第35話
高崎視点
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
頭が割れる
頭が痛い
吐き気がする
幻聴が俺に襲いかかる
どれくらいそうしていただろう。
神山が生きていた事は、俺にとって悪夢の現象だ。廻原はあの後、警察に通報すると連絡してきた。
事が大きくなりすぎたせいだ。
俺は完全に自分を見失ってた。斎藤や坂井は上手くやってきたが、俺はこういう事には不慣れだ。
パトカーの音が聞こえる。
そろそろか…
親殺しが発覚し、神山を殺しにかかった事、情状酌量の余地があれば死刑にはならないだろう。
親の部屋に入るのは久しぶりだ。
物心がつく頃には、両親の部屋に入った事は無かった。毎日が勉強漬けで、他者との交流も無く、勉強を怠れば頭に電気を流される装置みたいなのを付けられた。母は最初は父に反発した。こんなやり方は間違ってると。
他者との交流も無くただ学力を上げ、それを怠れば、制裁を加える事に一体、どんな人間らしさがある?
俺は普通を求めていた。だが周りがそうさせなかった。父はスパルタを遥かに超越した鬼畜野郎。母はそれに従うロボット。
そんな時にあいつら四人に会えたのは幸いだった。
だが、あいつらと行動を共にしても答えを見つけられる事ができなかった。
絶望だ…………。
「坂井…まだ俺の中にいるなら返事しろ…」
だが坂井は答えない
「坂井…頼む返事してくれ…!俺はどうすればいいんだよ!」
坂井はなにも答えない
「なあ坂井!返事しろって言ってんだろうがあ!」
「五月蝿いぞ高崎。」
な、坂井?本当に貴様なのか…。だったらどこにいる!
「俺は存在はしない。だが、お前の意志は俺の意志でそれの逆でもある」
「戯れ言はいい。早く、俺を導いてくれ」
天国でも地獄でも奈落でもどうでもいい。
かまうものか。
「今し方、言ったハズだ。お前の意志は俺の意志でその逆でもある。それでもいいんだな?」
「ああ」
「わかった。じゃあその机の引き出しの中に日記帳がある。それを見れば直ぐに解る。自分が今から何をすべきかをな。俺の声はもうすぐ聞こえなくなる。ここいらでお別れだ、じゃあな」
日記帳………これか。
俺は適当にパラパラと捲っていた。この字はどうやら父の執筆だな。となると、この日記帳は父の物だな。
○月×日火曜日
今まで私と結衣は子づくりに励んできた。だがどんな運命のいたづらだろう。
いくら子供をつくっても死産になる。
挙げ句の果てには、結衣と喧嘩になった。互いにストレスも溜まり、家庭が上手くいかない。なにより問題なのは、直に結衣は子を産めなくなってしまう。
○月×日木曜日
日記を書くのは、久しぶりだ。
遂に私と結衣の子が、産まれたのだ。
私は泣いた
結衣も泣いた
周囲の医者やナース達も泣きながら絶賛していた。
暖かい涙を流したのは久しぶりだった。
なんだよこれ……
喉が急激に乾く。
俺の両親には純粋な時期があったというのか?
だったらなぜ、
なぜ、俺の両親はあんなに歪んでしまったのだ?
ページをひらけばひらく程、両親の人生の絶好期が伝わってくる。
俺が母乳を飲んでスクスク育つ事
俺がおねしょしてパニクった事
俺が初めて立って歩いた事
間違いなく、両親は俺の事を愛していた。
そんなの信じられるわけ、ねえだろうが!
今すぐ、この日記帳を破り捨てたい衝動に駆られる。これ以上、見たくない。
見てしまったら俺の今までの人格が崩れてしまう。
でも………やめられなかった
読むのをやめられるわけがなかった
そして俺はページをひらく。
○月×日火曜日
私の率いてる会社が破産の道をたどっている。私は会議室に、その系列会社を更に上へとまとめるお偉いさんに呼ばれた。前には5人の年老いたじじいどもがいた。
売り上げが底辺の一歩をたどり続ければ、私の会社を潰すと。奴らはそう言ったのだ。
だが、それだけじゃなかった。奴らは私の家内にも目をつけたのだ。
会社なんてどうなってもいい
だが、結衣と透だけは、なにがあっても守らなければならない。
奴らは条件を出した。
お前の息子、透を高校卒業するまで完璧に育て上げろ。そうすれば、妻と息子には手を出さない。
家に帰った後、私はひとりで悩んだ。結衣は横の部屋で息子とじゃれている。
あんなこと…話せるわけがない。
その日から私は悪魔に魂を売り渡した。
母と子を守る為に、それがどんなに屈折していようとも。
いつか、それを伝える日が来るまで私は悪魔になる。
この日記帳に手を出すのは心を人間に戻した後だ。
俺は脱力した。
まさか……そんな事で?そんな理由で?
全ては俺と母を守る為に?
俺は気力の失った手で次のページをめくる。
○月×日土曜日
心を人間に戻すまで、私はこの日記帳を手につけないつもりだった。
だが、もう我慢の限界だった。
透が高校卒業するまでもなく、ノルマを達成したのだ!
私は今まで最低の男だった。これからは家族水入らずの生活ができる。これまでの罪の償いとして透には、高校卒業する次第、私の会社をくれてやろう。私は透のオブザーバーとして職に着くつもりだ。
結衣にも今までの事を全て話して謝ろうと思う。そして今までの絶望の日々を三人で取り戻そうと思う。
もうじきだ。あともう少しで悪夢の日々が終わる!
日記はそこで終わっていた…
この日付は……
あの時、俺が殺した日の前日…………!
何故、今まで気づく事ができなかったんだよ俺は?
両親の屈折した愛情。
形は違えど、間違いなく、俺と母を守るためだった………!
それを俺は………
俺は…………
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
泣いた
俺は泣いた
泣くなんて久しぶりだった。
今まで欠落した感情が露わになる。
俺は“普通”という身勝手な答えを見つける為に愛する者を殺してしまったのだ…
“答えなんて最初から、そこに在ったんじゃないか…”
それを俺は自らぶち壊したんだ…
ポケットに入れておいたリスカするためのカッターナイフ。
それを俺は首元に当て、ズブリと突き立てた。
首はズブズブと刃を飲み込んでいき、やがて貫通する。
頸動脈が切れ、ブシュウっと音がでそうな感じで血が吹き出る。
痛みが遠のき、やがて意識が遠のいていく…
父さん………母さん…………いまそっちにいくから………………




