二度と会えないと思っていた 後編
ちょっとトラブルに色々巻き込まれてて更新が遅れました。すいません。
「……うーん」
僕はしゃがんだり立ち上がったり、靴紐を結んだり解いたりして目の前のドアを開けるのを落ち着きなく躊躇っていた。
「うーん……」
ドアを開けて星子さんを殺さなければならないと思うのだが、仮にも結婚する予定だった女性ともなると、生前から赤の他人だった他のゾンビに比べて抵抗がある。
しかし、僕もまだ人殺しが平気でできるほど壊れてはいないんだなとちょっと安心したり……。
「どうしたのせー!」
「ヴェアアア!?」
僕がうずくまってたら、いつのまにか真横にいたかなめが僕の耳元で叫んだので、まるで断末魔みたいな悲鳴を上げてしまった。
「そ、そこまで驚かなくてもいいでしょ。何、なんで殺さないの? まさか仲のいい女の子とかだった?」
「当たり。婚約者」
「ふーん婚約者……え、フィアンセ!?」
かなめが裸足のままドアの覗き穴を見て、そこにいるかつての許嫁を見た。
「そういえば前にそんなこと言ってたね……フカシこいてると思ってたけどマジだったんだ。でも、せーあんまり好かれてなかったんでしょ? なんで自我もないはずなのに来たんだろ」
「知るかよ僕に聞くな。僅かに残ってた記憶を頼りに来たとかじゃないの? もしそうなら実家に帰ればいいのによりによって何で僕んちに来るかな!」
僕はそう叫んで壁を叩いたが、痛いだけで気が紛れるわけでもなく、かえってひどく虚しくなった。
何で僕のこと嫌ってた癖に、僕にこんなことさせようとするのか。いや、嫌っているからこそなのか。だとしたら、星子さんにとって僕は不倶戴天以上の存在だったんだろう。
「……ーー………」
「あ?」
「は?」
ふと、ドアを挟んでいるせいでよく聞こえないけど、かつて星子さんだったものが何かブツブツ呟いていることに気づいた。
「うわ言をおっしゃっておられますわよ旦那さん」
「うるさい」
なので、僕とかなめはちょっとビビりながらも気になって、ドアに耳を当てて何を言ってるのか聞いてみた。
「……いるんでしょ」
「……?」
「どあのまえいるのはわかってんですよしんでませんよねなんであけてくれないんですか?わたしだってここにくるまでたいへんだったのになんであけてくれないの?あなたはわたしとけっこんしてもいいっておもってたんだからあけてよいろいろはなしたいこともあるしいいたいこともあるしそとはこわいからなかにいれてほしいだけなのになんにもしないのにわたしがきらいならきらいでいいけどみすてるのもこうかいとかするんじゃないの?それともわたしがどうなろうとしったこっちゃないってわけなんだそうなんですねわたしあなたのことほんとうはどちらかといえばすきだったけどあなたはちがうんですねわたしがここでたべられるのをみるのがたのしみなんですねそうですかそうですかあなたはせいじつでしりょぶかいひとだとじぶんであのときいってましたがじぶんでじぶんをせいじつとかいうひとがせいじつなわけないってあのときおもいましたよいまわかりましたわたしがただしかったということなんですねおねがいしますよあけてくださいよいつまでもいたりなんかしませんからすこししたらきえますからめいわくもかけないしざつにあつかわれてももんくなんていいませんからおねがいあけてかおをみせてくださいあけてくださいたすけてください」
こ、怖ぇ……。
ブツブツずっと僕への恨み節をほざいてやがる。少しだけなら喋るヤツは珍しくないけど、ここまで長々と喋るタイプは初めて見る。しかも文脈も繋がっていて内容も理解できる。
「開けろ開けろって言ってるね、どうすんの誠実で思慮深い誠一郎君」
「開けるわけねーだろ、いや開けるけど迎え入れるわけないだろ」
