第四スキル
ティガーザは、ガオッカ王国において無二の戦士であった。
少なくとも本人はそう思っていたし、実際それだけの実力はあった。
ただ、実力相応に傲慢ではあった。
自分は人の何十倍も強い、何百倍も強いのだから、何百倍も厚遇されて当然だと思っていた。
その期待に、ガオッカ王国は応えられなかった。
言ってしまえば、過分だった。彼を必要とするほどの状況なら違ったかもしれないが、ガオッカ王国もそれなりに平和であったため、彼を厚遇しきることはできなかった。
それを彼は不満に思い、ガオッカ王国を出た。そして流れて、このドザー王国に来たのである。
幸いと言うか、彼は必要とされていた。
ティガーザがアレが欲しいこれが欲しいと言ったら、本当に出してくれた。
もちろん『ここから先は働いた分だけですよ』とは言われたが、それぐらいなら許容範囲である。
いくら傲慢な彼とて、盗賊ではない。強ければ働かなくていい、なんて考えはないのである。
とはいえ、自分とは別方向に優れたクラーノからの『罵倒』には耐えかねていた。
こうなったからには、そのクラーノが間違いであったと証明したのちに、この国を出て行ってやろうと思っていた。
だが……。もはや、ジョンマンへの悪感情はなかった。
クラーノに対しては少々思うところはあるが、もう少々である。
ジョンマンはかなり強く、かつ自分のことも見誤らなかった。
これだけの男なら、尊敬や崇拝に値する。あとは『自分よりも強い』という誤解を解いてやればいい……という認識に収まっていた。
「エインヘリヤルの鎧は、たしかに強い。強いからこそ、普通はそこで終わる。それを使いこなせば、満足する……よくある話だ。だがお前はそうじゃない」
ティガーザの言葉に、ミラキヨとオーシオは、思わず一人の男を思い出していた。
もちろん、かつてのハウランドも強いのだろう。だがこの男からすれば、やはり足りなかったのだ。
「エインヘリヤルの鎧を身に着けたうえで、かなり強力なスキルを三つも四つも習得している……強い、強いぜ。俺の故郷にも、俺以外でそこまでに達した奴はいなかった」
「それはどうも」
「だが! 俺には勝てまい!」
ジョンマンは、ティガーザに反論しなかった。
不愉快になることなく、静かに構えている。
「まず! 俺の攻撃力、防御力、速度はお前を大きく超えた! 俺は一発お前に当てるだけで倒せるし、逆にお前は何十発と当てなければならない!」
相撲のような数少ない例を除けば、格闘技には体重ごとに階級が存在する。
それは一対一の、素手での戦いをするにあたって、わずかな体重の差が大きな壁となるからである。
まして、何倍もの差があれば、勝負になるわけがない。
「ついで、お前にはいくつものスキルがあるようだが……絶対に回避できるわけでもないし、絶対に防御できるわけでもあるまい!」
ほかならぬジョンマン自身が、身体能力の差をもって、複数回行動の使い手たちを倒してきた。
これに浄玻璃眼が加わるとしても、絶対に回避できるとは言い切れまい。
「つまりだ……お前は、俺を相手に善戦はできても……勝つことはできん! 俺が攻撃し続ければ、持ちこたえられずに負けるのさ! 持てるすべてを出し切ってもな!」
「……持てる、すべて、ねえ?」
ここでようやく、ジョンマンは苛立ちを見せた。
「いろいろ言いたいことはあるが、だ。兄ちゃん、さっきから二度も恥をかいているんだ、行動で証明したほうが格好いいぜ?」
「そうだ……なあああ!」
ティガーザは、勢いよく飛び出した。
やはり、クラーノ以外では視認できない速度であった。
もちろん彼女は、それを見ることはできても、対応することはできない。
先ほどよりも飛躍的に向上した速度に対して、ジョンマンはやはり複数回行動を発動させる。
