ひどくね?
「かなめさん、これ良かったらどうぞ。ここに来るまでの道のりで見つけた野菜とか色々持ってきました。といってもスーパーはアレがいましたし、コンビニもほとんど略奪されてたんで、こんなもんしかないですが」
「わー畑のもの勝手に引っこ抜いてきたってことですね。ジャガイモとかトマトとか大根とかある。せー。はいコレ」
「はい……」
かなめは、数分で打ち解けた星子さんからもらったリュックサックいっぱいの野菜といくつかの栄養ドリンクなど飲み物をリュックごと僕に渡してきた。
さっきあんな泣かされた子ともう仲良くなってる。女ってすげーや。
トマトを一つ出してみたけど、割と昨日とかに採ってきたのか傷んでいる形跡はない。
最近本当に野菜とか食べてないので敗血症になるかと思っていたから、すごくありがたい。
でも、かなめの今のはいコレのとこ、めっちゃ冷たくて怖かったです。
さっきの発言はちょっと失言だったな。正直すぎた。
「何ボーッとしてんの」
「はいはい。調理しろってコトね。味噌汁でも作りますよ」
僕は大根を一本抜き取り、ミネラルウォーターをコップに入れて、それでタオルを濡らしてから大根についた土を落とした。
大根はそりゃ生で見たことはあるけど、大根おろしも最後に作ったの何年前だ。
普段は最初から加工されてる食品で料理されてたから、こういう自然そのものの食材をどうしたらいいか分からん。人参みたいに皮剥くのか? でも大根おろしって皮剥かなかったよな? 火を通す時は剥くのか?
「誠一郎さん、私がやりましょうか?」
ふと、部屋の漫画を掴んではめくって掴んではめくっていた星子さんが、床でうずくまる僕に石鹸の匂いのする顔を近づけて、話しかけてきた。
「いや、僕がやるからいいですよ」
「そんな他人行儀な。年下なんですしタメ口でいいですし私のことも鮎川と呼んでいいですよ。え? さっき自分がやりたくないことは徹底して人に押し付ける主義って仰ってましたよね? 私がこうやって代わりを申し出てるのにいいんですか?」
「あ、じゃあお願いします」
僕はサバイバルナイフを彼女に渡してちょこんと椅子に座った。
相変わらず目が全く笑ってない笑顔が怖い。この子は僕のことが嫌いなんだろうに、何の目的で必死こいてここに来たんだ?
まぁ今の状況なら何作ってもけなされそうだしいいけれど。
「せーには下の名前ですら呼ばれたくないってさ。ホントに婚約者だったの? せーが星子ちゃんに恋焦がれた末に生まれた妄想とかじゃなくて?」
「そーかもしれませんねー」
「はっはっは、鮎川さんとかなちゃんには僕がそんな精神異常者に見えるのかな?」
「うん」
「はい」
「……」
この女、急に調子づいたな。さては女が増えたことで男女比で勝ったからか。だから今、僕が隠し持ってたかりんとうを食べてるんだな。まぁいいけど。
こういう子供染みてるところがかなめのかわいいところだと思ってたが、群れたら一気にウザさが増大してきた。
なので、アイツにはこれからの人生で必ず一回はカエンタケを食う呪いを今かけた。
しかし、この二人が僕という貴公子をめぐって争う展開を期待したんだが、期待するだけ無駄か。
すると、かなめが僕の耳に顔を近づけて耳打ちしてきた。
「せーってゲロ優しいけど皮肉屋でツンデレところあるから、そういうところ直さないと星子さんに嫌われちゃうよ?」
「な、何だよ急に」
急に恋のキューピッドの真似事か? 怖気立ちそう。かなめは僕の頬を鷲掴んで話を続ける。
「だって見ず知らずの私のこと邪険にもしないでずっと家に置いてくれてるじゃん。何より私のこと殴ったことも騙したこともないし」
「君は僕のこと何回か殴ったけどな」
