覚悟が揺れる時
元アリババ40人隊隊員、ジョンマン。
冒険を終えて故郷に帰ってきた彼の第二の人生は、自分の培ったスキルを後進へ指導することであった。
今日も今日とて三人の乙女へ指導を始めようと、自宅の前で話を始める。
「それじゃあ今日は、予定通りに模擬戦や筋トレを……」
「叔父上、始まる前に少々よろしいでしょうか?」
普段はジョンマンの決定に、誰も文句を言わない。
だがここで、姪のオーシオが挙手をした。
「申し上げにくいのですが、明日からお休みをいただきたいのです」
「そりゃ別にいいけども……なんでだい?」
「王宮から招集がかかりまして……私が弟子入りしてからもう一年ほど経過していますので、進捗を確認したいそうです」
オーシオが休みたいと言った理由は、納得できるものであった。
だがそれを聞いて、コエモは少し驚いた顔になる。
「あ、そっか……私たちがジョンマンさんの弟子になって、もう一年なんだ……早いねえ」
「俺はもう少し後に弟子入りしたので、まだ少し先ですねだぜ」
筋トレと模擬戦ばかりの日々が、もう一年も経過していた。
そのことに対して、コエモはうんうんと頷いている。
「ついていけるのか心配だったけど、私思ったより頑張ってるなあ……あ、もちろん、ジョンマンさんの指導がいいからですけどね!」
「あ、うん……うん」
なお、ジョンマンはものすごく困った顔になっていた。
「そうか……進捗を見たいのか」
「まずいことがあるのでしょうか? 私自身、力をつけている自覚はあるのですが……」
「いや、それはそうだけども……」
リョオマもそうだが、オーシオは仕事でここに来ている。
一年も鍛錬を積んでいるのだから、それなりの成果が求められる。
筋トレと模擬戦しかしていないと言われればそれまでだが、それは鍛錬している当人にもわかりやすい成果になる。
なにせ、筋力が増しているのだ。どれぐらい強くなったか、ということに対して明確に回答を示せるだろう。
だからこそ、オーシオは困っていなかった。
「君が俺の弟子になって『こんなに大きな岩を持ち上げられるようになりました』と言われたら、王宮の人はがっかりしないか?」
「……それはまあ」
ジョンマンは『星命の維新』なる最強の技をもう見せている。
その弟子になっているオーシオには、それなりの成果が求められているのだ。
「ですが叔父上、明日には出ないといけません。それを止めるのですか? それは……まあできなくもないでしょうが……」
「いやいや、わかってるよ。君の立場も怪しくなるだろうしね」
ジョンマンがその気になれば、というか『まだダメ』と言ったら、それはそれで通るだろう。
一年でまともな成果が出ないと言えば、ごもっともであろう。
とはいえそれでも『途中経過の確認をしたい』という気持ちももっともである。
「ただ……よし、今日は予定を変更しよう」
ジョンマンはここで神妙な顔になった。
それを見て、三人は顔を引き締める。
「もう一年……区切りにはちょうどいい。思えば俺がこの町に帰ってきてから一年が経過したということ……」
節目だからか、ジョンマンは語り始めた。
彼は彼なりに、新しい人生を振り返っているのだろう。
「君たちはこの一年、本当に頑張った……すぐに投げ出すかもしれないと思ったけど、そんなことはなかった。昔の俺なら投げていたことを、君たちはまっすぐにがんばって……まったく、君たちは……君たちは」
ここでジョンマン、涙を流し始める。
「お、叔父上!? どうされたんですか!?」
「なんか卒業式みたいになってるんだけど!? 予定を変更って、そういう意味ですか!?」
「一体どうしたんですか、ジョンマン様だぜ!?」
「君たちの立派な姿を見ていると、君たちのお父さんたちに敗北感を禁じ得なくて……俺は男として、君たちのお父さんに負けている……うぅ……」
いつものように、自虐してしまうジョンマン。
三人の父親とは次元違いの実力を持ちながら、ただ立派な父であるというだけで劣等感を禁じ得ない。
ある意味素直な、ジョンマンであった。
