鍛錬しなければ何も解決しない
ジョンマンは現在、三人の弟子を取っている。
コエモ、オーシオ、リョオマの三人である。
現在彼は、全員に対して適切な重量のウェイトトレーニングを課し、そのフォームが崩れないよう指摘していた。
割と普通に、仕事だった。
スポーツジムのトレーナー的な、立派な仕事だった。
なのだが、ジョンマンの基準に置いて楽な仕事でもあった。
新しいことに挑戦しているわけではないので、心理的なストレスは小さいのである。
(オリョオちゃん……これで男装しているつもりなんだろうか……)
だが、心理的なストレスが無いわけでもなかった。
現在三人の乙女は、そろってジャージ……中性的な運動服を着ている。
なのでコエモやオーシオと同じく、ただ運動服を着ている女子にしか見えない。
(これで体形のことを指摘したら、セクハラになりそうで嫌だし……)
悪いことに、リョオマ、もとい、オリョオは三人の中で一番豊満な体形をしている。
おそらく彼女なりに努力して拘束しているのだろうが、それでも三人の中でかなり目立っている。
(コレ、俺が悪いのかなあ……どこが悪かったんだろうなあ……)
ジョンマンはオリョオにあってからの短い時間を、ゆったりと思い出していた。
自分が何か悪いことをしただろうか、言ってしまっただろうか。
(はあ……でもまあ、考えてみれば……三人とも同性というのは、面倒が無くていいのかもな)
とはいえ、である。
三人とも年齢が近く、同性である。
そのことが手伝ってか、さほど問題は起きておらず、全員で仲良く鍛錬ができていた。
これで弟子同士で問題が起きていたらシャレにならないので、最悪は避けられたと言っていいだろう。
そう思っているところに、また大勢の人が接近してきた。
「お久しぶりです、ジョンマン様! メンターとしての使命を、今日も果たされているのですね! 感激です!」
「……君か、クラーノちゃん」
まずジョンマンの前に現れたのは、もはやドザー王国最高峰の冒険者、クラーノである。
ジョンマンを崇拝している彼女は、一気に間合いを詰めて、その淡く光る眼で彼を見つめていた。
「はい! クラーノでございます! 先日いただきました訓練の結果……この通り!」
「……さすがだな、ずいぶんと上達している」
「そうでしょう、そうでしょう! ジョンマン様も、以前よりずっと威光が増しておられます!」
「気のせいじゃないか?」
「いえいえ!」
いろいろな意味で目を輝かせているクラーノ。
彼女が来た方向を見れば、それはもう大勢の人々がいた。
「……クラーノちゃん。あそこにいるのは、君の連れか?」
「はい! 偉大なるジョンマン様から、ご指導をいただきたいという冒険者の卵たちでございます」
「へえ……」
少しだけ、足を引きずっている中年の男性。
彼に続く形で、コエモたちと年齢の変わらない男女の子供たちが並んでいる。
アリババ40人隊だった彼にとって、懐かしい、ありふれた光景だった。
「元、一隊員だった俺から、わざわざ指導を受けたいと。一応言っておくが、ちゃんとした指導はできないぞ。いろんな意味でな」
「私にしてくださったように、浄玻璃眼について教えていただければ!!」
「……浄玻璃眼について?」
当たり前だが、ジョンマンはクラーノへ修行法を教えただけで、直接の指導は行っていない。
であれば、同じことが他の者にもできる……ということだろう。
「そういうことなら……まとめて教えたほうがいいか。コエモちゃん、オーシオちゃん、リョオマ……くん。全員、一旦やめてくれ」
「は、はい~~……」
筋トレの中断と聞いて、三人はウェイトを置いて脱力する。
適切な重量、適切なフォームによる負荷は、彼女たちの筋肉へ適切なダメージを負わせていた。
三人とも、すっかり疲れている。
「アリババ40人隊、ジョンマン殿。ご指導中、失礼します」
「先生はアンタかな? 俺はあいにく一隊員なんで、そう気を使わなくてもいいぜ」
「いえいえ、何をおっしゃいます。アリババ40人隊と言えば、世界の誰もが知る超有名人でしょう。まして我ら同じ冒険者にとって、憧れの存在でございます」
「実在は信じられてないがな」
教員との会話をした後に、ジョンマンは生徒の方を見た。
当然と言えば当然だが、ジョンマンに対して心酔や陶酔、憧れの眼は向けていない。
本当にこの人なのかな、と疑ってさえいる。
「アリババ40人隊の隊員……本当にいたんだな」
「セサミ盗賊団の残党だって言うやつが、ダイヤモンドレオを引きずっていくところ、俺も見たぜ。あいつと同じくらい強いんだと」
「クラーノさん、憧れてたのに……ちょっとがっかり……強い人に媚びを売るなんて……」
「本当に浄玻璃眼を教えてもらえるのかな……」
「すげえ大変だったらどうしよう……」
(俺の若い時よりずいぶんまともだな……)
私語全開の生徒達だが、在りし日の自分を思い出せば、相対的に大分マシであるとジョンマンは感じ入っていた。
昔の自分なら、『本当に強いのかよ~~』とか言って、殴りかかっていただろう。
(俺がそんなことされたら、とりあえず空に放り投げてやるがな……)
失笑しつつ、ジョンマンは自分のところの三人を見た。
聞く姿勢があるところを見たうえで、生徒達に対してまず証拠を見せることにした。
「グリムグリム・イーソープ・ルルルセン!」
呪文をとなえると、ぽう、とジョンマンの眼が淡く光り始めた。
それこそまさに、浄玻璃眼の証。
それを見た生徒達や教員は、わかってはいたものの驚いていた。
