情緒不安定 7.5
「クソー……キツいなこれ……」
困ったな。助けに来てくれた子を僕自身が倒してしまったぞ。ここで生き残っても僕あとで仕返しで殺されたりしないだろうか。
「……ギチッ」
ロブスターは顎を噛み合わせて不快な金切声、いや金切音を立てながら僕を見つめている。
伸びているかなめと星子さんより、まだ元気な僕を標的にするということは、目的は捕食ではなく殺戮ということなのだろうか。
だが、僕も無抵抗で殺されてやるつもりはない。それに気づいたこともある。
このロブスターの鋏がデカいことにばかり気を取られていたが、デカいのは右腕だけ。左腕もそりゃ僕の拳くらいのサイズで十分デカいが、右腕は僕の頭より大きい。
思い返してみれば、さっきから物を殴って壊している時もだいたいがこの右腕を用いていた。
つまり、これを切り落とすことさえできれば無力化とまでは行かずとも大分弱体化させられるはず。
「うっ……うわわ……」
その時、顎以外微動だにしなかったロブスターが唐突に脚をシャカシャカと動かして突進し始めたので、僕は慌てて真横に飛んで左に回った。
この動かない時は一切動かないけど動く時は機敏に動くの、何かを思い出すな。そうだゴキブリか。似てるんだなコイツゴキブリと。
僕は倒れている星子さんの手からトマホークを抜き取ると、これで最期になるかもしれないので横にいるかなめの胸を揉んでから立ち上がった。
ロブスターは尾を一振りして僕らがかき集めた物資を薙ぎ払うと、次に腕を振って左右の壁を崩落させて悠々と体勢を変えた。ちょっとした重機だな。
お互い狭い場所で闘うのは辛いというのをロブスターも理解したような行動だった。
「なんだ、たかがエビのくせに一丁前にマエストロ気取りか。お前なんか世間では高級食材みたいな扱いだけどな。僕の家では食い飽きすぎて逆に滅多に食卓に並ばなかったぜ」
「……」
僕の言葉が逆鱗に触れたのか、ロブスターの目が深紅に染まり、黒い甲殻に波打つような赤い線が浮き上がった。いよいよ本気でかかる気らしい。
「よし……そっちがその気ならこっちも地獄まで付き合ってやるよ」
僕はロブスターの意趣返しにトマホークと槍を交互に構えた。完全にこれトリコの構図だ。