「まあとにかく……君たちは立派になった。少し早い気もするが、ステップを進めよう」
気を取り直して、ジョンマンは宣言する。
「君達に、第一スキル『エインヘリヤルの鎧』を授ける」
その言葉に、三人は改めて震えていた。
アリババ40人隊とセサミ盗賊団、それらの標準装備であったという、最強の鎧。
元はそれを求めて、彼女たちはここにいるのだ。
「ジョンマンさん、それ大丈夫なんですか!? 私達、ジョンマンさんやラックシップ、それからハウランドさんに及んでないんですけど!?」
「肉体を究極の域まで高める必要があるとおっしゃっていたのは、叔父上では?」
「確かに君たちはまだまだ未熟だ、だが一定の水準はクリアしている。不完全ながら、会得することはできるだろう」
不完全ながら、最強の鎧を会得できる。
その言葉に、二人は震えていた。
「だが、デメリット、リスクはそのままだ。もしも君たちがこの鎧を着ている間に絶望をすれば、それこそ兄貴のようになる」
それを更に追加したのは、二人が実際に見た『神の粛清』。
全属性に対して完全耐性を誇る神の鎧を身に着ける者は、身も心も勇士でなければならない。
もしも絶望をすれば、勇士の資格を失ったとみなして、神がその肉体を再起不能にする。
それを二人は、実際に見ている。
「だからこそ……肉体を究極の域に鍛えてから……完全に会得できる段階になってからの方が望ましい。それでもいいのなら、今の君達に伝授を行おう」
「それは……俺も、いいですかだぜ」
不完全なままでもいい、習得をしてみたい。
次のステップを求めて、リョオマも前へ出ようとする。
「叔父上……ご配慮に感謝いたします。不十分でも、一年で出せる成果なら、ありがたいことです!」
「私も行きます! 今の自分がどれぐらいなのか、確かめてみたい!」
「三人ともか……じゃあ伝授を行おう」
三人の意思をくみ取って、ジョンマンは呪文を唱える。
「ラグナ……ラグナ・ロロロ・ラグナ。ワルハラ……ヴォーダーン!」
伝説に語られる呪文とともに、荘厳なる鎧が召喚される。
しかしいつものように、ジョンマンの体へ装着されることはなかった。
「普通ならそれなりの手間をかけて契約を行うが、習得している俺がいる場合は略式で済む。この鎧に、君たちが触ればいい」
「そんなんでいいんですか!?」
コエモが『そんなん』と言うのももっともだろう。
いくら何でも、神との契約にしては簡単すぎる。
「契約の仕方なんて、神はこだわらない。大事なのは、契約を守れるかどうかだ」
それに対するジョンマンの返答は、まさに勇士のそれであった。
その勇ましさ、潔さに三人は憧れてしまう。
「覚悟があるのなら、触るといい。だが今の自分に自信が無いのなら、それはそれで君たちの正しい判断だよ。だからこそ……自分で決めるんだ。他の二人を見て決めるんじゃない、自分で自分を見定めるんだ」
ここで退くのも勇気。
特にコエモなど、今挑戦する理由はまったくない。
だがそれでも、ここで退くようならば……。
そもそもジョンマンの弟子になることはない。
三人は生唾を飲みながらも、覚悟を決めて、手を伸ばす……。
「ちょっとまって」
それに対して、待ったをかけたのは……。
「やっぱ止めないか?」
ジョンマン自身であった。
「自分のことなら、リスクも上等だったんだけども……君たちが兄貴みたいになるかと思ったら……こう、胸と頭が痛くなって……!」
自分で言い出したことなのに、今更躊躇してしまう。
ある意味まともな人間であった。
「いやあでも……少なくともオーシオちゃんには必要だと思うし……身体能力は、オーシオちゃんが一番だし……彼女以外の二人は、いいかなあ……? ああ、でも、絶望したらと思うと……」
その葛藤に対して、三人は三人なりの反応をした。
「ジョンマンさん……私ね、ジョンマンさんがこの試練を言い出した時、嬉しかったんだ」
ジョンマンも言っていたが、地道に一年頑張るというのは簡単ではない。
いくら無料で、効率的で、しかも上達が分かりやすいとしても。
