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恐るべき者

 最終ダンジョン攻略後のことであった。


 当時35歳だったジョンマンは、まるで老人のようにやせ細り、疲れ切った顔をしていた。

 最後のダンジョンを攻略し、付近の人里でしっかりと静養をして、それでもなお人相が変わったままだった。

 5年もの、長期間にわたるダンジョン潜り。


 五つのスキルが無ければ生存できない地獄から生還した彼は、まさに亡者のような姿をしていた。

 その彼に話しかける老人が一人。


「……ジョンマン、気は変わらないか」

 

 ジョンマンと一緒にダンジョンに潜った男。

 であるにもかかわらず、彼はジョンマンほどの深刻なダメージは受けていなかった。

 顔を見れば彼の老齢もわかるが、肉体には力がみなぎっていた。


 特筆すべきは、その両腕。

 丸太ほども太く、たくましい。

 その腕を見れば、誰でも彼の名前に気付く。


 強腕のマゼラン。

 世界最大の大国、ウサー連合国の英雄である。


 軍務を退役した後にアリババ40人隊に参加した、比較的新顔のオールドルーキー。

 全盛期を通り過ぎてなおその実力は、アリババ40人隊の中ですら一軍となっている。


「気は変わらないのか、だと? またあの話か」

「そうだ……お前は、国に帰るんだろう」

「田舎の中のド田舎、故郷に帰るのさ。そんなに悪いことかね、まったく」

「……お前は、まだ、若い」

「そりゃあアンタからすればな!」


 ぎろり、とジョンマンはマゼランを睨む。

 老いてなお超人、老いてなお自分のはるか上。

 今回の冒険を経ても、なお健在な体の持ち主。


 一時は世界最高峰にまで上り詰めた実力者。


「俺に、ウサー連合国に行って、一緒に戦ってくれ、だと!? なんでそんなことをしなくちゃならねえ! ウサー連合国には、俺と同じくらい強い奴も、俺より強い奴もいるだろうが! アンタと同じぐらい強い奴すらもなあ!」

「それは、そうだ」

「じゃあなんで勧誘する! こんな疲れ切って、家に帰りたいって泣くような男を……なんで勧誘するんだ! 哀れみか!?」


 それに比べて、ジョンマンは余りにも凡庸だった。


「大英雄マゼラン様のお友達として、それなりにいい暮らしをさせてやるってか?! 栄光のウサー連合国で、それなりの出世をさせてやるってか?! まっぴらだね!」


 敵意さえむき出しにして、ジョンマンは吠えていた。


「……俺は、アンタのことを仲間だと思っている。仲間になった時期は遅かったが、それでもあの地獄の苦しみを耐え抜いた間柄だ。仲間じゃない、とは思ってねえ」


 その吼え具合こそが、若さだったのかもしれない。


「そのアンタからのお情けに、俺は甘えたくねえ。そもそも出世だのなんだの、今更だしな。だいたい、それ、他の奴にも言ってるんだろう?」

「もちろんだ」

「おいおい……」


 そこは嘘でも、お前だからこそ、と言って欲しくはあった。

 もちろん、言われたところで勧誘に乗る気はなかったが。


「……なあ、ジョンマン。お前達アリババ40人隊は、たしかに世界を知っている。それこそ、世界の最底辺から最上級までな」


 老友は、あえて迂遠な言い回しをし始める。


「だが、深くは知らないだろう」

「何が言いたい」


 だがそれも、長くは続かなかった。

 老友は、率直に勧誘する。


「端的に言うぞ。第一に、ウサー連合国にはお前と同じぐらい強い奴が確かにいる。だが、必要な数にはまるで足りていない。そしてその中では、お前達の方が頭二つ抜けている。だから、お前たちを必要としているんだ」


 ジョンマンは、それを否定しなかった。

 ただ無言だった。


「第二に、私たちがダンジョンに潜っている間に……セサミ盗賊団の残党が世界を荒らしているらしい。既に大きな被害が出ており、いくつかの国が滅びている。なおさら、対応が必要だ」


 これについても、ジョンマンは否定しなかった。

 だが、賛同はしなかった。


「それは、誰かほかの奴にやらせてくれ。俺はもう……うんざりだ」


 自分が社会から必要とされている、自分が誰かの役に立つことができる。

 だがその先にあるのは何か? 財産や賞賛、羨望や嫉妬。

 あるいは……?


