マン・マミーヤ!
オーシオがジョンマンの元に戻ったのは、リョオマより先のことであった。
国王から期待されている、信頼されていると聞いて使命感に燃え上がっていた彼女は、喜び勇んで叔父の元に戻っていた。
「叔父上! オーシオはただいま戻りました!」
「あ、オーシオちゃん、お帰り~~! その顔、すっごく褒められたね!」
「そうなんですよ、コエモさん! 私、滅茶苦茶褒められて、期待されてると言われました!」
(なんでこの子たちは、ナチュラルに俺の家に来るんだろう……せっかく隣に寮を建てたのに……)
なお、叔父本人は、まずパーソナルスペースに踏み込まれていることに、複雑な感情を抱いている様子である。
「それもこれも、叔父上が予定を切り上げて、エインヘリヤルの鎧を授けてくださったおかげです!」
「いや~~……それはどうだろう……正直今でも悩んでるし……他の人から突っ込まれたら、反論の余地ないし……」
「そ、それがそうでもないんですよ! 割と客観的に!」
ちょっと早まったかな、と後悔しているジョンマン。
そんな彼に対して、オーシオは客観的な情報を持ってきた。
「実は私を狙って、ラックシップの部下が襲い掛かってきまして……私を捕まえて、叔父上から身代金をせしめようとしていたんです」
彼女は自信をもって、自分の道中に起きたことを話していた。
「奴らは必要最低限の修行だけして、エインヘリヤルの鎧の断片を身に着けて、私の前に現れたのです。今この瞬間の私より強ければそれでいい、と」
「え……卑怯じゃない?」
「ええ、卑怯者でした。実際、私がエインヘリヤルの鎧を身に着けたところ、一瞬で心が折れていました」
むふう、と自慢げになるオーシオ。
「もしも叔父上からエインヘリヤルの鎧を伝えられていなかったら……最初の段階で他のスキルを教わっていたらと思うと……ぞっとします。叔父上が最初からそれを見込んでいたことも……」
自分の教わっていたことが、理念の段階からして正しかった。
それを体感して、彼女は嬉しかった様子である。
「……そうなると、余計にラックシップが酷く思えるね。もっとちゃんと鍛えてから、エインヘリヤルの鎧を教えてあげればいいのに」
「いや、それは少し違う。アイツはアイツで、間違ってはいない」
一方でコエモは、ラックシップが考えなしにスキルをばらまいていることへ、不満を持っている様子だった。
だがジョンマンは、あえてそれを否定しなかった。
「オーシオちゃん。君もわかったと思うが、君を襲った連中の計画は『自殺』ではなく冒険だった。そうだろう?」
「……ええ。さっきも言いましたが、もしもエインヘリヤルの鎧を授かっていなければ……奴らの目論見は成功していたでしょう」
「それなら、十分だ」
「……奴らも、未熟ではない、完熟といいました」
「なんでも極めればいいってもんじゃないって話さ」
ジョンマンは、あえて自分の胸を叩いた。
「俺自身、エインヘリヤルの鎧を極めているわけじゃない。世界最高水準どころか、兄貴にさえ劣っていた。そうだろう?」
「……そうでしたね。貴方は複数回行動も、ティーム家には劣っています。おそらく、オリョオさんよりも」
「俺だってそいつらだって、『計画に必要な分』だけを修めた。それ自体は間違いじゃない、むしろ警戒に値する」
明確に目的目標を定めて、それの為に努力する。
それは十分であると、ジョンマンは認めていた。
「この分なら、オリョオちゃんも狙われたな。まあ彼女なら、よっぽどうまくやるだろうし、むしろ望むところだろうが……」
「そ、そうですか?」
「あの子にとっては、むしろ本懐だろう」
ティーム家の貪欲さを知るジョンマンは、彼らの本音を悟っていた。
「あの子は弱い者いじめをしたいわけじゃないし、初見殺しのジャイアントキリングをしたいわけでもない。互いに対策を練り合うような、真面目な勝負がしたいんだよ」
「奇襲が、真面目な勝負ですか……」
「たしかに試合ではない、でも勝負ではある……そういう価値観の住人だよ。まあ、悪人ではないさ」
コエモにもしていた話を、オーシオにもするジョンマン。
普段から同じ屋根の下にいて、同じ指導を受けていても、意外と分かり合えないものである。