「複数回行動をしたとしても……相手を倒しきれなければ、結局攻撃を受けます。ジョンマン様は、どうやって凌ぐつもりで……」
その圧縮された時の中で、リョオマは解説をする。
そしてジョンマン自身は、大きく拳を振りかぶっていた。
「1!」
渾身のフルスイングが、突っ込んでくるティガーザの顔にめり込んでいた。
そこから更に、もう一つの拳も振りかぶる。
「2!」
渾身の一撃、再び。
おおきく振りかぶって、威力十分の一撃。
それがティガーザの顔にクリーンヒットする。
「3!」
最後は、顔面へのケリであった。
三回の行動を終えた時点で、圧縮された認識は正常に戻る。
その瞬間、ティガーザはのけぞり、わずかに動きを止めた。
「マジでいいスキルだな……だが! 力の差は、埋まらねえ!」
ジョンマンとクラーノの眼には、ティガーザの攻撃の軌道が予測として現れている。
それはジョンマンの全身を、すっぽりと飲み込むものであった。
通常攻撃でありながら、とんでもない範囲の攻撃であった。
ジョンマンは、やはりをそれを複数回行動で回避しきる。
それでもティガーザはうろたえることなく、突っ込んでいった。
「そのスキル、相手に自分の行動を教えちまう……それが欠点だな!」
「そうだな、だがそれを補うほどの利点もある」
ジョンマンは再び複数回行動を用いて、ティガーザへ強打を繰り返す。
一発一発が全体重を込めた全力の打撃、それがクリーンヒットすることで、力で大きく劣るティガーザにダメージを与えていた。
「……複数回行動ができるものは、ああいうフルスイングもできるのです、だぜ」
本来なら、その動きに希望を見出すであろうリョオマ。
しかし彼、彼女は絶望した顔になっていた。
「ですが、あれは『荒打ち』と呼ばれる動きです。推奨されない、不合理な動きです……だぜ」
「解説ありがとうな、お嬢ちゃん!」
リョオマが男装していることにも気づいていないティガーザは、大笑いしながら肯定する。
「だが、言われなくてもわかるぜ。その動きには、問題があるってな!」
ティガーザはあえて足を止めて、手を振りぬき周辺一帯を破壊する。
ジョンマンは全力での跳躍を複数回行動で行い、無傷で切り抜けていた。
「なあオッサン……それで俺を倒しきれると思うか? ああ!?」
複数回行動で対応したということは、回避の軌道が見えてしまうということ。
そこに向かって、ティガーザは突っ込む。
「全力で回避して、全力で攻撃して、それを何度も繰り返して!」
ジョンマンは、やはり回避する。
時折強打での反撃を行いながら、わずかに削りつつ身を守る。
「いつまで、もつ?!」
攻撃予測と複数回行動。
それによって格上の相手を、何とかしのいでいる。
それができるジョンマンは、やはり強い。
ティガーザは、どんどん彼を好きになって行く。
それでも、自分が勝つと信じて疑わない。
「全部避けて、全部当て続ける……机上の空論って言うんだぜ? それはなあ!」
ティガーザは猛攻を続ける。
被弾は恐れるに足らず、攻撃は一発で十分。
だからこそ、反撃をものともせず、ただ果敢に攻め続ける。
「お前のそれが最善なのはわかるぜ、大したもんだよ、オッサン! だがなあ……それじゃあ実力差は埋まらねえよ!」
※
数分後。
常人の眼には止まらぬ、あるいは止まる戦い。
ラックシップとジョンマンが最初に戦ったときと、ほぼ同じ時間が経過していた。
そしてジョンマンは、あの時と変わらず、無傷で立っていた。
もちろん、呼吸は一切乱れていない。
「が……はあ……!?」
そしてティガーザは、地面に突っ伏していた。
彼が言っていたことが、そのまま実現しただけのことである。
