表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/83

旨い話、マズい話

 さて……冒険者にもっとも必要なスキルはなんであろうか。

 モンスターに殺されない技術? それは正しい。

 接近に気付く技術、隠れる技術、逃げる技術、どちらも備えてしかるべきである。

 ぶっちゃけて言えば、モンスターを倒す技術よりも優先度が高い。


 だが、一番ではない。

 仮にダンジョンから生きて帰ってきたとしても、それだけではなんのために入ったのかわからない。


 ダンジョンに入るのは、日々の糧を得るため、利益を得るため。

 つまり、ダンジョン内という極限状態で、価値のあるものを選別しなければならない。


 光っているから持ち帰ったら、ただの光っている石でした。

 強そうなモンスターの角だったけど、なんの役にも立ちませんでした。

 そうして赤字を出し続けて、装備を消耗して更新ができず、そのまま借金だけ残して引退。

 良くある話である。

 まあダンジョン内で食い殺されるよりはマシと言えなくもないが、借金を返す日々が明るく楽しいわけもない。


 それを避けるために、冒険者を育成する施設では、金目の物を見分けるための知識や経験を学ぶこととなる。

 収入に直結する重要な勉強なのだが、まあ楽しいものではない。



 アカホアコウ冒険者養成塾。

 国内最大のダンジョンを有する、アカホアコウだからこその施設と言っていい。

 ここでは極めて専門的な、冒険者として大成するための技術を学ぶこととなる。

 たいへんな倍率を誇るこの塾には、当然ながら意欲の高い生徒が集まっている。

 特に戦闘訓練については、並々ならぬ士気を誇っていた。


 なのだが、当然ながら、面白く思わない授業もあった。

 とても伝統的な『見分け』の授業である。


 生徒達には、二つのキノコが配られる。とても小さい、一口サイズのキノコである。

 生徒に配られるキノコは二種類あり、片方は無害でそのまま食べても問題ないキノコ。もう一つは、毒はないがすごく不味いキノコである。


 このキノコを配られた生徒は、図鑑などとにらめっこをしながら、この二つのキノコを見分ける。

 見分けは四種類あり、『両方無害』『両方有害』『片方が有害で片方が無害』となる。

 そこまでは普通だが、授業に緊張感を持たせるために……無害だと判断したキノコは生徒が食べる、間違っていたら有害とわかったうえで食べる、というルールがある。

 この訓練の重要なことは、ただ見分ける練習をするだけではない。見分けることの難しさ、その失敗が自分に降りかかることを学ぶという意味がある。


 今日も今日とて生徒達は、嫌々ながらもキノコの授業を受けるのだが……。

 ここ最近、これを真面目にやらない生徒が増えてきていた。


「はあ……俺にも浄玻璃眼があれば、この授業で悩むことないんだけどなあ……マジで不味い上に、ちゃんと食べないといけないもんな……」

「実際、浄玻璃眼を持っているクラーノさんは、一度も外したことが無いんだって!」

「いいよなあ、天才は……」


「ねえねえ、聞いた? アリババ40人隊やセサミ盗賊団では、全員が浄玻璃眼を使えたんだって!」

「知ってる知ってる! この前ここのダンジョンに来たラックシップも、ミドルハマーとか言うド田舎にいるジョンマンも、どっちも使えるんだって!」

「天才だけが生まれ持つレアスキルじゃなくて、練習すれば誰でも使えるスキルなんだと!」

「すげえなあ……世界って、広いんだなあ……」


 普段は真面目な生徒たちが、私語をまったく慎んでいない。

 勉強で大事なのは、モチベーションである。

 ここで強く注意をしても、彼ら彼女らのやる気は戻るまい。

 それに加えて、教師自身も同じ気持ちになっていた。


(やはり……頭を下げてでも、聞きに行くべきか?)


