千里の道も一歩から
かたや、ミット魔法国で一番の学校の、特進クラスの首席。マーガリッティ。
かたや、ルタオ冬国の公爵令嬢、第一王子の婚約者。リーン(リンゾウ)。
その二人は、先輩である三人が見守る中、授業の一日目に入ろうとしていた。
いつものように、ジョンマンの自宅の真ん前、何もない町の外れで行われようとしている。
「え~~……ごほん。マーガリッティちゃん、リンゾウ君。今日から二人に指導を行うが……」
「はい!」
「はい!」
年齢不相応に大人びた顔のマーガリッティ、年齢不相応に豊満な体形のリンゾウ。
二人が並んで、ジャージを着ている。
その姿に、ジョンマンは少し悩んだ。
(やる気があるってのは、悲しいもんだ……)
だがそれを振り払って、指導を始めようとしている。
「まず、お互いをライバル、競争相手だと思って欲しい。良い点は尊敬しつつ真似をしようとして、悪い点については指摘するのではなく自分がそうならないよう戒めてほしい」
「大事なことですね! 私も故郷の特進クラスでは、妹をはじめとしていろいろな生徒から妬まれて大変でした! ああいうのは、もう嫌です!」
「マン・マミーヤ! 僕もそう思います! 僕の故郷では、第一王子と第二王子と第三王子が、ことあるごとにケンカをして競争になってませんでしたから!」
「うん……俺はどっちかというと、君たちが嫌う側だったからねえ……露骨に嫌われると、昔の自分が嫌われている気分になって辛い……」
二人ともいい子ではあるのだろう、ジョンマンは悪い子だった自分を思い出して切なくなっていた。
「でだ……君たちにとっては不本意だろうが、まず『第四スキル 竜宮の秘法』から教えようと思う」
「……そ、そうですか」
「え、エインヘリヤルの鎧からじゃないんですか?」
「『まず強くなるべきだ』というのが俺の指導方針でね……君たち二人は魔法使いだろう? だから第四スキルから覚えた方が早く強くなれる」
ジョンマンの言葉を聞いて、遠くから話を聞いていた三人の先輩は驚き……。
マーガリッティも驚愕した顔で、隣のリンゾウを見て……。
「わ、わたし……僕、魔法が使えるって言いましたっけ?」
他でもないリンゾウが、とんでもなく驚いていた。
「才能があるだけならちゃんと調べないとわからないが、才能を伸ばしていればその限りじゃない。魔力をちょっと見ただけでもわかるさ」
極論ではあるが……ボディビルダーの才能があるだけの少年と、実際にボディビルダーになった青年では、見抜く難易度は大きく違うだろう。
それこそ、見ればわかるというものだ。
「隠していたいならネタバレはしないが、君はマーガリッティと違って『有用性が高い魔法』の適正に尖っているタイプだろう」
「……は、はい!」
「昔『友軍』に同じタイプがいた……とても頼もしかったね」
うんうん、とジョンマンは懐かしんでいた。
おそらく、そこまで嫌な思い出ではないのだろう。
「あ~~……一応言っておくけどね~~!」
ここでジョンマンは、魔法について詳しくない三人の先輩たちへ、大きな声で説明を始めた。
「まず魔法とスキルの違いは、学者先生の領分だから、詳しいことは突っ込まないでね~~!」
ーーー南の海に、珊瑚と呼ばれるものがある。
これは鉱物にも見えるのだが、実際には『動物』の一種であり、クラゲの親戚である。
だが『動く物』には全然見えないので、昔の学者なら『植物』ではないか、と考えても不思議ではない。
とまあ……植物と動物というカテゴリさえ、分けるのは意外と難しい。
魔法とスキルどう違うの、その定義は?
