人を肩書で判断してはいけない
ジョンマンとラックシップの二度目の激突から数日後。
ラックシップの部下の拠点に、接近する部隊の影があった。
近衛騎士団の旗を掲げる、豪華なる部隊。
誰もが新品の軍服と鎧に身を包み、整然と進んでくる。
その姿に、普通なら怖気づくだろう。
単なる無法者ならば、今すぐにでも逃げ出すに違いない。
だがラックシップの部下である面々は、むしろ大いに笑っていた。
「おいおい、懲りない連中だなあ……また人質になりに来やがったぜ」
「装備も上物、本人たちも見るからに育ちがよさそうだ……こりゃあ大儲けができるぞ」
近衛騎士といえば、普通に考えて国家最強の戦力であろう。
それはこのドザー王国でも同じことだ。
だがその権威は、もはや地に落ちている。
「前に来たセリダックもその取り巻きも……口では偉そうなことを言っておいて、俺達と戦ったら……」
「な、くそ……思ったよりもやるな! だが、この必殺の剣で……なにぃ!? 体が重い……何をした!」
「何もしてねえっての! すげえ普通にボコって終わったもんな!」
「しかも服をひん剥いてやったら……ははは! ぜい肉まみれの、ただの運動不足のオッサンだぜ?! それも全員がそうだぜ?!」
「アレが近衛騎士団だってんだから、前のハウランドって奴も大したことがなかったんだろうよ!」
事実の羅列として、先代はラックシップの部下に惨敗。
先々代にいたっては、弟と試合をして再起不能。
それで脅威に思えるわけがない。
それは民間人も同じ考えであるが……ラックシップの部下たちには、さらなる自信があった。
「俺達には親分からもらった、最高級の武具と最強のスキルがある! これがあれば、誰にも負けねえさ!」
「おう……あの最強神であるラックシップ様の弟子である俺たちが、負けるわけがねえ!」
「唯一ラックシップ様と互角のジョンマンも……怖くて手が出せないからな!」
ラックシップとジョンマンの力は、ほぼ互角。
これは当人たちが認め、クラーノが保証し……そして実際に全力でぶつかり合って実証されたことだ。
まさに天地を揺るがす衝突ではあったが、だからこそラックシップの部下は調子に乗った。
あの二人が戦うのは、たしかに命がけだと。
そんなこと、どっちもやりたがるわけがないと。
ジョンマンにしてもラックシップにしても、こんなちっぽけな国の為にそこまで頑張る理由がないのだ。
「これからは……俺達の時代さ。案外国家転覆も狙えるかもしれねえ」
「ひひひ、いい時代になったもんだ! この間までただのザコ、チンピラだった俺たちが、革命家様かよ!」
「さあ……どかんと一発、どでかい花火を上げてやろうぜ!」
下々の者は、下々らしくていい。
自分たちはあの二人からすれば、どうでもいい存在だ。
だからこそ、身の程を弁えて……この小さな国を、好き放題に荒らしてやろう。
彼らは、賢い悪党であった。
その賢い彼らの元へ、近衛騎士が迫る。
もはや名声が地に落ちた、威厳のかけらもない旗のもとに、こちらへ突っ込んでくる。
迎え撃つのは、もはや新しい秩序となりつつある、ラックシップの部下たち。
その戦いは、もはや戦いと呼べるほどのものではなく……。
※
決着がついたのは、数分後であった。
戦いが終わった後、拠点は完全に崩壊。
ラックシップの部下たちは、両手両足をへし折られて、地面に転がっていた。
先ほどまでの勢いはどこへやら、情けなく嗚咽を吐き出している。
それをやったのは、ただ一人。
近衛騎士隊長、ティガーザである。
近衛騎士の長となったティガーザは、一切スキルを使うことなく、ごく普通に突っ込んでいった。
彼が手を振るうと拠点が半壊し、彼に打ち込まれた剣はへし折れ、彼が指でなでれば手足が粉砕されていた。
ガオッカ王国からやってきた『最強の騎士』は、期待通りに犯罪者を捕縛したのである。
だがそれを成したティガーザは、とても不満そうにしていた。
その彼を、ミラキヨは称賛する。この国を脅かす悪党を討ってくれたのだから、当然の反応だ。
「流石です、ティガーザ様。貴方こそ、我が国を救う勇者です」
「嫌味か、それ」
変な話だが、彼は弱いものを倒すのが好きである。
圧倒的な実力差を見せつけて、調子に乗っている悪党をひねりつぶすなど、金を払ってでも請け負いたい仕事である。
にもかかわらず、彼は不満そうだった。
「はあ……情けねえ。悪党どもに苛立ちをぶつければ、少しはスカッとするかと思ったが……ちっともだ」
ティガーザは、空を見上げた。
今は平穏を取り戻しているが、彼の脳裏には『予想された破壊規模』が焼き付いている。