 指導をする教員、中年の男性。

 彼もまた若き日にはダンジョンに潜っていた、元冒険者である。モンスターとの戦闘で重傷を負い、前線を退いた身ではあるが、やはりアカホアコウの塾で授業を受けていた。

 このキノコの授業も、当然受けている。文字通り、苦い味が口によみがえるほどだ。


(俺もなあ……それを先に知りたかったなあ……)


 生徒がやる気を出さないことに、納得と共感しかない。

 彼自身とて、もっと早く知りたかった。


 訓練次第で、浄玻璃眼を習得できる。

 生徒の意識がそちらに向いても、とがめられることではない。


(学びは常に更新するべき……少なくとも、真偽は確かめたいな)


 かくて塾の教員を務める男性は、浄玻璃眼の習得方法について調べることにした。

 彼とて指導者、生徒へ不毛な努力をさせたいわけではない。

 自分が辛い目にあったのだから、生徒にも同じ目を合わせたい……なんて考えていないのだ。


「まずはクラーノを頼るか……あいつは復帰を目指して、鍛錬を再開したらしいしな」



 さて、クラーノである。

 国内最高の冒険者であった彼女だが、その生活はダンジョンを中心にしている。

 ダンジョンにほど近い宿舎、その中の一室で彼女は生活している。

 もちろん、それなりには広い。たとえるのなら、すこし高額なマンションであろうか。

 その一室で、彼女は訓練を積んでいるという。


 教員の男性は、ノックをしたうえで、その部屋に入っていた。


「クラーノ、入っていいか?」

「先輩ですね、どうぞ……」

「おう……おおっ!?」


 入って早々に、度肝を抜かれた。

 彼女の部屋の中に、うすい赤の煙が立ち込めていたのである。

 一体何事かと思って、うろたえてしまった。


「おいおい、クラーノ! お前、なんかヤバい薬に手を出していないよな?」

「見えている、ということですね、先輩」

「ああ、この煙、なんだよ……ってうぉ?!」


 その部屋の中にいたクラーノの両目は、燃えるように光を放っていた。

 普段からほのかに光っている彼女の眼だが、今は明らかに光が強まっていた。


「なんだ、何をやってるんだ、お前!」

「なにとは……浄玻璃眼の訓練です。訓練法は、ジョンマン様に習いましたので、しっかりと訓練をしております!」

「そ、そうか……」

「なにせ私、ジョンマン様から頑張れと言われたので!」

「おう……」


 どうやら、訓練をすると目の光が強くなるらしい。

 ある意味当たり前の話なのだが、前情報なく見ると驚いてしまう。


「で、目が光っているのはその訓練だとして……この赤い煙はなんだ? 何の関係がある?」

「これは……私の視界ですわ」

「は?」


 赤い煙はなんですか? 私の視界です。

 正直、まるで意味が分からない。

 彼女自身も、どう説明していいのかわからない様子でさえあった。


「そうですね……以前先輩からも言われましたよね、お前は世界がどういう風に見えているんだ、と」

「ああ、お前はなんでも見抜けるからな。だから……って、これはそういうことか?」

「はい。私はいつも、世界がこういう風に見えています。今先輩が見ているものは、具体的には気流ですね」

 

 気流を視覚できるようにすれば、煙のようになる。

 なるほど、わからないでもない理屈だった。

 よくよく観察すれば、窓や扉の前では出入りをしており、部屋の隅では停滞をしている。

 これが空気の流れの視覚化なのかと、彼は感じ入っていた。


「これが見えれば、隠された扉や、あるいはガスなどの罠も見分けられるわけです」

「それはわかるが……いや、凄いな」

「練習を積んだ結果、常人にも見えるように『着色』し『維持』できるようになりました。はあ……さすがはジョンマン様! その教えは、とても素晴らしいものですわ!」


 そういって彼女は、全方見聞録を両手で掴み、恭しく掲げていた。

 もちろん、ジョンマンの名前が全く書いていないことは、彼女も承知である。

 それでも彼女は、まるで信仰の対象であるかのように、まばゆく見上げていた。


「……凄いじゃないか、これなら仲間へ情報が共有できる。弱点を看破した場合も、そこに色を付けられるわけだしな」

「ええ。攻撃の軌道なども、練習すれば可能になるとか……」

「お前はやっぱり……」

「ですが、さすがはジョンマン様! あの方は罠などを見るだけではなく、文字通り見破ることもできるとか! にらんだだけで虚飾をはぎ取り、幻覚や変身術を使用不能にすることもできるとか! やはりステージが違います!」

