よくある話の長い距離
恋愛なんて初めて書いた!!
黒森 冬炎 氏 「移動企画」参加作品
参加作品に恋愛が無かったので投げてみました。
※アンサーストーリー、引用、参照など、この作品はご自由に扱って下さいませ。
ああ、久しぶりに会える。
もう今日だけで何十回となく頭の中で繰り返したフレーズをまた思い浮かべる。窓枠に置いた蓋の空いた缶コーヒーはもう買ったばかりなのに、ほとんど飲んでしまっている。なんとなくそわそわとした気持ちが抑えられず、何度も手を伸ばしてはすすっていた事がその理由だ。
前にあった時は3週間前だったから、つい最近と言われたらそうなのかもしれない。
「早く会いたいな」
ついつい口に出てしまう、思わず通路を挟んだ席に座っている人に聞かれていないかと視線を向けるが、スーツ姿のサラリーマンが何とか上の荷物置き場にスーツケースを上げようとして、手をプルプルさせていた。
さすがに声も届かないと思い、ホッとしながらポケットのスマートフォンを取り出して、充電ケーブルをさすとアプリを起動させる。
ピコンという気の抜けた音と一緒にメッセージが表示される。
『乗れた?』
絵文字も顔文字も何もないシンプルなメッセージ、彼女はいつもこうだ。
付き合って何年も経つのに、せいぜい顔文字が1つ付いた程度の文章しかもらったことがない。大学の友人や知り合いは絵文字と顔文字ばかりのメッセージを送ってくるというのに。
そんな事を想い返しながら、彼女の名前の所をタップして入力画面を表示させる。
『乗れたよ、早く会いたいな』
さっき自分が思った事と一字一句違わないメッセージを送信する。10秒と経たないでピコンと気の抜けた音がする。
しまった、ここは新幹線の中だから、音は消しておかないといけない。
サイレントモードに焦って設定を直してから、彼女から戻ってきた文章を見る。
『わかった、18:00丁度だったよね? 改札口で待ってる』
ほんと、淡々としたメッセージだ。
やっぱり子供扱いなのかな、なんてふと考えるけれども、だとしたらわざわざ自分のために時間をとってくれたり、仕事の休みを変えたりはしてくれないはずだ。
◇
僕と彼女が出会ったのは数年前、ずっと趣味だった自然保護のボランティアグループに彼女が参加してきたことがきっかけ、僕が高校3年生で彼女は社会人3年目だった。
仕事の異動で僕の住む町にやってきた彼女は、自然が好きだったらしく友人も知り合いも居ない街で時間を持て余していた事が参加の切っ掛けだったらしい。
受付のテントの設営が終わって、役員たちの打ち合わせが終わるまで僕は荷物番を任されていた。そこへ、小走りでかけよって、よく通る声で声をかけられたのが彼女との初対面だ。
「はじめまして!」
「あ、は、はい、初めまして」
よく運動をしているのか、スレンダーな彼女に目を引かれた。少しウェーブがかかっているショートヘア―と日焼けの後が、彼女の活発さをより際立たせている。
初対面でも平気で話しかけてくる積極性、爽やかなミントのような彼女の明るい声が、大人にやんちゃな子供を混ぜたような活発な印象を与えてくる。
僕は、突然声をかけられたことに戸惑ってしまって、挨拶を反すのが精一杯だった。
それも、僕は野外の引きこもりと言われるほど、人と話すのが苦手で、外で過ごすという隠れ蓑が欲しくてこのボランティアをしているくらいだ。
「ボランティアの受付はここで合ってるの?」
「は、は、はい、役員さんが戻って来たら、こ、ここで受付します」
「わかりましたー、あなたもボランティア参加なの? 大学生?」
「あ、えっと、はい、ボランティアですけど一応運営です。あと、まだ高校です」
戸惑っている僕の事を気にせずにぐいぐい話してくる。
やっぱり初対面は緊張する。慣れた人なら普通に話せるけど、この初対面のやりとりみたいなのはやっぱり慣れない。
「へー! 高校生で山の環境整備なんて、渋い事やってるわね、すごい!」
「まぁ、好きなんで、みんなからは地味って言われますけど」
「じゃあ、山の事詳しいの?」
「それなりにですけどね」
そんなやり取りをしていると、役員たちも戻ってきて、受付が始まる。
今日は夏休み期間とはいえ、平日だったのでボランティアも慣れた人ばかり、初参加は彼女だけだった。
しかも役員さんや慣れたボランティアさん達は登山道を直すとかでさっさと登って行ってしまい、彼女と数名のおばちゃん達で登山道入り口周辺や、散策コースのゴミ拾いや整備をする事になった。
ゴミはおばちゃん達に任せて、僕は近くにあった蔦や背の高い草をどんどんと引き抜いて、ゴミ袋に放り込んでいく。
いつもの慣れた作業をしている所に後ろから、少し怒ったような彼女の声が聞こえて来た。
「ねえねえ、なんで山の植物達をそんなに乱暴にしちゃうの? 道に出てきたから?」
「違いますよ、これは全部外来種なんです」
「え? そうなの? じゃあこれも」
「え~と、そうですね、それも外来種ですね」
「君やっぱりすごいね! 私もやる!」
