情緒不安定 1
「ご、ごめんなさい。つい周りが見えなくなってしまって。まぁかなめさんのせいだから本心からは謝りませんけど」
「す、すいませんでした。軽率なことを言ってしまいました」
かなめが僕を盾にしながら謝る。恐らく錯乱してナイフを振り回す人間に初めて出会っただろうし無理もないが、コイツの弱者にのみつけ上がるクセはなんとかならないだろうか。
「ありがとう鮎川さん、美味しいよこの煮物」
「どういたしまして誠一郎さん、でも私を怒らせなかったらもっと美味しく作れたんですよ」
コイツもキレたら長引くタイプか……。ウメッシュのこと星子って言うのはこれから控えないとな。
というか、揉めてばかりでまだ肝心なことを聞けていない。
美味しんだけどこの煮物、普段味が濃いものばかり食べてるせいか異様に薄味に感じた。
「ところで鮎川さん、なんで僕の家にわざわざ危険を冒してまで来たの? 僕が生きてるかも分からないのに」
僕が後ろでビクビクしながらしっかりご飯は食べるかなめを見ながら粗く切った人参を噛み締めていると、鮎川さんはじっと僕を見た。
「どうしたの」
「いや、そういえばお二人は日本がこうなる前から淫らな関係があったわけじゃないんですよね?」
「ないよ。だってコイツ北海道出身だもん」
今淫らってフレーズが聞こえたような感じがしたが、食い付いたら負けな気がした。やっぱり他人からはそんな風に見えるのか。
かなめが僕のパーカーを素肌の上に着て、胸元を露にしてるが、僕もう見慣れてるから特に何も思わないのも、気取られる理由の一つなのかもしれない。
「北海道から? 旅行にでも来たんですか?」
「いや、コイツAVプロダクションのスカウドヴァハッ!!」
僕が正直に言おうとすると、かなめが背後から僕の首をフォークの柄で突いた。
これが的確に人の弱点をつく短大生と暮らす僕の生活だ。鮎川さんにもそれが分かってもらえただろう。
「そのことはもう金輪際言わない話では?」
「そうだった」
すっかり忘れてた。いけないいけない。
「要するにたまたま知り合っただけなんですね」
鮎川さんはそうぼそりと言った。まぁそうなんだけど、毎晩同じ布団で寝てるくらいには仲良いぞ。
「それで、星子さんは何しに来たんだ? 婚約者だった僕に会いたかったから?」
「鮎川です、いやもうやっぱ星子でいいです。私がこの家に来たのは、私があなたのことをやっぱり好きだったから。ではなく、単純にあなたなら私を家に招き入れてくれると思ったからです」
「なんで今ちょっと期待させた?」
僕が身を乗り出すと、かなめが背後で鼻で笑った。コイツほんとマジで分からせたい時がある。
シロアリとかは業者呼ばないと殺せないが、かなめはその気になれば瞬殺できるということを彼女は知るべき。
「私はもう天涯孤独です。母も父も家がヤツらに襲われた時に私を裏口から追い出して、自分達は私を逃すために時間稼ぎで食われて死にました。生きてる可能性はありません。私があとで戻って殺したんです。
いくつか生存者がいるコミニュティにいたことはありましたが、レイプされそうになって逃げたり、内乱が起きたりしてゾンビが来るまでもなく自壊しました。
でも、私みたいなJKってそれだけで結構価値あったんで、生き残るためにああいう陸上競技のユニホーム着たりして色目使ったりもしましたし。
それでも生きてるって奇跡ですよね。
そんな時にふと、思い出したんです。誠一郎さんのことを」
「ふと思い出すレベルの存在なんだ僕」
割と悲しい境遇なのに突っ込んでしまったぞ僕。そっかあの2人死んだのか、まぁ人は遅かれ早かれ死ぬからな。
「何となく生きる目的が欲しかったからあなたに会うために苦労してる来たんです、あなたならまぁ他人を見捨てたりしないだろうから」
まぁかなめとかいう穀潰しを飼ってるからな。コイツ倫理観虫並みなんですよ。
「そしたらまぁ呆れましたよ。私ホームセンターにいたから双眼鏡持ってたんで、あそこの黒いマンションに登ってこの部屋見てましたよ」
アイハブアバッドフィーリング(嫌な予感がする)
「猿みたいでしたね」
「……」
「……」
「この部屋、外の音結構しっかり聞こえますよね? 確かお2人、一昨日とかベランダで真夜中に乳繰り合ってましたよね。その時の声も下に聞こえてましたよ。何が僕が絶対に責任取るから中「よし、食事終わったし今日は下の階の物資を漁りに行くか!」
「そうだね! 下の階はまだ行ったことないから楽しみ! 星子ちゃんも来ない!? よし来るんだねじゃあ行こう!」
これ以上聞いてると本気でベランダから飛び降りたくなるから僕とかなめは食事を一息に頬張り、互いに靴を履いて獲物を持ってベランダに降りた。
遊び呆けすぎて周りが見えていなかったことを、僕らはひどく後悔した。女の子を部屋に招いた以上、これからは慎まなくては。