「浄玻璃眼は、優れたスキルだ。アリババ40人隊では標準装備であり、全員が使えていた。これがあれば……」
そういってジョンマンは、空を見上げた。
それに習って、三人の少女や生徒、教員も空を見上げる。
赤の濃淡で表現された、風の流れが視覚化されていた。
途方もなく広い範囲で、現在の風向きが視認できるようになっているのである。
「すげ……」
「うわあ……」
「俺は指導の関係で、浄玻璃眼を教えるのは三番目だと考えている。だが君たちが一番目に憶えたいというのなら、それはそれでけっこうなことだ。これを習得することができれば、君たちの生還率は大幅に上がる。このように視界へと着色できるようになれば、仲間の生存率も跳ね上がるだろう」
冒険者の卵たちも、ダンジョン内での『風向き』がどれだけ重要かわかっている。
モンスターが接近すればそれが揺れるし、隠し通路があればそこから風が漏れ出る。
それに気付けるだけではなく、周囲と共有できるのなら……。
その有用性は、計り知れない。
しかもこれは、ほんの一部。他にもいろいろなものを感じ取ることができ、可視化できるのだとしたら……。
何としても覚えたいに違いない。
「だが……強力な分、習得も難しい。とても苦しい修行を長期間にわたって、高いモチベーションを維持しながら行わなければならない。それができないのなら、習得は諦めたほうがいいだろう」
「いえ……いえ、ぜひ、習得方法を教えていただきたい!」
真っ先に声を上げたのは、教員だった。
彼は指導者として、より優れた学びを提供できるようになりたかったのだ。
「どれだけ辛くとも、その先に栄光があるのならば……!」
「よし、わかった。じゃあまずは、基本的なところから教えよう。それが出来たら、また来てくれ」
「はい!」
ジョンマンは広い世界から持ち帰った、もっとも効率のいい『浄玻璃眼』の習得方法を教員へ惜しみなく教えたのだった。
※
さて、数日後の塾である。
ジョンマンの元へ向かっていた教員は、彼から教わった初歩訓練を生徒達に課していた。
「……え~~……そのなんだ、ジョンマンさんから貴重なお時間をいただいたうえで、習得法を教えていただいたのだ。……私たちは、それを、無為にしないよう……頑張ろう」
塾の教室の中には、神妙な顔の教員と、切ない顔をした生徒たちがそろっている。
その彼らの前には、浄玻璃眼の基本訓練に必要な教材が、既に置かれていた。
『ものすごくマズいキノコと、それと見分けのつかない普通のキノコを用意して、二つを見比べる訓練をだな……』
『あの、それは……その、もうやっているのですが……』
『そうなのか、なら話は早い。まずそれができるようになってからだな』
前回と同じ、キノコの試験である。
何一つ変化はなく、失敗したら食べる罰ゲームもそのままであった。
『他にもやり方はいろいろあるが、これが一番効率的で安全だ』
つまり、アカホアコウの塾で教えていた授業は、世界全体から見ても最新で最効率だったのである。
いやあ、実に素晴らしい。ド田舎の国とはいえ、もっとも権威ある塾なだけのことはあった。
彼らの授業は、無駄ではなかったのである。
『浄玻璃眼を後天的に得るには、基本的にこれと同じ訓練を繰り返して、強度を段階的に上げていくことになる。筋トレと一緒だな』
今後彼らは、周囲の人から『バカなことをやってるなあ』と言われても、胸を張ってこう言えるのだ。
これはアリババ40人隊でも行われていた、もっとも正しい修行である、と。
『大事なのは、モチベーションだ。真面目にやってさえいれば、失敗しても問題ではない。そうして目に力を通す練習をすることになる』
なんとも丁寧なことに、ジョンマンは原理まで教えてくれたのだ。
『イメージとしては血管を通す……太くする感じだな。目に力を注ぐ管を太くすることで、大きなエネルギーを流しやすくすることができる』
『大きなエネルギーに目が耐えられるようになれば、浄玻璃眼が使えるようになるわけだ』
『先天的に浄玻璃眼を習得している者は、この管が生まれつき太いらしい。だから生まれながらに、浄玻璃眼を習得できている』
『マジの天才で、人類最高峰の才能の持ち主だな。そのうえこの国で一番のダンジョンに潜っていたんだろう? その間も、浄玻璃眼の基本能力が鍛えられていたはず』
『だから俺からちょっと指導を受けただけで、一気に上達したわけだな』
『今までも努力を惜しまなかった、天才中の天才を基準にするな。自分達も同じ速度で習得できる、なんて思うな』
『凡人が天才に追いつくってのは、そういうことだ』
筋力をつけるには、何度も重いものを動かさなければならない。
体力をつけるには、何度もへとへとになるまで力を使い切らなければならない。
頭が良くなるには、何度も勉強するしかない。
ならば目が良くなるには、目を鍛えなければならないのだ。
何もおかしなことは言っていない。
「私も生まれながらに、浄玻璃眼を持っていれば……!」
「クラーノさんがうらやましいよお……」
生徒たちは、改めて思い知った。
後天的に浄玻璃眼が習得できると知ったうえで、その難易度を知ったからこそ……。
クラーノがうらやましくて仕方なくなっていた。
(ま、まあ……勉強にはなったな……うん)
習得できると知られたうえで、なぜ習得者が少ないのか。
それを教員は、思い知るのであった。
努力はすべてを解決するが、努力しなければ何も解決しない……という真理であった。




