過去話:伊吹麗奈
本編はちょっと情報不足気味なので、その補填にしばらく回ります。数少ない読者の皆々様には御迷惑御掛けすると思いますが、御理解のほどどうぞよろしくお願いします。
とある処に恵まれたな女児が誕生した。
その稚児、姓名を伊吹麗奈という。
軍人の父と蝟集家の母の間に設けられた子であり両親の愛情と学友との絆に助けられ、同年代と変わりない平凡な生活に満足感を抱きながらすくすくと育ち、多少なりとも異性に対する興味もあった。
そんな彼女に変わった事が有るとするなら、憧れだと彼女は答えるだろう。
明くる朝、行儀よく支度を済ませた彼女はいつも通りの道を通り学舎へと歩みを進めていた。
何ら変わり無い日常だった。
――ただ一つの異物を除けば。
それは白く、唯唯奇妙な女だったという。
白いシルクハットと女性的でありながら、色気を覆い隠すかの様なこれまた白いタキシードと揃いの肌とワンポイントとなる結わい付けた炭色の黒髪。
そんな人目を引く格好をして少し赤みがかったステッキを突きながら、ある広場で看板を掲げた。
『挑戦者求むる者なり』
『老いも若きも問いはせぬ』
『勝者には幾何かの富を』
『敗者には僅かな損益を』
『何れにしても退屈はさせぬ』
『其方らに享楽を満たしてみせよう』
初めてその女を目撃した時 彼女はただの目立ちたがり屋か巨人かとさえ考えていたが それはすぐに否定された可能性だった。
なぜならばその女はどうやら有名なタレントか何からしいと周囲の様子からして感じ取ったからだ。
周囲には6台ほどのカメラと三台ほどのマイク、
進行役と思しき男性と、映像に華を加える目的での女性タレント一人。
その女は何を場に齎したか。
其は色でもなければ知恵でもなく技術でもなくば特別に価値ある品でさえなかった。
その女は名誉を賭けた。いや、正確に述べるならば、力を大衆に証明する環境を売ったのだ。
一般庶民にも分かりやすく価値のある現実的かつ説得力のある賞品であらゆる競技で挑戦者を募り、試合には金を取り挑戦者を悉く打ち負かしその場で勝利という名の名誉を得る。
客達には名誉と商品、記念や格好付け等、様々な理由で挑む者達がおり、女は強く、そして上手に客をあしらう。
人を喰ったような笑みを浮かべ、そこには一欠片の妬みも侮りも無い。常に不敵な面を晒し自らより優れた人間が居ないことを疑いもしないふざけた心根を感じさせる態度や言動の数々。そして、凡人の考え等取るに足らないとばかりに客を心の底から嘲るが如し智識。
例えばアームレスリング等の試合では、子供には利き手と反対の手を使い、大男には如何にも全力であるかのように振る舞いながらも加減し、もしかしたら勝てるかもしれない!誰も勝てないこの女に勝てたら自慢できることだ、消耗すれば楽に勝てる!
そんな心理を巧みに喚起し、長く儲けていた。
そして女は引き際も心得ていた。
徐々に消耗したかのように憔悴の表情を浮かべ、
最後は地元でも顔の広いであろう中年の男性に負ける事であと腐れなくその場を去る。広く顔の知られた顔役に敗けることで、嫉妬も羨望も敬意も称賛も何もかもを相手に押し付けたのだ。
自身を悪役として、他人を勝手に正義の味方として役割を決めた。
お前達は善なる者で、私は悪役。
そんな私を糾弾するのがお前達なのだとレッテルを張り付けたのだ。
そしてその傲りは生まれながらに優れている麗奈とて例外無くそうであると高らかに主張していた。
それがひどく鮮烈に焼き付いた幼少の記憶として、麗奈の中に確かに残っている。
女は強く、賢く、最後まで剥がれない分厚い面の皮を用いてある一定の流れを生み出し、これを巧みに利用した結果として纏まった金を手に入れた。
大した労力も掛けず此といった消耗さえせず、欲したものを手に入れたのだ。
この頃だろうか、伊吹 麗奈という一つの人格が大きく成熟し始めたのは他ならぬ彼女自信が他の誰よりも、実の両親でさえ気付かぬ内に実感した。
お嬢様育ちとはいえ快活な性格で年相応の興味を持つ平凡な少女は、当たり前に遊び、当たり前に町にある中で一つの憧れと偶然か或いは必然かはさっぱりだが、確かに遭遇したのだ。
麗奈は憧れた、自在に結果を操るその強さに。
麗奈は憧れた、何者をも圧倒するその知略に。
麗奈は憧れた、何者にも内面を気取らせぬその余裕ある振る舞い、カリスマに。
魅了されたのだ、勝利により何かを得る事に!
他者を打ち負かし何かを得る事に、勝利という名の"権利"を行使する事に!
そして何よりも、勝利の優位性に酷く過剰なまでに惹かれたのだ!
それが、伊吹麗奈という一人の女の子の原点。
誰よりも優位にありたかった!
人よりどれだけ優れていても、何故か劣っているような気持ちになった!
私はお前達より優れている!
なのに何故私を見下すのか!何故憐れむのか!!
そんな疑問に答えを見つけた。
それは、私が優位にある事が証明されていないからなのだと。
優れていることと優位にあることは似ているようで、決定的に違っているのだと。
次回は夏目 塁、ヒメハナバチの過去話の予定です。
今回と次回は設定的の兼合い的に変更を行う可能性がありますのであらかじめ御容赦ください。




