モチベーションについて
リョオマとオーシオがいない間、コエモとジョンマンは基本的な鍛錬を続けていた。
一応第一スキルを習得したとはいえ、まだまだ未熟。筋トレが足りないので、しっかりと修行をしていた。
「はい、ここまで」
「まだまだやれますよ!」
「これ以上は逆効果なの! はい、終わり!」
エインヘリヤルの鎧を習得したからか、コエモは普段以上にやる気があった。
それ自体はいいことだが、ただでさえギリギリを攻めているので、これ以上は体を壊す。
ジョンマンは強く言って止めていた。
「ん〜……やる気は余ってますよ! ここからエインヘリヤルの鎧を装着して、模擬戦を!」
「俺が嫌だからだめ」
「そんな〜……」
「コエモちゃん、君エインヘリヤルの鎧を装着する口実を探してないかい?」
「だって今のところ、唯一の成果ですよ! 何度でもやりたくなるじゃないですか!」
「筋トレの成果だって、同じぐらいすごいんだが……」
言葉では諌めているジョンマンだが、彼女の気持はよく分かる。
今でこそ「第一スキル」に過ぎないが、習得した当時の興奮はよく覚えている。
そしてここで強く止めすぎると、やる気が無くなることもわかっていた。
「……まあ、それがモチベーションになっているのなら結構だけどね」
「頑張りますよ、私! いつか世界に漕ぎ出すために!」
「そうだったね、それが君の目的だ……他の二人は、けっこう違うからね」
モチベーションは、人それぞれ。
ジョンマンの弟子三人も、それぞれ動機やその性質が違う。
「オーシオちゃんは、使命感で燃えているタイプだ。この国のために頑張っていることに、充実感を覚えているんだろう」
「リョオマ君……じゃなかった、オリョオちゃんもそうですよね。ティーム家のために!」
「あ〜、いや、結構違う」
人生経験が豊富なジョンマンは、オリョオの本質を見抜いていた。
「あの娘は、自分のために頑張っている。家のためというのは、二の次……というより、同志という認識だろう」
「どう違うんですか?」
「あの娘はね、まず自分が強くなりたいんだ。強くなること自体が目的で、家の人もみんな同じことを思っているだけなんだ」
コエモにはわからないことだが、強くなること自体が目的という人間は確実に存在する。
「え……強くなってなにがしたいとかじゃなくて、強くなりたいだけなんですか?」
「まあ、強くなって他のやつを倒したい、とは思っているかもね。でもそれぐらいさ、そこから先なんて求めてないし、考えてすらいないだろう」
「それで、あの辛い修行に耐えられるもんなんですか?」
「それができるからすごいって話だよ」
強くなりたい、という考えは多くのものにあるだろう。
だが実際に、そのために頑張れるか、というと否である。
そのためだけに頑張れるというのは、それはそれですごいのだろう。
「私はそうは思えないけどなあ……私は強くなって、世界に出るのが夢だし……世界に出られないなら、頑張るのをやめちゃいますよ」
(そういう君も、結構すごいんだけどね……)
ジョンマンが思うコエモのすごいところは、いい意味でまったく競争意識がないことである。
他の二人と比べて明らかに劣っており、それを彼女自身も認めているのに、劣等感や嫉妬をまったく抱いていない。
目的地が違う、競合する夢でもないから当たり前かもしれないが、それでも意識さえしていないのはすごいことである。
(俺は兄貴と比べられて嫌な思いをしていたが……君はそういうのをわからないんだろうな……羨ましい)
周囲に影響されず、モチベーションを維持できる。
つまりは、腐らない心を持っている。
簡単なようで、難しい心であった。
「まあとにかく……君たちの修行は順調だ。このモチベーションを、今後も維持して……?」
ここでジョンマンとコエモは、人の気配を感じてそちらを見た。