「……うんまあ、凄いと思うよ」


 実際、この技術が普及すれば、社会自体が変革しかねない。

 今までは浄玻璃眼を持っている者との情報共有が難しかったが、今後はスキルを持つものが一人いるだけで、全員が浄玻璃眼を持っているも同然となる。

 現在の彼女に限っても、有用性はうなぎのぼりだろう。


 コレの更に先があるというのだから、ジョンマンを崇拝する気持ちもわかる。


「ところで……お前が現役復帰を決めたのは嬉しい。そのお前に聞きにくいんだが、肝心の習得法は習っているのか?」

「習得法? つまり後天的に浄玻璃眼を身につける方法ですか?」


 少なくともジョンマンは、生まれながらの浄玻璃眼持ちではない。もしもそうなら、彼の人生はまた違っていただろう。

 であれば、彼は訓練によって浄玻璃眼を獲得し、天才であるはずのクラーノを越えた域にまで達したのだ。


「聞いてません」

「ま、まあそうだろうな……」


 先天的に獲得しているクラーノに対して、彼がわざわざ教える必要がない。ましてクラーノが、自主的に聞く理由がないのだ。

 これには、教員も納得するほかない。


「それじゃあ……聞いたら教えてくれると思うか?」

「今のあの方も、立派なメンター! 先輩もきっと、大いなる学びを得られると思います!」

「おう……」


 ラックシップを見て、すっかり性格が変わった彼女。

 そこからさらにジョンマンを見て、さらにさらに性格が変わっていた。

 根っこにある勤勉さは変わっていないが、けっこう言動に影響が出ていた。


「だってあの方は、世界最高の冒険者集団、アリババ40人隊のメンバーなんですもの!」

「……そうだな、その通りだ」


 とはいえ、何がおかしいというのか。

 ジョンマンこそ、世界最高の冒険者集団の一員。

 本来ならば冒険者の頂点として、世界中の冒険者から崇拝されてしかるべき人物だ。

 あるいはアリババ40人隊の活躍していた地域では、実際にそうなっているかもしれない。

 よって……クラーノが崇拝する気持ちは、教員にもよくわかる。


「クラーノ……俺達は、結局冒険なんてしていなかったのかもしれない」

「どうしたんですか、先輩」

「アカホアコウのダンジョンは、たしかにこの国で最大のものだ。ここに潜れるものは、選ばれた者だけ。俺もその一員だったし、相応の実力もあった。だが……とっくに踏破され、調査のされたダンジョンだ。そこに何度も潜っていた俺たちは……冒険をしていたと言えるか?」


 ミドルハマーにはSSSSランクを名乗る、ソロで15階層まで踏破した冒険者がいるという。

 10階層までしか調査されていなかったが、彼は独力で残りの5階層も踏破し、最奥の宝を得て帰還したのだ。

 これは、冒険したと言えるだろう。謎に包まれていたダンジョンの奥に、未踏の地に踏み込み、最奥にいたり、帰還したのだから。


 彼がこのアカホアコウの地で活躍できるとは思えないが、それでも十分尊敬に値する。

 羨望に、嫉妬に値する。


 彼と比べてさえ、自分は惨めだ。

 まして、世界最大のダンジョンの最奥から生還した男に対しては、もはや同業者を名乗ることが恥ずかしいほどだ。


「……そうですね。私にとっての冒険は、アカホアコウのダンジョンに入り、その仕事に慣れた(・・・)時点で終わっていたのかもしれません。成し遂げた冒険など、実のところ一つもないのかもしれません。他の人の功績を、なぞっていただけかも……いえ、そうなのでしょう」


 とても冷静に、クラーノは認めた。

 命の危機はある、そこに踏み込んで帰還する実力はある。

 だが、冒険ではない。最初は冒険だったかもしれないが、今はもう冒険ではなくなった。


「……クラーノ、俺も敬意をもって、崇拝に近い気持ちで、彼に会うよ。きっと、それが正しいんだ」


 彼女の言動に引いていた教員は、それを恥じた。

 彼女が正しい、そう信じて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 冒険者は冒険しちゃいけない(ダンまち
[良い点] こうして見るとヂュースは一端で一人前の立派な社会人だったんだと分かりますね。 作品の趣旨と違うし、読者からの需要はないだろうけど、劣等感を乗り越えた姿で再登場して欲しい。
[良い点] 実力は関係無い、未知へ踏み出した踏み出した一歩こそが偉大なのだ、ってか。 尚、其の末路。 [気になる点] 結局の所は環境なんかね。 [一言] 立派な大人と言う、嫌すぎるフラグ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