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帰宅

 世界を股にかけると言っても、本当に世界中を股にかけて大冒険した者などそういない。

 世界に点在するあらゆるダンジョンを踏破した、という者もまずいない。

 まして、世界でもっとも深いとされる『底なしの大ダンジョン』の底を確かめたものなど……。

 この世界、否、歴史上一組しかいない。


 大冒険団、アリババ40人隊。

 文字通り四十人からなる、冒険者たちの一団。

 運命に導かれるように、世界中から集まった彼らは、その情熱と若さ、冒険心と団結力、そして圧倒的な戦闘能力をもって世界中を巡り……ついに、伝説の大ダンジョン『無間地獄』の最奥にたどり着き、生還を果たしたのだった。


 そう、帰ってくるまでが冒険だというのなら、生還をもって彼らの冒険は終わったのだ。

 世界中にその名前をとどろかせたアリババ40人隊は、満了の解散を迎えたのである。


 さて……アリババ40人隊は、再度言うが『40人』からなっている。

 どういうことかというと、いかに名声をとどろかせたとはいえ、全員が有名になるなんてことはないのだ。

 リーダーであるアリババは言うに及ばないが、ドン・キホーテやトム・ソーヤ、ガリバーやシンドバッドのような『一軍組』。あとは冒険譚を本にしている、シェヘラザードやマルコの二人ぐらいであろう。

 他の面々はたまに本に出るぐらいで、よほどコアなファン以外は覚えていない。

 そして本に名前も出ないような者さえ、当然のように在籍している。

 