というのも、学会でさえ議論されていることだ。
「そのうえで……魔法ってのは、素質に大きく左右される。もちろん練習すれば誰でも習得できるはずだが……適性が無い人間では、習得のハードルは大きく上がる。それこそ、絵画と同じだな」
絵を描く、というのは才能である。
それが売れるレベルとなれば、なおさらだ。
実際に売れるともなれば、更にハードルは上がる。
一言で『絵』と言っても、それこそジャンルは多岐にわたる。
一つの分野で優れていても、他の分野では伸び悩むなど良くある話だ。
魔法も、同じである。
だれでも練習すれば、それなりにはなる。
だが実用レベル、あるいは一線レベルになるには才能が必要となる。
そして才能があるとしても、どんな魔法でも使いこなせるとは限らない。
「君たちは、明確に天才と言える。その分、練習すればすぐに上達しただろう……だが、俺のところに来たからには、そうはいかない」
ジョンマンはここで、マーガリッティに意識を向けながら言葉を選んでいた。
「才能がない分野で練習をするのは、なかなか成果が出なくて苦痛だ。だがそれでも、成果は出せると約束する」
才能がないジョンマンにはまったくわからない感覚だが……。
才能がある人間というのは、その分野において上達が異様に速い。
だからこそ逆に、成果が出にくい分野を敬遠する傾向がある。
わかりやすく言うと、数学が嫌いな生徒が『微分積分って何の役に立つんだよ』と言うようなもんである。
そんな者に『モチベーション』を持たせるには、意味を見出させる必要がある。
「具体的に……第四スキルを君たちが習得すると、どう強くなれるのかを見せよう。コキン・ココン・コンジャク・コライ!」
ジョンマンは健康系最強スキル、竜宮の秘法を発動させた。
だがその効果は内臓、血管など内部の強化である。
はっきり言って、傍から見ても何が起きているのかわからない。
だからこそ、ジョンマンは可視化しようとした。
「第四スキルを完全に習得している者は、常人をはるかに超える魔力とスタミナを誇る。ましてスキルを発動させれば……もはや比較にもならない」
ジョンマンは、右手を前に出して、上に向けた。
すると、手のひらから魔力が吹き上がり始め、球体となって固定されていく。
「あれは……!」
それは、コエモにとって見覚えのあるものだった。
他でもないラックシップが、自分の父を殺すときに使おうとした技だった。
「これは魔法とも呼べない、稚拙な魔力の塊。それを手から出しているだけだが……わかりやすいだろう」
ジョンマンの右手からは、どんどん魔力が溢れてくる。
魔法使いであるマーガリッティとリンゾウは、最初こそなんとも思っていなかった。
だが肥大化していく魔力の塊を『見上げ』始めると、顔を引きつらせていく。
「うそ……こんなの……人間じゃない……!」
「私の魔力の、何十倍……!?」
もはやジョンマン自身よりはるかに巨大、離れたところにいるコエモ達の頭上さえ覆う、地形めいた魔力の塊だった。
「勘違いしないでほしいが……俺の最大魔力は、これの半分より少ない。生成されている魔力を出し続けているだけだ」
わかりやすく言えば、一ターンごとに最大MPの何割かが回復している……ということだろう。
回復するたびに外に出しているので、最大MP以上の魔力を出せている理屈だった。
だがもちろん、それはそれで異常なことである。
「ま、魔力が秒単位で回復しているってことですか!?」
「使い過ぎたら、一晩寝ても治らないのに!?」
持久走で例えれば、走りながら体力が回復しているので、一定のペース以下ならずっと走り続けられるようなもの。
そんな技術があれば、マラソンという競技自体が否定されてしまうだろう。
魔法使いとして教育を受けてきた二人からしても、いやだからこそ、震天動地の新技術だった。
「普通なら……それこそ一年前のコエモちゃんなら、覚えてもそこまで意味がないスキルだ。だが君たちにとっては、まさに劇的にパワーアップするスキルと言っていい」
最大MPが増える、一ターンごとにMPが回復する。
魔法遣いにとっては夢のような、直接戦闘能力が向上するスキルと言えるだろう。
それを想像して、マーガリッティは体を震わせていた。
「ジョンマン様! ぜひ私に指導を!」
それはもう、向上心を爆発させていた。
だがしかし、リンゾウはそうでもなかったようで……。
「す、すごいのはわかるんですけど……僕はやっぱり、エインヘリヤルの鎧を習得したいかなって……。僕、自分の魔法が好きじゃないんです……」
「ん、やっぱりか。君が自分の魔法を好きなら、アピールしているはずだもんな」
示威を終えたジョンマンは、手のひらから出した魔力を回収し始める。
それこそ出したものを引っ込めるように、ゆっくりと体内に吸収していった。