そこには大きな荷物を背負い、杖を突きながらなんとか歩いてくる、美しい女性がいた。
「こ、ここが……アリババ40人隊の隊員……ジョンマン様のいらっしゃる道場ですか……?」
長く旅をしていたのか、服などはかなり汚れている。
彼女自身、ものすごく疲れている。
それでもなお、ジョンマンに向かって話しかけていた。
「貴方の噂を聞いて、弟子入りを志願しに参りました……ミット魔法国の……ぜぇ……マーガリッティと、申します……」
「とりあえず、荷物置いて休みなさい、ね。コエモちゃん、手伝ってあげて」
あまりにもくたびれているので、とりあえず休むように言うジョンマンであった。
※
マーガリッティを名乗る女性は、本当に疲れていたらしい。
コエモたちが使っている宿舎に荷物を降ろさせて、軽い食事を食べて、しっかりと風呂に入ったところ、彼女は猛烈な眠気に襲われて、それをジョンマンたちに訴えた。
特に断る理由もないため、そのまま使っていない部屋に案内し、彼女を眠らせた。
昼寝程度ですむかと思いきや、彼女はそのまま翌日の昼まで眠り続けたのである。
彼女は目を覚まして再度挨拶をするとき、とても恐縮したのは言うまでもない。
「あらためまして……ミット魔法国からきました、マーガリッティと申します……高名なるジョンマン様のお弟子になりたくて、ここに参上しました」
「ああ……うん」
「しかし……こうして同じ屋根の下で眠らせてくださったということは、お弟子として認めてくださったということでしょうか?」
「……いや、俺の家はこっちで、君が寝たのはそっちだから」
「……すみません、早とちりをしました」
微妙にズレたことを言うマーガリッティ。
ジョンマンとコエモは、二人揃って困っていた。
「あの〜、マーガリッティさん? なんで……」
「あ、お待ち下さい」
「へ?」
「申し遅れていましたが……大事なことを伝えておこうかと」
「はい?」
コエモが質問をしようとしたところで、マーガリッティは静止して自己紹介を続けた。
「私は14歳です」
「え、年下?」
「はい! 身長が高いせいか、それとも顔が老けているのか……年齢を間違われることが多いのです……でも私は14歳です、信じてください!」
20歳と言われても信じられる顔のマーガリッティだが、よくよく観察すると、すこし身長が低い気もする。
それに顔以外の部位は、年齢相応にも思えた。
「年下であるとわかったうえで、続けてください……」
「あ、うん……わかったよ。それで、なんであんなに疲れてたの? 馬車とかに乗ればいいじゃん」
「高名な方の下へ向かうのに、楽をしては心象を悪くするかと思いまして……不要でしたか?」
「ジョンマンさんは、そんなこと気にしないよ」
「そうでしたか……張り切りすぎてしまいました」
少しばかり恥ずかしそうにしているマーガリッティ。
どうやらやる気はたしかなようだが、空回りしているようである。
「ごほん……ミット魔法国といえば、このあたりじゃあかなりの大国だ。それに、このあたりと言っても結構遠いだろう? なんでわざわざ俺のところに」
「それなのです!」
ジョンマンのもっともな質問に、マーガリッティは食い気味に食いついてきた。
その質問をしてほしかった、と言わんばかりである。
「実は私、ミット魔法国で一番の学校で、特進クラスに入り、その首席だったのです!」
「……それはすごいな」
「ですが……うまく説明できないのですが、このままではいけないと思うようになりまして……長期休暇を利用して、一人旅に出てみたのです。その時、あの鯨とクラゲを見たのです!」
ジョンマンとラックシップの、強大な力の激突。
彼女も遠くから、それを見ていたというのだ。
「あれこそまさに、古代の禁呪! それを自由に使いこなす者がいると知って……いてもたってもいられず、学校を辞める旨を手紙として送り、そのまま貴方の下へ参じた次第です!」