 そのうちの一人、ジョンマン。

 栄光のアリババ40人隊において二軍に過ぎなかった彼が、まさに冒険を終えて帰ってきたところから、この物語は始まる。



 ジョンマン、40歳、男性。ドザー国出身の、独身男性である。

 15歳の時に故郷の街から旅立ち、多くの苦労や困難を経て、アリババ40人隊に合流する。

 その後仲間たちと共に10年以上も冒険をし……そこからさらに故郷へ帰ってくるため、一人での孤独な旅をして帰還したのだった。


 旅立つ前は野心溢れる若者であった彼だが、25年という歳月の冒険は、彼をすっかりくたびれた中年男性にしていた。


 世界中を旅して各地の有力者とコネを得て、仲間からの信頼も厚くなっていた彼だが、それでも『余生』は故郷で過ごしたいと思って帰ってきたのだ。

 25年経過しても、故郷であるミドルハマーの街並みはそこまで変わっておらず、感動さえしていたのだが……。

 実家に帰ってみると、思わず肩の力が抜けていた。


「……は、売り家?」


 若いころの記憶と変わらない場所にある、石造りの一軒家。

 父と母、兄と自分の四人で肩を寄せ合って過ごしていた『家』。

 そこが、売り家になっていた。


 いわゆる街中から外れたところにある、安い物件。

 そこには誰も住んでおらず、また看板に『売り家 所有者『○○不動産』』と書かれていた。

 まあつまり、良い方向に考えても、家族は引っ越した後のようであった。


 さんざん苦労したためしわのある顔を、さらに曇らせて、彼は深くため息をついた。

 しかしそうもしていられないので、『実家の所有者』の場所へ少し歩くことにしたのである。

 せっかく帰ってきたと思ったのに、まだゴールではないと知って疲労は更に濃くなった。

 それでも彼は、ミドルハマーの中央通りに向かって歩いて行ったのである。


 当然だが、その中央通りに実家を所有している不動産屋はあった。

 旅の過程でとんでもなく汚くなった彼が現れたことで、不動産屋の店主はとても嫌そうな顔をする。

 しかし、不動産屋である。ここが飯屋なら物乞いかと思うところだが、乞われてくれてやるものもないので、店主は接客をした。


「その大荷物に、くたびれた格好。みるからに旅人の様子だが、なんだって不動産屋に来たんだ、宿屋に行ったらどうだ?」

「旅から帰ってきたところなんだよ、察してほしいね」

「それなら自宅に行けばいいだろう」

「その自宅が売り家になっていてね……まあ仕方ないから、買いに来たんだ」


 そういって、ジョンマンは懐から大きめの金貨を十枚程取り出す。

 それをみて、ほほう、と店主は目の色を変えた。


「町はずれの、城壁の外にある、小さな家だ。アレを買うには、これで十分だろう?」

「そりゃまあ、そうだな……ああ、一括で売らせてもらうよ」


 いつの世も、現金一括は喜ばれるものである。

 相手が貧乏に見えたのなら、なおさらだ。


 不動産屋の店主はジョンマンを椅子に座らせると、手続きをしようと書類を探し始め……。

 その物件の情報をみたところで、ああ、と思い出していた。


「アンタ、家出した弟か」

「なんだ、有名なのか? 珍しくもないだろう、街を出た奴なんて」

「それはそうだが……アンタの兄が有名人でね」

「兄貴が?」


 ジョンマンが憶えている兄は、とても優秀で真面目だった。

 両親からはことあるごとに、そんな兄と比べられて不満がたまり、ついには家を出たのだ。

 その兄が有名になったと聞いて、すこし驚いている。


「ああ。首都の騎士に取り立てられて、そのまま近衛騎士長サマさ。王族の娘と結婚し、両親を王都に招いたんだと。娘や息子も生まれて、楽しくやっているそうだよ」

「へえ……」

「……あ、一応聞くんだが、まさか買うのをやめてそっちに行くとか言わないよな?」

「そんなみっともない真似をするかよ」


 まさにくたびれた格好のジョンマンをみて、不動産屋の店主は失笑を漏らす。


「なるほどねえ、そこまでは落ちぶれてないってか」

「家を買って欲しいのか、買ってほしくないのか、どっちなんだ、アンタ」

「悪い悪い……いやまあねえ、話題性はあるんだけどねえ……住みたくはないだろう?」

「だから、売りたいのか売りたくないのか、どっちなんだ」

「悪いって……! ほら、この書類にサインをすれば、あの家はアンタの物だ」


 一枚の、古い書類。

 それにサインを求められたジョンマンは、店主の接客振りへ正当な反応をしつつ、当然ながらサインをした。


 実家が自宅になったという微妙な変更はあったが、彼は家に帰る権利を得たのである。


「いやしかしまあ、あれだよ」

「まだなんかあるのかよ」

「あんなちんまい家でも、一括で買えるんだ。大したもんだよ」


 商談を終えた後であるにもかかわらず、不動産屋の店主はなぜか接客を改善した。


「その姿を見るに、家を出てさんざん無茶して、疲れて家に帰りたくなって……ことだろう」

(まあ合ってるな)

「それをバカにするやつもいる。まあ私もバカにするが……兄が出世していると知ってもそっちに行かないってのは、立派だ」


 不動産屋は、改めてジョンマンを見る。

 明らかに独身で、明らかに堅気ではなく、明らかに疲れていて、明らかに無職だ。

 だがそれでも、金払いの良さをみるに、見た目ほど懐が寂しいわけではないらしい。

 少々即物的だが、懐が温かい者というのは立派なのである。


「故郷に帰ってきた分、立派な兄と比べられるだろうが……まあ面白がっているだけだ。気にせず、分にあった暮らしをすればいい。人に迷惑をかけていないんだから、最低水準は満たしているさ」

「……ま、言われなくてもそうするさ」


 物凄くずれているが、それでも気を使われたのは嬉しかった。

 悪くない気分になりつつ、ジョンマンは不動産屋から出ようとする。


「ありがとうよ」


 ジョンマンは大きい荷物を背負い直すと、不動産屋を後にした。

 そして……あらためてゆっくりと、誰もいない家に向かって歩いていく。

 もうろくに覚えてもいない家に、彼は帰るのだ。


 城壁の外にある家に、不動産屋で受け取った鍵で入る。

 彼は雑に、背負っていた旅の荷物を下ろした。


「あああ……」


 冒険が、終わった。

 彼はようやく、それを体感できた。


 楽しく、充実していた、冒険の日々。

 だが辛くもあり、苦しくもあった。

 それが溜まっていって、刺激にならなくなって……。

 最後までやりきって、それで情熱やらなにやらを使い切った。


 冒険を終えることができた。

 前人未到の秘境をことごとく超えてきた彼は、冒険の人生をここで結んだ。


 この上ない達成感が、彼の胸を満たした。


「もう、頑張らなくていいんだなあ……」


 彼の冒険は、ここで終わった。

 そして、この物語はここから始まる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] モデルの人物が渋いところ
[気になる点] 何か新作が始まってるぞ。
[一言] 狐太郎や地味剣聖を久しぶりに読み直そうと見にきたら、ちょうどその日に始まる話があるとは……読まねば
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