Ⅺ:過ぎ去りし日のアナタへ…(八剱 夜人)
「麗お姉ちゃん、待たせちゃってゴメンね」
「問題ありません」
卒業証書を受け取った俺はクラスメイトとの交流もそこそこに急いでこの場に向かった
まぁ、校門で皆と落ち合うのだから少し位は問題ないだろう
零も多分若葉さんと別れの挨拶をしてるだろうしね
公理は…そんなのなさそうだなぁ…
「夜人様…遂に一人立ちされるのですね」
「……うんそうだね」
俺の心情を知ってか知らずか、麗さんは優しく本題へ導いてくれた
「でもまだまだだよ…これからも月お姉ちゃんやお母さん…友達の皆には助けてもらうと思う」
「…それは幾つになっても変わりませんよ」
「そうかもしれないね」
「えぇ…そう言うものです」
「「…………」」
そんな簡単なやり取りの後、俺も何も言えなくなり沈黙が場を支配する
…言いたい事は沢山ある
御礼だったり、感謝だったり、思い出話だったり…でもダメだ
どんな話題を振ろうが、感情のダムが決壊して泣き出してしまいそうになるのは目に見えている
涙をこらえる為に無言を貫いているのではあるが…麗さんも何故か無言
この人の性格上、俺と同じ理由だと思うんだよなぁ…
表情からは判別しにくいけど12年も一緒に居ると何となく人となりも分かって来るもんだ
「……夜人様が保育園に通いたいと仰った時は大変驚きました」
「……うん」
「同僚に報告した時は非常に驚かれたのですよ?」
「……やっぱり男っていうだけで何もしないのは違うかな?って」
「ご家族だけでなく、誰に対しても優しい貴方に更に驚きました」
「……普通だよ」
「だからこそ零様に対して叫びながら叩いている貴方を見て、より驚きました」
「……後悔はしてないよ」
「小学校に歩いて登校される貴方を見た時、また驚きました」
「…歩いていける距離だからね」
「より危険な状況に陥るのですから、私はいつも警戒心を強めていたのですよ?」
「……ごめんなさい」
「誘拐されかけた時には心の底から悔み、後悔しました」
「…………」
「私が人前で泣いたのは、あれが生まれて初めてです」
「……あの時は助けてくれて有難う」
「いえ…あれは私にも落ち度がありました。それに…私にもこんな感情があったんだという嬉しい驚きもありましたから」
「…………」
「黄秋家と対峙する貴方をみて恐怖すら感じました」
「……そうなの?」
「四大名家を敵に回して解決する小学生なんて有史以来存在していませんから」
「……結局みんなに助けて貰った…けどね」
「お見合いを始めた時、葛藤と嫉妬がありました」
「……え?」
「何故私があの席に座っていないのか?何故私は貴方よりも大分年上なのか?そんな葛藤がありました」
「…………」
麗さんの言葉に対して何も思わない訳じゃない
俺はある意味で麗さんを愛している…そう思う
四六時中共に行動し、俺の事を第一に思ってくれる様な存在を愛さない訳無い
でもそれは…多分、母さんや…月姉さんに抱いている様な…大切な、そう大切な家族愛なのだ
「…………夜人様」
「…………はい」
「私は……貴方を……グスッ…誇りに…思います」
「………麗さ…」
「誰かの為に本気で動ける……損得勘定…なく…グスッ…誰かを本気で思える…グスッ…そんな貴方を…心から…誇りに…思います…」
「うら…」
俺が何かを言おうとした瞬間…ザっと風が強く吹き…桜吹雪が麗さんに降りかかる
俺はそれを見て思わず「綺麗だ」と呟いてしまう
「願わくば……貴方は……貴方自身の為に…もう少し…生きて…みて…ください…」
「うら…」
そう言って俺に向かって微笑んだ彼女は本当に綺麗だった
思わず俺が求愛しそうになる程に……
でも……彼女が求めているにはそんな俺の愛の形なんかじゃない…そんな事くらいは理解している
「……麗さん」
「…………」
「本当に……本…当に…い゛ま゛ま゛て゛……い゛ま゛ま゛て゛…あ゛り゛か゛と゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛し゛た゛っっっ!!!!」
俺は心の底から彼女にお礼を告げた…
俺の為に捧げてくれた時間と労力、献身性と比較すれば…決して対価には見合わないけれど…それでも俺は心の底からそう、お礼を告げた
そうして今世での俺の初恋は失敗に終わった…