「……ティガーザ殿の攻撃を全部避けて、強打を何十回と当て続けた」
ミラキヨは、ティガーザ自身の言った『唯一の負け筋』が実現したことに、驚きを隠せなかった。
いや、クラーノ以外の全員が、驚嘆しきっていた。
ジョンマンは第五スキルを使わないまま、八割の力で勝ち切ったのである。
「そっか……そういうことだったんだ」
その一方で、コエモは納得していた。
いや、今更理解していた。
「私たちが見たあの戦いで……ジョンマンさんとラックシップは……エインヘリヤルの鎧を着て、複数回行動をして、浄玻璃眼を使って攻撃を避けていて」
あの時ジョンマンが発動させた第四スキル、その効果を認識したのだ。
「そして、二人とも疲れていなかった!」
オーシオの予測通りである。
直接身体能力が向上するわけではない、補助スキル。
それもやはり、第一、第二、第三と比べて『弱いスキル』であった。
「その通りだ、コエモちゃん。これが第四スキル……健康系最上位スキル『竜宮の秘法』だ」
持久力向上、疲労軽減、毒や麻痺への耐性、肺活量の増大。
つまりは筋力や骨格を強化するのとは、また別ベクトルの身体強化。
「俺の体は、鍛え方が違う。断食や粗食、呼吸法や健康体操、睡眠や自己暗示、高所訓練や水中での行。それらを繰り返すことで、俺の臓器は鍛えられた。まして、全力でエネルギーを注ぎ込めば、それは更に爆発的に向上する」
第一スキルを得るためには、筋肉や骨格を強化する。
第二スキルを得るためには、時間感覚を完璧にする。
第三スキルを得るためには、感覚を研ぎ澄ませる。
そして第四スキルでは、五臓六腑を練り上げる。
「俺たちが五年もの間、ダンジョンに潜り続けても死ななかったのは、この鍛錬あってこそ。もちろん限界はあるが、それでも鍛えていない奴とはスタミナの桁が違う。その俺に、体力勝負を挑むのは無謀だったな」
筋肉を意識して鍛えている者と、そうではない者に大きな差があるように……。
内臓を正しく鍛えている者と、そうではない者には大きな差がある。
いくらティガーザの方が若くとも、その差は歴然としていた。
「俺は疲れることがなく、お前だけが一方的に疲れていく。ヘロヘロになって行けば、苦も無く避けられるようになるのさ」
「それでも……それでも!」
もちろんティガーザも、それは途中からわかっていた。
彼はそれに気づいても、当てられると信じていた。
「それでも、俺が疲れ切るまでの間……お前は俺の攻撃をしのぐ必要があった。なのになんで、避けきれたんだ!」
ジョンマンの理屈が本当なら、ティガーザをしのぐ難易度はかなり下がる。
だがそれでも、依然難しいことに変わりはなかった。
「知れたこと……現役時代の俺は、常に下限値だった」
だがジョンマンにとって、難しいことではなかった。
「俺にとって戦場とは、俺と同じか、俺より強い奴ばっかりだった。そんな環境で戦い続ければ、自分より数倍強いだけの男一人に、負けることはあり得ない」
確かに、身体能力の差は大きい。
相手よりはるかに勝っていれば、他のスキルはさほどの意味を持たない。
だがそれは、何十倍、何百倍もあってこそだ。
数倍程度なら、他のスキルや経験で補える範疇である。
「ああ……コエモちゃん、オーシオちゃん、リョオマ君」
だからこそ、ジョンマンは今回の結果を教材にするほどの余裕があった。
「覚えておくといい。同じ系統のスキルを重複して覚えること、それ自体が無意味なわけじゃない。ただ、やっぱり別の系統のスキルを覚えた方がいい。難易度は上がるが、こういうふうな差が出る」
さて……少しずれたたとえであることは認める。
そのうえで、たとえ話をする。
ボクサーがレスリングを習う、あるいは空手家が柔道を習う。
そうすれば、ケンカの強さは増すだろう。
