情緒不安定 3
「よし、これで充分だろ。かなちゃん水ちょうだい」
窓のロック付近をガスバーナーで炙り、表面が少し溶けたところに霧吹きに入れた雨水をかけるとジュっと音を立てて溶解した箇所に亀裂が入る。そこを鍵で叩いて小さな穴を開けると、指を突っ込んでロックを解除した。
「開いたぜ」
「やったぜ」
「あ、空き巣のやり方が手馴れている」
失礼な。空っぽの家でただ朽ちていくだけの物資を僕は有効活用してやってるだけだ。借り暮らしのセイイチロッティと呼んでくれ。
「よし行こう。奴らがいる可能性もあるから星子さんも土足で上がってね。そして僕らの後ろにいること。危なくなったら逃げること。いいね?」
「はい。ご親切にありがとうございます」
星子さんは真顔で事務的なお礼を言った。大きなトマホークを小柄な彼女が持つと尚更巨大に見える。アニメキャラでよくいるよな。こんな感じで自分より大きい鎌とかバズーカとか振り回すヤツ。
「うっわしけた家だな、床に直置きした冷蔵庫とテレビとちゃぶ台だけの部屋かよ」
6階はワンルームなのか。いや、右に襖がある。開けてみたら2畳くらいの広さの小部屋に、布団が折り畳まれていた。
「台所ちっさ。ガスコンロも1台しかないの不便そう。流しもこれ皿そんな置けないね。うわ、このメロンパンカビ生えすぎて液体になってる」
「居住者の年代と性別がよく分からない部屋ですね。でも、結婚してる人はこういう部屋あんまり借りないと思うから独身でしょう」
「ま、だろうな。冷蔵庫の中には何入ってんだろ?」
この分だとまともな食糧は期待できないな。膝下くらいのサイズの小さい冷蔵庫を開けた瞬間、もわっと異臭が香った。オレンジジュースが腐ってる。すごい臭いだ。
それでも我慢して他の食品を漁るが、食えそうなのはパルメザンチーズとスライスチーズと板チョコだけだ。あとは
「あ、これウメッシュじゃ」
僕がウメッシュの缶を取り出した瞬間、背後で星子さんが腕を振り上げて襖にトマホークを突き刺した。
「あ、すいません。その名を聞くと2秒くらい我を忘れるんです」
「やべぇ……」
カリカリ梅なんか目の前で食った日には八つ裂きにされそう。
名前の由来が梅酒の星子さんはトマホークを抜き取ると、僕に向かってうふふと笑った。
「あ、よく見ると布団の横にラノベありますね」
「え?」
僕は興味無さそうか星子さんからそのラノベを受け取ると、ペラペラめくってかなめに投げ渡した。
タイトル「浮浪児かと思って助けた子は生体兵器でした。しかも世界最大の武装組織の……。でもかわいいからOK」か。めちゃくちゃ長いな。何でタイトルで内容説明してんだ。
「僕、いいとこの生まれだからこういう下等な読み物には触れたことがございませんの。かなちゃん知ってる?」
まぁ実ははがないとかハルヒとか有名どころはちょっとだけ嗜んでるけど、それはマジで知らない。
「知ってるってこれ、かなり有名だけど。ふろかわってどんな小さい本屋でもまず置いてあるよ。アニメ化もしてるし。ネットユーザーが選ぶ好きなラノベランキング4年連続ベスト3に入ってるし、作者のスーパーブラックホークさんは17歳の業界最年少のラノベ作家で有名」
「ふーん。ちなみに内容は?」
「北海道が不法占拠された軍事国家になってるという設定で、その軍事国家から逃げてきた生体兵器カミーリアとそれを匿う高校生、そしてカミーリアを連れ戻そうとする軍事国家の兵士達との戦争の話。
最初は穏やかにカミーリアを奪えたらそれでいいと思ってた軍事国家なんだけど、カミーリアに兵士や幹部を殺された結果、最終的になり振り構わなくなってカミーリアを北海道に連れ戻せないなら日本を自分らの領土にすればいいと考えて、日本に宣戦布告して派兵を開始するの。
それで、虎の子の精鋭中の精鋭達が……」
「どうした? 聞いてるぞ」
急に楽しそうにペラペラ喋り出したかなめが急に黙った。
「虚しいな」
「なぜ急に冷めた」
かなめってちょっとだけオタクっぽい面もあったんだな。まぁ今晩眠くなるまで読んでみるか。
別作品の浮浪児かと思って助けた子は生体兵器でした。しかも世界最大の武装組織の……。でもかわいいからOKの方も良かったら読んでみてください。
当然世界観は違います。




