38:前世を覚えているという事は、どうしたって前世に引っ張られる事はある
「あなたはだぁれ?」
月姉さんにそう問いかけられたその瞬間、ドクンと心臓が跳ねた
姉さんは俺が普通じゃないって確信して問いかけてきている
自分ではそこまで深く考えてはいなかったが、この世界の男としては異常なんだろう…
ん?でも…
「ね、姉さん。で、でも…俺のクラスの男子達は俺に近いというか…傲慢でもないし、女子に恐怖を感じてもいないよね?」
「そうね。でも零も元は傲慢だったでしょ?それを夜人くんが矯正しただけよね?公理くんは恐怖とは言わないでも、女子に対しても当時は警戒してたわ。新しいお友達の過去は知らないけれど…それでも自分に愛情を向けている女性とそうでない女性の見分け位は感覚的に出来ている筈よ」
……詰んだわ
どう言い訳しても退路がない様な状態だわ…
正直、俺としては前世の話を月姉さんを始め、誰にも伝えるつもりは全く無かった
そもそも前世の事なんて信じてももらえないだろうし、言う必要自体も無いと考えていたからだ
俺自身は今世で精一杯生きていこうって決めているし、そうなれば前世の事なんて所謂ノイズでしかないと思っている
「ねぇ夜人くん。夜人くんは私に嘘をついても良いの。逆に嘘をつかなくても良いわ。盲目的だと思われても良いし、単純思考だと思われたって構わない。その上でもう一度同じ質問をするわ。夜人くん、貴方はだぁれ?」
「………」
あぁ…月姉さんのこういう所は凄くズルいと思う…
そんな言い方をされてしまうと…俺が嘘をつかない事を理解した上で言っているのが俺にも分かってしまうのだから…
けれど同時に有難くも感じてしまう
いつかは剥がれる俺の前世チート…
それは周囲が大人になればなるほどに価値が下がってくる、ただ大人の精神を持った子供という立場を…
この上でなく最高の形で、月姉さんに白状するには絶好の状態だとも言える
「俺の名前は…八剱 夜人…」
姉さんは多分…心の底から俺が嘘を吐いても良いと思ってくれているんだろう…
姉さんは何故そんなに俺を受け入れて来るのか?
受け入れる事が可能なのか?という疑問は当然だけど、ある
どう考えたって、姉さんの俺に対する受け入れる度量が大きすぎるのだから…
だけど…
「俺はこの世界とは違う世界からやってきた…八剱 夜人だよ」
「………」
今ばかりは…贖罪の意味も込めて、正直に月姉さんに話す事にしよう
もしも俺の話を聞いた上で、姉さんが引いたり、受け入れる事が出来なかったのならばそれで良い
けれど…そんな俺でも受け入れてくれるというのならば…俺は…
「…前の夜人くんは、どんな夜人くんだったの?」
「姉さん、聞いてくれる?前世の…以前の八剱 夜人がどんな人間で、どんな考え方をしていて、どうやって死んでいったかを…」
「……えぇ、勿論よ。私は夜人くんを知りたいのだから、ね」
もし前世の俺を含んで、それでも月姉さんが俺を愛すると言うのならば…俺は月姉さんの愛を疑わず、前世に引っ張られる事無く、この世界を真正面に見て、皆の事を心の底からしっかりと見る事が出来るかもしれない…
俺はそんな事を思いながら、前世の…男女比が1:1の世界で過ごした【八剱 夜人】について口を開いた