「せーマジで女子高生と結婚する気だったの? なんか哀れみとかなかったの?」
「そうだよ。哀れみはあったから破談を受け入れてやったんだよ。ラノベ主人公じゃないんだから自分の将来をかなぐり捨ててまで自由恋愛に固執するわけないだろ。何なら相手が女装男子でも妊婦でも結婚した」
「全く誠実でも思慮深くもなくて草」
イライラしてきた。コイツ他人事だからってからかいやがって。コイツいやしくも命の恩人である僕に対して敬意を払う気はないのか? まぁ体で払ってもらってるか……。
「どうする? 私の予想なんだけどこの子まだなりかけなんじゃない? 喋りかけてみてもいい?」
「意味ないよ。なりかけだとしても橋爪翔介みたいに少しだけゾンビになるのが遅くなるだけだ。ここで仮に家に入れてみ? 地獄の釜の底みたいな惨状が予想できるだろ?」
「じゃあ殺すんだ」
「うん……」
とはいえできることなら殺したくない。いやできてもやだ。自然と去るのを待ちたいけどこの様子だと難しいだろう。冷徹に考えたら死なせてやるのが幸せなんだろうけど、実行に移せるかと問われたら答えはノーだ。
あー本当憂鬱だ。親しくもない間柄の人間でこれならもし万が一親父とかが来たら僕はどうなってしまうんだ。
「せー向こう行ってなよ」
すると、かなめが立てかけた槍を手にしてそう言った。手袋をいつのまにかはめている。軍手じゃなく上の橋爪宅からパクった、口のところに綿が付いてるモコモコした裏地の白い革手袋だ。
「私がその許嫁さん殺したげる。せーも辛いだろうけど私は別にその子と知り合いでもないし躊躇ったりとかないから大丈夫」
「……ありがとう」
僕は片手でかなめを拝んで立ち上がった。正直ありがたいことこの上ない。星子さんも僕じゃなくて知らない女が現れて驚くだろうけど、まさか浮気相手とかは思うまい。
僕は廊下を歩いてリビングに戻り、寝袋を畳んでからイヤホンをつけて弦楽セレナードを大音量で流した。しかし、彼女に捧げるという意味を込めて、イヤホンを外して普通に聞くことにした。
しかし、星子さんが死ぬ音を聞きたくなくて耳を塞いでうずくまってしまった。考えてみればかわいそうな子だ。親の一方的な都合で僕と結婚させられ破談も受け入れてもらえず、何もいいことがないままこんな末路を迎えるとは。
しかし、僕にできるのは彼女の冥福を祈ることだけだ。抵抗感とかやるせなさとかならカンストしてしまってもう感じない。
数分ほどして曲も終わり、じっとしていた方がむしろ恐怖などを感じるようになった。
「おわ……ったのかな?」
恐々耳を塞ぐ手を離したが、玄関から物音が聞こえない。
「おーいかなちゃん? 終わったの?」
僕はかなめの名前を読んだが、返事がない。まさか。
「返り討ちにされたとかじゃないよな?」
不覚だった。自分がやりたくないことをやりたくないばかりに、ゾンビ殺しに慣れてないかなめに汚れ役を押し付けてしまったのは失敗だった。
もし噛まれていたとしたら最悪のパターンだ。考えるだけで寒気がするほど嫌な予感というのも珍しい。
僕は台所からサバイバルナイフを取ると、左手にマフラーを巻き付けて早足で玄関に向かった。そこには。
「ふー……やっと両手両足終わった。次は足首だけじゃなくて太ももにもやって、背中と腕に傘を差し込んで……あ、せーちょっと押さえてて」
「????」
ガムテープやらビニール紐で星子さんをミイラのようにふん縛り、せっせとゾンビを生捕りにしているかなめがいた。
星子さんの口には靴下が詰め込まれて、さらにその上からガムテープで口が塞がれている。噛まれたら一発ゲームオーバーだってのにアグレッシブすぎる。
「何してんの手伝ってって」
「いや、もう君外でもたくましく生きていけるんじゃ、ないかな……」




