1:原風景
「……ふぅ~」
俺が月姉さんに少し時間を貰って、彼女に何から、そして何を話すべきなのかを頭で整理していた
俺自身の前世に特筆すべき事など正直余りない
ただ…すこしばかり俺の心が狭く、すこしばかり俺の世界が暗かった
ただそれだけの事なのだ
要は全部俺自身の所為…そこに反論の余地は無い
「え~っと…先ずは…信じて貰えないかもしれないけど…「夜人くんの言う事は何でも信じるわ」…あ、有難う…」
クッション言葉すら盲目的に信じる月姉さん…
此処で怖気づいてしまうと先に進まないが、此処まで全幅の信頼を持たれるとちょっと怖い…
「俺には…前世?パラレルワールド?うん…よく分からないけど、そんな世界の記憶があるんだ」
「………っ!!」
どうやら俺のカミングアウトは月姉さんを非常に驚かせたみたいだ
ただでさえ大きなクリクリとした目がこれでもかと見開かれている
「その世界は…この世界と違って、男女比が約1:1でね。男性も女性も表面上は対等な世界だったよ」
「………」
「まぁ、どの世界でも完全に平等な世界なんてあり得ないけどね。裏は兎も角、表面上は平等。俺はそんな世界で二十数年生きてきた記憶を持っているんだ」
「そう…」
俺の告白に対して、姉さんは簡素的に相槌を打つ
けれど頭の中では計り知れない衝撃を受けているだろう
「今となってはあれが現実なのかはハッキリと思い出せない…証明する手段もないしね。だけど、俺は確かにあの世界で生活をしていた…と思う」
「………」
「あの世界での俺の幼少期は…この世界での幼少期と違って余り幸せだとは思わなかった、かな?」
「……そうなの?」
「うん。あっちの世界では男女比が1:1でね。俺の産まれた国では1人の男性に対して1人の女性としか結婚が出来なかったんだ」
「………」
「だからこの世界とは違って、婚姻しているのに別の異性に心や身体を許す事は不貞とされていてね。前世の母親は、俺の父親と結婚していたにも拘わらず、その不貞をしていたんだよ」
「………」
そう…最早輪郭すら思い出せない前世の母親は…不貞を行った上で当時7歳だった俺を置いて出て行った
幼少期とは言え、流石に7歳だった俺は当時の事を朧気ながらも今でも思い出す事は出来る
「当時の俺は、母親が俺と父親を置いて、ある日突然出て行った事の理由が良く分からなかった。だけど…その後ろ姿を眺める前世の父親と繋いだ手の熱と、アイツの後姿は今でも何となく覚えているよ。……多分、俺が皆をちゃんと見ることが出来なかった事や、無意識的に自分への好意は偽物だと思っていた根幹は、それが理由かもしれないね」
まぁ、勿論言い訳だけどな
あっちでは不倫や浮気、不貞の上での離婚なんて珍しくも無い
俺と同じ境遇だった人間全員が俺みたいに育った訳でもないだろうという事は、単純に俺の心が弱かったのだろう
「俺は多分…無意識的に異性と触れ合う事を…心を許す事を、そこで少し恐怖したのかもしれない。それは小さな小さな棘だったと思うけど…俺は確かにそこに対して恐怖をしていたんだろうな。……勿論、だから姉さんやあづみちゃん達を見ていなくても仕方なかったという訳じゃないよ?あっちの世界の俺からすれば、あれは忘れる事の出来ない原風景だったんだ」
俺は淡々と、前世で味わった俺の経験をそう言って伝え、その後の俺の話を続けた




