誤解を解こうとしていた。
「その人は私を強くしてくれていて……本当に、強くしてくれているんです……でも私、もっと強くなりたいと思っていて……だから、私の我儘なんです」
ジョンマンに不満はない、ジョンマンはいい先生、ジョンマンを尊敬している。
彼女は、そういっていた。
だが……。
「私なら、貴方をもっと早く、もっと強くできます」
「え?」
いい人だとしても、意見が一致するとは限らない。
それをリンゾウは、まだ知らなかった。
「すでに、話は聞いてきました。あの二人の先生が素直に敗北を認めるほど、その人は強く聡明なのでしょう。戦士としてだけではなく、指導者としても優秀なのだと思います」
「……まさか、あなたは」
「ですが、それでも、貴方や彼女の指導者には向かないはず」
その女性は、リンゾウを、マーガリッティを、本気で心配していた。
自分の元に来ることが最善だと、信じて疑っていなかった。
まったくの善意で、勧誘を試みていたのだ。
「そ、そんなことは……」
「貴方の今の指導者は、貴方の資質や適正を考えていません」
そしてそれは、一面において事実であった。
ジョンマンは、教える順番を考えていても、最終的には同じスキルを、同じビルドを教えるつもりだった。
そこに、個性なんてものをさしはさんではいない。
「その人は……誰が使っても強いスキル、誰が使っても強いビルドを教えようとしているだけです」
ジョンマンが『特進クラス』の話を聞いて教育方針を理解したように、目の前の彼女もジョンマンの教育方針を理解していたのだ。
そしてそれを、真っ向から否定していた。
「それは……」
「才能がある人は、それを伸ばすべきです」
リンゾウは、理解した。
目の前の女性は、自分の才能を正しく認識している。
それを伸ばすことが幸福であると、自分のためだと考えている。
「わ、私は! 私は、私の魔法を……!」
だからこそ彼女は、その誤解を解こうとした。
その時であった。
「サザンカ先生!」
血相を変えたマーガリッティが、その女性の名前を叫んでいた。
「なぜここに来たんですか、なぜ私の友人を勧誘しているのですか!」
「マーガリッティ……私は、貴方のためを思って、ここに来たのです」
「め、迷惑です! 私はここに居たいです、戻りたくありません!」
マーガリッティは、子供のように、癇癪を起したかのように、叫んでいた。
「私は、ここに居た方が強くなれるんです!」
「そう思わせてしまったのは、私の説明不足ですね、すみません」
そのマーガリッティから、サザンカは下がった。
「ですが……貴方の才能を一番伸ばせるのは、私です。少なくとも、今貴方が師事をしている方は、ふさわしくない」
高い理想を持つ女傑は、信念をもって断じていた。
「それを……明日証明しましょう」
特進クラス担当教員、サザンカ。
ミット魔法国、最強の魔法使いである。