それでも、嫌になってしまうことはあるのだ。
「私は私の為に……成果が欲しいんだ!」
コエモは勇気を出して、手を伸ばす。
「叔父上の心配通りです。私には成果が求められる……それを持ち帰らない方が、私はよほど怖いのです」
オーシオもまた、覚悟を決めて手を伸ばした。
「俺は……俺は、これが欲しかったんだぜ……すごく、とっても、欲しかったんだぜ!」
リョオマは、むしろ欲をもって前に出る。
三人の乙女がジョンマンの鎧に手を触れた時、彼女らの背後に魔法陣が出現する。
そしてそれぞれの魔法陣から、それぞれの鎧が出現していた。
神話を再現するように、そのまま彼女らの体に装着されていく。
「……やっちまった感はあるが、それはそれとして」
後悔が半分、弟子の成長が嬉しい気持ちが半分。
ジョンマンは、三人の晴れ姿を見届けていた。
「それが君たち自身の、成長の成果だ」
「これが……エインヘリヤルの鎧!」
「父や叔父上が得た、最強の鎧」
「身体能力系最強スキル……それがわ……俺に!」
ジョンマンやハウランドは、全身甲冑という雰囲気であった。
肌の露出などはほぼなく、顔以外が完璧に鎧に覆われていた。
だが三人の乙女は、それこそ下級兵士のように、最低限の武装しかなかった。
「その装甲の少なさが、そのまま君たちの実力不足だ。三人とも未熟だが、その中ではオーシオちゃんが一番で、コエモちゃんがその次。そしてリョオマ君が最後だな」
完全に会得している者達からすれば、団栗の背比べ。
だがそれでも、オーシオの装甲が一番厚かった。
「……改めて、父の強さが遠かったことを知りました。ですが、それでも」
この一年でのたしかな成果を、オーシオはかみしめるように抱いていた。
「デメリットがそのままであるように、全属性への完全耐性もそのままだ。コレを着ることができた時点で、君たちはかなりの『堅さ』を手に入れたと言っていい。だが……知っての通り、この時点では無敵ではない」
気を取り直して立ち上がったジョンマンは、あえて一番装甲が少ないリョオマに声をかけた。
「リョオマ君。どうだい、これから先のステージを体験してみないか?」
「……ぜひだぜはい!」
ジョンマンの体に、荘厳なる、完全なエインヘリヤルの鎧が装着される。
その二人が対峙しているだけで、双方の格の差は歴然としていた。
だが実際には、見た目以上の差があることを全員が知っている。
「君のやりたいように打ち込んできていい。勝手の違いを、理解できるだろう」
「……だぜ!」
勢いよく、リョオマは前に飛び出していた。
それは本人が思ったよりも、ずっとずっと早い跳躍になっていた。
彼女はそれに興奮しつつも、握った拳を前に出す。
「はあ!」
「そうそう、まずは速度に慣れないとな」
鍛えた体を、強化の鎧で守る。
だからこそ、圧倒的な機動力を発揮できる。
それを求めていた彼女は、家伝の定石も忘れて、飛び跳ねながらジョンマンに挑む。
「おお~~! 凄いよ、リョオマ君! とっても速い! それに、音も重いよ!」
「ですが……神域時間は使わないのでしょうか? 彼女は……彼はそっちの方が本職なのに……」
観戦しているコエモは興奮するが、オーシオはむしろ怪訝そうだった。
なぜ彼女は複数回行動を使用しないのか、その気持ちが分からない。
「使いたいのですだぜ……でも、自分が速すぎて、タイミングがシビアなのよだぜ……」
それに対して、リョオマは悔しそうに答える。
彼女としても自分のスキルを試したいが、発動タイミングがシビアな複数回行動を何時使えばいいのかわからなかった。
「だろうな……本来複数回行動のスキルは、静と動……まあつまり、にらみ合いから一気に勝負をつける技だ。お互いに動きあう状況だと、タイミングがつかみにくい。だから……次のステージを見せてあげよう」
ジョンマンは集中し、第三スキルを発動させる。
「グリムグリム・イーソープ・ルルルセン!」
彼の双眸が燃えるように輝き、世界に色が付いていく。
濃淡などもあるそれは、リョオマの進行方向に現れていた。