「……聞くだに、もったいない気がするんだが」
魔法国で一番の学校に入り、その特進クラスに入り、さらにそのまま首席になったという。
それを捨てて自分の下へ来た彼女に、ジョンマンはもったいないと思っていた。
「私は学校始まって以来の天才ともてはやされました! 特進クラスの先生も、君はすごいと褒めるばかりで……ですが、その、あのままあそこにいても、私は満足できなかったのです」
「ああ……」
ジョンマンは、少々嫌な顔をした。
彼女がどんな人物なのか、だいたい把握したのだ。
ジョンマンは少し悩んだ。
いや、だいぶ悩んだ。
ものすごく困った顔をして、苦悶していた。
だがしばらくすると、もっと嫌な顔になった。
「ところで、もし俺に断られたら、どうするつもりだ?」
「その場合は……申し上げにくいのですが、ラックシップの下へ向かおうかと……!」
「だよな」
ジョンマンはマーガリッティの人間性をある程度把握していた。
それが間違っていないと確信すると、彼女に合わせて行動を始める。
「まずは……君の実力を確かめたい。話はそれからだ」
「そうですね、そうですよね!」
ジョンマンの返答に、マーガリッティは乗り気になった。
それはもう、待ってました、という雰囲気である。
「それじゃあ表に出てもらおうか……俺が直接、君の強さを確認する」
「望むところです! 学校で学んだことを、ここで出し切らせてもらいます!」
(すごい乗り気だけど……なんで?)
一方でジョンマンのような経験を持たないコエモは、なぜこうもトントン拍子に話が進むのか、まるで理解できないのであった。
※
ジョンマンとマーガリッティは、ジョンマンの家の前で対峙していた。
立会人は、コエモ一人である。
戦いが避けられないと察したコエモは、少しばかり未練を覚えていた。
「あの〜……どうせなら、私がやりたいんですけど……」
「君がやったら勝っちゃうだろ、それに怪我もさせてしまう。ここは俺がやるべきだ」
コエモもオリョオほどではないが、戦いを求めていた。
念願の新しいスキルを得たのに、全然戦えていない。
自分から襲われやすいところに行く、なんてことはないが、戦う機会を求めているようだった。
とはいえ危険であるし、そもそも彼女は趣旨をよく理解していない。
ジョンマンが何をやろうとしているのか、マーガリッティが何を求めているのかわかっていないのだ。
「……この私が首席と聞いても、貴方はお弟子が勝つと言い切れるのですね」
「それが不満なら、ルール次第で勝敗が決する、と言い換えようか? 君が強いとしても、コエモちゃんだって負けていない、俺が鍛えたんだからね」
「〜〜!」
ジョンマンの挑発に、マーガリッティは身を震わせて喜ぶ。
そうして、魔法の呪文を唱え始めた。
「オグラオグラオグラ……ムスメフサホセ」
「む……! スタンダードなエネルギー放出系か!!」
「キリタチ!」
刹那、マーガリッティから、地を這うような斬撃が放たれた。
それはジョンマンの前まで来ると急激に跳ね上がり、ジョンマンの股間から脳天へ切り裂こうとする。
「いきなり殺意の高い魔法を使ってくるな……」
「……一歩下がって避けましたか、流石です!」
文字通り相手を瞬殺する魔法だったが、それをジョンマンは最小限の動きで回避していた。
ジョンマンが避けていなければ、そのまま殺人事件となっていただろう。
それを思うと、コエモは少しばかり震えていた。
「オグラオグラオグラ……ムスメフサホセ……ヨクラム!」
ついで唱えた魔法は、複数発射され、どれもが大きく弧を描いていた。
ジョンマンに向かって直進するのではない。ジョンマンの死角に回り込むように、彼女自身が操作している。
複数の魔法の弾丸を同時に操作するとは、さすがの首席であった。
「今度は誘導弾……見事な精度だが、俺に死角はない!」