そしてそれは、とても普通のことだと彼は知っている。
「ああ、そうそう。実はうちに新しい弟子が来てね……ミット魔法国のマーガリッティって子だ。なんでも国一番の学校の、特進クラスの首席だそうでね。この間の俺の禁呪を見て、弟子入りを志願してきたんだ。ちなみに、学校は辞めたらしい」
「それ、もめるのでは……」
「絶対もめるね。でもまあ、断ったらラックシップのところに行くと言っていたし……無理に帰すよりは、俺が預かったほうがいい。最悪の事態は避けられるさ」
マーガリッティという名前や、国一番の学校に通っていることを含めて、彼女は上流階級の中でも上澄みであるとわかる。
それがド田舎のFランク冒険者が預かっているなど、何が起きても不思議ではない。
そして……。
「俺が信用できないかい?」
「いえ、それはないです」
想定される種類の問題ならば、何が起きたとしても、ジョンマンにとって解決可能なことである。
「ま、とりあえずオリョオちゃんが……いや、リョオマ君が戻ってくるのを待つかね……?」
そろそろ彼女も戻ってくる。
そう思っていると、噂をすれば影が差す。
ジョンマンの家のドアを開けて、リョオマ姿のオリョオが入ってきた。
「ジョンマン様、ただいま戻りました! お父様やお兄様からも、大いに褒めていただけたのです! ジョンマン様の元で、より一層の指導を受けるように、言われてきました!」
「ああ、うん、そうかい……」
「行く途中でラックシップの部下に襲われたのですが、彼らも兵法を練り、私を討とうとしました! それを返り討ちにした快感は、忘れられません!」
「お、おう……」
「帰り道では……良くないと思いつつ、あえて治安の悪い道を通って、山賊たちを相手に狩りをして暴力を発散してしまいました! ケンカって楽しいですね!」
興奮しすぎて、言葉遣いが素になっているオリョオ。
もう男装しているだけで、演技さえしていない。
だがしかし、皮肉にも……。
「私、もっと強くなりたいです!」
今までで一番(悪い意味で)男らしかった。
「あ、ああ、そう……」
この問題に対して、ジョンマンはまったく無力であった。
(悪人ではないとはいったい……)
(悪いことはしていないんだろうけども……)
強くなったので暴れたい、というダメ人間。
殴る相手はちゃんと選んでいるらしいが、一歩間違えたらとんでもないことになりそうである。
あるいは、もう間違えているのかもしれないが。
「もちろん、現地の人からは喜ばれましたよ! その時に出自と師匠筋を明かしましたので、お家やジョンマン様の武名も上がっております!」
(俺の命令で潰したかのように振舞ってるぞ、コイツ……いやまあ、ティガーザの時点で大概だけども)
「それで、その時に……捕らわれていた女性……いえ、男性を助けまして!」
そして、間違いは加速する。
「その彼が、私と同様に……あっ!」
「ん?」
「俺と同じように、ジョンマン様の弟子になりたいと言ったのですだぜ!」
(遅いよ……)
もう突っ込むのも無粋なほどの、手遅れな男言葉演技。
それへの突っ込みが脳を支配していて、彼女の言葉が情報として入ってこない。
「それでは……入ってきてくださいだぜ!」
そうして入ってきたのは……。
「マン・マミーヤ!」
挨拶をすっ飛ばして、大声で感嘆しつつ、元気いっぱいに参上した、男装の女性。
例によって、体は豊満である。女性であることを、まったく隠せていない。
「どうも初めまして! 私はリーンと申します! オリョオさんの強さに憧れて、その妹分としてジョンマン様のお弟子になりに来ました!」
「り、リーンさん、駄目じゃないの……ここでは男装をしないと……」
「……ま、マン・マミーヤ! そうでした、すみません!」
(似たようなのが増えた……)
「僕の名前はリンゾウだよ! よろしくね! ジョンマン様!」
眼は切れ長で、どこかキツイ印象を与える。
一方で表情は柔らかく、人懐っこさが表に出ている。
高貴な雰囲気は、マーガリッティにも負けておらず……。
(俺、弟子にするなんて言ってないのに……)
押しの強さは、オリョオに並ぶのであった。
短くてすみません。明日続きを投稿します。