「それにな、そもそも俺達は正義の味方じゃないだろう。セサミ盗賊団とぶつかったのだって、誰かから依頼を受けたわけじゃない。仕事じゃないのに、なんで責任を取らないといけないんだ?」

「正義の味方ではない……か」

「アンタ自身は、そうかもしれない。だがそれを、俺に押し付けないでくれ。特に……同じ地獄を味わったアンタから言われると、惨めになってくる」


 たとえばあの最終ダンジョンを知らぬ者から『もっと頑張れよ』と言われたら、ただ腹を立てるだけで済む。あの地獄を知らないくせに、何を偉そうに、と。

 だが同じ地獄を味わったマゼランからそういわれると、同じ地獄を味わったくせに『あんなのは大したことがなかっただろう?』と言われている気分になる。


 ジョンマンにとって、最後の冒険は擦り切れるに十分な地獄だった。

 それに耐えて、平気な顔をされると、耐えがたい。


「そうか……」

「一軍組を誘ったんだろう? そいつらなら、アンタみたいにやる気も残っているんじゃないか?」

「いや……アリババもそうだったが、他の誰もがお前のように故郷へ帰ると言ったよ」

「そりゃあ、アリババ本人はそうだろう。しかしそうか、トムですらそうか……」


 改めて、思う。

 やはりマゼランは、超人であると。

 一軍組の中ですら、抜きんでた心を持っていると。

 ただそれも、彼の個性に過ぎない。


「アンタ()、英雄だよ。俺は、アンタにはなれなかったし、なりたいとも思わない」

「そうか……すまなかった。私も、弱っているのだろう……安易な逃げに走った、許してくれ」


 アリババ40人隊は、たしかに強かった。

 ジョンマンたち二軍組ですら、ウサー連合国の精鋭として……精鋭の中のエースとして通用するほどだった。

 その彼らをウサー連合国に引き抜くことができれば、どれだけよかったか。

 しかしそれは、安易な発想だったと、マゼランは詫びる。


 マゼランは英雄だからこそ、徴用などできない男であった。



 Fランク冒険者として薬草採集をしているジョンマンは、ダンジョンを踏破した直後のことを思い出していた。

 当時は心底迷惑だったが、今ではそんなこともあったなあ、という気持ちである。

 それだけ、心の余裕が生まれたということだろう。


 彼の基準において、近所に自分と同じぐらい強い奴が一人いる、というのはのんびりの範疇である。

 後進を育てつつ、気が向いたら薬草採取をして暇をつぶす。

 晴耕雨読に近い生活を、彼は楽しんでいた。


(まあ、悪くないよな……俺が故郷に残っていても、きっとヂュース以上にこじらせていたさ。だからこうして外から帰ってきて、のんきな余生を過ごせるってのは……人生全体で見れば、いい方だろう)


 だがそれはそれとして……。


(でも! 本当はわかってるんだけども! 兄貴を素直に尊敬して、兄貴と同じぐらいに頑張っていれば……兄貴ほどの出世ができないとしても、結婚して子供を作ることはできたんだろうなあ~~!)


 自分の兄や幼馴染が、割と良好な家庭を構築していたことも、彼の劣等感を煽っている。

 これであの二人が娘の反抗期に悩んでいたり、あるいは妻との生活に悩みでもあったら……。

 やっぱ結婚は大変なんだなあ~~、と少しばかりの安堵をしていたかもしれない。

 だが実際には、二人ともまともな父で、まともに家庭を作っていたわけで……。


(マゼランも、ダンジョンに潜る前段階で孫とかいたしな……本当、アイツにもっと戦えと言われるのは、腹立つわ……持ってるやつが、持ってない奴にもっと戦えとか言うなよな……)


