傾国の悪役令嬢
前回の続きです。
類は友を呼ぶとはよく言ったもの。
ジョンマンの前に現れた男装少女は、リョオマのように熱気を放っていた。
(断りにくい……)
ジョンマンは断りづらそうにしていた。
男装女子を引き受けて、彼にメリットなど何もないのだが(というよりも、誰にもない)逆にデメリットも特にない。
少し気を使うだけである。
というか、変なのが来たな、とか、また女かよ、というのが素直な感想であった。
「で、リンゾウくん……自己紹介をお願いできるかな?」
「はい、僕はルタオ冬国から来ました!」
「ルタオ冬国……行ったことはないが、気候は寒冷ながらもかなりの穀倉地帯で、相応に強国だったような……」
「はい、そこから来ました!」
元気いっぱいの男装少女。
果たして彼女は、いかなる事情でここに来たのか。
そしてそれを、どう説明するのか。
「これは、僕の妹の話なのですが……」
(多分自分の話なんだろうなあ……)
自己紹介しろと言ったのに、自分の妹の話を始めるリーン、もといリンゾウ。
一周回って、彼女自身の話だとすぐに伝わる。
ある意味、コミュニケーションは成功していた。
回りくどい、ともいう。
「僕自身は平凡な生まれなのですが、妹は公爵家の令嬢でして」
(妹が公爵家の令嬢なら、君自身も公爵家の子息では……?)
「ルタオ冬国の第一王子の婚約者だったんです」
(また凄いのが来たな……)
普通に考えれば、ロマンス詐欺の一種としか思えない出自の説明。
しかし回りくどすぎて、もはやだれも疑っていなかった。
「なのでわたし……妹は、第一王子と幼少のころから仲良くしようと頑張っていました」
(それはまあ……)
「第一王子には二人の弟がいまして、その二人とも仲良くしようとしたんです」
(ん?)
「もちろんその二人にもそれぞれ婚約者がおりまして……その二人とも仲良くしようとしたんです」
夫になる男性の弟たちや、その妻たちと仲良くする。
一般家庭ならそこまでおかしくないし、王族の中でもそこまでおかしくはない。
跡目争いをすることもあるだろうが、初手からケンカ腰になっていればそれこそ内戦だ。
それを避けるためには、彼女の方針も間違っていない。
なのだが、猛烈に嫌な予感がしてきた。
「もともと、第一王子も弟たちも、その妻たちも、みんな素敵でいい人たちだったんです。少し誤解されるような振る舞いをすることもありますけど、会って話していたらみんなのいいところが分かって、とっても仲良くなれたんです」
彼、もとい彼女はとてもまじめに、自分の周囲に居た人々の素晴らしさや、その人たちと仲良くなれたことを語っている。
だがもうすでに……ジョンマンだけではなく、コエモもオーシオも、話のオチが見えていた。
「でも……なぜか、みんな、私以外と仲良くできなかったんです!」
(……それはたぶん、君が頑張りすぎたせいだな)
「弟たちとその婚約者の関係も悪くなって……そのあげく、第一王子から『お前は私が第一王子だから結婚するのか、親同士、家同士の約束が無ければ結婚しないのか。弟たちと結婚するよう言われれば、素直に応じるのか』とか言われる始末で……」
(それはたぶん、自分の好きな子が、弟たちと仲良くしていて心中穏やかではなかったからでは……)
彼女としては、家族みんなで仲良くしたかったのだろう。
第一王子と結婚するのは当然として、弟夫婦たちとも親密でいたかったのだろう。
だが結果として、全員の矢印が彼女に向いたのだと思われる。
「最終的に妹は……女王陛下から『貴方がいると国が乱れます、出て行きなさい』と言われてしまって……!」
(酷い話なのに、ごもっともとしか思えない……)
「妹自身も仲が悪くなっていく……自分の前で互いの悪口を言いあう人たちに耐えられず、国外に脱出することにしたのです……」
ここで彼女の話を素直に聞けば、その女王がとんでもない悪人で、彼女を陥れようとした、という見方になる。
だがすこしひねた見方をすると、実際彼女がサークルクラッシャー的な振る舞いをしていたことを、女王が危惧した……とも思えた。
というか、後者にしか思えない。
「ちょっと、リーンちゃん」
「あ、はい、なんですか、オリョオさん」
なお、ここでオリョオがリーンに助言をした。
「今貴方は妹の話をしている体なのですから、ちゃんと自分も同行している、ということにしないと……」
「マン・マミーヤ! そうでしたわね!」
