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結構かわいいヤツ

「うっ……ぐ……」


 脇腹と頭が痛い。こんなに痛いのに僕は気絶していたのか。僕は自分がベランダに身を乗り出してうつ伏せに倒れていたところで目を覚ました。


「……?」


 そうして数秒ほど何も考えず、とりあえず目の前にある赤い何かを掴んだ。何だこれ? 硬くて重いけど開いたり閉じたりできる。それに生臭い。

 あ、そうか。これロブスターの右の鋏か。てことは僕アイツの鋏を切り落とせたのか。やったぞ!


「ん?」


 じゃあ肝心の本体はどこに行った? 喜んでる場合じゃない。まだ脅威は去ってないぞ。僕は慌てて斧がどこに行ったのかを目で追って探した時、背後で気配を感じた。


「……」


 恐る恐る振り返ると、僕の真後ろで片腕となったロブスターが立っていて、長い触覚で僕の尻や脚を突いていた。死んでいるのか確かめていたようだ。

 それが振り返って自分を見つめていたので、ロブスターは前進して僕の身体の上に覆い被さった。意外とそこまで重くないのだが、あくまで圧死はしないというレベルでかなり苦しい。

 アカン、捕食される。クソ、僕が苦しみもがきながら殺すつもりだったのか。なんて悪辣な趣味してるんだコイツ。

 ダメだ身動きが取れない。せめて首から噛みちぎって楽に殺してほしいと僕が諦観して目を瞑った次の瞬間。


「え?」


 ロブスターが僕の後頭部に頭を擦り付けてきた。まるで頬擦りをするように。紙やすりみたいな甲殻で頭皮を擦られるとハゲそうだからやめろ。

 何だコイツ? 僕を食う気じゃないのか? なんだか友好的っぽいぞ。まるで鋏を切り落としてくれてありがとうと言ってるようだ。

 待てよ。コイツは僕らを襲ってる割に不思議な点が幾つかあった。例えば気絶したかなめと星子さんを食べるより先に僕に襲ってきたという思ったら、斬った鋏で梯子やら壁やらを殴りつけたり。

 ということはコイツひょっとしてだけだけど……。


「お前、鋏を僕らに切断して欲しかったのか?」


 だから2人は無視して僕を襲ってきて、その襲った理由は逃げてばっかで一向に鋏を切断してくれないことに業を煮やしたからって感じか?

 僕がそう尋ねると、ロブスターは頷くように頭をより一層強く擦り付けた。痛い痛い痛い頭皮が剥ける。


「そうか……」


 僕は切断された鋏を両手で掴んでまじまじと見つめると、残った左の鋏と交互に見比べた。

 やはり不釣り合いにこちらだけ異様に大きい。それが不愉快だったんだろうか。あるいは重すぎて嫌気がさしたのか。

 僕は何とか姿勢を仰向けにして、ロブスターの頭を押しのけようとするが、その度にロブスターは甘えてるのか頭を擦り付けようとしてくる。

 やっとそれが僕にとって嫌だと分かると、今度は触覚で撫で回してきた。


「なんか思ったよりかわいいヤツだなお前……」


 ドブみたいな臭いなのを除けばな。


「えっと……大丈夫なんですか?」


 僕がそうロブスターの残った鋏を撫でていると、視界の端から星子さんとかなめが不安げに僕を見ていた。


「あ、うん。何とかお互い分かり合えたらしい。争いは何も生まないからね」


「あ、そうですか……」


 星子さんは頷いて、恐る恐るロブスターの真横を通ってベランダに出た。それにかなめも続く。


「あ、えと……すいません。お2人とも出してもらえませんか? さっきからコイツ離してくれないんだよ」


「いや……ちょっとおと……少しだけ辛抱してくれない? 今ここで引き剥がしたら今度は私達に来そうだし……」


「囮って言ったな今!? ふざけんなコイツ生臭いしヌルヌルして嫌なんだよ! ギャァァァァ抱きしめるな骨が折れる……!」


「あ、はい。お幸せに……せーにやっと相応しい人、いやザリガニが見つかってよかったです」


「はい笑ってー」


「君は何スマホ撮ってんだよ! 助けろ!」


 そうこうしてる内にロブスターが何か肩を甘噛みしてきた。何でだ? 何で僕を溺愛してくれる生き物が人でなくデカいロブスターなんだ?


「まぁ放置はしないから。暗くなったら助けてあげるから。じゃあ星子さん、私を肩車してもらえます?」


「私がするんですか? まぁ構いませんが」


 そうして星子さんはかなめを肩車で持ち上げ、そうやって上に戻ったかなめが今度は物干し竿を伸ばすと、それを掴んで星子さんはよじ登っていった。

 なんかやたらコンビネーションがいいな。僕とかなめあんな風に手を取ったことなかったじゃん。

 今回なんかあの女、僕を突き飛ばして1人で戦わせようとしたぞ。しかも実際そうなって今僕を見捨ててるし。


「あ、そうだ。誠一郎さん」


 上の梯子の蓋に手をかけた星子さんが、ふと僕に話しかけてきた。お、やはり元婚約者は助けてくれるのかなと僕が彼女の方を見上げた時。


「さっきはよくもやってくれましたね」


 初めて見せる笑みを浮かべた星子さんの手には、いつのまにかクマ避けスプレーが握られていた。


「ゲッ……」


 僕が青ざめた時にはもう遅く、赤い霧が僕めがけて噴射された。

 ひどい。あんまりだ……。


「お?」


 しかし、あまり痛みを感じないと思ったらロブスターが身体を前のめりにして盾になってくれていた。久しぶりに触れた温もりと優しさが人でなくロブスターというのは一体どういうわけなんだ。

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