アレに比べれば、自分はノミと変わらない。
それを思うと、彼の自尊心は著しく傷ついていた。
「ごほん……ティガーザ様、油断は禁物です。貴方ならばラックシップ自身以外には負けないでしょうが……そのラックシップの元で長く修行を積んでいる者も多くいます。そ奴らが表に出れば、貴方といえども……」
「ねえよ、それはない」
そのティガーザに喝を入れて、前向きになってもらおうとした。
だがそれは、何の意味もないことであった。
「第五スキルさえ覚えていなければ……第四スキルまでなら、俺一人でどうとでもなる」
「そう、でしょうか」
「お姫様も見ただろう。俺はジョンマン様に負けるはずがなかった、第四スキルまでなら勝てるはずだった」
ジョンマンはティガーザに対して、第四スキルまでを発動させて戦った。
相手の攻撃を全部避けて、全力の攻撃を何十回も当て続けるという、無茶な立ち回りによる勝利であった。
「俺はな、今でも……格闘戦なら、ジョンマン様より強いと思ってるよ。それでも負けたのは、経験の差だ。っつうか……あのジョンマン様はな、スタイルとしての完成度が異常なんだよ」
「それは、どういう……」
「複数のスキルを同時に発動させて戦うことに、滅茶苦茶慣れてるんだよ」
スキルを習得するというのは、鍛えた剣士が強い剣を手に入れるようなもの。
もちろんそれはそれで強いが、強い剣を使いこなすにはそれなりの練習が必要だろう。
まして別系統のスキルを同時に発動させ、それを使いこなして戦うとなれば……。
相応の強度の敵と、何度も何度も戦うしかない。
「賭けてもいいぜ。ジョンマン様のところで修行積んでいる三人も、ラックシップのところで修行している奴らも……俺が現役の間に、あの域に達することはねえ。ジョンマン様の隙のない戦い方は……人生を賭して、熱意を使い果たして、それでようやく到達できる境地だ」
「……なるほど、それが世界最高水準ということですか」
その会話を、他の近衛騎士たちも聞いていた。
身震いするような、凄まじい境地の話であった。
だが話を聞いていたのは、倒れているラックシップの部下たちも同じである。
彼らは自分たちのことが、話題にも挙がっていないことに震えていた。
(くそ……くそが! なんでだ、なんでこうなった……近衛騎士なんて、雑魚じゃなかったのかよ……!)
(俺たちは天下のラックシップの部下だぞ!? それが……それが、こんなに……なんでだよ!!)
人を、肩書で判断してはいけない。
自分のことも、相手のことも、実力で判断するべきであった。
良くも悪くも、肩書で実力は変わらないのである。
※
さて、ミドルハマーの町である。
田舎の小国の、そのまたド田舎の町である。
その町の中で、最底辺の者達がいる。
Fランク冒険者である。
彼らは子供でもできるようなしょっぱい仕事をしていて、子供のお小遣いのような報酬を糧にして、なんとか生きている。
だがもちろん、彼らの人生には何もなかった。
ジョンマンのように、過去の栄光やそれに伴う財産があるわけでもない。
それが無い上で、ありふれた幸せすらつかめなかった者達だ。
彼らはとっくに自分を諦め、自分の人生を捨てている。
彼らはこれから先の人生なんて考えていないし、考える余裕も、気力もない。
上位冒険者やトーラが見下していた、どうしようもない最底辺の冒険者たち。
彼らは現在、一か所に集まっていた。
「……ダンジョンに、潜ろう」
一人がそういったことに、他のFランク冒険者たちは反論をしなかった。
「俺達Fランク冒険者は、ダンジョンに潜ることが許されなかった……実力が足りない、実績が足りない……そういう理由で、法的に許可されなかった」
ダンジョンの外で薬草採集をするよりも、ダンジョンの中で得られる資源のほうが、よほど実入りがいい。
だがFランク冒険者たちは、そのダンジョンに入る権利さえ与えられていなかった。
かれらはそれを、とてももどかしく思っていた。
「ヂュースをはじめとする上位冒険者たちは、いつも俺たちを下に見ていた。冒険者とは名ばかりの、最底辺の奴らだってな……だが、この前の危機で、奴らに何ができた? ほとんどの奴がラックシップの部下にやられて、ヂュースですらラックシップに歯が立たなかった」
そんな彼らに、転機が訪れた。
日々自分たちを蔑んでいた者達が、一気に失墜したのである。
「このミドルハマーを守ったのは……俺達と同じ、Fランク冒険者のジョンマンだ! あの、ハウランドの……できすぎた兄の、その落ちこぼれの弟だった、ジョンマンだ!」