(遅いよ……そして聞こえているよ……)
マン・マミーヤ! と感嘆している声が思いっきり聞こえているので、内緒話になっていなかった。
だがこうされると、うかつに突っ込めなくなるわけで……。
「僕も、妹に同行したんです! 兄として!」
(じゃあその妹は今どこにいるんだよ……)
話は破綻したまま、取り繕いつつ、相互理解だけは深まっていく。
これが人間同士の政治、というものかもしれない。
「僕と妹は、女王陛下の手引きで国外に脱出したのですが……なぜか気付いたら悪党にさらわれてしまい、誰かに売られる流れになっていたのです。途方に暮れていたところを……オリョオさんに……」
「ちょ、ちょっと、私はオリョオじゃなくて……!」
「そうでした! リョオマさんに助けてもらったんです!」
年齢や出自を思えば仕方ないのかもしれないが、彼女が間抜けすぎるので、女王の策略で陥れられたのか、彼女自身の失態でこうなったのか、まるでわからなかった。
これはこれで、叙述トリックと言えるのかもしれない。
「神話の鎧を着て、山賊をばったばったとなぎ倒していくリョオマさんの姿を見て、僕は憧れまして……そのリョオマさんの師匠であるジョンマンさんに弟子入りしたくて来ました!」
「……それで、妹さんは?」
「はい! 妹とは別れました!」
いよいよ聞かなければならないというタイミングで、ジョンマンは質問をした。
それに対して、リンゾウは天真爛漫に酷いことを言った。
非実在の妹だからいいものの、実在していたらとんでもない兄である。
「ジョンマンさんのところは女性だらけなので、ジョンマンさんが気に病むから、弟子入りするなら男のほうがいいとのアドバイスをいただきまして!」
「はい、俺がアドバイスしたんだぜ!」
二人の話を聞いて、ジョンマンは少し悩んだ。
そうして、コエモとオーシオに質問を投げる。
「俺が悪いのかなあ……」
「ジョンマンさんは悪くないですよ……」
「そうです、叔父上に非はありません!」
「じゃあなんで、俺のところには女の子ばっかり……めちゃくちゃ外聞が悪いよ……」
姪はともかく、幼馴染の娘や良家の娘や他国の凄腕魔法使いとか公爵家令嬢とか、とんでもないのが集まりつつある。
これでは第二の人生が、ただれたものだと思われかねない。
「とはいえなあ……」
ジョンマンは、改めてリーン、もといリンゾウを見る。
仮に放り出した場合、速攻で捕まって、そのまま売りに出されるだろう。
そして……ほぼ間違いなく、ラックシップのところに流される。
「放っておいたら、ラックシップのところに売られそうだ」
「そうですね……」
「そうなるとしか思えないよね……」
そこまでは、コエモもオーシオも同意見だった。
だが……。
「もしもあいつが彼女を見たら、危険視して即殺すだろう」
ジョンマンと互角の実力を持ち、かつある程度の活力を残しているラックシップ。
彼が危険視する、という言葉を聞いて、コエモとオーシオは耳を疑っていた。
だがしかし、出そろっている情報の範疇で、納得できることでもある。
「……叔父上。まさか彼女が、ラックシップの拠点の人間関係もぐちゃぐちゃにすると?」
「それは確かに、ありそうだけども……」
「それならまだいいさ、最悪彼女はセサミ盗賊団を再興しかねない」
ジョンマンはとても嫌そうな顔で、きょとんとしているリーンを見ていた。
「あの子は、アリババやシムシムに似ている」
忌々しそうに、二人の男の名前を出していた。
それを聞いて、二人は硬直する。
「アリババって、アリババ40人隊の隊長のことだよね……」
「シムシムと言えば……セサミ盗賊団の頭目では……」
「あくまでも、気性が似ているだけだ。同じことができるとは思えない。ただ……その可能性を感じさせる。いや、俺達が勝手にそう想像するんだよ……」
悪意無き、無自覚な人たらし。
そういう気質の者は、周囲の環境とハマればとんでもない化学反応を引き起こす。
そういうことは、往々にしてよくあることだ。
「まあ、君達なら変にたぶらかされることもないだろう。変に警戒せず、仲良くしてあげてくれ」
それを危惧して、ジョンマンは弟子入りを認めていた。
そしてそれを、オーシオとコエモにもお願いするのだが……。
「……アリババとシムシムって、あの子みたいな人だったんだ」
「想像と違いますね……」
その二人はリンゾウを通して、ジョンマンやラックシップを率いていた男を想像してしまうのだった。