だがジョンマンは、両手だけでそれを撃ち落としていく。
圧倒的な身体能力による拳の風圧。
それは魔力の弾丸をこともなく撃ち落としていく。
「オグラオグラオグラ……ムスメフサホセ……モガークレ!」
エネルギーの奔流による衝撃波が、大地を巻き上げて周囲の視界を塞ぐ。
当然ジョンマンも、まったく前が見えなくなっていた。
「オグラオグラオグラ……ムスメフサホセ……トイフラ!」
それに合わせて、極太のエネルギーの塊が、マーガリッティの手から放たれた。
あまりにも巨大なそれは、ジョンマンの前方を埋め尽くした。
そしてジョンマンは、それを両手で抑えて止める。
「これだけの威力の魔法を連発できるとは、さすが……」
「オグラオグラオグラ……ムスメフサホセ……グレーユ!」
「さすが、首席だな」
ジョンマンが褒めるさなかで、マーガリッティは直進する閃光のような魔力の流れを放った。
それはまるで槍のように、先程放った彼女自身の魔力球を貫き、そのままジョンマンに襲いかかる。
「だが、まだ学生レベル」
それをジョンマンは、片手であっさりと受け止めていた。
「俺には、通じない」
「……!」
「それとも、今以上の何かがあるのかな?」
どうやら最後の魔法に、全力を注ぎ込んでいたらしい。
マーガリッティは、ここで地面にへたり込んでいた。
「私の、点数は、如何ほどですか」
「……それを、聞くか」
ジョンマンは少し悩んだあと、彼女が本当に必要としていた回答をお出しした。
「学校では100点だろうが、俺の基準では0点だ。速攻で叩き潰すのではなく、わざわざ呪文の詠唱を許してやったのに、それでも俺に傷一つ負わせられていない。これで他に、どんな点数をつけろと?」
「……!」
ジョンマンの厳しすぎる言葉に、しかしマーガリッティは満面の笑顔を見せていた。
(なんで?)
コエモは、いよいよ意味がわからなかった。
「〜〜」
そしてジョンマンは、ますます困っていた。
だがそれでも、彼は求められている言葉を言う。
「俺のところに来たのなら……俺の流儀で鍛えさせてもらう。今まで学んだことが、役に立つと思うなよ。それでもいいのならば……」
「ぜひ、弟子にしてください!」
「……いいだろう、末席においてやる」
「はい、先生!」
生涯の師を得たとばかりに盛り上がっているマーガリッティ。
そのモチベーションがどこから来るのか、コエモにはさっぱりわからなかった。
「あの、ジョンマンさん……あの子は一体どういうモチベーションで動いているんです?」
「一応言っておくが、被虐趣味とかじゃないぞ。あの子は……褒められることに慣れすぎているタイプだ」
理不尽に罵られたい訳では無いし、痛めつけられたいわけでもない。
あくまでも正当な理由で、客観的に納得できる理由で、ちゃんと怒られたいのである。
「あの子は本当に魔法の天才で、しかも真面目に努力できるタイプなんだろう。だから大抵の課題がすぐに終わって、なんの達成感もなかったんだ」
「それはそれで、きついような……」
「そうだよ……周囲からすれば羨ましいだろうし、本人もどうされたいのかわかっていないだろうが……必要性があるうえで、越えるのが大変な課題を用意してあげればいい」
「ああ、そういう……」
「ラックシップのところに行くと言わなければ、俺がここまでする理由なんてなかったんだが……はあ」
なれないことをする羽目になって、ジョンマンは弱っていた。
そしてその上で……。
「しかし……長期休暇の間に俺を見た、ねえ……」
彼女の指導者に、かなり同情していた。
「休み明けにでも……アレを教えるつもりだったんだろう」
「アレ?」
「……魔法使いの、奥の手さ」
そんなジョンマンの葛藤も知らぬまま……。
「ああ……学校をやめてよかった!」
自分の理解者に出会えて、自分の求めていた試練に出会えて、マーガリッティは運命に感謝していたのだった。




