情緒不安定 8
「ふっ……修羅場を潜り抜けてきたこの僕には貴様など恐るるに足ら……うおお危ねぇな口上くらい言わせろよビックリしたぞこの野郎!!」
槍とトマホークを両手に持ち、それら2本をロブスターに向けて啖呵を切ったら言い終わるより早く鋏が飛んできた。
もうとっくに家主が帰ってきても住める状態ではなくなっているくらい部屋は損壊しているが、ロブスターは気にする様子もなく、僕もそこまで気は回らない。
僕は鋏を交わして壁沿いにロブスターの背後に回ると、倒れたまま気絶しているかなめと星子にさんふと気づいた。
どうも死んでると思われてるのかロブスターの攻撃対象にはなってないようだけど、こうも狭いリビングにいると踏まれて大怪我しそうだ。
僕は2人を寝室に放り込むために襟を掴んだ。いや、意外と重いぞ。これ2人同時は無理だなと即座に判断して僕は星子さんを掴む手を離してからかなめを先に寝室に両手で放り投げた。
余裕がなくて星子さんの手をパッと離してしまったから思いっきり顔面を床に叩きつけてしまった。ゴンって鳴ったけどまぁ気絶してるしギリセーフか。起きてからが怖いんだけど。
クソッ何でこんな時に限ってどいつもコイツも気絶するんだよな全く。と思いつつ星子さんも入れ終わってから振り返ると。
「ん?あれ?」
変なことにロブスターが消えた。あの巨体を一体どこに? 僕は首を傾げて上を見上げたが天井に張り付いてるわけでもない。一体どこに消えた?
僕が構えて口元を拭った瞬間、強烈な振動と共に足元から床を突き破って鋏が飛び出してきた。
「うわぁっ!?」
僕は天井に肩をぶつけて声を漏らした。ただでさえさっき締め上げられた時に背中を痛めているというのに勘弁してください。肋骨だってまだ完治してないんだ。
コイツ、ちょっと後ろを向いている間に穴を降りて下に潜んでいたのか。何で僕はさっきからたかがエビに何度も一杯食わされてるんだ。
「ん?」
天井に肩をぶつけたのはいいが何故か床に落下しない、見ると両手に持っている槍と斧が天井に突き刺さっているではないか。
ちょうど今Y字に磔にされてるような状態だ。もちろん手を離せばすぐ着地できるんだけどそれでは丸腰になってしまう。しかもここで降りたら位置的に簡単には掴めそうにない。
どうする? うーん……。
「ゲッ」
また穴から上がって戻ってきた。いや、あれ以上穴を開けられたら亀裂が広がって床抜けそうだから考え方次第ではラッキーなのか……?
クソッ身動きが取れない。勘弁してくれよ全く……。
「……?」
ん? ロブスターが止まったまま身体を動かさない。あ、よく見たら目だけ少し動いてる。そうか、コイツ人間に比べてかなり視界が狭いのか。だから上にいる僕の位置がわからないんだな。
コイツの右の鋏を凝視すると、さっき星子さんがぶっ叩いた時の傷跡で付け根のところの半透明な白い肉がグロテスクに露出している。
ここで不意打ちしてやりたいところだが斧が抜けない槍も抜けない。抜こうと力を入れてるのだが、吹き飛ばされた勢いで自分の素の腕力を超えてかなり強く刺してしまったようで中々抜けない。
斧のなんか金属の部分の半分くらい埋まっている。
な、なんかピンチとチャンスが同時に来た感がすごい。
クソッ片方だけでも抜けたら……。僕が斧の方を両手で引っ張って脚をバタつかせていると、ザリガニいや、ロブスターが脚を動かして僕の真下に来た。
「あ”っ」
そこでついうっかりロブスターの背中を蹴ってしまった。いや後頭部?
何してんだ僕は。
ロブスターの身体がピタリと止まるが甲殻類は振り向けないので硬直したまま、その代わりに尾っぽが飛んできた。
「うおお」
しかし、膝を曲げて何とかやり過ごした。畜生やらかしたこんなつまらないことで死んでたまるか。すぐさま第二第三の連撃が繰り出されるが僕が膝を曲げているから届かずにいる。
この体勢中々キツい。腕が悲鳴を上げている。しかし丸腰で落ちるわけにもいかないので困っている。
そうこうしている内に尾で攻撃することを断念したロブスターが尾っぽを真横に薙ぎ払って跳躍し、それに胴を引っ張られるようにして体勢を変えた。
この後どうなるんだ……? 僕が首筋に伝う汗を拭った時、真上から砂埃が落ちてきた。
「え?」
まさかのこのタイミングで斧が天井から抜けかけている。嘘だろ僕が落ちてくるのを待ってるんだぞ。勘弁してくれ。
ロブスターが腕を上げて僕の足を掴もうとする。あるいは切断しようとしてるのか。そうしてロブスターが腕を伸ばして左右に振っていた時、斧が抜けた。
「う、あわわわわ……」
僕が情けない悲鳴を上げて攻撃よりまず受け身を取るために身体をくねらせた時、そこをロブスターに鋏で側頭部に強烈な一撃をもらった。
「グッフゥッ!?」
その後更に壁に激突するも鉄筋コンクリートには当たり前のように弾かれ、そのまますごくうまい形で勢いをつけて、跳ね返った先にある鋏に斧を振り下ろしていた。
ちなみに僕は殴られた時点で気絶していた。