 軽い不機嫌を覚えつつ、彼は薬草採集をする。

 劣等感や愚痴が、呪詛にならない程度には、彼も今の状況に満足していた。


「ジョン、マン、さ~~ん!」


 その彼へ、声をかける者が現れた。


「……なんだい、コエモちゃん」

「そんな嫌な顔しないでくださいよ~~。私、ジョンマンさんのこと、探していたんですからね?」

「うんまあ、いいけども……それで、何かな?」


 存在そのものが面倒なリョオマや、本人に非はないものの厄介ごとの窓口になっているオーシオ。

 この二人と違って、コエモはそこまで面倒な弟子ではなかった。

 ただ、心の中で愚痴を言っていたので、それを邪魔されたのが気分を悪くしていただけだった。


「ジョンマンさんに、私は言ったじゃないですか。いずれ国の外に出て、いろんなところを冒険したいって!」

「ああ、その為に鍛えているんだろう? いい夢だと思うし、ちゃんとしていると思うよ」


 コエモのやっていることは、突き詰めれば『序盤の町でレベルマックス』という塩プレイである。

 じゃあそれをジョンマンがどう思っているかと言えば、全面的な賛成であった。

 ゲームで言うと都合が悪いのだが現実で言えば『学校でちゃんと勉強しています』に近い。あるいは、登山をするので訓練をしています、というものである。

 冒険は自殺ではないのだ、実力はつけられるだけつけたほうがいい。


「それを母や姉に言っていなかったんです。それを忘れていて、あらためて言ったら……」

「どうなったんだ?」

「すごく怒られました……」


 いずれはジョンマンのように町を飛び出して、国を飛び出して、海の向こうに行きたい。

 ジョンマン視点では素敵な夢だが、彼女の家族としてはたまったものではない。


「何を言ってるの、貴女はお父さんの後を継いで、この町をまもっていくんでしょうが! とか……。強くなっても出て行ったら、ミドルハマーの為にならないじゃない! とか……」

「まあ、それはそれで、立派なお母さんとお姉さんだと思うよ……うん」


 自分のせいで家庭内にトラブルが生じていたことを知り、ジョンマンはやはり申し訳なくなるのであった。


「でも! この町そんな価値あります!?」

「……それはまあ、ないと思うけども。でも俺にとっても故郷だし、君の家族だって……」

「そうじゃなくて、ジョンマンさんから五つのスキルを全部習得して、それで守るほどの町ですかってことですよ!」

「それは確実にないな」


 ジョンマンやラックシップのような異物が紛れ込んで麻痺しているが、本来この国を守るには第一スキルだけでも過分なほどだ。

 ましてこの町を守り発展させるためとなれば、労力の無駄も甚だしい。


「でも、母も姉もひどいんですよ? そんなこと言うのなら、出て行きなさいって!」

「俺もよく言われたなあ……」


 ぷんぷん、と彼女は怒っている。


「大体、私をこの町に縛り付けるくらいなら、他の低ランク冒険者を頑張らせればいいじゃないですか!」

「……それはね、難しいんだよ」

「え、どういう意味ですか?」

「ありとあらゆる意味で……」


 今更ながら、マゼランに悪いことをしたなあ、と思うジョンマン。

 頑張ってきたやつにもっと頑張れ、もっと役に立てというのは簡単で……。

 でも、頑張る気のない奴に頑張れというのは、滅茶苦茶難しいのだ。


「でもでも! それって冒険者ギルドの、本来の仕事じゃないですか!」

「……そうかなあ」

「そうですよ! 全ての冒険者を一人前に育てるって、憲章に書いてますから!」

「……そうなんだ」


 ジョンマンは知っている。

 憲章とは、創設者の切ない祈りであると。

 創設者の切ない祈りなんてものは、夏休みの宿題を初日に終わらせるという意気込み並みに意味が無いのだと。

 つまり、そんな意気込みをしている時点で意味がなく、本当にやる気のある奴は憲章とは無関係に成し遂げるのだと。


「叔父上~~! ここにいらっしゃいましたか!」


 そんなことを考えていると、オーシオが走ってきた。

 とても慌てた様子であり、申し訳なさそうな顔をしている。

 つまり、ろくでもない案件であることは確実であった。


「なに」

「も、申し上げにくいのですが……次の近衛騎士隊長の候補が決まったのです。国外からいらした実力者で、父上よりも強いとか……」

「そりゃあいるだろう。世界は広いんだ、国外には兄貴や俺より強いのがいても不思議じゃない」

「それで、その……!」


 オーシオは、引きつった顔で要件を言った。


「ここに来て、現国内最強である貴方を試したいと……」

「なんで?」


 一応言うが、ジョンマンはFランク冒険者である。

 近衛騎士隊長になったことはないし、何をやっているのか把握もしていない。

 なのになぜ、次の近衛騎士隊長候補から試されなければならないのか。


「その……国一番の冒険者であるクラーノさんが呼び出されて、ジョンマンさんやラックシップと比べてどうかという質問をして……」

「まさか」

「はい、ジョンマンさんやラックシップさんの方が強いと……おっしゃったそうで」


 ジョンマンは、頭を抱えた。


「でもさ、それでもいいだろ。別に俺より弱くったって、近衛騎士隊長は務まるんだし……」

「その、ご本人が、大変不服だと……」

「……そうだろうね」


 実は、一番厄介なのはクラーノではあるまいか。

 ジョンマンは、そう思うようになったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] …なんでまた前任隊長と同じ轍を踏ませようとしているのか…周りが止めろよ(苦笑) ジョンマンやラックシップの実力を疑っている時点で、彼等の所属していた組織を疑問視しているって事と同義だろうから…
[良い点] 近衛既視隊長
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