Ⅴ:どう考えても夜人くん以上の存在は居ない(香我美 雪)
コンコンコン…
「誰だ~~???」
私の控えめな扉のノックに返ってきたのは無遠慮な声だった
私はその言葉に返事をせずにガチャッと扉を開ける
「何だ雪か。お前が俺様の部屋に来るなんて珍しいじゃないか?」
「うん…お兄ちゃん、ちょっと相談があるんだけど…良い?」
「っ?!!雪が俺様に相談だと?!!勿論俺様に遠慮なく相談するが良い!!」
相談という単語だけでテンションが上がり過ぎている兄、零を心配しながらも私は座布団に座り込んだ
お兄ちゃんは周りからは好かれてはいるけれど、基本的に誰からも相談とかは投げかけられないからなぁ~…等と思うのは仕方がないと思う
「それでどうした?!俺様に相談だろ?!欲しい物をねだる方法か?お小遣いUPのお願いを母さんにするか?明日の宿題は俺様もやってないぞ」
「……そこはやっとこうよ」
時刻はもう夜の9時だ
今から宿題をやるには少しばかり遅くないだろうか?
「なぁに、明日に夜人に教えてもらいながらやるさ。アイツの説明は上手いからな!!」
「……そうだけどさ」
確かに夜人君の説明は上手だ
流石に先生ほどじゃないけど…それでも親身に分かりやすく説明してくれる
だけど…原因はソコじゃない事を私は知ってる
「お兄ちゃん、夜人君の言う事だったらちゃんと聞くもんね」
「ち、違うぞ?!!あ、アイツは俺様の好敵手だからな!!」
そう、要は聞く側の姿勢の問題なのだ
お兄ちゃんは授業中は注意力散漫になるのに、夜人君の説明には必死になって聞き入るのだ
6年生になって1組に入った私はお兄ちゃんの授業中の態度と夜人君に聞く時の態度の違いにビックリしたものだ
「何だ。お前も明日は俺様と一緒に夜人の説明を聞きたかったのか?」
「ううん、そんな事じゃないんだけどね。あのね、中学校の事だけどね」
そう、私が相談したいのは進学先の中学校の事だ
私は今まで兄が何処の中学校を希望しているのかを知らなかったのだ
そして…夜人君が何処の中学校を希望しているのかも今朝知ったばかりだったのだ
「あぁ、中学校の事だな。中学校だどうした?」
「お兄ちゃんって…中学校は何処に行くのか決めたのかなって?」
私の質問に対してお兄ちゃんはキョトンとした表情を浮かべていた
あぁ…この表情は絶対に何も考えていなかった顔だ…
絶対に「え?何処でも良くね?」的な事を言ってくる様な表情だ
「ん?雪、お前は【聖明中】を受けないのか?」
「?!!」
けれど私の予想を裏切った兄の答えは意外にも核心を突いた答えだった
「えっ?どう…して…??」
「どうしても何も、夜人が【聖明中】を受けるというのだからお前もそうだと思っていたのだが…違うのか?」
「…………」
兄の言葉に対して私は即答できない
本音を言えば受けたい…受けたいけれど、安易に受けたいと言えない理由もある
その大きな理由の1つにお金がある
私立校を受ける場合に於いて、男子は国からの支援もあり入学金や授業料が全額免除になる
だけど、女子はそうじゃない
女子が私立校を受ける場合、公立校と比べて掛かる費用は莫大だ
我が家はお兄ちゃんがいるから比較的裕福な暮らしが出来ている
けれどそれはお兄ちゃんのお金であって、私やお母さんのお金じゃない
だからお母さんもお兄ちゃんのお金には殆ど手を付けないって常日頃から言っている
お兄ちゃんが居るからセキュリティ上、良い家に住めてはいる
けれど育てる為のお金までも手を付けてしまうと、それは私が育てているとは言えなくなるって…
そうなると…お母さんが働いてくれているお給料で私の学費まで賄わせるとなると…生活が苦しくなる事は絶対だ…
ポツリポツリとお兄ちゃんにそう説明すると…
「ふん!!何だ、そんな事か!!」と事も無さそうに立ち上がりながら部屋を出て行った…