コエモ達はやはり反応しないが、マーガリッティは『そんな、体外に出した魔力を……それも最大魔力以上の魔力を回収するなんて』と驚いている。
「リンゾウ君。君のモチベーションはなんだ? 君は俺の弟子になって、どんなことができるようになりたい? どんな人になりたい?」
「僕は……僕は!」
現在五人いる、ジョンマンの弟子。
その中で一番の新参者であるリンゾウの夢は、ある意味一番小さかった。
だがその願う強さは、他の四人に勝るとも劣らない。
「自立した、立派な大人になりたいです! 困っている人を支えられるぐらい、凄い大人です! 世界のどこでもまっすぐに生きていられる、かっこいい大人です!」
「とても良い目標だ。そしてその大変さは、君もわかっているだろう」
「はい!」
「その素敵な大人の一要素に……ものすごく体力がある、っていうのはあるんじゃないか?」
人生経験が豊富なジョンマンは、彼女を動かせる言葉をすでに持っていた。
「他の人が疲れて動けない中、『君たちは休んでいい、後は私に任せてくれ!』と言って、みんなの分も頑張れる……想像してご覧、とても頼もしいだろう」
「~~! はい、格好いいです!」
いっそ、劣等感さえ覚えるほどに……。
「僕は、そんな大人になりたいです!」
リンゾウは、まっすぐな『少年』だった。
(コレだ……目標を決めたら、まっすぐに頑張れる。楽しそうに、遊ぶように。コレが、この手の人たらしの魅力だ……一緒に居るだけで楽しくなれる人種だ)
焚きつけたジョンマンをして、後悔するほどの魅力。
少年的な弾ける笑顔に、たじろぎかけた。
(故郷でこいつに脳を焼かれた奴らがいるってのも……まあそうだろうなとしか言えない。まあ、いろんな意味でこの子が悪いわけじゃないからな……)
精神的な意味での健康美に、ジョンマンは少しだけ哀れみを向ける。
そして、そこから切り替えていた。
「よし、それじゃあまずはウォームアップ……体を温めるところから始めよう。それが終わったらクールダウン……それが初日の訓練だ!」
「はい!」
「はい!」
(えええ~~!?)
なお、初日の訓練内容を聞いて、三人の先輩は驚いていた模様。
「よし、それじゃあ俺に続け! 俺の動きをマネするんだ!」
「はい!」
「はい!」
※
数分後……。
ウォームアップ、動的ストレッチ、準備運動。
そう呼ばれる体操をしたマーガリッティとリンゾウは、地面に倒れていた。
「痛い……体が、痛い……!」
「体を動かしただけなのに……」
持久走を終えた後のように、疲れ切って動けない、とはまた違う。
どちらかと言うと、重い物を持ち運んで筋肉を酷使したあと、のようである。
もちろん、自重トレーニング、フリーウェイトトレーニングの類は一切していない。
彼女たちはジョンマンの想定通り、ウォームアップにさえ耐えられない体だったのである。
「だ、大丈夫なんですかだぜ、二人とも!?」
「ただの準備運動のはずなのに、なんで?」
「演技ではないとわかりますが……」
それを見る三人の先輩は、とても驚いていた。
彼女たちの常識からすれば、ありえない光景だったのである。
一方でジョンマンは、こういう人種がいると知っている。
「雑に言えば、二人とも運動不足なんだよ。箸より重いものを持たないって奴」
二人とも、まだ幼さの残る年齢である。
にもかかわらず、魔法使いとして一定のランクに達している。
であれば、幼少のころからずっとそれをしてきたはずだった。
おそらく、他の肉体的な遊びをする余裕さえないほどに。
「オーシオちゃんやリョオマ君は、御家柄上元々鍛えていた。コエモちゃんは一般的な村娘だろうけど、だからこそ一般人並には動いていたわけだしね」
この時代、この世界。
電化製品なんてものが無いため、家事はまさに重労働である。
もちろんコエモの家はかなり裕福だったが、家政婦などを雇えるほどでもない。
そのため、コエモもそれなりには運動をしていた。
だがそれさえ人にゆだねていたマーガリッティとリンゾウは、本当に運動不足なのである。
「だが、真面目にウォームアップをしていなければ、こうはならなかった。もちろん、いい意味でだよ。君たちは全力で俺のマネをしたからこそ、筋肉にダメージを負っている」
ウォームアップも、軽めの自重トレーニングである。
軽い負荷のトレーニングが適正値ならば、それで十分運動をしたことになる。
「大丈夫大丈夫。明日は筋肉痛で動けなくなるけど、若いからすぐに体力もつく。二年も頑張れば、今のコエモちゃんたちに追いつけるよ」
「そ、そうですか……?」
「うう……自分がこんなに動けないなんて、想像もしていませんでした……」
もちろん、彼女たちはこれから……。
「じゃあ、クールダウンしようね!」
「はい……」
もう少し、体を動かすのであった。