まぁそう言われたら悪い気はしない。呪いはこれからかなめが食うアサリには、確実に大量の砂が入ってるに格下げしとこう。
僕がふと、視線を後ろにやると恐らく生まれて初めて握っただろうサバイバルナイフで器用に大根を薄く刻みながら、星子さんが僕らを見ていた。
「お二人とも仲良いんですね。というか聞きそびれましたけど、かなめさんっていつから知り合ったんですか? 誠一郎さんからじゃないですよね。母からは誠一郎さんは骨なしチキンの童貞だから恋人なんか未来永劫現れないって言ってたんで」
「は? もう童貞ちゃうシヴァッ」
僕が誹謗中傷に対して真っ向から否定したら、かなめの目にも止まらぬ速さで首に手刀を打ち込んできた。僕じゃなきゃ即死だった。
え? 僕あのババアの評価最悪じゃん。キレそう。ならそんな奴に自分の娘を捧げるな。
「私はパンデミックによって家に帰れず彷徨っていたところを、誠一郎君に無理矢理家に連れ込まれて現在に至るまで監禁されてるんです」
お前はマジで何言ってんだ。事実を悪意マシマシにするんじゃないよ。
「……うわぁ」
「いや違いますよ。コイツが勝手に転がり込んできて出ていかないだけです」
「じゃあ今まで家に一歩も出ずに何してたんですか?」
「……」
「……」
それ聞かれると苦しいな。何故なら略奪とプロレス(隠語)しかしてない。戦国時代の野伏か? どの方角から見ても我ながら爛れた生活しかしてない。
「ま、まぁ星子さんにはまだ早いことかな。ねぇせーそうだよね」
「あ、ああ」
どうでもいいが、さっきから僕の呼び方コロコロ変わるな。誠一郎君が一番恋人っぽいから今後もそれでいってほしい。
「あのーかなめさん。かなめさんも私のこと名前で呼ばないでもらえますか?」
「え? なんで?」
「嫌だからです」
「どうして? 別にキラキラした名ま「嫌なもんは嫌なの!!!」
なんか急にキレた。え? 下の名前で呼ばれるの地雷だったのかよ。メンヘラみてぇな沸点の低さで草も生えない。
「ど、どうして。星子っていい名前じゃないか。何というかほら……貞淑そうっていうか清楚っていうか」
「梅酒」
「は?」
「私が生まれた時に、誠一郎さんのお父様が出産祝いで送ったのが星子っていう梅で作ったリキュールだったんです! それがすごい美味しかったからっていう理由だけで私の名前が星子になったんです! 小6の時、道徳の授業で名前の由来の発表があった時に、私の名前は高い梅酒から来ましたって馬鹿正直に言ったら、中学卒業するまで私のあだ名チョーヤになったんですよ!! 分かりますか私のこの辛さが!?」
「それは……辛いね」
アカン、めちゃくちゃ面白い。
そうだったんだ。星のような輝きを秘めた子になってほしいとかじゃなくて、梅酒から取られた名前だったんだ。
親父がダルマウィスキー送ってたら名前がダルマになってたのかなと想像したら笑えてきた。ただでさえ今口の中に口内炎あるんだから増やさないで。
「それってもらった酒が国士無双だったら、名前国士無双になってたってこと?」
僕と似たようなことを、かなめは口に出して言った。ホンマアホかコイツは。
「ほらそうやって弄る! 私の辛さなんか誰も分かってくれない!! だから私はゴボゴボッ」
「あ」
一瞬卒倒したのかとビビったが、星子さんが興奮して話すせいで、彼女の口から真っ白な石鹸の泡が出てきた。
かなめがぼそりと言った。
「鮎っていうよりカニみたい」
その時、どこからかぶちりと何かがキレる音がして、星子さんは無言のままだらりと腕にぶら下げるサバイバルナイフに、そっと静かに視線を落とした。
「死ね」
「あっ……oh……」
安心してください。この後何とかナイフを奪って落ち着かせることに成功しました。




