Ⅹ:どう考えても夜人様以上の存在は居ないでしょう(沢木 麗)
「あれから12年が経ったのですね…」
私は今、小学校の校庭脇にある桜の木の傍に居る
先程の卒業式で夜人様が卒業証書を受け取ったその瞬間、私の男性保護官としての仕事は終了したのだ
そんな私に夜人様は此処で待っていてくれと仰られた為に此処で待機している
「男性保護官とは…言ってしまえば親みたいなものですね」
心情としては肩の荷が下りたという気持ちが1割、それ以上に私の傍から夜人様が飛び立っていったという寂しさが9割を占めている
男性保護官の任期は対象者様が小学校を卒業するまでの間に限られる
男性の身体も出来上がって来るからという理由の他、これ以上に構うと男性の精神的成長が見込めなくなることが理由だ
「そういう意味では夜人様は…身体は兎も角、精神的な部分では最初から成熟していましたね」
一体何処の保育園児が男の立ち位置を把握できるのだろう?
一体何処の小学生が誘拐されかけた事も気にせずに小学校に通い続けることが出来るだろう?
一体何処の小学生が四大名家を相手取り対等な交渉を行えるだろう?
知れば知る程に夜人様は不思議な方で…可愛い我が子の様でした…
「これを機会に…私も子供を授かってみましょうかね…」
男性保護官の収入面の優遇は手厚い
私は今の時点で普通に過ごせば一生暮らせるだけのお金を得ている
それは女性の10代後半から30代前半までの時間を男性に捧げるからだ
社会に戻って、恋愛をして結婚をして子供を授かるという所までを視野に入れると一般的な女性と比較すると多大なハンデを背負うという事がその理由でもある
だがその代わりに、人工授精に関してはそれなりに早く設定して貰えるし退職金もそれなりに出る
子供を1人授かった位でお金に困るという事も無いのだ
(まぁ、一般的には男性や子供に嫌気がさし授かる気が無い保護官の方が多いそうですが…夜人様に付き従った私はそうならなかったというだけでしょうか)
私の男性保護官の人生はこれでお終いだ
今から次の男の子を12年間守り続ける程の気力も体力も続かないだろうし…正直、夜人様以上の男の子に出逢える気もしない
それであれば新たに母親としての人生を歩んでいった方が良い…そんな事を思いながら夜人様を待ち続けました
「麗お姉ちゃ~ん!!!」
物思いに耽っていると、不意に夜人様が私を呼ぶ声が聞こえた
そちらに視線を移すと…夜人様にしては珍しく、大きく手を広げてブンブンと私に向かって手を振って来る
その様子を見て思わず口角が上がってしまった
(この様な様子を見る事が出来るのも…今日で最後なのですね…)
思わず湧き出て来た寂しい気持ちに蓋をして、私は夜人様に向かって小さく手を振った
多分…私が夜人様に手を振ったのは初めてかもしれなぁ…等と思ってしまい、今日は全ての出来事が最後だと実感すると、余り表情が動かないと言われる私でも思わず泣いてしまいそうになる
(ダメですね…表情筋を引き締めましょう)
夜人様に見られる最後の顔は…いつもと変わらない私で居たい
そんな事を思いながら近づいてくる夜人様を待った