そうして多くの技術を学んでいけば、より強くなっていくだろう。
では、その行きつく先である『総合格闘家』は、他の専門家の何倍も強いのか。
他の格闘家の何倍も対応力があり、何倍もの人数に勝てるのか。
そんなわけがない、と総合格闘家本人が言うだろう。
実践的な考えである、武芸十八般。
これは剣術を十八流派覚えろという意味ではないし、槍術を十八流派覚えろという意味でもない。
剣術、槍術などだけではなく泳ぎ方や馬の乗り方、忍術までも覚えろということである。
より実践性を追求していけば、『格闘技』なんてものは一種類覚えておけば十分。他に憶えるべきものは、山ほどある。
これは、現代の武術家ともいえる、警察や軍隊が証明していることだ。
「この兄ちゃんが悪い見本だとまでは言わないが……新しいスキルへ手を出すとしても、基本となる五つのスキルを覚えてからのほうがいいぜ」
「わかりました!」
「お、叔父上の強さを疑ってしまった、自分を恥じるばかりです!」
「凄い……ここまで完璧に、神域時間の弱点を埋め尽くしているなんて!」
自分たちの師事する男が、こんなにも強い。
隙のない強さだとは思っていたが、ここまで隙が無いとは思わなかった。
三人の乙女たちはジョンマンを、尊敬に値する、素晴らしい師匠だと思っていた。
「~~~!」
その威厳ある姿に、もはやティガーザは言葉もなかった。
一方で、ミラキヨは……。
じろりと、クラーノを見ていた。
やはりクラーノだけは、まったく動じていない。
「貴方……こうなるとわかっていましたね?」
「はい、もちろん! だから言ったではありませんか、全然話にならないと!」
「それは……そうですが」
大変ムカつくが、クラーノの眼は確かだった。実際、まったく勝負になっていなかった。
ティガーザが見掛け倒しというわけではなかったことも含めて、試合の結果も『目視』できていたのだろう。
「……それなら、もう少し違う言い方をしてほしかったですね。この間のように、大げさな……?」
ここでミラキヨは、真に受けていなかった言葉を思い出していた。
「……クラーノ、聞きたいのだけど」
「はい、なんですか?」
「ジョンマン殿やラックシップが、何時でもこの国を滅ぼせるというのは……」
個人に国を滅ぼせる力があるのか、という質問。
それを言い終わるより先に、クラーノの顔が変わった。
その燃え盛る眼で、何かを視認していた。
「ジョンマン様……ジョンマン様~~! あちらを、あちらを!」
こと浄玻璃眼においては、ジョンマンさえ凌駕したクラーノ。
彼女の眼は、遥か彼方からの脅威を視認したのだ。
「あっちって……おい!」
そして、ジョンマンもまた、その方向を見て顔色を変えていた。
「ラックシップの奴……第五スキルを使う気だ!」
「ひ、ひぃいいいいい!」
世界の終わりが来たかのように叫ぶクラーノ。
そして脅威を明確に感じとったジョンマン。
二人だけが、わずかな未来を見通し、だからこそ困惑していた。
「ど、どういうことですか、叔父上!」
「多分だが、そこの兄ちゃん並みの実力者と戦ってやがるんだ。だから面倒になって、消し飛ばす気だ!」
ジョンマンもラックシップも、以前の戦いで第五スキルだけは使わなかった。
自分だけが使えるのなら、使って勝負を決していたかもしれない。
だが相手も使えるからこそ、うかつには使えなかった。だから、使わずに終わらせた。
互いに『のんびり』の一線を守ろうとしたからであるが……。
今のラックシップは、そうもいっていられない様子である。
「ジョンマンさん! 第五スキルって、何なんですか?!」
コエモの質問に、ジョンマンは緊張して応える。
「禁呪系最強スキル……『星命の維新』だ」