怒ったような声から、爽やかなミントのような声に戻り、光り輝く笑顔を見せて固有種の草を思いっきり引き抜こうとした彼女を慌てて止める。
普段は黙々と作業を続けているのに、この日は彼女から何度も声をかけられて山の事を答えるやり取りをした。初対面なのにこれほど沢山話せたという体験は僕の人生の中で初めてのことだった。
◇
それから何年か経って、僕は大学生になった。地元の大学だったこともあってボランティアは変わらずやっていた。
彼女も月に2~3回ボランティアに来てくれるようになると、おばちゃん達は少し離れてニヤニヤとするようになった。
この視線から逃れたくて、僕は草むらの中に分け入っていって、奥に群生していた外来種を丸ごと引っこ抜いてくる。
「やっぱりすごいね、よくパッと見て外来種かどうか分かるよね」
「まぁ、慣れですよ。葉っぱの形とか色とか、比べてみると結構違いますよ」
「あっほんとだ! 全然違う! じゃあこれは外来種ね」
「固有種です」
「あれ? 違うの?」
いつもと変わらない彼女とのやりとり、彼女は僕のことをすごいと言ってくれるし、指摘をされても怒らない。
毎回、よく話しているとそれなりに打ち解けてくるし、何となくだが気持ちの事も察することが出来るようになってくるのが人間だ。
僕はこれまで、自分から質問したり声をかける事はしてこなかったが、この日だけは違っていた。
「今日はなんか元気ないですね、どうしました?」
何気なく口から出た言葉、こんなことこれまでに言った事がなかった。
けれど、それが僕と彼女の関係を変える大きな分岐点になったんだ。
「やっぱり、すごいね、分かっちゃうんだ。ねぇ、おごるからさ、明日呑みに行かない?」
まずい事を言ったのかもしれないと不安になりながらも、僕は頷くしかなかった。
◇
運ばれて来たビールを勢いよく飲み干すと彼女はグラスを叩きつけるように机に置く。
「おかわり!」
すでに空のグラスがテーブルに並び過ぎて、店員さんにまとめてもらったほど。酒癖が悪いかとも思ったが、今日は仕方がなかった。
「彼氏のやつ、こんなカワイイ彼女がいるのに浮気しやがって! なーにが寂しかっただ!」
「それはひどいですね」
「君も! ひどい男だ! こんなに話しているのに敬語が抜けないなんて!」
「酒癖悪いよ、飲み過ぎじゃない?」
「こら! お姉さんには敬語使いなさい!」
「理不尽じゃね!?」
酔っぱらっているのにミントのような爽やかな声は変わらない。それにつられて僕もよく喋ってしまう。
彼氏と別れたという話で、落ち込んでいるのだろうが、それでも心底落ち込んでいるようには見えない。彼女の得なような面でもありながら、心の中が見えにくいのは損な面もある。
日本酒を自分のおちょこに手酌でそそいで、話をして乾いた口にちびりと入れる。
「ビールやサワーも飲まないし、その年で日本酒なんてほんとに年下?」
「おっさん臭いと言われますけどね」
「その年で、真面目なおっさんだと、生きるの大変だぞ」
「今は、貴女の方が大変な日ですからね」
目の前にいる酔っ払いの目からスッと良いが抜け、代わりにウルウルと透明な物が溜まる。
「こんなおばさんに惚れられたらどうすんだよ、ばーか」
「おばさんでもないでしょ」
「でも結構な年上だよ」
「年上好きですよ」
「来年か再来年は転勤でいなくなるよ」
「日本にはいるでしょ」
自分でも何を言っているんだと思っていた。頬が熱くなって、日本酒が空になっているのにおちょこを傾けながら、話していた。
「惚れられたらどうすんだよ! ばーか!」
「惚れてくれたら嬉しいですね、僕はあなたが好きですよ」
「……ばーか」
僕の口は僕以上に僕の事を分かっていたみたいだ。
口をついて好きと言った瞬間、僕が彼女に惚れている事に僕自身が気が付いたのだから。
◇
彼女は去年転勤になって、それからは遠距離だ。僕はまだボランティアを続けながらも、何とか彼女と過ごす時間を作っている。
ニヤニヤしているだろうおばちゃん達の顔が頭をよぎり、恥ずかしい気持ちになりながらも、預言者のような眼をもっていた事に気が付いて鳥肌が立つ。
ゾッとした瞬間に丁度、彼女からのメッセージが表示される。
『なんで、今回は夜行バスじゃなくて新幹線なの? 高いから嫌だって言ってたよね?』
ささっと、メッセージを作って返す。
『バイト代出たし、早く会いたいから』
また10秒もしないで返信が来る。
『私もだよ、ばーか』
思わずニヤリとしてしまう。多分彼女も同じ顔をしているだろう。
十分早い事は知っている、それでも思ってしまうのだ。もっと早く着いて欲しいと。
冗談抜きで「こっぱずかしい!!」
慣れない事やってるのもそうなんだけど、こういう甘酸っぱーい感じを書くのは向いてないような気がしながらも食わず嫌いは良くないと思って手を出してみました。
おー! もー! あー!!
恥っずかしい!!
拙い所は色々と目をつぶって頂きながら、大目に広い心で見てやってください!