3:前世の最終日①
18時を回り、仕事も一段落した俺はデスクのPCを閉じる
今日はちょっとした残業程度で終わらせる事が出来たなぁ~…
急ぎの案件は今の所は無いし、早めに帰ることが出来る日は早く帰るに限る
「八剱さん!!今日これからどうですかっ?!」
そんな事を考えていると同時に、背後から俺を呼ぶ明るい声が聞こえてきた
「あぁ~…残念だけど今日はちょっと…」
「えぇ~!!!5日前に誘った時も同じ返事でしたよ!!そろそろ可愛い後輩と飲んでくださいよぉ~」
去年に入社してきた新入社員の女の子が不満顔で俺に文句を言う
当時にOJTをして以来、どうやら俺に懐いてくれているらしい…
とは言うものの、俺自身は後輩という認識でしかないし、必要以上に距離を詰める必要性も感じていない為、のらりくらりと躱しているのだが…これが中々諦めてくれないのだ
「八剱を飲みに誘ってんの?無理無理!!八剱って何故か女性との2人飲みは絶対行かないんだぜ?!過去に何人かの女性社員が声掛けしたのに容赦なく断っていたもんなっ!!どんな可愛い子にも靡かない女殺しだって蔭では言われてるんだぜ!!」
俺と後輩の話を聞いた先輩社員がそんな事を言いながら会話に交じって来る
単なるリスク管理だと言うのに酷い言われようだな…
「別にそんなんじゃないですよ…。今の時代は何がどう言われるか分からないじゃないですか?普段なら兎も角、酒を飲んで酩酊した状態で考えられない様な事をする可能性だって有り得ますからね」
「かぁ~!お前本当に25かっ?!!その考え方が既に守りに入ってるって!!」
「八剱さんって、精神年齢80歳なんですかね?」
「失礼だな」
そんな軽口を叩きながら俺は苦笑する
リスク管理なのも勿論あるが…本音の部分では俺はやっぱり、女性というものに対して警戒心というものを捨てきれていないのだろう
アイツを原点として何人かと付き合ってみたもの…
『距離を感じる』『貴方が理解出来ない』『他に好きな人が出来た』等を言われてきた俺からすれば、最早『この人なら』と思う事がもう出来ない気がする
「よし、わかった!!じゃあ俺も行くから3人で飲みに行くのはどうだ?!!俺なら酒豪だからな。ちょっとやそっとじゃ酔わないし、妻LOVEだからお前も心配も要らないだろう?!」
「えぇ~…林堂さんも来るんですかぁ~?!」
「……奥さん大丈夫ですか?」
林堂先輩は確かに酒が強い
酩酊している所は見た事もないし、飲みの席でも奥さんとの惚気話は鉄板のネタだ
俺自身も稀に2人で飲みに行ったりもしている気安い関係だ
彼が来てくれるのなら3人で飲んでも良いかもしれないと思いながら遠回しに了承の返事を告げる
すると先輩は「ちょっと電話してくる」と言って、廊下へ向かって行った
◆◆
「じゃあ先ぱ~い!!また飲みましょ~ねぇ~!!」
ほろ酔い気味の後輩を半強制的にタクシーに放り込み、俺と林堂先輩は見送った
彼女自身、酩酊する程に飲んでいた訳では無いが…どうやら笑い上戸だったらしく、ずっと上機嫌だった
「まさかアイツが笑い上戸とはなぁ~…」
「そうですね」
まぁ先輩自身も酔った雰囲気もなく、終始明るい雰囲気で飲むことが出来たのだから良い飲み会だったと思う
「なぁ八剱…」
「はい…?」
タクシーを見送った後、林堂先輩は真面目な表情で俺に話しかける
この人にしては珍しく酔っているのだろうか?
「……お前は良いヤツだよ」
「……酔ってますか?」
「仕事は出来るのに鼻にもかけないし、俺みたいなヤツにも接してくれる。女性に対して苦手意識を持っていても、それでもあからさまに傷つけたりはしない」
「……言いましたっけ?」
俺がそう聞くと、「お前が入社してきて2人で飲んだ時な」と豪快に笑う
どうやら俺は、社会人になりたての時にやらかしていたらしい…
その次の日に二日酔いになってからリスク管理を行っていた気がする
「お前がアイツじゃなくても良い…誰かと、友達でも恋人でも何でもいいが…誰かと一緒に幸せな人生を過ごしてくれたら俺は嬉しい」
「…………」
「人は自分自身も含めて誰とも分かり合えないが…誰とも拘わらずに生きていける程に強くも無いんだ」
「………」
「俺だって今でも妻と分かりあえてはいないがなっ!!」
「先輩…」
そう言ってガハハと笑う先輩を見て、素直にカッコイイなと思えた