いまさらだが、ジョンマンはミドルハマーの生まれである。
ヂュースとは特に縁があったのだが、他の冒険者にも若き日のジョンマンを知っている者はいた。
「あのジョンマンでさえ……あれだけやれたんだ……俺達だって、やればできるはずだ!」
現在のジョンマンは、まだ働き盛りの年齢でありながら、それでもやる気が消えている。
それは最深のダンジョンを攻略する際に、人生の気力をすべて使い果たしたからだ。
逆に言って……同年代でも、まだ何も成していない者達は、燃えるほどのやる気が残っていた。
「そうだ……見返してやろう、俺達の力を!」
「どうせもう、この町に高位冒険者は残っていない! 俺達を止めることなんて、誰にもできない!」
「そして大儲けをしたら、この町を飛び出して……ジョンマンのように、世界に羽ばたいてやるんだ!」
「俺達を軽んじていたギルドの奴らに、俺達の重要さを思い知らせてやる! 俺達を雑に扱ったことを、後悔させてやろう!」
青春に、遅いということはないのかもしれない。
とっくの昔に人生を諦めていた彼らは、いまこそ人生を取り戻そうとしていた。
「リスクが何だ、デメリットが何だ、コストが何だ! どうせ俺たちの人生は終わってるんだ、ここで逆転してやろう!」
「おおおおおおおお!!」
全員が、しまっていた武器を手に取った。
己を奮い立たせて、この町のダンジョンに突っ込んでいく。
それはまさに、冒険者そのものであった。
※
数日後。
ジョンマンは三人の乙女と一緒に、冒険者ギルドへ訪れていた。
Fランク冒険者であるジョンマンは薬草採取をするために、他の三人は彼を手伝うためである。
「本当にいいのかい? 薬草採集なんて、暇つぶしみたいなもんだよ?」
「それでも一応仕事じゃないですか~~。ジョンマンさんがお仕事をしているのに、私達だけ休むなんてできませんよ~~」
「こういう市井の仕事を体験するのも、意義があると思いますので。それに父の故郷でもありますから……」
「ジョンマン様にはいつもお世話になっていますから! こういう時でもお役に立てればと思います……だぜ!」
普通のFランク冒険者なら、憂鬱になるしょっぱい仕事。
それを暇つぶし感覚で請け負おうとする四人は、ある意味不真面目なのかもしれない。
そんな四人が冒険者ギルドに入ると、そこにはほとんど誰もいなかった。
「あれ……今日休みだっけ。コエモちゃん、何か知ってる?」
「おっかしいな……よっぽどのことが無いと、冒険者ギルドは休まないんだけど……」
ギルドマスターの娘であるコエモは、ギルドの事情に詳しい。
だからこそ、この状況に困っていた。
「あ、コエモ! 来たのね……」
「お姉ちゃん、なんでギルドに人がいないの? なんかあったの?」
コエモの姉であり、受付嬢であるトーラ。
彼女は困った様子で、コエモに状況を話していた。
「それがねえ……はあ……」
「いや、早く言ってよ」
「元々、高位冒険者はラックシップとその部下にやられちゃったでしょ?」
「うん」
「Fランクをはじめとする低位冒険者なんだけど……全員行方不明なのよ」
「……なんで!? 低位冒険者って、安全地帯で仕事しているだけじゃないの?」
「……止める人間がいないことをいいことに、全員でダンジョンアタックしたみたいなのよね」
低位冒険者が、集団でダンジョンアタックをした。
それを聞いて、ジョンマンとコエモは青ざめる。
そんな二人を見て、オーシオとリョオマは困っていた。
「叔父上、そんなにマズいのですか?」
「た、助けに行った方がよろしいのではないですかだぜ」
「いやあ……もう全員死んでると思う」
「あちゃあ……って感じ」
年中薬草採集しかしてこなかった輩が、ちょっと武装をしてダンジョンに突っ込む。
それはもう、冒険ではなく自殺であろう。
「なんでそんな無茶な真似を……あいつら、自分が弱いことを自覚しているだろうに……」
(大抵の人を強いと褒める叔父上が弱いというなんて……よっぽどなんだろうなあ……)
もはやこの町で唯一の現役冒険者になってしまったジョンマン。
彼の明日は、どこにあるのであろうか。
「あんな誰でもできるような仕事でも……仕事は仕事で、ノルマもあるのに~~! こんなことなら、もうちょっと優しくしておくべきだった~~!」
いやこの場合、この町の未来が問題なのであった。
たとえ低位の冒険者でも、その仕事には意味がある。
彼らがいなくなったことで、冒険者ギルドは大いに困るのであった。
だが嘆いても、もう遅いのであった。