「これはもしかして……俺の動きを予測しているのですかだぜ!?」
「その通り……俺が多少の配慮をすれば、第三スキルの習得を体験できるわけだな」
「ありがとうございますだぜ!」
第三スキル浄玻璃眼による、動きの予測。
自分の動きを可視化されれば、普通は困るだろう。
だがこの場合は、とても有効に働く。
「タケット、メット、カーラット!」
神域時間を発動させたリョオマは、高機動戦闘のさなかでタイミングを計る。
遅すぎず速すぎず、遠すぎず近すぎず、自分のリーチを考えながら突っ込んだ。
「1! 2! 3!」
目にも止まる早業。
完璧なタイミングで複数回攻撃を行ったリョオマは、その完璧ぶりに震える。
「お、俺は……俺は、これがしたかったのですだぜ! この美しい速さを手に入れたかったのですだぜ!」
「そうか、それはよかった」
自分は成長している。
それを体感しているリョオマは、そのまま大きく飛びのいた。
その彼女に対して、ジョンマンも動き始める。
「それじゃあ……もうすこし背伸びしてみるかい」
「ぜひお願いしますわだぜ!」
「それじゃあ……アルフー・ライラー……ワー・ライラー!」
止まっている者へ襲い掛かるのではなく、互いに高速で移動しながら……複数回行動で戦う。
ジョンマンが配慮して、自分と相手の動きの軌道予測を着色しているからなのだが、それでも傍から見れば……。
「これ……ジョンマンさんとラックシップの戦い、そのままだ」
「……そうですね。私達にはまだ無理ですが、リョオマ君なら、少しの配慮でできます」
お互いに移動しあいながら、時に目にもとまらぬ速さで、時に目に留まる速さで。
お互いが攻撃の軌道を予測しあうがゆえに、被弾することが無い。
そんなありえざる水準の戦いは、ほんの十秒ほど続いた。
それが、背伸びの結果だった。
「あ……!」
汗まみれになったリョオマは、地面に倒れた。
鎧を維持できず、先ほどまでのジャージ姿に変わってしまう。
「う……く……」
「君が体験したとおり、第一スキルと第三スキルがあれば『複数回行動の馬脚』のほとんどは解消できる。大抵の相手は、短期決戦で倒せるだろう。だが……体力の限界は、第四スキルが無いと克服できないな」
「……はい、身をもって知りました」
倒れているリョオマは、それでも嬉しそうだった。
「私の今の状態だけではなく、第三スキルを習得した場合の世界……そして、第四スキルの必要性も把握できました」
今のジョンマンは、平然と立っている。
身体強化と複数回行動、高機動戦を行いながら、それでも息切れを起こしていない。
それが才能ならば諦めるしかないが、努力でなんとかなるのなら絶望の入る余地はない。
「わかってもらえてなによりだ……それじゃあリョオマ君も、オーシオちゃんと同じように、実家に帰って成果を報告すると良い。きっと褒めてもらえるだろうさ」
「出来れば、さっきの視界を自分でできるようになってからにしたいですが……確かに顔を見せたほうがいいですねだぜ」
自分は正しい教えを受けている。
リョオマはボロボロになりながら、手にした力、目指すべき道に満足していた。
「それじゃあ二人も打ち込んでくるといい。浄玻璃眼が無くても、慣れていけばある程度のタイミングはわかるものさ」
「いいんですか!?」
「実戦は許可できないが、試合なら問題ない。これぐらいで絶望する君達じゃないだろう?」
コエモもオーシオも、リョオマに続いていた。
信頼できる師匠を得た喜び、そのもとで獲得した『強い自分』。
それを楽しむように、果敢に挑んでいく。
三人の乙女は、輝くような青春の中にいた。
※
その日の夜。
ジョンマンは自宅のベッドの上で、物思いにふけっていた。
「……やっぱり伝授するのが早すぎたかな」
取り返しがつかなくなってから後悔する。
それはそれで、立派な大人と言えなくはないのであった。
「もしも三人が絶望して、再起不能になったら……どうしよ~~……」
眠れない夜を過ごす、ジョンマンであった。




